愛憎のファミリア外伝〜afternoon〜
エピソード2 邂逅……城島蓉子
――出会いは最悪だった。
その日、ちょっとした悪戯をしたあたしはそれを運悪く親父に見つかって罰を食らってしまった。
母親は狐妖怪なんだからそれくらいの方が良いって言って笑ってくれたけれど、親父の方はそんなに甘くない。
そりゃ、大事にしてた掛け軸に落書きをしたのはさすがにちょっと悪かったと思う。けれど、あれはあれで芸術的じゃないか。それを親父は頭ごなしに怒鳴って、あまつさえかわいい一人娘を庭の木に吊るしやがった。
それも通りから見えるようにして、その上逃げられないように妖術封じまで施して……。
幾らなんでもこれはやりすぎじゃない?ねえ、誰かやりすぎだって言ってあのバカ親父を糾弾してやってよ。
そうやって思いつく限りの罵詈雑言を通りに向かって叫んでいるうちに日が暮れてしまった。
いい加減ネタも尽きたしお腹も空いた。
そろそろ下ろしてくれないかな?
暗いし、雨まで降ってきたし。さすがのあたしも心細くなってきたじゃない。
そんなときだった。
水色の傘をさしたあいつが通りかかったのは。
わざわざ足を止めたかと思いきや、何となく冷めた眼差しであたしのことを見上げてくる。
見た目はあたしと同じ子供のくせに、全然子供らしくない疲れた顔してた。
「――何よ」
「別に。ただ、でかい蓑虫だなって」
「う、うるさいわね。好きで蓑虫してるんじゃないわよ!」
思わず顔を赤くして怒鳴ってしまった。
「なんだ、十分元気じゃないか」
「え?」
「何かすごく心細そうな顔してたからさ。待ってな。すぐ下ろしてやるから」
そう言ってそいつは軽く塀の上に飛び乗ると、そこからあたしに飛び移ってきた。
二人分の体重で枝が軋んで折れるかと思ったけど、その前にそいつが何かでロープを切った。
悲鳴を上げる暇さえなかった。
気がつくとあたしはそいつの腕に抱きかかえられていて、すごくどきどきした。
知らない男の子だったし、一応あたしも自分が女だって自覚はあったから。
だから、助けてもらったことも忘れて、あたしが自由になって最初にしたことは……。
――ぱしんっ!
雨の中に軽い音が響いて、気がつけばあたしの右手があいつの頬を打っていた。
怒られる。そう思って一瞬身を硬くしたけれど、あいつは怒らなかった。
ただ、呆然としてそのままだったあたしの手をあいつは優しく両手で包んで言ったんだ。
「悪かったな。配慮が足りなくて」
「…………」
あたしはバツの悪さからそっぽを向いてしまった。
……違う。こんなのは6つやそこらの子供の言うことじゃない。
同じ年のあたしがそう思うんだから、絶対そうだ。
あたしがそんなことを思っている間にあいつはまた塀の上へと飛び上がっていた。
「じゃあな。風邪引くなよ」
そう言って塀の向こうへと消える。
あたしは慌てて後を追った。
と言っても、塀を飛び越えるなんて無理だったから普通に門から通りへと出る。
そこにあいつの姿はもうなかった。
忘れていったのだろう。あいつがさしていた傘を拾い上げてあたしは思う。
……お礼くらい、ちゃんと言わせなさいよね。
―――――――
「それがあたしと優斗の出会い。どう、あんまり面白くなかったでしょ?」
ティーカップに注がれた紅茶に口をつけつつ、対面に座る美里へと目を向ける。
「優斗って昔からあんなだったんだね」
感心しているのか呆れているのか。たぶん、後者だろうな。本人が聞いたらおしおき確定ね。
でも、あいつはこの子たちには相変わらず甘いから、軽いぐりぐり程度で済むかもしれない。
取り留めのないことを考えつつ、今は遠く北の大地を踏んでいるだろう友人へと想いを馳せる。
そんな蓉子の背中を不意に冷たいものが走った。
とっさに窓の方を向くが、そこには誰もいない。
気のせい、にしては妙にはっきりと感覚が残っている。
万一に備えて、仕事を引き受ける代わりに頼まれた留守中の護衛だった。
……信頼してくれてるんだから、ちゃんとそれに答えないとね。
残っていた紅茶を一気に飲み干すと、蓉子は改めて気を引き締めるのだった。
―――あとがき拡張版、その1・草薙家のお茶会
ピンポーーン!
優奈「はーい!」
返事をしてぱたぱたと玄関に掛けていく優奈。
蓉子「誰だろ?」
美里「きっと美姫さんだよ。今日のお茶会来てくれるって言ってたから」
そう言う美里の言葉通り、少しして優奈の案内で一人の女性がリビングに現れる。
美姫「二人ともお久しぶり」
美里「ほらね」
蓉子「うわ〜、お久しぶりです。お元気でしたか」
美姫「もちろん。あ、今日は招待してくれてありがとね。これ、お土産」
優奈「わざわざ済みません」
頭を下げつつ美姫からそれを受け取る優奈。
美姫「気にしないで。ところで、あなたは?」
優奈「あ、初対面ですよね。わたし、この子の姉で優奈と言います。以後お見知りおきを」
美姫「これはこれはご丁寧にどうも」
美里「ところで、今日浩さんは一緒じゃなかったの?」
美姫「浩はSS書くのに忙しいからこれないって。そっちこそ、安藤さんはどうしたの?」
蓉子「あれは無茶な企画を立ち上げたせいで倒れてる。気にしないでゆっくりしてってくださいね」
美姫「うん。あ、ありがとね」
言いつつ、優奈から差し出された紅茶を受け取る。
美姫「ところで、さっき何か話してたみたいだけど」
蓉子「あたしとこの子たちのご主人様との出会いについてちょっとね。まあ、昔話みたいなものですよ」
美姫「へえ、それ、わたしも聞いていいかな?」
蓉子「別に大した話じゃないですけど、いいですよ。その代わり、あとで1本お願いしますね」
美姫「オッケー。で、どんな感じだったの?」
蓉子それはですね……」
――数十分後。
蓉子「……ってな感じです」
美姫「なるほど」
美里「いろんなことがあったんだね」
優奈「本当ね。今度、優斗さんにも聞いてみましょうか」
美姫「それじゃ、ちょうどお菓子も無くなったことだし、軽く腹ごなししとく?」
蓉子「あ、お願いします」
二人、それぞれの得物を持って外に出る。
美里「蓉子は相変わらず熱心だね」
優奈「向上心を持つのは良いことよ。わたしたちも見習わないと」
美姫「いくわよ、離空・紅流――」
蓉子「何のっ!狐流妖殺剣・破邪結界陣!」
――どごぉぉぉぉぉぉんっ!
美里「う、うちの庭大丈夫かな(汗)」
優奈「あはははは。さ、さて、今回は蓉子さんの過去話でした」
美里「短いよね」
優奈「ええ、短いわ」
美里「しかも、あたしセリフ一つだけ」
優奈「あなたなんてまだいいわよ。わたしなんて影も形もなかったんだから。今回はわたしの話を書いてくれるって言っていたのに」
美里「それはほら、浩さんからリクエストが来たからじゃない?」
優奈「…………」
無言ですっと立ち上がる優奈。そのいでたちはメイド服。その手に握るは破邪の短刀。
優奈「ちょっと行ってくるわ。美里、あとはお願いね」
美里「え、ええ、ちょっとお姉ちゃん!?」
優奈「何かしら?」
美里「あ、うん。浩さんのところに行くんならこれお土産。翠屋のシュークリームなんだけど」
優奈「それなら美姫さんに直接渡してあげなさい。その方が彼女も喜ぶわ」
美里「は〜い」
優奈「それじゃ、行ってくるわね」
そう言って出掛けて行った優奈の全身からは何やら黒いオーラが立ち昇っていたとか。
美里「浩さん。無駄だと思うけど逃げて(人道的立場からの警告)」
美姫「ふぅ、良い汗かいたわ」
蓉子「はぁ、はぁ、……あ、あたしも久しぶりに全力が出せてすっきりしました〜」
美姫「あれ、優奈ちゃんは?」
美里「何か用事があるって浩さんのところに行ったよ」
美姫「そっか、じゃあわたしもそろそろお暇するわね」
蓉子「シャワー浴びてってください。そのままだと風邪引きますから」
美姫「それだったら蓉子だって」
蓉子「じゃあ、一緒します?」
美姫「いいわね。たまには裸の付き合いも」
美里「あたしも入る〜」
蓉子「それじゃ、3人一緒に」
――その後、草薙家のバスルームから黄色い声とともに女の子の秘密の会話が漏れ聞こえていたとかいないとか。
―――おわり。
優奈 「お邪魔しま〜す」
シクシク、シクシク。
うぅ〜、俺だけ留守番……。
しかも、SSのノルマを勝手に決めて。
更に、戻ってくるまでに出来てなかったら、お仕置きだなんて。
うぅぅ。グスグス。無理だよ〜。美姫が戻ってくる前に、SS10本なんて。
うぅー。ノルマに達しなかった本数分だけ、お仕置きがグレードアップだなんえ。
グスグス。シクシク。
せめて、せめて、この簀巻き状態を解いて行け〜〜。
こんな状態では、一本どころか、一文字だって書けるかー!
お仕置きする気満々じゃないかー! いーやーだー。
一本も上げられなかった時のお仕置きだけは、いや〜〜〜〜〜! (ジタバタジタバタ)
くそ〜、きつく絞め過ぎじゃー! ちっとも緩まない!
優奈 「あ、あの〜」
うわっ! 美姫、もう帰ってきたのか。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
まだ一本も書けてません。でもでも、この状態では無理だと思うのですよ、はい。
いえいえ、だからといって、美姫が悪いと言っている訳ではなくてですね…。
優奈 「浩さん!」
うおっ! あ、あれ? 優奈ちゃん? 美姫は?
優奈 「美姫さんなら、まだ蓉子さんと鍛練中かと」
なんだ〜。脅かさないでくれよ。
それならそうと、早く言ってくれれば。
優奈 「いえ、言う暇もなかったんですけど」
所で、優奈ちゃんはどうしてここに?
優奈 「浩さんのリクエストの所為で、私の出番がなかった事でちょっと」
そんな事言っても、本編ではヒロインの扱いだったんだから。
外伝は他の子たちに譲ってあげようよ〜。
優奈 「いえ、もう良いです。何か、その姿を見ていたら……」
うぅ〜、そんな憐れんだ目で見ないでくれ〜。
それよりも、この縄を解いてくれ〜。
優奈 「それを解いた所為で、私が美姫さんに怒られると嫌ですから」
大丈夫、それは絶対にないから。
あいつは、俺以外には優しいし。特に女性や子供には。
って言うか、俺の扱いをもう少し優しくしてくれ!
優奈 「それは私に言われましても…。と、とりあえず、これを解けば良いんですね」
そうそう。ありがと〜。
優奈 「…………はい、取れましたよ」
はぁ〜、久し振りの自由だぜ。
って、そんな場合ではないではないか!
せめて、一本だけでもSSを上げないと。
美姫 「上げないと?」
決まってるだろう、優奈ちゃん。
あの、血も涙も欠片ほどにも持ち合わせていない鬼にボコボコにされるんだ。
優奈 「え、えっと〜」
美姫 「へ〜、血も涙もない上に、鬼なんだ」
ああ。鬼というのも生易しい。
きっと、ザクザクと刺され、細切れにされて、いや、それはまだマシなお仕置きなんだ。
優奈 「それでも、まし、なんですね(汗)」
一本も出来ていなかったら、燃やされて細切れにされて、分子レベルで分解されて、その上で三途の川に捨てられて。
それでも残った個所を…、
優奈 「残った個所って…。そこまでされても、完全に消滅しない浩さんって……」
血の煮えたぎる釜で茹でられて、その後、更に細かく刻まれた上に、そのミクロレベルの欠片を針山の針、一つ一つに刺していくんだ。
しかも、その作業は自分ではやらず、その辺にいるであろう鬼たちを使ってやるに違いない。
で、半分ぐらいはそうして、残りの半分を厳重に封印の施された場所で、苦痛だけを与えつづけられて……。
そして、最後には瓶詰めされるんだーー!
うぅぅ、そこまでされたら、幾ら俺でも、復活するのにものすごく時間が掛かるじゃないか。
優奈 「そこまでされても復活するんですか!?」
美姫 「ふ〜ん、それで?」
うぅぅぅ。美姫なんか、美姫なんか。
美姫 「美姫なんか、何?」
美姫なんか、大き…………。
はれ? さっきから聞き覚えのある声が……。
美姫 「ただいま〜。ほらほら、遠慮せずに言ってみなさい」
…………えっと。
……。
優奈 「浩さん、哀れ過ぎです」
美姫 「ほらほら。早く、続きは」
……み、美姫なんか、大好きに決まってるじゃないか〜。嫌だな〜、もう。
そ、それよりも、おかえり。早かったじゃないか。
美姫 「そうでもないわよ。結構な時間、経ってるもの」
あれ、本当だ。そ、それじゃあ、俺はSSを書かないといけないから。
美姫 「あら、まだ良いじゃない。それよりも、どうして縛っていた縄が解けてるのかしら?」
こ、これは、優奈ちゃんが解きました、はい。
優奈 「え、え!? わ、私の所為にするんですか!?」
だって、事実だし。
優奈 「そ、そうですけど」
美姫 「ふ〜ん、浩が優奈ちゃんに解かせたのね」
優奈 (こくこく)
あ、ち、違うぞ。優奈ちゃんが勝手に…。
美姫 「問答無用よ。ノルマ未達成の上に、仕上がったSSの本数は0本。
おまけに、縄まで解いて。挙句の果てには、私の悪口ね〜」
あ、あははははは。
……って、縛られた状態で、誰がSSを書けるか!
美姫 「開き直るのね」
開き直るとか以前の問題じゃ!
優奈 「えっと、あの、お二人とも落ち着いてください」
美姫 「ほら、このお仕置き表を見なさい」
おう、見てやるぞ!
ほれほれ。ノルマに関しては書いてあるが、縄を解いたペナルティは書いてないよな〜。
美姫 「いい根性じゃない。焔魂」
指先より生まれし小さな炎が紙をあぶる。
えっ! 文字が浮き出てきた。
まさか…。
美姫 「ふっふっふ。備えあれば、憂いなしよ。
ここに縄を解いた時のお仕置きが」
ふっ。ふっふっふっふ。ふぁあっはっはっはははははは〜!
確かに、縄に関しては書いてあるが、お前の悪口に関しては書いてないな!
美姫 「アンタ、馬鹿?」
な、何だと! 確かに馬鹿かもしれんが…。
って、ほっとけよ!
美姫 「私がアンタに悪口を言われて、大人しくしてると思う」
そんなの、思う訳がないだろう!
……あれ?
美姫 「そういう事よ。
今回のお仕置きは、一応内容を決めてたけれど、かといって、それに該当しない部分のお仕置きはなしだなんて、まさか思ってないわよね」
あ、あはははははははははははは。
もしかしなくても、ピンチ?
優奈 「はい、とっても。1+1が2になるっていう位、確実に」
……ま、待て待て待て!
お、お客さんが来てるんだし。お、お客さんの前では…。
美姫 「優奈ちゃ〜ん」
優奈 「私は何も見てません。そうだ、美姫さんが翠屋のシュークリームを持って帰ってきたみたいだから、お茶の用意しますね」
美姫 「お願いね〜。ゆっくり、じっくりと淹れて来てね」
いやいやいや。お客さんにそんな事をさせる訳には…。
優奈 「良いんです。私がしたいだけですから」
そ、そう。だったら、台所まで案内するよ、うん!
美姫 「台所は、そこの突き当りを右よ」
優奈 「ありがとうございます。それじゃあ、時間をゆっくりとかけて淹れて来ますね。まずは、水を沸かさないと」
いや、ポットに湯があるから。ティーパックで良いから、さっさと淹れて来て。
優奈 「色んな茶葉があると聞いたので、じっくりと種類も選ばないと。それじゃあ、淹れて来ますね」
美姫 「うん、お願いね」
い、行かないでくれ〜。
美姫 「はいはい。アンタはこっちね」
うげっ。
美姫 「ふっふっふ。楽しい一時になりそうね」
(ブンブンブン) 絶対に楽しくない!
美姫 「それじゃあ、いってみようかしら♪」
う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!
た、助け…………。
美姫 「うふふふふふ。まだまだよ〜」
優奈 「……私は何も聞こえない、聞こえない」
遠くから聞こえてくる、凡そ人が発しているとは思えない悲鳴に耳を塞ぎつつ、優奈は本当にゆっくりとお茶を準備し始めるのだった。
その後、一時間ほどかけてお茶を淹れた優奈が、部屋に戻ったとき、浩の姿はなかったとか……。