愛憎のファミリア〜城島蓉子編〜
  第4話 理性の陰に見えるのは
   * * * * *
 その日、いつものように草薙家で夕食をご馳走になった蓉子は、そのまま泊まっていくことになった。
 食事の際、普段であれば遠慮のえの字も知らないかの如く、お代りまでする蓉子の箸の動きが今日に限ってやけに鈍かった。
 その様子に何か思うところがあったのだろう。泊まらせてほしいという蓉子に、優奈は特に理由を尋ねることもなくそれを了承した。
「何故、家主の俺よりも先に優奈に許可を取るんだ?」
「優奈が許可した時点であんたは断れないでしょ」
「いや、別に構わないんだけどな」
 などというやり取りが交わされたが、本人の言うように些末なことだ。そもそも、彼女が草薙家に泊まること自体は別段珍しいことでもなかった。
 優斗の母親が床に伏せた時や、優奈や美里が病魔に苦しめられていた時、蓉子は何日も泊り込んで優斗と二人で看病した。
 姉妹が人間としての生活を始めたばかりの頃は、風呂やトイレなど、異性の優斗では具合が悪い面でのサポートをするために泊まったこともある。
 そのあたりの事情もあって、草薙家には蓉子の着替えが常備されていたりする。
 優斗などは、それならいっそのことアパートの部屋を引き払って家に住めば良いと思うのだが、蓉子のほうにはその気がないようで、誘っても適当にはぐらかされるばかりだった。
「今更遠慮するような間柄でもないだろうに」
 いつものように気が向いたらねと返す蓉子に、優斗はぼそりとそう呟く。すると、蓉子は途端に顔を赤くして押し黙ってしまった。
「おまえ、今何か妄想しただろう。というか、したな」
「なっ、ば、バカなこと言わないでよ!?」
「蓉子、顔が赤いよ?」
「ああ、美里もそんな面白そうに笑いながら指摘しないの!」
「蓉子、もう夜だぞ。あまり大きな声を出すと近所迷惑になるから気をつけろ」
 思わず声を上げる蓉子に、優斗がさも真面目そうな顔でそう言って釘を刺す。
「だ、誰のせいよ。誰の……」
 赤い顔のまま小声でそう言って、優斗を睨む蓉子。それに悪かったと軽く謝りながら、優斗は蓉子の対面のソファへと腰を下ろす。
「でも、まあ、おまえさえ良ければいつこっちに来てもらっても構わないんだからな」
「ありがと。でも、あたしたちはまだ学生だし、そういうのは世間的にまずいでしょ。それに……」
「それに?」
「ん、何でもないわ。……ごちそうさま」
 ごまかすようにそう言って、優奈の淹れたアイスティーを飲み干すと、蓉子は空になったグラスをテーブルの上に戻す。
「せっかくですから、今日は皆で一緒に寝ませんか?」
 夕食後のティータイムも終わり、順番に風呂に入って、後は寝るだけとなった頃、優奈がそんなことを言い出した。
「4P?」
「いや、さすがに違うだろう。っていうか、おまえ、何処でそんな言葉を知ったんだ」
「この前、蓉子が貸してくれた漫画の中にそういうのがあったんだよ。面白そうだったから、一度やってみたいと思ってたんだけど」
「ダメに決まってるだろう。蓉子、おまえも何て物を貸してるんだ」
「あはは、ごめん、それ多分間違って紛れ込ませちゃった奴だと思う」
 優斗にジト目で睨まれ、乾いた笑みを浮かべる蓉子。彼女もさすがに人間歴数ヶ月の娘にアダルトな内容は教育上まずいと思ったのだろう。
「それで、どうします?一緒に寝るんでしたら、客間にお布団敷くので手伝ってもらいたいんですけど」
「お姉ちゃん、マイペースだね」
「慣れてますから。それと美里、あまりそういうことは口に出して言うものじゃありませんよ」
「4Pとか?」
「まあ、わたしも興味はありますけど、実行した場合、いろいろ大変なことになるでしょ。主に優斗さんが」
 妹を窘めつつ、優奈は蓉子を説教している優斗に目を向ける。その視線は何処か熱っぽく、そのことに気づいた美里は姉に気づかれないようそっと溜息を漏らす。
 余談だが、姉妹の教育方針に関して、優斗に延々と説教された蓉子は、昔は自分が説教する側だったのになとぼやいていたとか。
 ――閑話休題。
   * * *
 夜、ふと気配が動いたのを感じて、蓉子が目を覚ますと、隣で寝ていたはずの優奈がいなくなっていた。
 トイレにでも行ったのだろう。この頃は大分暑くなってきているし、そのせいで水分を摂取する機会も増えているだろうから、夜中に尿意を催して目を覚ましたとしても、別段不思議ではない。
 そう思って寝直そうとした蓉子だったが、彼女の動物的直感は何故かそれを許してはくれなかった。
 生命の危機を知らせるような、重大なものではなく、寧ろそれは、何となく気になるという程度の些細な感覚だ。
 だが、そんなものでも年頃の少女の眠りを妨げるには十分だったらしく、蓉子は数回の寝返りを打った末に、もそりと布団から抜け出した。
 梅雨明け宣言が出されてから間もない七月の夜はまだまだ寝苦しく、一度目が覚めてしまえば再び眠りに就くのは難しい。
 蓉子自身、中途半端な時間に目が覚めてしまって、そのまま眠れずに朝まで時間を潰した、ということは少なからずあった。
 況してや優奈は元が夜行性の猫である。今でこそ人間としての生活リズムにすっかり馴染んでしまっているが、最初のうちは夕方頃から起き出して明け方まで眠らないということも少なくはなかった。
 そんな彼女が以前の、人ではなかった頃の一面を一際強く意識させるのが、二ヶ月に一度の周期で訪れる発情期だった。
 雌と生まれたからには避けて通ることの出来ない、繁殖のための生理現象。人化の術の影響なのか、姉妹にはそれがそっくりそのまま残ってしまっていたのだ。
 術の行使を指導した蓉子は当然、そのことも知っており、とりあえず乾いた喉を潤そうと、キッチンへと向かっていた彼女はそれに思い至って呆然と足を止めた。
 優奈の前回は五月の半ば頃だったので、時期的に考えてもそろそろだ。ああ、自分は何という時に泊まってしまったのだろう。
 娘のような友人の自慰行為の現場に、うっかり遭遇でもしようものなら、問答無用で気まずくなるのは日を見るよりも明らかだ。
 だが、慌てて客間へと戻ろうとした蓉子は、不意に聞こえた物音に、思わず再びその動きを止めてしまう。一度気になると、確かめずにはいられなくなるのが女の子というものなのだ。
 そして、蓉子もそんな女の子の一人だったらしく、いけないと思いながらも彼女の足は自然、音の聞こえたほうへと向かって歩みを進める。
 ――ここ、あいつの部屋だよね……。
 程無くして辿り着いたその場所に、蓉子は思わず息を呑む。
 目の前には、まるで、覗いて下さい、と言わんばかりに僅かに開いた扉。そこから微かに漏れ出る明りは、そこに誰かがいることを示すものだ。
 今度ははっきりそれと分かる程に、聞こえたベッドのスプリングを軋ませる音が、蓉子の妄想を掻き立てる。
 それは例えば成人向け同人誌の紙面を飾っているような桃色のヴィジョン。今、彼女の脳内では、清楚で可憐な美少女が、己の内から湧き出す欲望に負けて、あられもない姿を曝しているのだろう。
 ――って、何やってるのよあたしは。
 自分の行動を顧みて、思わず自己嫌悪に陥る蓉子。よくよく考えてみれば、ここが優斗の部屋だからと言って、中に優奈がいるとは限らないではないか。
 寧ろ美里によって半ば強制的に客間で一緒に寝かされた優斗が、理性の限界を感じて手遅れになる前に戻ったというほうがまだ説得力がある。あいつはそういう奴だ。
 ――はぁ、あたしもさっさと戻って寝よ。
 軽く溜息を漏らして、蓉子が踵を返そうとした、そのときだった。
「……本当に、良いんだな?」
 不意に部屋の中から聞こえた声は男性の、優斗のもの。だが、その内容は誰かに対して何かを確認するためのものだった。
「…………」
 それに対する答えは無言。だが、蓉子には女性が小さく頷いたような気配をドア越しに感じることが出来た。
 ――ちょっとちょっと、これってもしかして、いや、もしかしなくても濡れ場って奴じゃないの!?
 あまりのことに思わず叫びそうになるのをぐっと堪え、蓉子は恐る恐るドアへと近づく。自分の家族とも言える友人たちのプライベートを覗くのは、正直、趣味が悪いとは思う。
 だが、しかし、である。
 蓉子は妖怪だ。一見、ごく普通の少女のようでも、その身体には膨大な妖気を内包しており、暴発させないためにはそれを定期的に発散させなければならない。
 その最も効率的な手段が他から生気を吸収しての中和、または相殺であり、蓉子が優斗と関係を持っているのもそのためだ。
 優斗も半分は妖怪であることから同じ苦労を抱えており、二人の関係は利害の一致によるものと言える。
 ――わたしだけじゃ、足りなかったのかな。
 そんな彼の事情を知った上で、蓉子の心にまず浮かぶのは申し訳ないという気持ちだった。妖気が過度に蓄積されることによる苦痛は、彼女も嫌というほど理解しているし、自分がそれに気づかなかったせいで、彼に我慢を強いていたのだとすれば、それは間違いなくこちらの落ち度だ。
 故に、発情期を迎えた優奈の、それによる苦痛を取り除くため、という免罪符を得た優斗が、暴発する前に彼女と関係を持つことで、それを防ごうとしたとしても、蓉子にとやかく言う資格はない。そのはずだ。
 だが、何なのだろう。
 いつの間にか彼に対する申し訳なさが焦りと怒りに取って代わり、そんな理屈など銀河の彼方に放り捨てて、今すぐこの扉の向こうに乗り込んでいきたいような衝動が、じりじりと蓉子の理性を焼き焦がす。
 結果、濡れ場が修羅場に変り、優斗が明日の朝日を無事に拝めなくなったとしても、今の彼女には関係ないと思えてしまうほどに、その感情は酷く抗い難いものだった。
   * * * * *




  あとがき
龍一「濡れ場を期待していた人、ごめんなさい!」
美里「修羅場を期待していた人、次回を待て!」
龍一「って、こんなやり取りを前にも何処かでしなかったか?」
美里「確か、第2部の前半あたりのあとがきでだね。そのときはあたしじゃなくて、李沙だったけど」
龍一「で、おまえも修羅場希望なのか」
美里「ううん。だって、修羅場突入して、お姉ちゃんが欲求不満のまま明日になっちゃったら、その分の皺寄せがあたしに来るんでしょ」
龍一「ほうほう、そういう展開もありか」
美里「絞めるよ」
龍一「いや、既に絞めてるって……」
美里「ちなみに、濡れ場のみの場合は?」
龍一「その場合だと、翌日、蓉子のストレス解消に付き合わされて、延々愚痴を聞かされるハメになるな」
美里「ねぇ、絞めても良い?」
龍一「だ、だから、もう既に絞めてるって……(きゅぅ)」
美里「久しぶりに書いたかと思えばこんな駄文、蓉子に焼かれない分、まだマシだと思ってよね」
優奈「ダメでしょ、美里。今回しもネタ担当だからって、作者さんに八つ当たりしたりしちゃ」
美里「お姉ちゃんも気をつけないと、エッチぃ女の子一直線だよ?」
優奈「…………(真っ赤)」
美里「さ、さて、作者へのせいさいも終わったことだし、今回はこのあたりで」
蓉子「結局、あたしは今回も引き立て役なのかしらね」
   * * * * *



とりあえず一言。
過度の濡れ場は乗せれないので注意してください!
修羅場はOK、問題なし!
美姫 「てな感じで、愛憎のファミリアね」
うんうん。最後の嫉妬する蓉子が可愛いな。
美姫 「可愛いで済むレベルで収まれば良いけれどね」
さてさて、どうなるのやら。
美姫 「また次回を待ってますね」
ではでは。



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