プロローグ

   *

 ――いつからだろう。

 クラスの違うあいつと一緒に帰らなくなったのは……。

 ――いつからだろう。

 お泊り会と称して押しかけたあいつの家で、一緒の布団で寝なくなったのは……。

 ――変わっていく。

 人も、町も、みんな、みんな……。

 そんな中、おばさんが亡くなって天涯孤独の身になったあいつに、新しい家族が出来た。

 毛並みのきれいな二匹の仔ネコ。

 名前は優奈と美里っていうんだけど、これがすごく可愛いんだ。

 その仔たちの世話したさに、この頃は毎日あいつの家に通ってる。

 あたしは狐なんだけど、ネコとの相性も悪くないみたいで、二匹ともよく懐いてくれてるよ。

 妖怪の力のおかげで言葉も通じるし、一日中一緒にいても飽きないわ。

 あいつは半分だけのせいか、そこまではっきりとは分からないみたいだけど。

 それでも同じネコ同士だもんね。通じないってことはないでしょう。

 家族が増えたおかげで、沈みがちだったあいつの生活も幾らかマシになった。

 何せ、暴走しがちな美里はあいつでも止められないことがあるくらいだもの。

 あたしもどっちかっていうと煽っちゃうほうで、余計に収集が着かなくなっちゃうのよね。

 そういうときは大抵優斗が実力行使に出て、その後に優奈のお説教フルコースが待ってる。

 ネコと一緒に縁側に正座させられて、延々と言われ続けるのだ。

 しかも、その説教をしているのもやっぱりネコなのだから、こんな珍妙な光景はないだろう。

 あたしも狐妖怪なんてやってるからかれこれいろんなものを見てきたけど、これは特別だ。

 何せ、自分が説教されているのだから。

 親父みたいな体罰こそないものの、くどくどと同じようなことを繰り返されるのは堪らない。

 おかげで終わる頃にはすっかり足が立たなくなっちゃってるなんてことは、茶飯事だった。

 まあ、そんなこともあったけど、二人と二匹の時間は概ね楽しく過ぎて行ったんだ。

 慣れない世話に最初は戸惑うこともあったけど、それでも笑いが耐えることはなかった。

 そう、あのときまでは……。

 掛けられたのは気の毒そうな獣医の言葉。

 取り乱すあたしをあいつは無言で抑えると、獣医に一言お礼を言って退室する。

 冷静そうなその態度にあたしは勢いのまま噛み付こうとして、ハッとした。

 震えていたんだ。

 あたしの肩を掴んだあいつの手、そこから伝わってくるのは、同じやりきれない感情だった。

 ただ一つ、違うところがあるとすれば、それはあいつがまだ諦めちゃいないってこと。

 幾らか落ち着きを取り戻したあたしに、あいつは言ったのだ。

 人間の医者で無理なら他の方法を探せば良い。俺たちはそれがある事を知ってるだろ、って。

 あいつの言う通りだった。

 あいつは半妖で、あたしは妖怪だ。それぞれ人間にはない力と、それを操る術を持っている。

 ただ、あまりにも当たり前すぎて、そのことを失念していただけ。

 本当、おかしいったらありゃしない。

 そのことを思い出した途端に、あっけないほど簡単にその方法は見つかった。

 使うのはあたしたち妖狐の一族に伝わる秘術、人化の術だ。

 その病気はネコだけが掛かる特殊なものだから、それを逆手に取ればあるいは……。

 迷っている暇はなかった。助けた後のことなんかはそれこそ後で考えれば良い。

 あたしは大急ぎで儀式の用意を整えると、すぐにそれを実行した。

 だけど、人化の術は本来は自分に掛ける種類の術だ。

 それを他人に、それも一度に二匹もとなるとさすがに簡単にはいかない。

 妖力をぎりぎりまで引き出して、それでも足りない分はあいつの妖剣を媒体に増幅させた。

 術はあいつに力の制御を任せて、あたしが発動の手順を踏むことで何とか無事に行使出来た。

 ――後はその効果が現れるのを待つだけ……。

 一瞬が永遠にも感じられる時間が過ぎ、気がつくとあたしは意識を失っていた。

 今までにない規模の術を使ったんだから、仕方ないといえばそうなんだけど……。

 翌朝、あたしは知らない女の子に起こされた。

 栗色の髪を腰のあたりまで伸ばしたその女の子は、あたしを起こすと自分が優奈だと言った。

 隣では彼女によく似た女の子があいつを起こそうとその身体を激しく揺さぶっている。

 ――そっか……。

 二人の姿を見て、

 その匂いがよく知っているものだって分かったとき、あたしは心の底からホッとした。

 ――二匹は、二人は生きてる。

 術は成功したのだ。

   *



  あとがき

龍一「というわけで、愛憎のファミリア〜城島蓉子編〜、スタート〜!」

蓉子「スタート〜、じゃないわよ!あんた、この前新しい長編始めたばかりでしょうが」

龍一「何だ、嬉しくないのか?」

蓉子「知らないわよ。他の連載が遅れて読者さんに見捨てられても」

龍一「な、何気に怖いことをさらりと言わないでくれよ」

蓉子「あら、あんたが頑張れば良いだけの話でしょ」

龍一「こ、この娘は」

蓉子「まあ、あたしが主役ってのは素直に嬉しいけどね」

龍一「だったら最初からそう言えば、……いえ、何でもないです」

蓉子「今回のお話は優奈がヒロインだったのと時間軸的には同じなのよね」

龍一「ああ。優奈編っていうか、あっちを連載してる頃からおまえの人気って高かったからな。いつかやろうとは思ってたんだ」

蓉子「それで、今回の投稿ってわけね」

龍一「優奈編では語られなかったエピソードも交えつつ、お送りする予定なので良ければお付き合いください」

二人「ではでは」

   *

 





祝、蓉子編!
美姫 「やったわね、遂に蓉子に出番が」
うんうん、めでたい事だ。
今回はプロローグだからか、優奈たちが人になる前みたいだな。
美姫 「いよいよ、次回から本格的に物語が進むのね」
いやー、楽しみ、楽しみ。
美姫 「次回も待ってるわね〜」
待ってます。



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