エピローグ

 

 ――チュンチュン……。

 小鳥の囀りが聞こえてくる。

 鳴り響くアラームを手探りで叩いて止めるその手の主はまだ半分夢の中だった。

「……優斗さん。起きてください」

 優奈が中々起きてくれない恋人の名を呼び、その体を優しく揺すり起こす。

「……ん、……後五分……」

 お約束の文句を漏らしつつ、ごろりと寝返りを打つ優斗。

「優斗さん」

「うーん……」

「起きてくれないとキスしちゃいますよ」

 彼の耳元に口を寄せ、甘い声でそっと囁く。

 ――それから四十分後。

「遅刻だぁ!」

 蹴破るような勢いで玄関のドアが開き、中途半端に身支度を整えた優斗が姿を現す。

「……起き掛けにあんなことするからです。わたしはちゃんと忠告しましたよ」

 メイド服に身を包んだ優奈が軽く頬を染めて微笑む。

「君があんな起こし方するからだろ。男なら誰だってその気になるぞ」

「うふふ、気をつけますね。あ、ほら、襟曲がってますよ」

 悪戯っぽい笑みをごまかすように、優奈は彼の襟に手を伸ばす。

「はい、これでよし。忘れ物はありませんか?」

 聞かれて優斗はざっと鞄の中を確かめた。

「教科書、ノート、財布にハンカチ。優奈の作ってくれた弁当もちゃんと入ってる」

「後一つ、大事なことを忘れてますよ」

 そう言って優奈は軽く爪先立ちになると、優斗の唇にそっとキスをした。

「相変わらずおあついねぇ」

「ぬわっ!?

「きゃっ!?

 不意に掛けられたその声に、二人は小さく悲鳴を上げた。

「おはよう。お邪魔だったかな?」

「な、よ、蓉子。どうしておまえがこんなところに」

「失礼だね。せっかく人が心配して様子見にきてあげたってのに」

「大きなお世話だ。大体、おまえどうしてそんな普通に立ってられるんだよ」

 信じられないと言わんばかりに尋ねる優斗。

 その隣では優奈がじっと蓉子の体、特に地面に着いているあたりを凝視している。

「あの、本物ですよね。ちゃんと足もありますし」

「……ひょっとして根に持ってる」

 米神のあたりに汗を浮かべて蓉子がぼそりと呟く。

「まさか。ただ、こんなに早く復活してくるとは思ってませんでしたから」

「……内臓までひどく痛めつけられてたからな。死ななかっただけでも奇跡だろ普通は」

「あ、あんたたちねぇ……」

 感心しているのか呆れているのか分からない二人の様子に蓉子が額に青筋を浮かべる。

 そうこうしているうちに、徹夜明けでぼーっとした顔の美里が騒ぎを聞きつけて出てきた。

「あー、もう。朝から人んちの前で騒がないでよね」

 低い声で唸りつつ、辺りを一睨みする。充血した目が据わっていてかなり怖い。

「優斗さん。そろそろ出ないと本当に遅刻しますよ」

 落ち着きを取り戻した優奈にそう言われて、優斗は恐る恐る腕時計に目をやった。

「げっ」

「ちょっと、マジでやばいわよ」

 同じように腕時計を見た蓉子が焦った声を出す。

「そういうわけだから、行ってくる」

「帰りにまた寄らせてもらうわね」

 口々にそう言うと、学生二人は慌しく通りへ駆け出していった。

「……行ってらっしゃい」

 そんな二人を笑顔で見送って、優奈はくるりと踵を返す。

「行ったの?」

「ええ」

「学生さんは大変だね」

「羨ましそうね」

「そうでもないよ。あたしはあたしで楽しいことたくさん知ってるから」

 そう言って笑う妹に軽く頷いて優奈はふと空を見る。

「どうしたの?」

「何でもない。今日も暑くなりそうだなって、そう思っただけ」

 ごまかすように軽く頭を振って、優奈はそう答える。見上げた空は今日も青く澄んでいた。

 ―――――――

「ったく、復帰して早々何で走らなきゃなんないのよ!」

「文句言ってる暇があるなら足を動かせ。遅刻したらどんな罰が待ってるかわからないぞ」

 喚く蓉子を優斗が叱咤し、学生二人は通学路をひた走る。

 今日は二学期の始業式であり、これに遅刻するということはそれだけで縁起が悪いのだ。

 とにかく必死に走る二人の様子をかおりは面白そうに神社の境内から眺めていた。

「随分とゆっくりしているんだな。おまえもそろそろ行った方がいいんじゃないか?」

 隣に立つ黒ずくめの男、綾崎刀夜が相変わらずの無表情でそう尋ねる。

「わたしはたった今、本件の事後処理を終えたばかりなんですけど」

「……そうだったな」

 妹に白い目で見られて刀夜は微妙に視線を逸らせた。

 実はこの男、戦いが終わってすぐに事務仕事をすべて彼女に押し付けて逃げていたりする。

 本当は契約を果たしたディアーナの労を労いに行ったのだが、それを言う訳にはいかない。

 何故ならそこでいろいろと職権を乱用していけないことをしていたりするからだ。

 ……あの日、すべてがはじまったあの場所で彼女は一人呆然と立ち尽くしていた。

 胸騒ぎを覚えて駆けつけた彼に、彼女は縋るような勢いですべてを語った。

 自分が邪気に侵されて暴走していたこと。

 そのせいで落としかけた命を草薙優斗とその家族に救われたこと。

 そして、再び邪気に乗っ取られたこの手で恩人の幼馴染を刺してしまったこと……。

 最後のはあの仔を庇うために吐いた嘘だが、刀夜は特にそれを咎めはしなかった。

 代わりに珍しく優しい目で問い掛ける。

「人のぬくもりに触れたおまえはもう一度あの中に戻りたいと願ったのではなかったのか」

 確かめるようなその問いに、ディアーナは涙に濡れた瞳を一杯に見開いた。

「けれど、わたしは彼女を傷つけてしまった。今更戻れない」

「おまえは願ったのだろう。あの娘が助かるように。悲しい闇が生まれないように」

「…………」

「償いたければそうするがいい。そのための場所も時間も用意してやろう。だがな」

 そこで刀夜は一度言葉を切った。

「おまえはディアーナレインハルトだ。名も無きものの亡霊などではない」

 きっぱりとした口調でそう言って、彼は寄り掛かっていた少女の肩を軽く押した。

 ……もうちゃんと自分の足で立てると分かっていたから。その動作に迷いはなかった。

 顔を上げた少女はもう泣いてはいない。小さいが確かな光を宿した目で彼女は頷いたのだ。

「さて、妹さんの方はどうするつもりかな?」

 楽しそうな表情を浮かべて尋ねる刀夜に、ファミリアはすぐにきっぱりと答えを返す。

「わたしは待ちます」

「ほう、何故だ」

「姉は償いをすると言ったのでしょ。なら、わたしは待ちます。全て終わって帰ってくるまで」

 それがわたしの役目ですからと言って微笑むファミリアに、刀夜は満足そうに頷いた。

「ファミリアさん、そろそろ。兄さん、この落とし前はいずれ必ず」

 じろりと兄を睨んでから、かおりは制服姿のファミリアの隣に立つ。

「おい、本当に行くのか」

「もう手続きも済ませてしまいましたし。姉さんがいない間何もしていないと後で怒られます」

「学費とかバカにならないんだがな」

「いいからいいから。さ、行きましょ」

「では」

 軽く促すかおりに小さく頷いて、ファミリアは一気に転移する。

「こういうのもずるい気がするんだがな」

 真面目かつ普通に登校している学生たちに申し訳なく思いつつ、軽い苦笑を漏らす刀夜。

 その目を遥か彼方へと向ければ、校門へと駆け込む優斗たちの姿が見える。

 あいつらにも随分と働いてもらっているからな。今度何かおごってやるかな。

 そんなことを考えつつ、今度は空へと視線を向ける。

 九月になったばかりの空はまだ高く、遠くどこまでも青い色をしている。

 時は平和に流れ、それがこの街の、世界のあるべき姿だと刀夜は思っている。

 だからこそ、彼は心の底から願うのだった。

 ――この日々が、永遠に続きますように……。

 ――― END ―――




 ―――あとがき。

龍一「愛憎のファミリア。これにて完結です」

優奈「ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました」

龍一「いや〜、長かった」

美里「でも、これでお別れなんてちょっと寂しいな」

龍一「ふっふっふっ、安心しろ」

蓉子「あ、その笑い。何か企んでるわね」

龍一「確かにこの話はこれで終わりだが、おまえたちの物語が終わったわけじゃないんだぞ」

かおり「またそんなありきたりなことを」

龍一「むっ、そんなことを言う奴は次の話以降レギュラーから外すぞ」

かおり「そ、そんな。それだけは許して!」

蓉子「ちょっと待った。今、何か聞き捨てならないこと言わなかった?」

龍一「よくぞ聞いてくれた。実はもう続編製作決定してたりする」

蓉子&美里「ええっ!?

龍一「あとがきではいろいろあったが、俺はおまえたちのことが気に入っているからな。このまま放置したくなかったんだよ」

蓉子「あ、あんたって人は……(感涙)」

美里「嬉しすぎるよ〜(感涙)」

龍一「まあ、ティナ達の方も進めないといけないからしばらく間が開くとは思うが」

優奈「わたしたちばかり構ってもらうわけにもいきませんものね」

蓉子「ま、仕方ないよね」

かおり「まだ出番があるって分かっただけでも良しとしましょう」

優奈「では、わたしたちとはしばしのお別れです」

美里「読んでくれた人、本当にありがとね」

龍一「では、次回。天上戦記ティナ クロイシア戦争編でお会いしましょう」

一同「まったね〜!」

 




安藤さん、お疲れ様でした。
美姫 「お疲れ〜」
しかし、既に続編が決定しているとの事。
美姫 「こちらも楽しみに待つとして……」
次の天上戦記ティナも、どんな話なのか今から楽しみだな。
美姫 「うんうん。どちらも楽しみにしてましょう」
おう!
それでは、本当にお疲れ様でした〜。
美姫 「楽しい作品をありがとうございます」
それでは、また次回作をお待ちしてます。
美姫 「じゃ〜ね〜」



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