愛憎のファミリア2 番外編

  IF〜ファミリアのメイドな1日 クリスマス編〜

   *

 ――1224日 氷瀬邸・リビング

「……ジンぐるべ〜る♪ジングルベ〜ル♪鈴がな〜る♪」

 定番のクリスマスソングを口ずさみながら、ソファに腰掛けてリースの鈴を鳴らしているのはこの屋敷の主である氷瀬浩……ではなく、彼の担当の紅美姫だった。

 近年の異常気象の如く執筆に関するあらゆる事象が不安定、それも多分にわざとやっている感のある浩先生を監視するという名目で氷瀬邸に住み込むようになって久しい彼女だが、今日は珍しく機嫌が良さそうだった。

 珍しく、本当に珍しく浩が無条件でスケジュール通りに仕事をこなしたということもその原因の一つではあるだろう(浩さん、ごめんなさい)。

 いつもこうなら尚良いと美姫は思わなくもないのだが、今回は今日自分に仕事をさせなかっただけでも良しとしよう。何せ、今日はクリスマスイヴなのだ。

 そんな寛大な心の彼女が向ける視線の先には、いかにもぬいぐるみなカラーのトナカイが一匹、脚立の上に上って飾り付けをしていた。

「鈴が鳴る〜♪じゃないだろ。遊んでる暇があるなら、おまえも少しは手伝え」

 そう言いながら脚立から降りて振り返ったトナカイには、人間の顔が張り付いていた。いや、単に浩がトナカイの着ぐるみを着ているだけなのだが。

「嫌よ。そんな高いところに上ったりして、落ちて怪我でもしたらどうする気よ?」

「いや、おまえなら問題なく着地を決めてそうなんだが」

「つべこべ言わずにさっさとやりなさい。ほら、早くしないと恋歌が来ちゃうわよ」

「へいへい。ったく、何で俺ばっかり……」

 理不尽な美姫の命令にぶつぶつ文句を言いながらも、浩は言われた通りに作業を続ける。

「お料理、出来ましたよ」

 部屋の飾り付けが粗方終わった頃、そう言ってファミリアがリビングに入ってきた。その手には、様々なパーティー料理が載った大皿が一つ。それを見た浩は、ソファから立ち上がると彼女の手から皿を取ってテーブルの上に置いた。

「まだ沢山あるんだろ。手伝うよ」

「いえ、ご主人様にそんなことしていただくわけには!」

「気にするなって。ファミリアが頑張って作ってくれた料理を早く食べたいだけなんだから」

「う、嬉しいですけど、やっぱりここはわたしが」

 そう言って顔を赤くしながらもキッチンへと行こうとする浩を押し留めようとするファミリア。

「良いから手伝わせちゃいなさいよ。こいつが自主的に手伝うなんて滅多にないんだから」

「おまえはいつもいつも俺を散々扱き使ってるだろうが。って言うか、いい加減、少しは手伝え」

「わたしは良いのよ」

「良いわけあるか。大体、おまえって奴は……」

 トナカイの前足で器用に料理の載った皿を運びながらぶつぶつ文句を言ってくる浩に、雑誌のページをめくっていた美姫の手が止まる。

「へぇ、浩のくせにわたしに説教なんてするんだ……」

「あ、いや、その、あははは……」

 雑誌に視線を落としたまま、そう言って軽く組んでいた足を組み替える美姫。それだけで浩は滝のような冷や汗を背中に流し出す。

「そ、そうだ。こ、これを見ろ」

 完全に震えた声で今思い出したようにそう言って、浩はトナカイの内側から1枚のリムーバブルディスクを取り出した。

「これには昨夜書き上げたばかりの原稿が入っている。良いのか。今俺を攻撃したら、こいつまで使い物にならなくなるぞ」

 途端に強気になる浩に、美姫は呆れたように溜息を漏らすと自分も懐から同じものを出して見せた。

「あ、あれ?それはもしかして……」

「あんたが昨夜、出来たからって言ってわたしに渡したのよ。もちろん、既にコピー済み。残念だったわね」

「あ、あははは……」

「減殺!」

「ぎゃぁぁぁっ!?

   *

 編集部での仕事を終えた恋歌が氷瀬邸のリビングに顔を出したとき、そこには何故か気まずい空気が漂っていた。

 不思議に思いつつ室内を見回して、彼女はああ、とすぐに納得する。

 ソファにはところどころ焼け焦げて目を回している人面トナカイ、もといこの屋敷の主である氷瀬浩とそれを介抱している彼のメイド兼恋人のファミリア=レインハルト。

 そして、気まずそうにその二人から視線を逸らしている自分の先輩編集者である紅美姫の姿。それだけで、恋歌には何があったのか大体察しがついてしまった。

 ようするに、いつものことである。

 浩の担当になったばかりの頃は、ギャグとしか思えないその光景に何度も唖然とさせられたものだが、今では苦笑するか溜息一つ漏らす程度で済ませられるようになっている。

 慣れとは恐ろしいものである。

 そんな自分に苦笑しつつ、とりあえず恋歌はこの空気を払拭すべく、いつも通りの明るい声で自身の到着を告げた。

「こんばんは〜。虹沢恋歌、アルコール持参でただいま到着いたしました〜!」

 そう言って、びしっと敬礼を決める恋歌の手には、中身の覗く程一杯に飲み物が詰まったコンビにの袋が下げられていた。

「えっと、美姫さんはビールですよね。ユウヒのドライエイトと、RAKUDAのクラシックジャガー、どっちにします?」

 コンビにの袋をガサガサ言わせながら、そう言って取り出した缶をテーブルの上に並べていく彼女。自分の敬礼に対する反応が薄いことなど何処吹く風だ。

 美姫とは別の意味で、この娘もとことんマイペースだった。そんな彼女の行動に、気まずかった空気も無理やりいつものそれに戻されてしまう。

 そうなると、後はもういつも通りの氷瀬邸だった。

 電飾やら何やらで部屋中クリスマス一色になってはいたが、その中で騒いでいる人間の様子は何ら普段と変わらない。

 四人でクリスマス料理を囲いながら、時折浩がバカをやって美姫に突っ込まれ、それをファミリアがフォローする。

 近頃はそうやって持ち直したところに、恋歌が天然気味の小型爆弾を投下して状況を引っ掻き回すようになっていた。

 美姫に酒を飲まされた恋歌が酔っていきなり服を脱ぎ出す等、ハプニングもあったが、時は概ね楽しく過ぎていった。

   *

 ――夜も大分更けた頃、氷瀬邸のバルコニーに、一人グラスを傾ける浩の姿があった。

 飲んでいるのはロシア産のウォッカに軽くオレンジジュースを混ぜたカクテルの一種、所謂スクリュードライバーという奴だ。

 元が強い酒だけに、浩は飲み始めて幾らもしないうちに身体が芯から熱くなるのを感じていた。おかげで冬の夜の冷たい空気もほとんど気にならない。

 本来、寒い地方で好んで飲まれるウォッカの平均的なアルコール度数は45度と恐ろしく高いのだが、カクテルにしたことでそんな数字が嘘のように簡単に喉の奥へと通せてしまう。

 それは飲み方を知らない人間にとっては酷く危険な飲み物だった。

 こっそりくすねて来たピクルスと、満天の星空を肴に、彼はそんな酒を一人で飲んでいる。

 性質の悪い酔っ払いどもから逃げたかったというのもあるが、こうしてここで飲んでいれば彼女は自分を探して現れるだろうから。

 そう、これは演出だ。

 ドラマチックなシチュエーションが好みの恋人への、彼からのささやかなクリスマスプレゼント。

 ふと近づいてくる気配を感じて、浩は傾けていたグラスをテーブルの上に置いた。

 小さく開かれる扉の音に振り向けば、そこにメイド服姿の彼女が立っている。

 その背後の明りが消されているところを見ると、彼女も彼の意図を理解しているのだろう。

 元より隠すつもりなどない。

 彼は軽く息を吐くと、予め用意しておいた台詞を持って幕を開けることにした。

「えっと、俺に何か用事?」

「いえ、ただ、お姿が見えないようでしたから……」

 そう言って顔を伏せる彼女に、彼は再びグラスへと伸ばしかけた手を止めて席を立つ。

「ここは寒いから。特に何もないのなら、早く中に入ったほうが良いぞ」

「そうですね。でも、その前に、よろしければその素敵な色のお酒をわたしにもご馳走してはいただけませんか?」

「構わないけど、こいつはちょっときついぞ。果汁のように甘くて美味いが、アルコール度数が半端じゃなく高いんだ。君のようなお嬢さんには毒かもしれない」

「元は寒い地方で好んで飲まれるお酒ですものね。でも、お酒に弱いあなたにとってもそれは毒なのではありませんか?」

「ふっ、人間ってのは身体に悪いもの程美味く感じるものなのさ」

 格好つけてグラスを傾ける彼を、彼女は不思議な微笑を湛えて見つめる。

「では、やはりわたしもご一緒いたしましょう」

「いや、だから身体に悪いんだって」

「平気です。だって、わたしは既に別のもっと性質の悪い毒に犯されているんですもの」

「…………」

「…………」

 沈黙。

 見つめ合い、どちらからともなく噴き出す。

「いや、自分からやっといて何だけど、致命的に似合ってないよな俺」

「わたしもです。やっぱり雰囲気だけじゃ、どうにもならない部分ってありますよね」

 向け合う笑顔の中に苦いものを見つけて、お互いその笑みを深める。

「そんじゃ、俺ららしくいつも通りで行くか」

「そうですね。でも、その前に……」

 一頻り笑い合った後、そう言って座り直す浩に頷き、ファミリアも彼の対面に腰を下ろす。

「これはわたしがいただきますね」

 そう言って、ほとんど減っていない浩のグラスへと手を伸ばす。

「いや、助かるよ。正直、それをこの量は辛いから」

「美味しいですよ。ご主人様って、カクテルお作りになれたんですね」

「俄仕込みだけどな。興味があるなら、今度レシピを渡すからいろいろ試してみると良いよ」

 そう言ってピクルスを齧る浩に、ファミリアは少し呆れたような視線を向ける。

「本当に雰囲気も何もありませんね」

「むっ、それじゃあ、この続きは俺の部屋で飲むか?」

 何気ない調子で発した浩の問いに、グラスを傾けていたファミリアの手が止まる。

「……ご主人様、このお酒が巷で何と呼ばれているかご存知ですか?」

「さて。俺は酒に関しては疎いからな」

 すっと目を細めて聞いてくるファミリアに、浩はとぼけたようにそう答える。その顔は間違いなく確信犯だった。

「良いですよ。その代わり、今夜は寝かせてあげませんから」

 空になったグラスをテーブルの上に置き、ファミリアは微かに頬を染めてそう言った。

   *

 翌朝、彼のベッドで目を覚ましたファミリアは、枕元にきれいにラッピングされた小箱を見つけた。

 添えられたメッセージカードには、歪な筆記体のアルファベットでメリークリスマスと書かれている。

 見慣れたその不器用な筆跡に、ファミリアは思わず表情を綻ばせた。

「……ありがとうございます。浩さん」

 隣で爆睡している自らの主兼恋人の頬にそっと唇を寄せて囁くと、彼女は彼を起こさないように気をつけながら寝室を後にする。

 その胸元には永遠の愛の守護石、アメジストが窓から差し込む陽光を受けてキラキラと煌いていた。

   *

  ーー fin ーー



   *

  あとがき

龍一「メリークリスマス〜!」

恋歌「というわけで、愛憎のファミリア2の番外編第5弾です」

龍一「うーむ、ロマンチックな演出をしたかったのに、こうなってしまったのは何故だろう」

恋歌「それも偏に作者がへたれているからですね」

龍一「君、言葉は時に実際の刃物よりも深く心を抉るってことを知っているか?」

恋歌「はい(にっこり)」

龍一「確信犯かよ(泣)」

恋歌「さて、何のことでしょう」

龍一「いや、かわいらしく小首を傾げてとぼけられてもな」

恋歌「ともあれ、クリスマスプレゼントがこれだけというのはあれなので、わたしからも浩さんに贈らせていただきました」

龍一「何を?」

恋歌「ファミリアさんです。首にリボンを付けて、きれいにラッピングした箱に詰めて郵送で送りました」

龍一「おいっ!?

恋歌「大丈夫ですよ。ちゃんとクール便で送りましたから」

龍一「生物扱いかよ」

恋歌「と、冗談はこれくらいにして」

龍一「本当に冗談だよな。昨夜からファミリアの姿が見えないんだが」

恋歌「さて、わたしもパーティーに呼ばれているのでこのあたりで失礼しますね」

龍一「おーい、もしもし」

恋歌「それではまたの機会に」

 クリスマスの朝、氷瀬邸に大きな荷物が届けられたとか。

 その中身が何であったかは読者のご想像にお任せするとしよう。

   *

 





うぅぅ。良いな、良いな。あっちの浩は良いな〜。
美姫 「何が不満なのよ」
…………。
美姫 「そこで沈黙されるのは、とっても腹ただしいわね」
え、えっと〜。あ、安藤さん、SSのプレゼント…。
美姫 「ありがとうね〜」
ぶべっ! ……う、うぅぅ。
あ、ありがとうございます。
美姫 「あら? どうかしたの?」
な、何でもないよ(涙)
中々に甘いシチュエーションで、名前が同じだけに読み進めるたびに悶えそうに(笑)
美姫 「傍から見てると気持ち悪いわよ」
うるさいっ!
美姫 「アンタがね」
ぶべらっ!
美姫 「それじゃあ、またね〜」
……で、ではでは。



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