スレイヤーズクエスト〜時空流離〜
3 旅は道連れ、ということで
*
――混沌の言葉、カオス・ワーズ……。
それはこの世界に力を体現させるための言葉。あるいは力そのものである。
故に魔道師がその力を行使するとき、彼らはその制約から逃れられないはずだった。
例えそれがどれほど些細なものであっても……。
「あなた、何物?」
目の前で常識を覆されてから数刻、ついにあたしはその疑問を彼女にぶつけた。
「わたしは魔道師ですよ。リナさんと同じ」
「カオス・ワーズの制約を受けない魔道師なんて、聞いたことないわ。それに何、あの呪文。下手しなくてもドラグ・スレイブ並みの威力じゃない」
「おっしゃっていることの意味が良く分からないのですけど」
「つまり」
あくまで笑顔でそう言う彼女に、あたしはその顔をびしっと指差して言ってやった。
「あんたが魔道師であるはずがないのよ。少なくてもこの世界じゃね」
「制約なら受けていますよ。さっきだって、ちゃんと呪文を唱えていたじゃありませんか」
「あんな呪文、あたしは知らないわよ」
「それはそうでしょう。そもそも、わたしはこの世界の人間ではないのだから」
相変わらずの笑顔でそう言うと、彼女は実にあっさりとあたしの推理を肯定した。
まあ、あたしの見てる前であんな派手な呪文ぶっぱなすくらいだから、最初から隠すつもりなんてなかったのかもしれないけど。
「分からんな」
ふとそれまで黙って話を聞いていたガウリィがポツリとそんなことを言った。
「おまえさん。あんな凄い呪文使えるのにどうしてゴブリンなんかに追い詰められてたんだ?」
ガウリィのそれは尤もな疑問で、あたしも気になるところではあった。
しかし、この兄ちゃん。ユイナが異世界の人間だって聞いても驚かないんだろうか。
いや、あたしの格好見て魚屋とかウェイトレスとかって発想が出てくる人だしなぁ……。
「あのときはわたしがまだこちらの環境に慣れていませんでしたから、上手く力を使えなかったんです。でも、今はもう最適化も終わって普通に力を使えますから、あの程度のモンスターなんて何十匹襲ってきても平気ですよ」
「でしょうね。それで、異世界の魔道師さんがあたしたちと一緒に行動する理由は何?」
「差し当たってはこの世界のことを知ることでしょうか。わたしはまだこちらに来てから日が浅いですから」
少し棘のある口調のあたしの問いかけにも、ユイナは笑顔を崩さないままでそう答える。
「まあ、害があるようには見えないし、一緒に行きたいっていうんならあたしは構わないけど」
そう言ってあたしはガウリィのほうを見た。
「嬢ちゃん一人こんなところに置いていくわけにはいかんからな。さっさと次の町へ行こうぜ」
「決まりね。じゃあ、改めてよろしく」
そう言って手を差し出すあたしに、ユイナは少しだけ表情を柔らかくした。
「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」
*
町に入るとあたしはガウリィを残して人目のつかない廃屋へと忍び込んでいた。
先日、盗賊団のアジトを襲っていただいたお宝を整理するためである。
あたしが宝石の選別をしていると、不意に影が差した。
見上げると、ユイナが興味津々という感じであたしの手元を覗き込んできていた。
この娘、いつの間についてきてたんだろ。まったく気配を感じなかったけど。
「へぇ、沢山あるんですね。それ、どうするんですか?」
「呪文を掛けてマジックアイテムにするのよ。そのほうが高く売れるからね」
そう答えながらもあたしは手元の宝石に呪文を掛けていく。
「他の宝物も全部、売っちゃうんですか?」
あたしの手元から脇に寄せた他のお宝へと目を移し、ユイナがそう聞いてくる。
「何、何か欲しいものでもあった?」
「はい。そこの神像とあと、宝石を幾つか譲っていただけませんか」
「いいけど、あんたお金持ってるの?」
「いえ、あ、でも、価値のあるものなら幾つか。それと交換ということでどうでしょうか」
そう言うと、ユイナは背中に背負っていた袋から道具を取り出して並べ出した。
それを今度はあたしがしげしげと眺める。
銀製のナイフが2本に材質の分からないブレスレット、知らない文字で書かれた本が数冊。
ナイフには何か魔法が掛けてあるようで、柄の部分に紋様が刻み込まれている。
「この本は?」
「魔道書です。わたしが使っていたものなので、少し痛んでいますけど」
「じゃあ、それと、そこのブレスレットと交換でいいわ」
「いいんですか?ありがとうございます」
そう言うと、ユイナは嬉しそうにあたしの差し出した袋を受け取った。
オリハルコンの神像は確かに高価な代物だけど、あくまでその程度でしかない。
異世界の書物とおそらくマジックアイテムであろう品とは比べるべくもないのだ。
あたしが内心興味と興奮を抑えるのに苦労していると、ユイナが嬉しそうな顔のまま言った。
「そのブレスレット、単体じゃあんまり使えないでしょうから少しおまけしちゃいますね」
「お、気前がいいじゃない。気に入ったわ」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、ユイナは今しがたあたしから受け取った袋から幾つか宝石を取り出した。
一体何を始めるのかと見ていれば、彼女はいきなりそれを宙に向かって放り投げた。
それらはユイナの視線の高さで静止すると、宝石独特のものとはまた違った光を放ち出す。
やがて光は消え、代わりに輝く魔法陣が宝石の中に生まれていた。
アミュレットだ。でも、あたしが作ったのとはだいぶ性質が違うみたい。
「簡単な魔法を封じておきました。念じれば呪文を唱えなくても即発動させられますよ」
そう言うと、ユイナは小さな袋一杯にそれを渡してくれた。
この後、あたしが持ち込んだアイテムの一つが原因で一騒動あって、結局この町ではお宝をお金に換えることが出来なかった。
そのことを嘆きつつ、あたしたちはその日の宿を取るべく宿屋へと入ったのだけど……。
*
リナさんたちと入った宿の食堂兼酒場のようなところで軽めの夕食を済ませると、わたしは先に一人で部屋へと入っていた。
本当は一緒にお酒なんかも飲みたかったのだけど、今はそうするには少し辛い。
何というか、体がだるくてしょうがないのだ。
慣れない異世界での旅に疲れたのだと思うけれど、それにしても……。
重くなった体を引きずってベッドに腰を下ろす。口からは自然と溜息が漏れた。
もう少し時間を掛けて微調整をする必要がありそうね。
今のこの体は結構お気に入りだし、無理をして壊したくはないから。
少しだけ眠って、起きたらもう夜中だった。
喉が渇いて一階の酒場へと降りると、何かあったらしく今日はもうやっていなかった。
仕方なく適当に厨房を漁って水をもらうことにする。
寝ている宿のご主人を起こすのと、どっちが悪いのかは微妙なところだけど。
水を飲んで部屋に戻ろうとしたわたしはリナさんの部屋から怪しい二人連れが出てくるのを見た。
いえ、怪しいなんてものじゃありませんね。あれは……。
方やマントにフードの白ずくめ、方や魔道師ふうのミイラ男です。
気になったわたしはこっそりと後を付けてみることにした。
眠って大分安定したし、少しくらいは大丈夫でしょう。
そう思って、追跡を始めたのだけど、見事に気づかれてしまいましたね。
「おい、あんた。俺たちに何か用か?」
そう声を掛けてきたのは白ずくめの男性のほうだった。
「別に。ただ、こちらの宿に泊まっている魔道師の方を訪ねてらしたようなので」
「嬢ちゃん、あの小娘の知り合いか?」
そう聞いたのはミイラ男のほう。怒っているみたいだけど、リナさんと何かあったのかしら。
「知り合いといいますか、一緒に旅をさせていただいているものですから、少し気になって」
「なるほど。それで俺たちの後を付けてきたってわけか」
「ええ。ですから、出来ればどういったご用件でいらしたのかお教えいただけると嬉しいです」
「あの女に直接聞けばいいだろうが」
「まあ、待てゾルフ」
いきり立つミイラ男を制して、白ずくめはわたしのほうへと向き直った。
「俺たちはあんたの連れと取引がしたくて来たんだ。尤も応じてはもらえなかったがな」
「その割にはあまり残念そうじゃありませんね」
「まあ、元々応じてもらえるとは思ってなかったからな。今日来たのも確認のようなものだ」
そう言うと白ずくめは話はそれまでとばかりに踵を返して立ち去ろうとした。
「お望みの品はオリハルコンの神像ですか?」
徐に発したわたしの言葉に、白ずくめの足が止まる。
「仮にそうだとして、あんたには関係のないことだろう」
「いいえ。そうでもないと思いますよ」
言いながらわたしは懐へと手を入れる。そこには先日交換してもらった神像があった。
「だって、それを今持っているのはわたしなんですから」
「……幾らだ」
懐へと手を入れたままのわたしに、白ずくめは感情のない声でそう聞いてくる。
「そうですね。ここでは何ですから、宿の中でお話しましょうか」
*
ユイナの秘密の一つが明らかなに!
美姫 「何と彼女は異世界からの旅人」
怪しげな二人組みに平然と声を掛ける辺り、この姉ちゃんもただもんじゃないね。
美姫 「まあ、異世界からって言う時点で只者ではないけれどね」
うっ。ま、まあ、兎も角、二人組みとどんな交渉を交わすのか。
美姫 「次回も楽しみです」
次回を待ってます。