愛憎のファミリア2 番外編

  IF〜ファミリアのメイドな一日 お正月編〜

   *

 小鳥の囀りが聞こえてくる頃、浩は誰かに体を揺すられていた。

 体に感じるは心地よい暖かさ。

 優しい揺れも手伝って、彼の意識はゆったりとまどろみの中に沈んでいく。

「……様、浩様……。起きてください……」

 誰かが自分の名前を呼んで起こそうとしている。

 しかし、今この家に自分以外の人間がいただろうか。

 いつも理不尽な暴力で脅して原稿を取り立てる担当の紅美姫は現在休みを取って帰省中だ。

「……浩様」

 再び掛けられる声。よく聞けば、それはここ数ヶ月の間ですっかり聞き慣れた少女のものだ。

 自分に仕えてくれている唯一にして最高のメイド。しかし、彼女も今は休みのはず。

 そこまで考えて、浩はようやく目を開けた。

「おはようございます。浩様」

 そこにあったのは見慣れた赤い髪の少女の笑顔。

 それだけで浩は最高の気分で目覚めることが出来た。

 そこは氷瀬邸の居間。

 炬燵に足を突っ込んでテレビを見ているうちにどうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。

 浩はとりあえず身を起こして伸びをすると、ファミリアへと向き直った。

「あの、どうしてここに?」

 そう尋ねる。すると、彼女は少し首を傾げ、それから納得したように一つ頷いた。

「美姫さんから浩様が帰省なさらないとお伺いしましたので、それならばわたしがいたほうが良いかと思いまして」

「いや、そりゃ、俺としてはいてくれたほうが助かりますけど」

 浩の言葉に、ファミリアの表情に安堵の色が広がる。

「それじゃ、ちょっと待ってくださいね。すぐに朝食の支度をしますので」

 そう言って部屋を出ていくファミリアの背中を見送ってから、浩も席を立つ。

 とりあえず顔を洗ってからキッチンへ行くと、そこには正月らしくおせちが並んでいた。

 それに感嘆の息を漏らしつつ席に着いた浩に、ファミリアがおたま片手に振り返る。

「お雑煮はお醤油とお味噌、どちらにしましょうか」

「うーん、じゃあ、醤油で」

 重箱の中を覗きながらそう答える浩に、ファミリアは畏まりましたと言って鍋に向き直った。

「でも、ファミリアは実家に戻らなくてよかったのか?」

 やがて出来上がった雑煮と一緒におせちをつつきながら浩が尋ねる。

 聞いた話では、彼女は市内のマンションに友人と二人で住んでいるはずだった。

 そのルームメイトも帰省すると聞いていたので、てっきり彼女もそうするものだとばかり思っていたのだが。

「わたしは今住んでいるところが実家みたいなものですから」

 餅を口に運びつつそう答えるファミリア。その顔に憂いはなかった。

 彼女に両親や親戚といったものはいない。それは浩も面接のときに聞いて知っている。

 そこには何か特別な事情がありそうだったが、あえて追求することはしなかった。

 雇用者としては身元引受人さえはっきりしていればそのあたりは問題ないと考えたからだ。

 ただ、彼女は両親がいないことを悲しいとは感じていないらしく、今も平気そうな顔で箸を進めている。

 それに違和感を感じはするものの、やはり他人である自分が立ち入るのは躊躇われた。

「そうか」

 だから、そうとだけ言っておくことにする。

「姉も明日にならないと帰ってきませんし、それでこちらに来させていただいたのですけれど」

 ご迷惑でしたか?という視線で上目遣いに見上げてくるファミリアに浩は思わず仰け反った。

 何というか、そういう威力があったのだ。

 危うく後ろに倒れそうになるのを何とか耐えて、浩はごまかすように質問を投げた。

「お姉さん、帰ってくるのか」

「はい。ですから、今頃は荷造りに追われてるんじゃないかと」

 言いながらその様子を想像したのか、ファミリアは小さく笑みを浮かべた。

 しっかりしているようで意外とそそっかしい面もあるのだ。彼女の姉は。

 浩は私物に囲まれてあたふたと荷造りをしている彼女にそっくりの女性を想像してみる。

 そして、思う。

 目の前の少女が年の割りにしっかりしているのは姉を反面教師としたからなのだろうか、と。

   *

 朝食を終えて浩が居間で寛いでいると、洗い物を終えたらしいファミリアがお盆に湯飲みを載せて入ってきた。

「ご苦労様。済まないな。元旦から働かせてしまって」

「いえ、お気になさらないでください。今日はわたしが来たくて来たんですから」

 そう言って微笑むファミリアを見て、浩はやっぱり良いものだなと思う。

 彼のメイド好きは筋金入りではあるが、それを差し引いても彼女の笑顔は十分魅力的だった。

 二人は向き合って座るとファミリアの淹れた日本茶をずずず、と音を立てて啜る。

「うん。やっぱりファミリアの淹れてくれたお茶は美味しいな」

「ありがとうございます。でも、褒めても何も出ませんよ」

「その笑顔だけで十分さ」

「まあ、浩様ったら……」

 元旦からダメな発言をする浩に、ファミリアは苦笑しながらも嬉しそうだ。

「さて、ではそろそろ出掛けましょうか」

「出掛けるってどこへ?」

「初詣。わたし、日本のお正月って初めてなんですよ。だから、楽しみです」

「へぇ、そうなのか」

 湯飲みを片付けながらそう言うファミリアに、浩は意外だという顔をする。

 しかし、自分はいつ初詣に行くと言っただろうか。

 彼女はすっかりそのつもりでいるようだが、浩にはまるで覚えがなかった。

 昨夜は美姫がいない開放感から酒を飲んだので、記憶が曖昧になっているのかもしれない。

 ……まあ、いいか。彼女も喜んでいるようだし、偶には違う姿も見てみたいとも思う。

 確か、押入れに……あったあった。

 しばらくごそごそとやって、見つけたそれをファミリアへと渡す。

「これは?」

「初詣なら、こっちの格好のほうが良いかと思って。美姫のお古だから、サイズが合うかどうかは分からないけど」

「良いんですか?」

「気にしなくて良いよ。あいつ自身、どうせ忘れてるだろうから」

 そう言って浩は笑うが、ファミリアは何だか気が進まない様子で渡された振袖を見ている。

「まあ、その振袖だってそのまま忘れられているよりは君に着てもらったほうが喜ぶって」

「そうでしょうか」

「少なくてもそのまま朽ちさせるよりはずっと良いはずだ」

「……それもそうですね。じゃあ、ちょっと着替えてきますね」

 そう言って部屋を出ていくファミリアだったが、すぐに自分で帯を結べないことに気づいて戻ってくる。

「あの、これってどうすれば良いんですか?」

「ん、ああ、そうだな。とりあえず、着替えて。帯は俺が結んであげるから」

「お手間を取らせて申し訳ありません」

「良いって良いって。じゃあ、帯を結ぶから後ろを向いてくれるかな」

「あ、はい。お願いします」

 そう言って背中を向けるファミリアの腰へと浩が帯を回し、少しきつめに結ぶ。

「……ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢してくださいね」

「は、はい……」

「よいしょっと、これでよし。じゃあ、こっちを向いて」

 言われるままに振り返り、少し不安そうに浩を見上げるファミリア。

「あ、あの、どうでしょうか」

「うん。良く似合ってるよ。普段のメイド服も良いけど、これはこれでなかなか」

「あ、ありがとうございます……」

 褒められたことに気恥ずかしくなったのか、少し下を向いて頬を赤くする彼女。

 そんな姿もどこか新鮮で、浩の表情にも笑みが浮かぶ。

「さてと、それじゃ出掛けますか」

「戸締り確認してきます」

「頼むよ」

 こうして二人は近所の神社へと出掛けて行くのだった。

   *

「わぁ、すごい人の数ですねぇ……」

 境内を埋め尽くすほどの人込みに、ファミリアが感心したように声を漏らす。

 ――今日は一月一日、元旦である。

 宗教意識の希薄な日本人が恒例行事のようにぞろぞろと初詣にやってくる日だ。

 無論、中には熱心に神への信仰を捧げるものもいる。

 だが、多くのものはやはりクリスマスを祝い、また人生を松任した折には仏式の葬儀を行なうのだ。

 そんなわけでここ、氷上神社の境内も俄か信者であふれていた。

「しかし、多いな」

「はい。はぐれてしまいそうです」

 あまりの人の多さに、辟易したように声を漏らす浩。

 ファミリアは慣れない人込みに流されないように必死に浩の後についてきている。

 そんな彼女を見て、浩は少し躊躇いがちに彼女へと手を差し出した。

「あ」

 その手を見て、小さく声を上げるファミリア。

「その、はぐれると困るから。嫌じゃなければ」

「は、はい……」

 視線をそらしつつそう言った浩に、ファミリアは少し恥ずかしそうにしながらその手を取る。

 何となく良い雰囲気になった二人はそのままお参りを済ませ、屋台を見て回った。

 ――焼きそばに林檎飴に甘酒……。

「あれは何ですか?」

「ん、ああ、御神籤だな。せっかくだから引いてみるか」

 そう言ってそちらへと行く浩に、ファミリアも頷いてついていく。

「どれどれ……、ふむ。中吉か」

「金運が良いみたいですね。あ、でも、身近な女性のお願いには気をつけてと書いてあります」

「あ、あははは……」

 横から覗き込んで読み上げたファミリアに、浩は思わず渇いた笑いを浮かべてしまう。

 脳裏に自分に刀を突きつけてアクセサリーやら服やらを強請る剣姫の姿が……。

 不吉な予感をぶんぶんと首を振って追い払うと、浩はファミリアの御神籤を見た。

「お、大吉か。良いな」

「はい。今年は良い一年になりそうです」

 御神籤を握った手を胸元に寄せて嬉しそうに微笑む彼女。

「そういえば、ファミリアはさっき何をお願いしたんだ?」

「秘密です。そういう浩様は何をお願いしたんですか?」

「俺はとりあえず、美姫におしおきされませんようにだな」

「切実なお願いですね」

「ほっといてくれ」

 そう言ってそっぽを向いた浩に別段気を悪くした様子はない。

 ファミリアもそれが分かっているのか、あえてフォローを入れはしなかった。

   *

 出掛けてから一時間ほどして、二人は氷瀬邸へと戻ってきた。

「そうだ」

 炬燵の上に買ってきたものを並べているファミリアに浩がそう言って懐から何かを取り出す。

 それは二通の茶封筒だった。

「今日の分の給料と、それからこっちは少ないがお年玉だ」

 そう言って差し出す浩に、ファミリアが小さく首を傾げる。

「おとしだまというのは何ですか?」

「何だ、知らないのか」

「お見受けしたところお金のようですが、わたしがお受け取りしてもよろしいのですか?」

「まあ、俺も良く分からないんだが、お正月には大人が子供に渡すことになってるんだ」

 そう言って、浩はやや強引に封筒を二つとも握らせる。

「まあ、これも日本の正月の風物詩だと思って受け取っておいてくれ」

「は、はぁ……」

 そう言われて、戸惑いがちに頷くファミリア。

 自分が子供に分類されるという自覚が薄いのか、そう言われたことに軽い驚きを覚えていた。

「さて、それじゃあそろそろ昼にするか」

「この焼きそばとお好み焼きは温め直したほうが良いですね」

「ああ、そうしてもらえるかな」

「じゃあ、少し待ってくださいね。ついでにお茶もお入れしますので」

   *

 ――そして、昼食後。

 屋台で買ってきた物も大方消化し、すっかり満腹になった浩は炬燵に入って横になっていた。

 ちゃっかりメイド服に着替えたファミリアに膝枕してもらっているあたり、抜け目がない。

 そんな彼の少し乱れた髪を指で梳きながら、目を細める彼女。

 こちらもまんざらではなさそうだ。

「このまま眠っても良いかな」

「風邪を引いてしまいますよ」

「疲れたんだ。それに風邪なら引いても君が看病してくれるんだろ」

 悪戯な笑みを浮かべてそう言う浩に、ファミリアも小さく笑みを零す。

「……分かりました。どうぞごゆっくりお休みください」

「ああ、初夢。良いものがみられそうだよ」

 そう言って目を閉じる浩。

 その頭を撫でながら、ファミリアは彼の耳元にそっと囁くのだった。

「今年もよろしくお願いしますね。……ご主人様……」



   *

  あとがき

 新年、明けましておめでとうございます。

 安藤龍一です。

 新しい年の始まりを記念して、このような小説を書かせていただきました。

 いかがだったでしょうか。

 相変わらずの文章ですが、今年も頑張って書いていこうと思いますので皆様よろしくお願いします。

 ではでは。

   *

 





あけましておめでと〜。
美姫 「ございます〜」
うぅぅ、今年は一発目から幸先が良い感じのお話が。
美姫 「まあ、お話の中でのみ許されるのほほんとした元旦よね」
うぅぅぅ。疲れたよ〜。休みたいよ〜。
美姫 「駄目に決まっているでしょう。さっさと書きなさい!」
うぅぅ。所詮、現実なんてこんなもんさ(涙)
美姫 「ほらほら」
うぅぅ。ファミリア〜助けて〜。
美姫 「ってな感じで、今年も頑張らせますので!」
ファイトだ、俺〜。負けるな、俺〜。
ってな感じで、今年も頑張ります〜。
美姫 「ってな訳で、今年も宜しく〜」
ではでは。



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