「……大丈夫か?」

 足取りのおぼつかない優奈の肩を支えつつ、少し心配そうに優斗が聞いた。

「……少し、がんばりすぎちゃいました……」

 答える優奈の顔はアルコールとそれ以外のもので赤く染まっている。

 四人が野次馬どもの視線から逃げている頃、この二人はなんとホテル街の近くを歩いていた。

 これはこれで見つかると大変なのだが、今の彼らにそんなことに気を回す余裕はなかった。

 今夜の彼女はとにかく凄かった。

 普段はあまり飲まないような強い酒を呷ったことで、リミッターが外れてしまったのだ。

 おかげで超人的な体力を誇る優斗もかなりの倦怠感を覚えている。

 ……それはそれとして。

 ここのところのハードワークで溜まりに溜まっていたストレスを解消出来たのはよかった。

 これで明日からの仕事にも余裕を持って取り組めるというものだ。

 優斗がそんなことを考えていると、不意に前方の闇に気配が生まれた。

 ……静かな、どこか苦しそうな息遣い。

 必死に殺そうとしている気配がそれでも漏れているあたり、全く余裕がないことが伺える。

 ――何だか、以前にも似たようなことがあったような気がする。

 優斗が考え込んでいると、優奈もそれに気づいたらしく目を細めてじっと前方を伺っている。

 二人に気づいた気配の主はとっさに逃げようとして、体勢を崩した。

「……っ……」

 抗う間もなく倒れ、そこから起き上がるだけの力も残っていない。

 絶望と微かな安堵を胸に、ディアーナ・レインハルトは深い闇の淵へと落ちていった……。

 ―――――――

  第30話 邂逅

 ―――――――

 ……遠くに聞こえる電子音で目が覚めた。

「……はい、草薙です」

 電話だ。どうやら、どこかから掛かってきたのをこの家の住人が受けているらしい。

 それとは別に、すぐ近くにもう一つの気配があった。

 その主はこちらに注意を向けるでもなく、ただぼんやりとそこにいる。

 背中には重く沈んだ体を包み込むように、地面とは違う柔らかな感触がある。

 何だか不思議に優しくて、暖かい匂いのする場所だった。

 薄く開いた目に映ったのは知らない天井だったけれど、少しも怖いとは思わない。

 もうこのまま眠ってしまってもいいような、そんな気にすらさせてくれる。

 ……そうしよう。わたしはきっとすぐには起きられそうにないから。

 一度開きかけた瞳をもう一度閉じて、訪れる睡魔に身を委ねる。

「……どうですか?」

 遠くに声が聞こえる。

 女の声だ。電話を終えて戻ってきたのだろう。自分のことを心配してくれているのだろうか。

「眠ってる。よほど疲れてたんだろうな」

「大丈夫かしら」

「外傷は見られなかったんだろ。脈も落ち着いたようだし、もう心配ないと思うよ」

「そうですか……」

 明らかにホッとしたような気配が伝わってくる。

「そういえば、今の電話はやっぱり美里からだったのか?」

「ええ。よく分かりましたね」

「君があんなふうに話す相手は美里くらいだからな。それで、あいつ何だって」

「今日は蓉子さんと二人でお友達の家に泊まるそうです」

「そっか。あいつもそういうことするようになったんだな」

 嬉しいような少し寂しいような、そんな複雑な声……。

 そんな会話を遠くに聞きながら、彼女の意識は眠りの淵へと落ちていった。

 ―――――――

 ……気がつくとそこは自分の知らない場所だった。

 四方をダンボールの壁に囲まれて、足元には申し訳程度に敷かれたボロボロのタオルがある。

 それらの光景をぼんやりと視界に映したとき、自分は捨てられたのだということを悟った。

 見上げれば、どんよりと曇った空を背後にこちらを見下ろしている人がいる。

 目が合った途端、その人は視線を逸らして立ち上がると、そのままどこかへ行ってしまった。

 それを批難することも泣いて引き止めることも自分には出来なかった。

 あの人の虚ろに渇いた瞳の理由を、わたしは側で見て知っていたから。

 降り出した雨は冷たく、捨てられた身である自分にはそれを凌ぐ術もない。

 凍えて死ぬか、飢えて死ぬか。いずれにしても、そう長くは生きられないだろう。

 残されているのが苦しく寂しいだけの時間ならば、あえて生き長らえようとは思わない。

 だが、最後の最後になって、あの人は現れた。現れてしまった。

 不意に遮られた雨を訝って顔を上げたわたしはその光景に少し驚いた。

 人が立っていた。

 自分を捨てたのと同じ年頃の少年が、何かに怯えたような目でこちらを見下ろしている。

「……かわいそうに。捨てられたんだね」

 少年は自分が濡れるのも構わずにダンボールの上に傘を傾けてくれていた。

 その目にあるのは深い孤独と悲しみの色……。

 人間のことはよく分からないけれど、少なくともそれは子供がしていい目ではなかった。

 彼はずぶ濡れのわたしを抱き上げると、持っていたタオルでそっと体を拭いてくれた。

「拾ってあげることは出来ないから」

 そう言って寂しげに微笑むと、少年はわたしと傘を置いて行ってしまった。

 雨はいつまでもしとしとと降り続いている……。




 ―――あとがき。

龍一「ふっふっふっ、クックックックック、アーッハッハッハッハッハァ!」

かおり「いやぁぁぁぁぁ」

安藤「あーあ、ついに壊れてしまったよ」

蓉子「なっ、作者が二人に!?

かおり「前回のあとがきで真っ二つにしたら、そのまま両方ともが復活しちゃったのよ」

龍一「そういうことだ。これでもう一方的にやられることはないぞ」

蓉子「ってことは斬れば斬る程増えるってこと?」

安藤「まあ、そういうことになるね」

かおり「まさか、アメーバーじゃあるまいし」

龍一「なら、試してみるがいい。尤も、無駄なあがきではあるがな」

蓉子「何かむかつくわね。佐藤さん、あれやろうか」

かおり「そうね」

蓉子&かおり「食らえ、ダブルバーニングファイヤー!」

――ごおおおおおおおおおお……。

安藤&龍一「うおおおおおおおお!」

蓉子「ふっ、作者の分際で二人に増えたりするからよ」

かおり「……怖かったわ」

蓉子「大丈夫よ。もう二度と現れないだろうから」

かおり「あ、でも、そうするとこの話ってここで打ち切りになるんじゃ?」

蓉子「あ」

かおり「…………」

蓉子「…………ま、まあ、何とかなるでしょう」

かおり「そ、そうね。それじゃあ、また次回で」

 

 




分裂の技を手に入れたは良いが、蓉子とかおりの前には全く役に立たなかった。
果たして、安藤さんは無事なのか。
次回は一体どうなってしまうのか。
次回、31話、安藤さん、奇跡の復活!?
君は、刹那の奇跡を垣間見る……。
美姫 「って、長々と何をやってる!」
ぐはっ! な、何って、い、いつも通りに……。
美姫 「作品じゃなくて、何で、後書きの感想なのかを聞いているのよ!」
ゆ、許してくれ……。
美姫 「全く。兎も角、優斗の前に再び現われたディアーナ」
一体、どんな事態が起こるのか。
美姫 「いや、起こっているのかしら」
待望の次回はすぐそこ!
美姫 「それでは、次回で」



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