高町家リビング。

此処には先程までの賑やかな空気は無かった。

在るのは決断を迫られた少女の纏う重い空気のみであった。

そうさせた張本人、恭也は今はいない。

そして家族たちは少女、美由希の身を案じていた。



「おねーちゃん………」

「なのは、今はそっとしておきなさい………」

「うん………………」



妹は姉に声を掛けようとしたが母によって留められた。



「美由希ちゃん………………」

「今は………………そっと、したろや」

「………………そうだな」



同じ武術を担う者は、同士の心情を察し、時を与えた。




「(………………………美由希)」



少女の母は娘の行く末を案じる訳でもなく、唯々待っていた。

その思考の末に答えが導き出されると信じて。










                            執行猶予










人気の無い道を二つの人影が歩いていく。

どうやらそこは地下水路のようだ。

辺りには少々鼻を刺す臭いが発ち篭る。

微かに光が差し込んではいるが、互いの顔を認識できるほどの明るさではなかった。

そんな暗闇の中多少の障害物はある筈の中、躓いたりもせず歩いていた。



「………………で、そう言って出てきたのかい」

「そうだ………………」



そう言う恭也は連れと人の無い路を歩いていく。



「ハァ………………、恭也、流石にソレは駄目だよ」

「む、何故だ?」

「自分がどう言ったのか思い出して考えてみたらどうだい、幸い時間はまだある」

「むう………………」








                〜 回想場面 〜




「明後日の正午、継承の儀を執り行う」

「「………………………………え?」」



その言葉に当たりは静まり返った。



「え?え、どうして………………急に………………」



美由希は顔を青くして兄、師匠にに訊ねた。



「美由希、一切の反論、意見などは認めん」

「………………………………」

「もう一度言う、明後日の正午継承の儀を行う」



一切の慈悲も無く死刑を言い渡す裁判官の様に言った。



「その時に、一切の躊躇い、加減はするな、殺す気で来い」

「きょ、恭也!何もそこまで言わなくても………………!」

「すみませんが美沙斗さん、コレには口を出さないでもらえませんか」



頼むように言うのでもなく、反論は認めんばかりに言い切る恭也。

流石に美沙斗も鼻白んだ。



「いいか美由希、その時に躊躇えば………………」



恭也はそこで一旦言葉を区切り、





「俺がお前を殺し、お前は死ぬだけだ」





そう言い、美由希にだけ分かるように殺気を放った。



「………………!!」



その殺気は美由希が今まで味わった事の無いほどまでに濃い殺気だった。



「今日と明日丸一日、時間は有限だがたっぷりとある、覚悟を決めて腕を磨いておけ」



そう言って恭也は出て行った。








                           〜 回想終了 〜






「――――――アレでは駄目なのか?」

「ハァ………」



正しく胸に手を当て考えた恭也の答えに溜め息を吐く人影。

その恭也の隣を歩く姿は薄暗がりで視認しにくいが、女性の姿をしているのが見て取れた。

暗がりでも微かに見えるその姿は、女性らしさの凹凸がはっきりと見て取れた。

更に凝らして見ると、その女性は羽織と着物を着ていた。

気の狂いそうなまでの白い振袖に、吐き気を誘う朱の小紋。

その上に羽織われる羽織は見るだけで死にそうな黒。

そしてそこからはみ出る手の肌は白を通り越し、病人の様に青褪めており、しなやかな手をしていた。

そしてその手に持つは一振りの刀。

その女性が持つことは何ら違和感が無く、寧ろ一つのパーツとして当て嵌まるかのようだった。

しかし、その手に持つ刀は自らの首を切り落としたくなるような美しさを放っていた。

常人ならば直視すら適わぬ狂気を滲ませていた。



「恭也、戦いは力だけじゃない、話術も戦闘の際に役立つから覚えなって言ったよ」

「ぬ?」

「忘れたなんて言わないだろうね」

「いや、あそこで必要になるとは思わんのだが」

「そうとしか考えが浮かばないって事は覚えてないんだね?」

「いやそう言う訳では………」

「覚えてないんだね?」

「………………”読んだ”だけで試した事が無いからどう言う風にすれば良いかが思いつかなかった」

「ふーむ、まぁそうだろうと思ったけどね」

「知ってて言ったな?」

「いや?試しただけさ」

「………………すまん」

「別に?”枷”が着いてるから成果が無いのは分かってたからな」

「いや、まったく成果が無いと言う訳でも無いのだ」

「何?」

「”大妖”に逢えたので相手をしてもらったが、余り成果が無かったのだ」

「そりゃ年季が違うから無理だよ、初っ端から選ぶ相手間違えてるよ」

「やはりな、………………で?」

「?」

「位置はここら辺で合ってるのか?」

「ああ、合ってるよ、ほれ、見えるだろう」

「………………成る程」



そう言って女が指した指先には出口が見えていた。

そこには余り目立つような外見をしたわけでもない、普通の建物が建っていた。



「………………で、此処には何人居るんだ」



そばに立っている女に訊ねた。



「まあ本拠地じゃないせいね、精々三百って所だね」

「確かに大した数じゃないな」

「でも此処は”奴ら”の所謂情報を多く握っている場所だからね、一人でも逃がしたら後が面倒だよ」

「………そんな事は無い、一人も逃がさん。
 奴らは気付いてはならない物に気付いてしまった」



そして恭也は何処からとも無く愛刀「八景」を抜き放つ。



「往くぞ”美影”」

「はいはい、しっかり見せてもらうよ?お前の成長ぶり」



静かに、されど凄まじい殺気を体から放つ恭也は建物へ向かって行った。

そして、それにゆっくりと着いて行く美影と呼ばれた女性。



さて、此処で間を取らせて貰っては頂けないだろうか?

多対一、と言う物は戦い方が決まっているのだ。

奇襲。

毒を空気に混ぜて相手に送る。

毒を食材に混ぜて相手に食わせる。

何らかで弱わらせ、一人一人確実に消していく。

罠を張る。

そして勝つ。

だが真っ向勝負など挑んでは駄目だ。

死ぬようなものだ。

死にたいのなら止めはしない。

だがそれは戦闘者にはあるまじき行為だ。

経験のある者ならば分かるだろう。

勝ち目の無い戦いはするものではない、と。

だがどうだ?

恭也は戦闘者だ。

それも一流の戦闘者だ。

ならば避ける筈だ。

ましてやここは敵の拠点、それも三百、武器も沢山ある。

それが人としての戦いだからだ。

人ならば、な?

ではここに居る、いや在るのは何だ?

人?

いいや違う。

剣だ。

殺意を込め、狂気を振り撒き、恐怖を与える。

間違う事の無い、死の存在だ。

それは赦しはしない。

そしてそれに感情は無い。

眼前に敵が在るのならば。

完膚なきまでに殺し尽くす。

”それ”はそういうものだ。

幾千、幾万、幾億敵が居ようが知った事じゃない。

唯ソレを殺す。

斬って殺し、裂いて殺し、刺して殺し、穿って殺し。

一切の慈悲も無く。

一切の情も無く。

唯々、殺す。

そう。

恭也はそう言う存在だ。

恭也はそうあるべき存在だ。

全てを、ありとあらゆる物を。

それがどんな物であろうと。

斬り殺す。

そう在るべきなのが恭也。

不破恭也という存在だ。

護る?

馬鹿め、恭也がそんなことする筈無かろう。

そんな感情が在る筈が無かろう。

不破恭也なんて存在は護るなんて事はしない。

ならば今まで高町家を護ってきた恭也は誰だ、だと?

何を馬鹿な。

それを護ってきたのは誰であろう恭也だろう。

高町恭也。

あいつが今まで高町家を護ってきたんだ。

だから此処に高町恭也なんて人は居ない。

此処に在るのは不破恭也という剣、ただその物だ。

さあ始めよう。

高町恭也と言う人の仮面を被って。

人の様に守る為に奪う。

高町恭也という、不破恭也の真似事。

戦いだ。


























                         高町家・道場





「………………母さん」

「………………………」



少女は決意した。



「知ってた?恭ちゃん、護衛とかしている時、とても辛そうな顔してるの」

「………!」



当然美沙斗はそんなことは知りもしないし、予想だにしなかった。

恭也の幼少を見たことのある自分は護ることに向いてるとばかり思っていた。

ましてや護ること苦痛に感じてるなんて思いもしなかった。



「知ってた?私、皆を護りたいから剣を習った訳じゃないの」

「…………………………」

「私がまだ小さい頃、恭ちゃん血だらけで帰ってきたの」

「…………………………」

「その時顔が歪んでいたんだけど、それは痛いからじゃないの」

「…………………………」

「護っていたからなの」



その時の恭也の横顔は忘れもしない。










「本当なら苦も無く倒せてたのに、あんなに傷を負ったのは他ならない私たちの性なの」





その時、幼かった少女は誓った。

誰にも護られないあの人を。

己の身を省みず護ってくれるあの人を。

護りたいと想った。

あの人のために在りたいと想った。

痴がましいかもしれない。

だから誓った。

その身を剣で在ると言う事を。

あの人を護り、あの人の為の剣で在る事を誓った。

護るならば盾や鎧ではないか?

それでは駄目だ。

外敵や災厄をどうする。

防ぐ?

駄目だ。

果てしなくそれでは駄目だ。

仮に防いだとしてもその次は?

防いだとしてもまた襲い掛かって来るだけだ。

敵は果てるまで敵だ。

それは討ち滅ぼすまで向かってくる。

ならばどうする?

決まっている。

その為の剣だ。

襲い掛かる外敵を薙ぎ払い、迫り来る災厄を打ち砕く剣と為る。

そうすれば外敵も災厄もあの人に近づくことすらない。

そうすればあの人は護られる。

そうすればあの人は護る必要なんて無い。

そうすればあの人は敵を殺せる。

そうすれば、あの人は、”剣”足りえる。




「だから、私は剣の教えを乞う、あの人の為に在りたい、ただそれだけ」



だから、迷いは無い。



「だから、私に御神の業を、最高の最後の業を教えて、母さん」

「………………わかった、美由希は奥義六刀全て使えるみたいだから、下地は大丈夫だろうね」



そういって美沙斗は構えた。



「構えなさい美由希、奥義六刀もそうして伝えられるように、この正統奥義もその身に刻みなさい」



御神流正統奥義。

それは”御神の剣士”の中でも最高の”御神”にのみ伝えられる業。

本来ならば御神流正統後継者、御神静馬が伝えるべき筈だったが、今はもう居ない。

そして御神の業は口伝や書物などで伝える物ではない。

その身に受けて、刻んで覚えるのだ。



「………………………」



無言で構える美由希。



「………………………」

「………………………」



無言のまま構えあう両者。





そして此処に。

”最後の御神”に”最高の御神”のみの”最強の業”は伝わる。

































to be continue






あとがき

勉強キライ。
受験イヤダ。
時間ナイ。
金ナイ。
速ク時間ガタッテホシイ。
デモ時間足リナイ。

今回は俺一人でやっていきます。
受験生なので時間と勉強を呪いたいほどです。
この話ですが五話を越えたか越えない辺りで終わるだろうと思います。
最後まで読んでいただけると幸いです。



美影とは何者なんだろうか。
美姫 「恭也にも何かありそうだけれどね」
いやー、とっても気になります。
美姫 「続きを楽しみにしてますね」
待ってます。


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