第23話 真紅と紅蓮

 

 負傷したかおりを連れて帰宅した優斗を、蓉子が鬼のような形相で出迎えた。

「ちょっと、優斗。あんた、一体どういう……」

「話は後だ」

 怒鳴りかけた蓉子を無理矢理押しのけて、優斗はかおりを家に上げた。

「救急箱!」

「はいっ」

 リビングに向かって叫ぶ優斗に、優奈が素早く反応する。

 こういうときの役割は大抵姉の方で、すぐに救急箱を抱えて飛んでくる。

 間もなくリビングに現れた優斗の全身を一瞥して優奈は怪訝そうに眉を顰めた。

「俺じゃない。この子の方だ」

 そう言って優斗は右腕を押さえて痛そうに眉を顰めているかおりをソファに座らせた。

「ガラスで切ったんだ。一応止血はしてあるけど、他がどうなってるかはわからない」

「刺さったりはしていませんか?」

「ああ、それは大丈夫だと思う。とりあえず、消毒とかしてやってくれないか」

「わかりました。えっと……」

「かおりです。佐藤かおり」

 かおりは名乗って、少しだけがんばって笑ってみせた。

「では、かおりさん。腕を出していただけますか?」

「こ、こう……」

 自分の前に跪く少女に、少々戸惑いながらもかおりは言われた通りに右腕を差し出した。

 優奈は素早く傷口を確かめると、小さく息を漏らした。

「あー、結構深いですね。見たところ、神経や筋組織を傷つけてはいないみたいですが」

「分かるの?」

「専門的なことはダメですが、外傷の程度くらいはなんとか」

 言いながら優奈は手早く傷口を洗浄、消毒してガーゼを当てていく。

「これでよし、と。血はもう止まってますし、切り口が鋭かったからすぐに塞がるかと」

「ありがとう。すごいわね。まるで女医さんみたい」

「そんな、慣れているだけです」

 優奈は少し照れたように笑って立ち上がると、救急箱を戻しに行ってしまった。

「俺、コーヒー入れるな」

「あ、ちょっと」

 慌てて捕まえようとした蓉子の服の裾を美里が掴んで引き止める。

「お客さんの前でもめちゃダメだよ」

「だって、あいつ」

「いいから座って。優斗だって、ちゃんと考えて動いてるはずだよ」

 言われて蓉子はしぶしぶソファに座り直した。

「大体、コーヒーならあるじゃない」

「あの、その人、かおりさんの分じゃないですか?」

 隅っこの方に身を小さくして座っていた赤い髪の少女が、おずおずと口を挟んだ。

「うるさいわね。そんなこと言われなくてもわかってるわよ」

「ひっ、すみません」

 ほとんどやつ当たりのように怒鳴られて、少女はびくんと身を震わせて小さくなった。

「なにそんなに怒ってるの?」

「知らない」

 美里に冷ややかな目で見られて、蓉子はぷいとそっぽを向いた。

 ……ったく、これじゃまるであたし一人がバカみたいじゃない。

 それにしても、この姉妹はどうしてこんなにも平然としていられるのだろう。

 自分たちの主人が他の女と関係しているっていうのに……。

 ―――――――

「あの、優斗さん……」

 キッチンで優斗がコーヒーカップを出していると、優奈がエプロンを着けてやってきた。

「何があったんですか?」

「え」

「彼女の怪我、ガラスで切ったにしては少し切り口が広すぎます」

「さすがに鋭いな」

 優斗は感心したように笑ってから、不意に真顔になって言った。

「しばらくは人気の少ない場所には近づくな。あと、一人での外出も控えたほうがいい」

「やっぱり、何かあったんですね」

「物騒なのが一人、街の中まで入り込んでる。さっきそいつに襲われて、俺も少し暴れた」

「喧嘩ですか?」

 優奈は少し呆れたようにそう聞いた。

「正当防衛だよ。俺は悪くない」

「かおりさん、彼女にいいところを見せようとして失敗したと、つまりはそういうことですね」

「いや、別にそんなつもりはなかったんだけどな」

「でも、彼女に怪我をさせてしまったのは事実でしょ」

「……面目ない」

 優斗は素直に自分の非を認めた。

「座っててください。ここ、わたしがやりますから」

「いいよ。どうせ、カップに注いで持ってくだけだから」

「蓉子さん、怒ってますね」

「ああ。俺、何かあいつの気に障るようなことしたのかな……」

 首を傾げつつ、優斗は二人分のコーヒーを持ってリビングへと戻る。

 すぐに仏頂面の蓉子と目が合ったが、彼女は軽く睨んだだけで何も言ってはこなかった。

 優斗はますます分からない。

 とりあえずかおりにコーヒーを勧め、自分はその隣に腰を下ろすと徐に一同を見回した。

 ――さて、どこから話そうか。

 軽く腕組みをして思案する優斗に、かおりがおずおずと声を掛けた。

「あの、草薙君……」

「ん、ああ、そういえば蓉子以外はほとんど初対面だったか」

 優斗はすぐにそのことに気づいて、それから各自自己紹介をするよう促した。

 優奈に蓉子、美里の順で名乗って、最後に赤毛の少女が席を立つ。

「ファミリアレインハルトと申します。あの、昨夜は大変ご迷惑をおかけいたしました」

 そう言って少女――ファミリアは優斗に向かって深々と頭を下げた。

「そんな、俺の方こそろくに謝りもしないで」

 良家の娘らしく折り目正しく挨拶されて、優斗は慌てて恐縮した。

「ちょっと、何のこと。あたしたちにもちゃんと分かるように説明しなさいよ」

 蓉子が苛立たしげに優斗を睨んだ。

 どうやら彼女の機嫌が悪いのはこの娘とのことが原因らしい。

 ……ったく、一体どんな誤解をして腹を立ててるんだか。

 優斗は昨夜のファミリアとの一件をそのまま語って聞かせた。

「なんだ、そうだったんだ」

 案の定、蓉子は何かとんでもない勘違いをしていたらしく、顔を赤くして後で謝ってきた。

「しかし、ファミリアさんでしたか。あなたはどうしてあんな時間にあの場所に?」

「人を探していたんです」

「相手は危険人物ですか。例えば出会い頭に飛び掛かって取り押さえなければならないような」

「あ、あれはあなたが殺気立っていたからです。姉はそんな危険な人じゃありません。たぶん」

 自信がないのか、ファミリアは不意に表情を曇らせた。

「姉って、探しているのはお姉さんなんですか?」

「はい。わたしの実の姉です」

 ファミリアの言葉に、かおりと優斗がちらりと視線を交わす。

「お姉さん、あなたによく似てるの?」

「そうですね。双子ですから。髪や瞳の色は少し違ってますけど、他はほとんど瓜二つです」

 そう言ってファミリアは一枚の写真を見せた。なるほど確かによく似ている。

「あの、かおりさん。もしかして、姉が何かご迷惑をおかけしたのではありませんか」

「え?」

 ほとんど確信しているような口調で聞かれて、かおりは思わず顔を上げた。

「やっぱり。わたしを見たときのあなたの目は少し怯えていましたから」

「あ、えっと、ごめんなさい……」

 どうしていいか分からず、とりあえずかおりは謝った。

「謝らないで。わたしだって、ああいうときの姉さんは怖いですから」

 少し悲しそうな微笑を浮かべてファミリアは言った。

「姉は普段はとても優しい人なんですけど、たまに人が変わったようになってしまうんです」

「それで、お姉さんは見つかったの?」

 美里が聞くと、ファミリアは小さく首を横に振った。

「もう十日も前から。家にも帰ってこなくて……」

「それは、心配だな」

 言いながら優斗はちらりとかおりに視線を投げた。

 何も聞くなという合図のつもりだったが、彼女はちゃんと理解してくれたらしい。

 それからファミリアが草薙家を辞去するまで、かおりはそのことには一切触れなかった。

 ―――――――

「お昼食べてけばいいのに。うちのお姉ちゃん、料理とっても上手なんだよ」

 美里がそう言って誘うのを丁重に断って、ファミリアは草薙家を後にした。

 玄関まで見送った優斗にも再度頭を下げていたあたり、どこまでも礼儀正しい娘である。

 優斗がリビングに戻ると、それを待っていたかのようにかおりがソファから立ち上がった。

「草薙君。わたしもそろそろお暇するわ」

「何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」

「そのつもりだったけど、今日はやめとく。そんな気分でもないし」

「後で聞きたくなっても、もう教えてやらないかもしれないぞ」

「そのときはまた弱みを握って揺するだけよ」

 爽やかな笑顔でそう言い切ると、かおりは自分の家へと帰っていった。

 そういうことを笑顔でさらりと言えるあたり、つくづく恐ろしい女だと優斗は思う。

「ねえ、どう思う?」

 玄関の方に視線を向けたままで蓉子が聞いた。

「彼女、ファミリア・レインハルトのことか」

 蓉子は黙って頷いた。

 微かだが、あの娘からも人と違う匂いがする。それは優斗も気づいていたことだった。

 ――妖怪、魔物、……いや、もっとずっと人に近い何かだ。

 そして、喫茶店で出会ったもう一人の少女。彼女もまた、人間ではなかった。

「別にどうだっていいんじゃないか。今のところ害はなさそうだし」

「でも、昨夜襲われたんでしょ?」

「お互いに臨戦態勢だっただけだよ。相手が同類ならよくあることだろ」

「それは、そうかもしれないけど……」

 蓉子はまだ何か言いたげにしていたが、優斗が取り合わないので仕方なく口を噤んだ。

「あんまり一人で抱え込まないでよ。あんたが潰れちゃったら元も子もないんだから」

 一応念を押しておいてから、蓉子はダイニングテーブルの前へと移った。

 重い空気に耐えかねたのか、美里は珍しくキッチンに立って優奈の手伝いをしている。

 何となく優斗はガラス越しに暗雲の立ち込め始めた空へと目をやった。

 ―――――――

 ……風が吹き荒れていた。

 砂塵を巻き上げ、雑草を押さえつけて、狂ったように舞っている。

 それは深い憎悪と悲しみに満ちた慟哭だった。

 ……なんて風。真夏なのに、凍えてしまいそうになるなんて。

 伝わってくる冷たい激情に、ファミリアは思わず身を震わせて立ち止まった。

「恐ろしいものだな。あの程度の封印で抑えられているのが不思議なくらいだ」

 聞き慣れた声に、彼女はハッと顔を上げた。

 一瞬、鏡の前に立ったような錯覚に陥る。その少女はそれほどまでに自分とそっくりだった。

「ディアーナ……姉さん……」

「相変わらずのようだな。その呼び方も、臆病なところも少しも変わっていない」

 姉と呼ばれた少女は微かな笑みを浮かべてそう言った。

「どちらも十日やそこらで変えられるものじゃありませんよ」

「……では、おまえの方針にも変更はないというのだな」

「姉さんこそ、もうそんなことは止めて下さい。刀夜さんも心配していましたよ」

「あの男に配るような心があるかどうかは知らないが、わたしの方も今更止める気はないよ」

 穏やかな微笑はそのままに、姉妹は中空で視線をぶつけ合う。

「どうしても止めていただけないというのですね」

「わたしはあのような輩を黙って見逃せるほど寛大ではないのでな」

「……何も分かってない」

「何?」

「そうやって誤解したまま、姉さんはご自分の悲劇の引き金を引くおつもりですか」

 少女の瞳が赤から紅蓮に燃え上がる。

「同じ年月しか生きていないくせに、知ったふうな口を利くな!」

 力が弾ける。

 戦うのが同じ力を持つもの同士ならば、その明暗を分けるのは個々の経験と技量の差だ。

 中空で不可視の波動がぶつかって、歪められた大気がファミリアへと殺到する。

 全力で力を叩きつけていた彼女はこれを避けることが出来ない。

「くっ」

 小さく呻いて目を閉じたファミリアの体を圧倒的な力の波が直撃……しなかった。

 唐突に差し込まれた一条の刃によって、力の奔流は彼女に届く寸前で止められていた。

 ……邪魔された。そして、したのは。

「予想していなかったわけではないが、まさか本当にこうなるとはな」

「刀夜さん!?

 突然現れた黒衣の男にファミリアが驚きの声を上げる。

「力を収めろ。おまえは実の妹を手にかけるつもりか」

「黙れ。おまえにわたしの気持ちが理解出来るものか!」

「ふむ。少々情緒不安定気味のようだな。それも邪気に憑かれた影響か」

「黙れと言っている」

 少女の視線に怒気が篭る。

「そうだな。今のおまえには何を言っても無駄だろう」

「分かっているなら黙れ。そして、わたしの前から消えろ」

「そうもいかない。こちらは仕事なのでな」

 そう言って男は徐に剣を構え直した。それを見た少女の体からもの凄い殺気が噴き出す。

「おまえ程の存在が感情に我を見失うのか。邪気とはつくづく恐ろしいものだな」

 そう呟いて剣を握る男の顔には悲しみと微かな恐れの色があった。

 ―――――――

 ……悪寒。

 ―――――――

 蓉子ほどではないが、動物的な直感は優斗もそれなりに働く方である。

 そのとき、彼は空に昇っていく一筋の光を見たような気がした。




 ―――あとがき。

龍一「これにて第4章終了〜」

蓉子「いろいろと言いたいことはあるけど、一つだけ」

龍一「何だ?」

蓉子「何か、段々あたしの扱いがひどくなってきてない?」

龍一「気のせいだ」

蓉子「おまけに最近作者が何か強いし」

龍一「そんなことはないと思うが」

蓉子「金色並の存在と契約してたり、倒しても倒しても復活してくるのもあたしの気のせいだと?」

龍一「そうそう」

蓉子「他に言い残すことは?」

龍一「…………来世では優しいパートナーに巡り会いたいな」

蓉子「狐流妖術奥義之四・現冥交錯!」

――現界と冥界が交わった瞬間、作者の体が冥界へと取り込まれる。

かおり「ただいま。って、あれ、うちのへたれ作者は?」

蓉子「さぁ、あたしは知らないよ」

かおり「そう」

蓉子「それよりどこ行ってたの?」

かおり「美姫さんのところ。あれを返して、ついでにお茶飲みながら浩さんと遊んできたの」

蓉子「いいな。今度あたしも行こうかな」

かおり「城島さんはこの前は特訓ばかりでゆっくりお話出来なかったものね」

蓉子「そうなのよね。おかげで大分強くなれたんだけど」

かおり「わたしもあれの件でお世話になったし、そのお礼も兼ねて今度うちに招待しましょうか」

蓉子「あ、それいいね。とりあえず、こっちが一段落したらってことで」

かおり「美姫さん。いいですよね?」

蓉子「優奈ちゃん達も呼んで皆で騒ごうよ〜」

かおり「ごほん。えー、私的なことはこれくらいで、次回もまたよろしくです」

蓉子「またね」

 

 




という事らしいぞ。
美姫 「そうね、じゃあちょっとお邪魔しようかしら」
いいか、くれぐれも大人しくしてるんだぞ。
間違っても、建物を崩壊させたり、半径1キロのクレーターを作ったり、あまつさえ、人所か、ペンペン草さえもが100年生えないような状況に……。
美姫 「アンタは、最初にいう事がそれか!」
ぐ、や、やめ……。く、首が……。も、持ち上げるな……。
美姫 「ふん。獄炎に包まれるが良いわ。獄焔煉檄掌(ごくえんれんげきしょう)!!」
ぐがぁぁぁ! も、燃えるぅぅぅ。お、俺の体がーーー!
美姫 「ふっふっふ」
ガガガガガガガッ!!
ぐげっ、ぐげっ、や、やめ……。
美姫 「ファイナル!」
がぁぁぁぁっ。……………。
美姫 「ふん。ビクトリィィ。それじゃあ、また次回でね〜」



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