愛憎のファミリア外伝〜afternoon〜

  エピソード4 黎明……李沙

 その日、あたしは狩りに出掛けたまま戻らない白を探して森の中を歩き回っていた。

 あいつにしてみればほんの気まぐれなんだろうけど、待たされる方は堪ったもんじゃない。

 こんなときに限って食べられそうな草も木の実も見つからない。川の魚や小動物も右に同じ。

 おかげであたしは空腹のまま何時間も森の中を歩き回るハメになった。

 ったく、保護者を名乗るならもっとちゃんと面倒を見てほしいものだ。

 まあ、そのおかげであいつにも会えたんだし、少しくらいは感謝してもいいかもしれない。

 ――最初は驚いて声も出なかった。

 ようやく見つけた白はあろうことか、狩猟の罠に掛かって動けなくなっていたんだ。

 しかも、今正に非道な人間の手に落ちようとしているじゃないか。

 あたしはもうかっとなって、後先考えずに小刀を投げていた。

 疲れてたんだ。それにお腹だって空いていた。

 そんな状態でまともな判断が下せるはずもなく、あたしは相手を悪者と決め付けていた。

 結局は誤解だったわけで、白には後でみっちり絞られた。

 ……あいつは笑って許してくれたのにな。

 その後、迷惑掛けたとか言ってあいつはあたしたちを自分の寝床に招待してくれた。

 人間の食べるりょうりっていうのを食べさせてもらって、熱い水浴びも一緒にした。

 あたしは人間のことをあまり知らなくて、いろいろ戸惑ってばかりだった。

 そんなあたしに困った顔をしながらも、あいつは一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 白が言うには、あたしも人間なんだそうだ。そんな実感はあまりないけど。

 あいつは何だか半分あたしたちと同じみたいで、一緒にいても割りと嫌じゃない。

 ……落ち着くっていうのかな。

 どうしてだろ。白や森の皆以外は全然ダメだったのに。

 おふとんっていう暖かい布に包まってあたしはずっと考えていた。

 気持ちいいんだけどな。体もぽかぽかしててとってもいい気分。

 なのに眠れないのはやっぱりあたしがこういうのに慣れてないからなのかな。

 仕方がないので考え続けていると、不意に背後で気配が動いた。

 振り返ってみると、隣で寝ていたはずのあいつがいない。

 あたしより先に気づいたの?だとしたら、あいつやっぱりただ者じゃないわ。

 物音を立てないようにそっとおふとんを抜け出す。

 紙と木で出来た壁に耳を当てて外の様子を探ってみると、割と近くに気配があった。

 一つは白のだ。

 どうして。日暮れ前に来たときは自分は人間の泊まるところには入れないって言ってたのに。

 あいつと何か話してる。

 もう一つの気配はあいつのだよね。

 そう言えば、白はなんで拒まなかったんだろ。あいつだって人間なのに。

 ……人間、本当にそうなの?

 分からない。変に親近感湧いちゃってるし、もしかしたら違うのかも。

 わたしと同じ、じゃない。

 似てるけど、違うもの。そんなの初めてで、どうしたらいいのか分からないよ。

 混乱してきた頭を軽く振ってあたしはおふとんに戻ろうとした。

 でも、戻れなかった。聞こえちゃったから。

 あたしは慌てておふとんに入ると、それ以上聞こえないように頭から被った。

 ……捨て子だったんだ。それを拾って、育てた。

 何のことか直感的に理解出来た。それはあたしが聞いちゃいけなかったことだ。

 白や森の皆はあたしが聞けば大抵のことは教えてくれたけど、たった一つだけ違うことがあった。

 白はきっとそれが許せなくて、だから人間を嫌っていたんだ。

 ……あいつも人間。同じなのかな。

 そう思った途端、すごく心が寒くなって、あたしはがたがた震えてた。

 冬の北風よりも雪よりもずっと寒くて、怖かった。

 それからしばらくして、あいつが戻ってきたのが気配で分かった。

 あたしはまだ起きていたけれど、怖くて声を掛けることが出来なかった。

 本当はすぐにでもおふとんを飛び出して抱きつきたかった。

 一人で震えていると、本当にこの世界にあたしだけ取り残されたみたいで、嫌だった。

「李沙?」

 あいつがあたしの名前を呼んだ。

 気づかれちゃった。震えてたから。そう思うと、もうがまんしてられなくて……。

「お、おい」

 あいつが戸惑ったようにあたしを見る。

「お願い、嫌いにならないで。あたしのこと、捨てないで……」

 あたしはあいつの体に縋って泣いていた。

 頬を冷たいものが流れる。

 これが涙?

 あたし、涙を流してる。人じゃなきゃ流せないのが涙だって白は言ってたのに。

「大丈夫だよ。俺は李沙のこと嫌いになんてならないから」

「ほんとう?」

「ああ、本当だよ。だから、もう泣かないで」

 あいつはそう言ってあたしの頭を撫でてくれた。

 その手が、声が、優しくて、暖かくて、だから、あたしはもっと泣いてしまった。

 泣いて泣いて声が枯れるまで泣いて、気づくとそのまま眠ってた。

 あいつはあたしが起きたことに気づくと、そっと頭から手を退けようとした。

「……もう少し、そのままで」

 あたしが思わずそう言うと、あいつはしょうがないなってふうに笑って頭を撫でてくれた。

 ……あったかくて、すごく安心する。

 森の誰とも違う。大きくて優しい匂いに包まれている感じ。だから、落ち着くんだ。

「ねえ、話して」

「何を?」

「あたしのこと。あんたが白から聞いたあたしのこと、全部あたしに教えて」

「いいのか?」

「こうしてくれてるから。……だから、平気だよ」

 あたしはあいつの胸に顔を埋めたまま小さく、けどはっきりとそう言った。

 あいつは話してくれた。

 あたしが人間の子で、捨てられた子だってこと。

 白たちが両親を探して見つけてくれたけど、あたしは拒絶されたってこと。

 言われてみればそんな気がする。今まで無意識にどっかに追いやってたんだろうな。

 後悔はなかった。

 白たちは皆よくしてくれたし、それに、そんな人間ばかりじゃないってこともあいつを見てるとそうかもって思えた。

 だからね。あたしは大丈夫だよ。もう、こんなふうに泣いたりしないから。

 だから……。

 ――翌朝、あたしはあいつの悲鳴で目を覚ました。

 何かあたしを見て顔を真っ赤にしてる。

 変なの。あたしはいつも通りにしてただけなのに。

 それからまたごはんを食べて、あたしは白と一緒に森に帰った。

 あいつはもうしばらくここにいるらしく、また来てもいいって言ってくれた。

 嬉しかったけど、あたしはそれに首を横に振った。

 ――これ以上いると、戻れなくなりそうだったから……。

 それから2度太陽が昇って、3度目の朝にあいつは寝床を去った。

 あたしは結局、一度も会わないまま……。

「ついていってもよかったのだぞ」

 あいつの背中を遠くに見送るあたしに、白が意地悪くそう言ってくる。

「あたしを追い出したいの?」

「望まぬ別れをするのならな」

「今更他の生き方なんてあたしには出来ないよ。でも、そうだね」

 そう言ってあたしはあいつが消えた街の方へと目を向ける。

 ……偶には、会いにいってやるのもいいかな。

 誰にも聞かれないように、あたしは心の中でそっと呟く。

 見上げた空はまだまだ高く、青かった。

 ――おわり。




 ―――あとがき。

龍一「やっと終わったよ〜」

優奈「…………」

龍一「しかし、一人称だとどうしてこうもすらすらと書けるんだろ。やっぱ、こっちの方が向いてるんだろうか」

優奈「…………」

龍一「でも、長編は構成の都合で三人称じゃないとやりにくいし」

優奈「…………(ぶちん)」

龍一「へ」

優奈は無言で包丁を振り上げた。

――ぶすっ、ぐさ、ざくざくざく……。

龍一「うげげげげげ……」

作者の体が粉微塵に。そこに吹きすさぶ一陣の風……。

優奈「ふぅ、今日は風が強いようですね。花粉症の方はお気をつけて。それではまた次回で」

 




今回は一人称で物語が進んでいったね。
美姫 「そうね。李沙視点でのお話だったわね」
それにしても、優奈が怖い……。
美姫 「まあ、こればっかりは仕方がないわよ」
クシュン、クシュン。
美姫 「そう言えば、花粉症の季節なのね」
クシュッ。まあ、俺は冬以外は全部駄目なんだけどな。
美姫 「難儀な事よね。春よりも夏から秋が酷いわよね」
あはははは。もう、辛いぞ〜。
思考能力が低下して、まともに考えられないぞ〜。
美姫 「それは、いつもだから問題なしとして…」
シクシク。
美姫 「はいはい。花粉症は大変ね。涙まで出てきて」
ちがわい! これは、花粉症のせいなんかじゃないやい!
美姫 「さて、馬鹿な事ばっかりしてないで」
俺か! 俺が悪いのか!?
美姫 「もう、少しは黙ってなさいよね。それじゃあ、今回はこの辺で」
フガフガフガ。(は、鼻も押さえてるって!)
美姫 「それじゃ〜ね〜」
んがんが。(は〜な〜せ〜)



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