「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

おしとやかな声が、まるで風に乗ってくるように、自分の耳に入ってくる。

「ごっ、ごきげんよう……」

少しだけ顔を引き攣かせて、挨拶を返す。

(慣れない……絶対に、慣れない……)

そう思っても、慣れなくては駄目なのだ。

「大丈夫ですか?」

隣に立っている瑞穂さんが気を利かせて声をかけてくれるが……正直。

「帰りたいです……」

としか言いようがない……

「えっと、私も最初はそうだったんですけど、すぐに慣れますよ」

ちょっと苦笑して、瑞穂さんが言う。

「あら、瑞穂さんに……新しい転入生の方ですか?」

そんな時に、前から一人の女の人が此方へとやってくる。

長くて、艶やかで、それでいて艶かしい黒くて長い髪の……女性。

「ああ、紫苑さん。 そうですよ……この人は私の父様の知り合いの人の子供なんですけど、今日からここに通う事になったんです」

隣の瑞穂さんが、紫苑さんと呼んだ女性に、私の事を説明している。

「あらそうでしたの。 はじめまして、私瑞穂さんと同じクラスの十条 紫苑といいますわ」

自分の名前を言って、紫苑さんが手を差し出す。

「こちらこそ……私は――――」

 

 

 

 

 

 

乙女はお姉様達に恋してる

太陽と月のお姉様達

 

 

 

 

 

 

ことの始まりは……いつものごとく起こった、宴会の席でのことだった……

「つまり、俺に毒見をしろというわけだな……」

額を押さえながら、一人の青年が言う。

宴会の会場になった高町家の長男にして、この家唯一の男性……高町 恭也。

「毒見なんて……唯の味見だって」

そう言って恭也に料理を差し出すのは長女、高町 美由希。

この二人は実は血は繋がっていないのだが……そこはいろいろと説明があるので省略。

「那美さんと忍さんと私の料理を食べて誰が一番おいしいか恭ちゃんに聞いてるだけなのに」

「それを世間一般では毒見というのだ……那美さんは耕介さんから料理を教わっているのでまだマシだと思うが……お前と忍の料理には、やはり抵抗を感じる」

美由希から突き出される皿を何とか押し返しながら、恭也は言う。

「味見はしたのか?」

「ううん、恭ちゃんに一番に食べてもらいたかったからしてないよ」

恭也の質問に、美由希は笑顔で答える。

(つまり、敵は未知数で……下手をすれば俺を一口で倒せるものというわけか……)

内心でため息をつき、恭也は皿を見る。

…………見た目も、相当‘でんじゃらす’である。

(ええい、戦えば勝つのが御神流だ。 もし俺がここで退こうものなら……なのはや晶、レンが犠牲になる!)

自分自身を鼓舞し、奮い立たせて恭也は箸でその皿に乗っている食べ物であろう物を持つ。

………………感触も、見た目と同様‘でんじゃらす’だった……

「…………くそぅ

ボソッと呟いて、恭也は一口、口に運んだ。

刹那――――――――……

「( Д )゜ ゜っ!!!!!?」(()この顔文字は余りに不味すぎて目が飛び出すほどヤヴァイという意味です。)

口の中から喉を通って胃を通り……その食べ物は……恭也は内臓を攻撃していた。

そして……その余りの味に……恭也は意識を簡単に手放した……

 

 

 

「うぅぅ……朝か……」

カーテン越しに差してくる朝日に、恭也は目を伏せながら起き上がる。

だが、何か体に違和感があるが……朝起きたときの気だるさと思い、立ち上がる。

「くっ……まさか意識まで飛ぶとはな……あいつらは何をどうしてあんなものを……」

昨日食べた(食べさせられた)料理に愚痴を言いつつ、恭也は洗面所に入る。

(なんだか……髪の毛が異様に長い気が……)

肩に手を置くと髪の毛の感触があるため、不思議に思い洗面所の鏡を見る。

「……………………………………」

そして、絶句―――――――――

「なっ、なんなんだっ!?」

思わず大声を出して、恭也は驚く。

(どうしてこんなに髪の毛が長いんだ……それに、顔つきも少し変わってないか……)

自分の顔の輪郭を触りながら、恭也は思案する。

(ん? ……それに、胸が何故か重いぞ……)

体……正確に言うと、胸に違和感を覚え、目線を下に……

「…………………………………………」

して、2度目の絶句――――――――――

目の前には見るだけでかなり大きいと思われる……二つの、胸。

ためしに触ってみる……なんてことはしないが。

「なんなんだっ!!?」

そして、2度目の叫びをあげ……

「どうしたの!?」

慌てた様子で、桃子が洗面所に入ってくる。

桃子としては、普段叫び声なんて上げない恭也が叫び声をあげたため、何かあったのではと思ってきたのだが……

「え〜〜っと、どちらさま……でしょうか?」

桃子の目の前にいるのは恭也ではなく……黒くて長い髪が綺麗な、スタイルのいい女性だった。

「母さん、俺だ! 恭也だ!!」

「は?」

目の前の女性……もとい、恭也が叫ぶと桃娘は素っ頓狂な声を上げる。

「恭也……なの?」

信じられないといった風に、桃子は尋ねる。

「信じられないかもしれないが、俺は恭也だ……昨日美由希の料理を食った後、起きてみればこの姿になっていたんだが……」

相当げんなりした感じで、恭也は言う。

「恭也のやってる剣術の名前は?」

それでも信じられないのであろう、桃子の知っている恭也の情報を目の前の恭也も知っているか確かめる。

「永全不動八門一派御神真刀流二刀剣術、略して御神流だ」

「私のやってる喫茶店は?」

「翠屋で、母さんがチーフパティシエ、フィアッセがチーフウェイトレスをしている」

「家族構成は?」

「母さん、美由希、なのは、俺だ。 さらに言うならフィアッセ、晶、レンだな」

「フィアッセの胸の大きさは?」

「知るか!」

最後の質問に、恭也は顔を真っ赤にして叫んだ。

「ここで、この反応をとるとは……やっぱり恭也なのね」

「はぁ……さっきからそう何度も言ってるだろう……」

桃子の言葉に、恭也は溜息をつきながら言う。

「でも美由希の料理食べて性別変わったって、ある意味凄いわね……」

「あいつは一体普通の食材をどうやってあんな殺人的なものに作り変えたんだ……」

髪をかきあげながら、恭也は言う。

「う〜ん、ねぇ恭也……どうやって元に戻るか、考えてる?」

「あ

 

 

 

その日から、美由希が食材に手を付けることはなくなった……

理由は、唯一つ……

「ねぇ、美由希ちゃん……なんで‘私の’恭くんが、女の子になってるのかなぁ?」

「あああああああの、ですね……お義姉さん、これには深いわけが……」

翠屋のウェイトレスにして、激しい恭也争奪戦に途中参加していながらも見事に勝ち抜いた小鳥嬢の、絶対零度の笑顔のお陰である。

現在の恭也のスタイルは、そこら辺のモデルを遥かに超えていた。

もとより長身であった恭也がそのまま女になったかのようなスタイルなのだ。

それに加え、艶やかな黒い長い髪、標準サイズより少し大きめな胸、その顔。

男だった恭也の容姿をそのまま女に変えたかのような姿になったので、小鳥は少し焦っていた。

女の自分より、なまじ女らしい恭也に……

ただ、恭也の体の傷は大部分が消えていたのが唯一の救いだった。

唯、背中につけられた大きな傷跡だけは消えなかった。

そして、あろうことか桃子に鍛錬禁止の命が発せられた。

女の子になったんだから、少しはおしゃれをして、その言葉遣いも女らしくしてみたいというのが本音らしいが……

休みの日には桃子とフィアッセ、小鳥を連れてよくデパートやらに言って恭也の服を物色。

最早着せ替え人形扱いの恭也である……

それと一緒に小鳥も自分とおそろいの服を恭也と一緒に着てみたりとご機嫌である。

デートなどもしている……女の子同士だから入れる店やらなんやらに入って小鳥はご機嫌で、恭也はまだ恥ずかしさが残っていた。

そして……そんなある日の事である。

 

 

 

「護衛……ですか?」

翠屋の奥の余り目立たない席で、恭也は聞き返す。

前にいるのは銀髪の刑事、リスティ・槙原である。

「ああ。 この前ボクの所に依頼が来たんだよ……なんでも、学園に不審者が進入して大事件になりかけたそうなんだよ」

「不審者……ですか?」

「誘拐が目的だったらしくてね、スタンロッドやらナイフやらも持ってたらしいよ」

リスティの言葉に、恭也の表情が固くなる。

「その学園って言うのはお金持ちとか、所謂お嬢様学校って場所なんだけど……」

「は? お嬢様学校……ですか?」

「そうだよ、なにか問題でもあるかい?」

「あるかいって……俺は男ですよ?」

「今の君のどこをどう見れば男に見えるんだよ、恭伽ちゃん?」

リスティの意地の悪い笑みを見て、恭也はウッと唸る。

そうである……桃子・フィアッセの女言葉矯正やらおしゃれやらで、恭也ではなく……恭伽と名乗らされていた。

「勿論、護衛って言うのも方便さ。 ただ心配だから見ててやってくれないかっていう依頼なのさ」

「はぁ……まぁそういうわけでしたら……」

曖昧に答える恭也。

「護衛対象は宮小路 瑞穂……まぁ、鏑木 瑞穂といった方が判り易いかな?」

「鏑木……瑞穂……って、あの人は確か!」

「ご明察……なんでもお爺様の遺言で女装して通ってるらしいよ……なんとも常識を疑う遺言だよ」

苦笑しながら、リスティは言う。

「っていうか、ボクは恭也がなんで鏑木グループの人と知り合いなのか聞きたいけどね」

意地悪な表情で、リスティは恭也を見る。

「……父さんが、鏑木グループの会長の護衛をした時に知り合ったんです……」

少しだけ昔を思い出して、恭也は答える。

「そっか……だからあっちは君を指名してきたんだね……でも、恭也は男だって知ってるのに、どうするつもりだったんだろうね」

「そうですね……まぁ、警備員としてとかじゃないんでしょうか」

「まぁ、今の君ならもっと間近で守ってあげられるからね……学園への転入手続きをしよう」

「は?」

リスティの言葉に、恭也は今日2度目の可笑しな顔をする。

「だから、今の君なら学園に転入してもなんら問題はないから転入しようって言ってるんだよ」

それに対し、リスティはさも当然といった感じで言う。

「なぜ……そうなるんですか?」

額を押さえ、恭也は尋ねる。

「身近にいた方が守りやすいだろう? それに、もう一度学園生活が楽しめるんだよ?」

「俺は別に楽しみたいわけではないのですが……」

「今なら君の彼女と楽しい学園ライフをおくる特典もつけるけど?」

「やりますっ!!」

「………………………………」

リスティの言葉に、元気に答える…………小鳥。

そして、呆気にとられ、呆ける恭也。

小鳥が、テーブルの前に来ていて答えたようだ。

「小鳥……遊びに行くわけじゃないんだが……」

「駄目?」

テーブルの横柄からウルウルと目を潤ませながら小鳥は恭也に尋ねる。

そんな目をされると、恭也は小鳥に弱い。

「ほら、小鳥もこういってるんだし……どうだい?」

さらに、ここぞとばかりにリスティに言われる。

「恭也だって、一度でいいから小鳥と一緒に学園生活がおくりたかったんじゃないのかい?」

その言葉に、恭也は唸る。

本音を言えば、恭也だって小鳥と一緒に学園生活をおくりたかったと思っている。

だが、今回は護衛という仕事で行くわけであって、遊びに行くわけではない……

だから、小鳥が少しでも危険な目にあうかもしれない場所に連れて行くのはためらわれるのだ。

「恭也、今回の仕事は護衛っていっても形だけのようなものだよ。 君はゆっくりと学園生活を満喫してくるといい。 その対象の側に付き添ってあげるぐらいでいいんだからさ」

恭也の考えが読めたのか、リスティが言う。

「それに、お嬢様学校なんて通う機会なんてもうないかも知れないんだしさ」

それを聞いたとき、恭也は思った……そっちが、本心か……と。

「…………判りました、お受けします」

「やったぁっ!!」

恭也の言葉を聞いて、小鳥が喜びの声を上げる。

「だが、小鳥……もし危険な事になりそうだったら帰ってもらうぞ、小鳥を危険な目にだけは合わせたくないからな……」

「うん、それでも嬉しいんだよ」

小鳥は横から恭也に抱きついて、言う。

「恭くんと一度だけでいいから一緒に学校に通えたらなぁって思ってたんだもん……叶って嬉しい」

「小鳥……」

小鳥の言葉を聞いて、恭也は小鳥を抱きしめる。

「俺も……小鳥と一緒に学校に行けて嬉しい……」

仲睦まじい二人だが……忘れてはいけない……今恭也は女だという事に……

喫茶店の奥で女二人同士が抱き合っている光景を見れば……

「恭伽〜〜〜〜店で抱きつくのだけはやめてよね〜〜〜〜」

厨房からの桃子の声。

その声に驚いて二人はすぐさま離れる。

見れば、周りにいた客達もどこか顔を赤くして二人を見ていた。

「くっくっくくくく、恭伽、小鳥……君達が入学する恵泉は女学校で女同士が付き合うって言うのは珍しい事はないけど、ここでは目立つよ」

口元を押さえながら、リスティは言う。

その表情には言い知れぬ笑みが浮かんでいたが……

こうして、恭也……もとい、恭伽と小鳥の恵泉女学園の入学がきまった。

 

 

 

 

そして今に至り……物語は始まる。

 

 

「私は―――恭伽、不破 恭伽です」

 

 

恭伽が名乗ると、まるでそれを祝福するかのように風が突き抜けていく。

 

 

それは、新しい出会いを祝福する―――――――梅雨明けの物語。

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

 

とりあえず、復帰第一弾SS

フィーア「復帰って言うか、あんたの勝手な理由だけどね」

いやね、本当はもうSS書くの止めようかとも思ってたんだけどね。

フィーア「何で続ける気になったの?」

いろいろと理由があるんだけど、やっぱりまだ続けたいって思ったからかな。

フィーア「あんたにしては殊勝な心がけね」

これからもちょくちょく書いていくから、相棒ヨロシク。

フィーア「あんたにお仕置きできるのは私とお姉様だけだからね、任しときなさい」

いやね、そっちは完璧に遠慮したいんだけどなぁ……

フィーア「まぁ、また次回ってことで」

ではでは〜〜〜




復帰おめでと〜。
美姫 「本当に嬉しいわね」
うんうん。そして、新たに始まる新連載。
美姫 「今後の展開も楽しみね」
ああ〜、早くも次回が待ち遠しい。
美姫 「それでは、次回も待ってますね」
ではでは。



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