第29話 たった一人の……

 

「そういうわけだから、彼女、送ってくね」

『気をつけろよ。このところ何かと物騒だからな。例の通り魔もまだ捕まってないみたいだし』

「大丈夫。いざとなったら全力で対処するから」

『……そうならないことを祈ってるよ』

「じゃあ、また後で」

 そう言って蓉子は電話を切った。

「優斗、何か言ってた?」

「気をつけろ、だって」

「相変わらず心配性なんだから」

 美里はそう言って笑ったが、それなりに嬉しくもあったりする。

「えっと、それじゃあ行こうか」

 連絡が終わるのを待っていたファミリアに声を掛けて、三人は歩き出した。

「そういえば、ファミリアさん」

「ファミリアでいいです。年、たぶんそんなに離れてないはずですから」

「そう。じゃあ、ファミリア」

「はい」

「あなた、どうしてあんなとこにいたの?」

 蓉子に聞かれてファミリアは少し困った顔になった。

「……前に言いましたよね。姉を探しているって」

「え、それじゃあ」

「見つけて、少し話しました」

「それで、お姉さんは?」

 蓉子が少し遠慮がちに先を促す。

「姉はわたしを置いて行ってしまいました。もう自分のことは忘れてくれって」

「そんな、どうして」

 美里が信じられないと言わんばかりに大きく目を見開く。

「わかりません。姉は昔からあまり多くを語らない人でしたから」

「それで、大人しく引き下がったっていうの?」

「え、ええ」

「ふざけないで!」

 美里がものすごい剣幕でファミリアに詰め寄った。

「どうして引き止めなかったの!?

「美里、やめなさい」

「だって、姉妹なんでしょ。ずっと探してたって。それなのに、それなのに……」

「美里!」

 蓉子が少し強い口調で彼女の名前を呼んだ。

「人には人の事情ってものがあるの。許せないかもしれないけど、分かって」

「そんな、そんなのって……」

 美里はしばらくうわ言のように繰り返していたが、やがて蓉子の胸に縋って泣き出した。

 蓉子は黙ってその頭を撫でてやる。

「ごめんね。この子、人より感受性が強いもんだから」

「いいんです。姉を引き止められなかったのは事実ですし、それを悔やんでもいますから」

 そう言ってファミリアは俯いてしまった。

「だったらこんなとこで立ち止まってちゃダメだよ。望みを捨てたらそこで終わりなんだから」

「……蓉子さん」

「どんな事情があるのかは知らないけど、望みがあるならがんばんなさい。いいわね」

 蓉子の言葉は優しかった。

 暖かくも力強いその励ましに、ファミリアは姉の姿を見たような気がした。

 しばし三人の間に何ともいえない空気が流れる。だが、そんな時間も長くは続かなかった。

 ようやく落ち着いてきた美里が蓉子から離れようとしたとき、再び轟音が大気を打った。

 美里が驚いて蓉子に抱きつき、ファミリアが弾かれたように顔を上げる。

「あそこ!」

 美里が境内の方を指差して叫んだ。

 ……石段の上、鳥居の向こうに粉塵と黒煙の混じった幕が見える。

「何があったんだろ」

「行ってみましょう」

「えっ、でも、危ないんじゃない?」

「人が助けを求めていたらどうするんですか。わたし、このまま見捨てていくのは嫌ですよ」

 そう言うなり、ファミリアは一人で石段を駆け上がっていった。

「あ、ちょっと!」

「美里、あたしたちも行くわよ!」

「え、でも」

「放っとくわけにもいかないでしょ。それに万が一ってこともあるし」

 蓉子に言われて、美里は仕方なく石段を登り始める。

 地獄のような三百段を一気に登りつめたファミリアはそこで信じられないものを見た。

 朦々と立ち昇る煙幕の向こうで、巫女服姿の少女が右肩から血を流して倒れている。

 そして、その少女の喉元に長く伸ばした爪を突きつけているのは……。

「ディアーナ!?

 名を呼ばれて、赤毛の少女がゆっくりとこちらを振り返る。

 少女はファミリアを一瞥して小さく舌打ちすると、不意に姿を消した。

「ファミリア〜!」

「はぁ、はぁ、はぁ、……だ、大丈夫?」

 遅れて登ってきた二人はファミリアの蒼褪めた顔を見て、慌てて彼女に駆け寄った。

「わ、わたしは平気です。それよりも、この人を」

 言われて二人は倒れている巫女少女に気づいた。

「さ、佐藤さん!?

「ちょ、ちょっと、すごい血だよ!」

 二人は慌ててかおりに駆け寄ると、その傷の深さに悲鳴を上げた。

「……その声は……城島さん。……それに、美里ちゃんも……」

 声を聞いてかおりが薄く目を開ける。

「よかった。まだ息があるみたい」

「うーん、何とかね……」

 そう言って、上体を起こそうとしたかおりは全身に走る激痛に思わず顔を顰めた。

「ダメだよ動いちゃ」

「じっとしてて。今、救急車呼ぶから」

 蓉子が懐から大急ぎで携帯電話を取り出す。

「その必要はありませんよ」

 そう言ったのはファミリアだった。

「な、何言ってんの。こんな大怪我なのよ!?

「いいから見ていてください」

 驚く蓉子と美里を押しのけて、彼女はかおりの肩にそっと触れた。その手に淡い光が灯る。

 優しく、微かに暖かいその光をかざされているだけで、不思議と体から痛みが引いていった。

「これでとりあえず大丈夫。立てますか?」

「あ、えっと……」

 言われてかおりは立ち上がった。出血のせいか少しふらふらするものの、普通に歩けそうだ。

「すごいね。あの傷をこんな短時間で治しちゃうなんて」

「ええ、本当に」

 かおりと蓉子が顔を見合わせて感嘆の声を上げる。

 そんな二人の様子に、ファミリアは大いに戸惑った。てっきり化け物扱いされるものとばかり思っていたのだが、二人のこの反応は一体……。

「あ、あの。驚かれないんですか?」

「驚いてるよ。まさか、こんなすごい治療術の使い手がいるなんて思わなかったから」

「えっと、そうじゃなくてですね」

 あまりにあっさりとした蓉子の返答に、ファミリアはますます困惑する。

「あたしはその、同類みたいなものだし、昨日初めて会ったときから気づいてたよ」

 合点の言ったらしい蓉子が少しバツが悪そうに白状する。

「城島さんは有名な銀狐の家の出身なのよ」

「名家のお嬢様なんですね」

「そんな大層なもんじゃないけどね。っていうか、驚くとこ違うでしょ」

 感心したようにそう言うファミリアに、すかさず蓉子がツッコミを入れる。

「佐藤さんも。そんなあっさりと人の正体ばらさないでよね」

「あら、いいじゃない。同類なんでしょ?」

「そういうかおりちゃんはどうして驚かないの?」

 美里が不思議そうに尋ねる。

「わたしは巫女稼業で見慣れてるし、こんなだから」

 そう言ってかおりは三人の目の前で自分の体を銀色の炎に包んでみせた。

 炎が一瞬揺らめき、消える。

 そして、再び姿を見せた彼女の巫女服は新品のようにきれいになっていた。

「火の洗礼。軽い怪我や汚れ程度ならこれで落とせるわ」

「はぁ、便利なものですね」

 ファミリアが感心したようにかおりを見て言う。

 これで美里がつい数ヶ月前まで猫だったと言えば、この娘はどんな反応をするのだろうか。

「さて、これからどうする?」

「あたしたちはファミリアを家まで送ってく途中だったんだけど」

 かおりの問いに蓉子が答える。

「ファミリアさん。この近くなんですか?」

「あ、はい。この神社の前の通りをまっすぐ行って一つ目の角をまがったところです」

「って言うと、新興住宅地ね。マンションとかたくさん建ってるあたり」

「はい。うちもマンションです。マンション息吹というところの七階、703号質」

「嘘、うちと同じじゃない」

 かおりが驚きの声を上げる。

「何階ですか?」

「わたしは五階、507号質」

「奇遇です」

「本当ね。今度遊びに行ってもいいかしら?」

「ええ、ぜひ」

 同じマンションの住人同士ということが判明して、二人は途端に打ち解けている。

「和んでる場合じゃないと思うんだけど」

 ぼそりと言った美里の言葉に、和んでいた二人はハッとして辺りを見回す。

 かおりは破壊された木々や石畳に瞑目し、ファミリアは沈痛な面持ちで明後日の方を向いた。

「えっと、とりあえずここを離れない。もう時間も遅いし」

 集まりはじめた野次馬を気にしながら、少し困ったように蓉子が言った。

 それを聞いたかおりと美里が慌てて石段の方に向かって駆けていく。

「ほら、あんたもそんなとこでぼーっとしてないで。急がないと面倒になるわよ」

 まだ呆然と立ち尽くしているファミリアの腕を取って、蓉子も先の二人を追いかけた。

 ……なんか、あたし今日は走ってばっかだな。

 石段を駆け下りつつ、美里は何やら心中でぼやいている。

 かおりはスキャンダルというものの恐ろしさを知っているせいかとにかく必死だった。




 ―――あとがき。

龍一「第5章終了〜」

かおり「ようやくここまで来たわね」

龍一「長かった」

かおり「しみじみするのはまだ早いわよ。これから一気に事が進むんだから」

龍一「分かってるって」

かおり「しっかし、この話って普通の人が見事に誰もいないわね」

龍一「まあ、そういう話だからな」

かおり「おかげでただでさえ出番の少ないわたしが目立たなくなってるじゃない」

龍一「贅沢を言うな。これでも大分優遇してやっているんだぞ」

かおり「初期設定では名前すらなかったものね」

龍一「そういうことだ。分かったら少しは大人しく……」

かおり「……………」

――無言で小太刀を抜き放つ。

龍一「…………」

――作者の体がゆっくりと二つに裂けていく。

龍一「…………ばたん」

かおり「悪は滅びた。これで次から平和なあとがきを送ることが出来るわ」

――「ふふふ、本当にそう思っているのか」

かおり「なっ、誰!?

――「ふふふふ、おろかな小娘よ。汝が諸行の代価、その身で払うがよい!」

かおり「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

――かおりの断末魔があとがきに響き渡る。

そして、誰もいなくなった……。

 




一難去って、また一難。
それも何とか潜り抜けたら、今度は野次馬が!
美姫 「蓉子たちは無事に逃げ出せるのか?」
いや、逃げ出せるだろうけど。
美姫 「それは兎も角、次は何が起こるのか楽しみよね」
あとがきも、次回がとても気になる〜。
美姫 「それでは、次回を心待ちにしてますね」
それでは〜。



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