第28話 封印都市
*
魔剣使いの青年を退けた優斗はある場所を目指して走っていた。
あのような輩がこの学園を襲撃する理由があるとすれば、彼に考えられるのは一つしかない。
ここ、聖流れ学園は綾香市の霊的な気の流れの中心だ。故に清浄な霊気、高純度の精霊力が常に存在している。それらが天然の結界となって邪の侵入を防いでいるのだが、仮にそれらの気が強力な邪に汚染されたらどうなるか。
汚染された気はより強力な邪を呼ぶ。この町はたちまち混沌の渦に沈むことになるだろう。
だが、そう簡単にはいかない。
少なくとも今までは強力すぎる結界のせいで一匹たりとも近付けなかったはずだ。
対策を編み出したということなんだろうな。まったく、保安局の監視は何をしていたんだか。
この間の事件といい、人間側は少々腑抜けすぎているのではないだろうか。
未だ動きのない組織に苛立ちを感じながら、優斗は中庭を抜けて旧校舎の裏へと回る。
そこには古くからこの地を見守り続けていると言われる一本の巨大な霊木があった。
「誰だ」
霊木の前に人影を見つけ、優斗は警戒しつつ、近づいて声を掛ける。
相手は急に声を掛けられて驚いたのか、小さく身を震わせるとこちらに振り返った。
「なっ!?」
振り向いた人物の姿を見て、優斗は愕然とした。
そこにいたのは李沙だった。
否、雰囲気が違うから別人か。
いつだったか。優奈と三人で出掛けた折に李沙が言っていた。
あのアパートの一室に残されていた写真には自分とそっくりの少女が写っていたのだと。
目の前の彼女がその少女なのだろうか。しかし、見れば見るほどよく似ている。
「……あの、そんなにみつめないでもらえますか。恥ずかしいです……」
微かに頬を朱に染めてそう言う少女に、優斗は慌てて視線を逸らした。
「済まない。知り合いにあまりによく似ていたものだから」
「わたしも少し驚きました」
「何?」
「だって、まさか、こんなところであなたに会えるなんて思ってもみなかったから」
そう言うと少女は正面から優斗の目を見て言った。
「はじめまして。青の絶対者。わたしは優李。あなたと対局の存在です」
「なっ……」
少女の雰囲気が変わる。
優斗は驚きに一瞬言葉を失うが、次の瞬間には反射的にその場を飛び退いていた。
赤い光がたった今まで彼がいた場所に突き刺さり、一瞬で地面を蒸発させる。
「レーザーだと!?」
「それだけじゃありませんよ」
驚愕する優斗に、少女はそう言って右手の平を突き出した。
そこから立て続けに圧縮空気の塊が打ち出され、優斗目掛けて飛んでくる。
優斗はとっさに蒼牙で叩き落そうとするが、すぐにそれが爆弾であることに気づいて小さく舌打ちした。
切りつけようとしていた刃を強引に引き戻し、同時に蒼牙を大剣へと変えて盾にする。
それでも破裂した空気弾の烈風を受けて大きく後退させられた。
そこへ先のレーザーと今度は火炎弾が交互に飛来し、優斗に休む暇のない回避を強要する。
優斗は大剣の蒼牙で空気を叩いて衝撃波を発生させると、その後を追って少女へと駆けた。
放たれる弾幕を衝撃波で吹き散らしつつ、文字通り突進してくる優斗に、少女は大きく瞳を見開いた。
「――我流奥義・壊空――かいくう――」
横に倒した刃の先端が衝撃波の頂点を突き破る。
瞬間、爆発的な加速を伴って衝撃が駆け抜けた。
そこに少女の姿はない。
――逃がしたか。
殺したとは考えない。
彼女の言葉、自分と対局の存在というのが真実ならば、これくらいは凌いで当然なのだ。
しかし、赤のものは絶えたのではなかったのか。
*
振り下ろされた紅蓮から青白い炎が迸る。
それを横薙ぎの一閃で受け流すと、少女は技を放った状態で硬直している美姫の下へと走る。
少女の背後で爆発が起こり、硬直から解けた美姫は次の技を放つべく剣を構えた。
「――離空紅流・煉獄天衝――れんごくてんしょう――」
打ち下ろされた剣の先から少女の眼前に巨大な火柱が出現する。
だが、少女は止まるどころか更に速度を上げて火柱に突っ込んだ。
「氷結・絶対零度」
火柱を突き破り、少女が氷を纏った刃を振り下ろす。
美姫は咄嗟に返す刃でそれを受け止め、更に少女の刃を僅かに上へと跳ね上げた。
体制を崩した少女の脇腹を狙って蒼炎を突き立てる。
少女はあえて体制を崩すことでそれをやり過ごすと不自然な体制から上空へと飛び上がった。
「崩落・重破斬」
振り下ろすように構えた少女の周囲の空間が揺らめき、刀身へと集まる。
「させるものですか!」
美姫は両脚で地面を蹴ると、少女の更に上へと跳んだ。
「――離空紅流・鳳凰煉獄――ほうおうれんごく――」
蒼炎を鞘へと戻し、両手で紅蓮の柄を握って振り下ろす。
全体重を乗せた一撃が少女の首へと迫る。
空中で二人が接触した瞬間、弾かれたように離れ、二人は同時に地面へと着地した。
ぱさりと音がして、少女の長い紫の髪が地面に落ちる。
紅蓮に纏わせていたはずの美姫の炎はいつの間にか消されていた。
「結界・位相反転……。でも、殺しきれなかった」
少女が口を開く。ポツリと漏らしたその呟きには僅かだが悔しさが滲み出ていた。
一方の美姫も紅蓮から片手を離し、その顔に微かな驚きを浮かべていた。
――紅蓮神凪に煉獄天焼、鳳凰煉獄まで使ってそれでも倒せない相手……。
「正直、ここまでとは思わなかったわ。あなた、一体何物?」
口元に笑みが浮かぶのを自覚しつつ、美姫はそう尋ねた。
今までにも自分と対等に渡り合える者はいたが、そういうのは大抵普通の存在ではなかった。
さて、目の前のこの少女からは一体どんな答えが返ってくるのやら。
「あたし、あたしは……」
少女が答えようとしたそのとき、不意にあたりを振動が駆け抜けた。
「どうやら成功したみたいだね。残念だけど、今日はこれで帰らせてもらうね」
「何のことよ」
「秘密。そうそう、あたしが何者かって質問の答えだけど」
きつい視線を向けてくる美姫に、少女は笑ってそう言うとふわりと宙に舞い上がった。
「あたしは悪夢の牙。楽しかったよ。また遊ぼうね」
そう言うと、少女は霞のように消えていった。
結局、傷一つ付けられなかったわね。
美姫は軽く息を吐くと、紅蓮を鞘へと納めて歩き出す。
先の少女の言葉からして、どうやら目的を果たしたのだろう。
感じていた気配が引いていくのが分かる。
それにしても、悪夢の牙か。また厄介なのが出てきたものだ。
一度、四天会議を招集したほうが良いかしら。
*
優斗が赤のものと相対している頃、李沙とエオリアの戦いにも決着が着こうとしていた。
多少どころではない格の違いは有効な武器を得た程度でどうにかなるものではなかったのだ。
加えて動けない雪那を庇いながらでは彼女に勝算があるはずもない。
今度こそもうダメだと思ったそのとき、意外にもエオリアは爪を下ろした。
「頃合だね。引き上げるよ」
そう言うと、エオリアは残存していた幽魔たちを集め出す。
「ちょっと、わたしはまだこいつを殺してないわよ!?」
「そんなボロボロじゃ無理でしょ。それともここで孤立して完全に滅ぼされたいの?」
抗議の声を上げる赤いコートの女に、エオリアは冷ややかにそう言った。
「くっ……、撤退するわ」
「分かれば良いんだよ。さて」
エオリアはきょとんとしている李沙とこちらを警戒している赤髪の少女、未だ動けない雪那を順に見渡してから口を開いた。
「中々楽しかったよ。お礼に良いことを教えてあげる」
「結構だ。おまえのような奴がそういうことを言うときは大抵ろくなことにならないからな」
エオリアの言葉をすかさず赤髪の少女が切って捨てる。
「まあ、そう言わずに聞いてよ。良い、封印都市は今死んだんだ。もう次期、闇の宴が始まる」
切り捨てられたことに多少憮然としながらもエオリアは意気揚々とそう宣言した。
「バカな!?」
雪那の表情に戦慄が走る。
四天宝刀という立場から、彼女はこの場で唯一人その意味を正しく理解することが出来た。
「本当だよ。そのためにあたしたちはここに来たんだから」
「おしゃべりはそれくらいになさい。退くんでしょ」
「っと、そうだった。じゃあね、お姉ちゃんたち。また一緒に遊べるときを楽しみにしてるよ」
言葉と共にエオリアを中心に黒い風が巻き起こり、二人の姿を掻き消す。
風が去った後には最早そこに彼女らの姿はなかった。
*
「……ったく、えらい目に合ったわ……」
やっとの思いで瓦礫の下から這い出した蓉子は、そう言って大きく息を吐いた。
既に戦闘は終わっているらしく、周囲に敵の姿はない。
「それにしても、まったく派手にやってくれたものね」
あたりの様子を見渡して蓉子ははぁ、と溜息を漏らした。
ホラーハウスは見る影もなく、体育館や校舎の壁も所々崩壊している。
不幸中の幸いは死者が出なかったことだろうが、それにしても……。
「これはしばらく休校かな」
雲行きが怪しくなってきた空を見上げて蓉子はポツリとそう言った。
*
あとがき
龍一「何とか敵を退けたものの、余裕の勝利とはいかなかった」
美里「皆ボロボロだね。これからのことに響かなければ良いけど」
龍一「難しいな。特に雪那はしばらく戦闘は無理だし」
美里「今回出番のなかったかおりやそのお兄さんとかに頑張ってもらえば」
龍一「いや、単純に数の問題でもないんだが」
美里「戦いって難しいんだね」
龍一「それではまた次回でお会いしましょう」
二人「ではでは」
*
とりあえず、敵さんらしき者たちは撤退してくれた訳だが…。
美姫 「これから何を起こそうとしているのかしら」
ワクワクドキドキ。
美姫 「一体、何が待っているのかしら」
次回も目が離せない!
美姫 「楽しみに次回を待っていますね〜」
ではでは。