第34話 地下迷宮を制覇せよ!(後編)

  〜決着〜

   *

 ――地上・綾香市郊外 第1防衛ライン

 当初、一方的な展開を見せた防衛戦は邪妖側の第2波が投入されたことで混戦状態となっていた。

   *

 ――地下・古代要塞遺跡内 講堂

 優斗たちが驚きから立ち直るよりも早く、長い爪のエオリアが動いた。

 一瞬で距離を詰め、凶器の爪――パンツァーブレイクを振り下ろす。

 4人は慌てて我に返ると、その場から飛び退いた。

 派手な破砕音を上げて、勢いのまま叩きつけられた爪が御影石の床を粉砕する。

「洒落にならない威力だな」

「皆、気をつけて。あいつは瘴気を使うわ」

 とっさの回避で転んだのか、蓉子が顔を顰めて立ち上がると皆にそう忠告する。

「では、あれの相手はわたしと妹でしよう。良いな、ファミリア」

「勝算はあるんだろうな」

「はい。姉さんとわたしなら瘴気に対する耐性は高いですし、対抗手段もありますから」

「分かった。ここは任せる」

 姉妹の提案に頷き、優斗は蓉子を見る。

 それに彼女は無言で頷くと、全身に妖気を行き渡らせた。

 チャンスは一度。

 エオリアが地面に刺さったパンツァーブレイクを引き抜き、再び飛び掛ろうとしたその瞬間、

「今だ、行け!」

 ディアーナの叫びに応じて蓉子が妖気を爆発させ、弾丸のような速さで二人のエオリアの間を駆け抜けた。

 同時に爆発に煽られて飛ばされた優斗が講堂の反対側へと着地する。

 呆気に取られるエオリアたちを残して二人は遺跡の更に奥へと向かって駆け出した。

「行かせないよ」

「させるか、ブラストハウルっ!」

「舐めるなっ!」

「いいえ、行かせていただきます。ウインドスラッシュっ!」

 一瞬の攻防。だが、優斗たちにはそれで十分だった。

「まったく、やってくれるじゃないの」

 見えなくなった二人に忌々しげにそう言うと、エオリアはまだ残っている二人へと振り返る。

 その隣にエオリアの爪――クローヴァイサーも並び、戦いは仕切り直しとなった。

 クローヴァイサーが幽魔を数体召還し、そのうちの一体をエオリアが瘴気波に変換して放つ。

 ディアーナとファミリアはそれを左右に跳んで避けると、それぞれの力を解き放った。

 範囲を絞ったブラストハウルの衝撃波が残りの幽魔を砕き、風の刃がエオリアへと迫る。

 だが、そうはさせまいとクローヴァイサーが新たな幽魔を召還して割り込ませた。

 その隙にエオリアが上空へと舞い上がり、切り裂かれた幽魔の残骸を引き寄せる。

「ちっ、ザコは完全に消滅させないとダメか」

 上から打ち下ろされる瘴気波を横に転がって避けながら、ディアーナは魔力弾を撃ち返す。

 上野エオリアに対して2発、地上でこちらに向かってくるクローヴァイサーには1発だ。

 エオリアは瘴気波を撃ち終えたところを狙われ、空中でバランスを崩して落下する。

 それを見たクローヴァイサーが慌てて足を止め、そこへ飛んで来た魔力弾に蹈鞴を踏む。

「何をやってるの。止まったら狙い撃ちだよ!」

 床すれすれでどうにか体勢を立て直したエオリアが仲間の不甲斐なさに叱責を飛ばす。

 だが、気づいていない。

 そう言った自分自身もまた、その瞬間に動きを止めてしまっていたことに。

 そして、二人の少女が一つの直線状に並んだその瞬間をファミリアは逃さなかった。

「風よ、渦巻く奔流となりて大地を砕け、スラッシュトルネード!」

 横倒しになった竜巻のごとく、風の渦が床の御影石を砕きながらエオリアたちへと迫る。

 二人はとっさに転移してそれを避けようとするが、攻撃の範囲は転移先にまで及んだ。

「くっ……」

 そろって壁に叩きつけられ、呻き声を漏らすエオリアとクローヴァイサー。

「チェックメイトだ」

 その二人の眼前へとディアーナが魔力を灯した掌を突きつける。

 二人の少女は顔を見合わせると、肩を竦めて苦笑した。

「あたしたちの完敗、かな」

「ま、これだけやれば当分は大丈夫だろうし、良いんじゃない」

 確認するように頷き合うと、エオリアがクローヴァイサーを抱きしめた。

 ゆっくりと二人の姿が文字通り一つに重なり、一人になる。

「片方は分身だったのか」

「正確には少し違うかな。あたしたちは皆一人一人が違う自我を持ってるから」

 少し驚いたように呟くディアーナに、少女は小さく笑みを見せてそう言うと立ち上がった。

「あ、そんな警戒しなくても大丈夫。もう攻撃したりしないから」

 そんな元気もないしね、と苦笑する少女に、姉妹はどうしたものかと顔を見合わせた。

「あの、よければ話してくれませんか?どうしてこんなことをしたのか」

 エオリアと目線を合わせるようにしゃがむと、ファミリアはなるべく優しい笑みを浮かべてそう聞いた。

「尋問って奴だよね。あ、でも、この場合、あたしたちには黙秘権はないのかな」

「言い難いことでしたら、別に話してくれなくても構いませんよ」

「おい」

「わたしは保安局のものではありませんから。聞いているのも単なる好奇心です」

 責めるような目を向けてくる姉に対して、ファミリアはあくまで柔和な笑みを崩さない。

「姉さんこそ、そんなものをいつまでも突きつけられていては話せるものも話せませんよ」

「ぬっ」

 笑顔のままでそう言われ、ディアーナは渋々手を下ろした。

「ありがとうって、言うべきなのかな」

「さぁ、それもわたしが決めることではありませんよ」

 曖昧な表情を浮かべるエオリアに、ファミリアは言外にあなたが考えなさい、と言う。

「それよりも、どうです。こんな場所ですけど、少しお話しませんか?」

 何かを期待するような目を向けられ、エオリアは正直、どうしたものかと戸惑った。

「変なひと。あたしたち今まで殺し合ってたのに」

「些細な問題です。だって、今のあなたたちからはそんな気は微塵も感じられませんもの」

「はぁ」

 何を言っているのかと、まるで当然だと言わんばかりの調子でそう言われてしまった。

「うちの妹は救いようがないほどのお人好しだからな」

「姉さん、ちょっとそれどういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。でなければ、わたしのことも助けようとしたりはしなかっただろ」

「それは、だって、たった二人きりの姉妹だもの。助けるに決まってるじゃない」

 恥ずかしそうにそっぽを向くファミリアに、ディアーナはニヤリと笑みを浮かべた。

「まあ、そういうわけだから、おまえも運が悪かったと思って諦めるんだな」

「諦めるって……」

 あっけらかんとそう言うディアーナに、エオリアは完全に毒気を抜かれてしまった。

「まあ良いや。どうせ、逃げられないだろうし、目的のためには話したほうが良いだろうから」

「そうそう、人間諦めが肝心だぞ」

「あたし、人間じゃないんだけどね」

「あの力のことか。何、あれくらい出来る奴は探せば結構いるものだ」

 苦笑するエオリアに、ディアーナはさらりととんでもないことを言ってのけた。

 それがエオリアには冗談に聞こえない。

 自分達の仲間もそうだが、目の前にいる姉妹は自分たちと対等に渡り合ってみせたのだから。

「さて、どこから話したら良いかな」

「まずは名前とあなたが何物かを教えてくれませんか?」

「分かった。でも、その前にお姉ちゃんたちの名前も教えて。このままだと話し辛いから」

 エオリアの言葉に二人も頷き、それぞれ簡単に自己紹介をする。

 お互い名乗り合ったところで、彼女は自分が本来は実体を持たない存在であることを語った。

   *

 ――夢魔っていうのかな。

 夢の世界に住んでいて、夢から夢へと渡り歩きながら生活している。そんな存在。

 その夢を見ている誰かからほんの少しだけ夢を分けてもらって、それを糧に生きているんだ。

 バクっていう動物も人の夢を食べるって聞いたけど、それと同じかな。

 そんな夢魔のあたしはあるとき、とっても素敵な夢に出会ったんだ。

 その夢はすごく純粋でキラキラしてて、その夢を見ている女の子はとても優しい子だった。

   *

 ――地上・綾香市内 私立・聖流学園

 優斗たちが地下へと潜り、郊外で防衛戦が始まってから少しの時間が経った頃。

 李沙は避難している人たちのために夜食を配って回っていた。

 中身はおにぎりとカップに入った味噌汁、漬物に紙パックのお茶である。

 本当に簡単なものではあるが、施設内の厨房で作ったためご飯も味噌汁もまだ暖かい。

 暖かいご飯は避難を強いられている人たちの心を安心させてくれるのだろう。

 先程から夜食を受け取った人たちは皆一様にどこかホッとしたような顔をしていた。

 そんな人々の顔を見て、李沙はつくづく良かったと思う。

 不安を紛らわすために申し出た手伝いだったが、それが彼女を救ってくれた。

 避難している人たちの間を回るうちに、それが自分だけではないのだと思い知った。

 そして、差し出した夜食を受け取った人が笑顔になったとき、彼女はとても暖かい気持ちになれた。

 漠然と、雪那や優斗たちは大切な人のこんな表情を護るために戦っているんだなと思った。

 彼女が自分を庇って倒れたときはどうしてと思ったけれど、今の李沙には分かる。

 雪那も護りたかったんだよね。あたしのこと、本当に自分に無理をさせてでも……。

 それだけ大切に思われていることが李沙には堪らなく嬉しい。

 ――雪那が起きたら、今度はちゃんとお礼を言わないとね。

 無茶をしたことばかりを責めてしまった自分を恥じるとともに、李沙はそう心に決めるのだった。

「お疲れさまです」

 夜食を配り終えて戻った李沙に、一人の少女が彼女の分を渡してくれた。

「ありがとう。えっと……」

 受け取りながらお礼を言おうとして、そういえば名前を聞いていなかったと苦笑する。

「救護班の綾瀬千早です。普段はここの1年で、保健委員をしてます」

 そう言ってよろしくとにっこり笑う千早に、つられて李沙も笑顔を返す。

「そうだ。あなたの知り合いの方、今さっき目を覚ましましたよ」

「雪那が」

「名前は知りませんけど、金髪のきれいな女の人です。一緒でしたよね」

「うん、雪那だ。わざわざ教えにきてくれたの?」

「いえ、こちらを手伝うついでもありましたから」

 両手を取って感謝の意を表す李沙に、千早は少し照れたようにそう言った。

「あ、医務室に行かれるんでしたらこれ、雪那さんの分です」

 それから急いで駆け出そうとする李沙に、千早はそう言ってもう一人分夜食を手渡す。

「ご飯、食べると元気になりますよ」

「何から何までありがとう。今度、お礼にあたしの大好きなパフェご馳走するね」

 にっこり笑ってそう言う千早に、軽く頭を下げると李沙は今度こそその場を後にした。

 後ろで千早が気にしなくて良いと言っていたような気がするが、答える余裕はなかった。

 ……何だろう、この感じ。嫌じゃないけど、すごくざわざわする。

 上手く掴めないことにもどかしさを感じつつ、李沙は医務室へと急いだ。

 ノックもそこそこに扉を開けて中に入ると、まっすぐ雪那の寝ているベッドへと向かう。

 近づくにつれて、閉じられたカーテンの向こうに人影があるのが分かった。

 場所を考慮してか小声で談笑しているのが聞こえる。

 聞こえてくる声の様子からして、どうやら危険なことはなさそうだ。

 それに一先ず安堵しつつ、誰と話しているのか気になる李沙。

 優奈や美里は厨房のほうで夜食を作っているはずだし、優斗たちは少し前に出掛けたばかり。

 他に知り合いといっても李沙には思いつかなかった。

 となると、自分の知らない彼女の知人ということか。

 アルバイトもしていることだし、その関係で知り合った人かもしれない。

「……雪那、入るよ」

 そう声を掛けて、カーテンを開けた李沙はそこにいた人物を見て思わず硬直した。




   *

   あとがき

龍一「エオリアとの決着」

蓉子「意外とあっさりだったわね。これなら残って全員で戦ってもよかったんじゃないの?」

龍一「時間がないからな。次はいよいよ最深部だ」

蓉子「果たして最深部であたしたちを何が待っているのかしら」

龍一「まあ、ろくでもないものだということだけは確かだな」

蓉子「どうして?」

龍一「だって、退魔全盛期の遺産だぞ。やばいものが封印されてそうじゃないか」

蓉子「いや、実際のところどうなの?」

龍一「そのあたりは次回、いや、次の次くらいかな」

蓉子「この期に及んでまだそんなことを言うの、あんたは」

龍一「次はエオリアたちの目的が明かされる重要な回なんだ。それを考えると、戦闘はその次になる可能性が高い」

蓉子「なるほど。ちゃんと考えあってのことなのね」

龍一「というわけで、次回は第35話で、『夢現』です」

蓉子「ところで、瀬戸内海遊泳はどうなったの?」

龍一「え」

   *

 





雪那の所に居たのは誰なんだろう。
美姫 「最深部に待っているものが何なのかも気になるわね」
いやいや、続きが非常に気になるな〜。
美姫 「一体、何が待っているのかしらね」
次回のお楽しみ〜。
美姫 「そういえば、瀬戸内海のタコは?」
ははぁっ。こちらでございます。
って言うか、大潮の渦に叩き込むな!
流石に溺れるかと思ったぞ!
美姫 「あの、ごぼごぼってなってたのって、溺れているって言わないんだ」
ま、まあ、人によっては言うかもな。
って、溺れてると分かってたのに、助けもせずに笑ってたのか。
美姫 「うん♪」
グスグス。
美姫 「ほらほら。このタコを美味しく調理してあげるから」
うん、ありがとう。
美姫 「それじゃあ、安藤さん次回も待ってますね」
待ってます。




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