スレイヤーズクエスト〜時空流離〜



  7 追う者・追われる者

   *

 ディルギアさんの号令でトロルたちが一斉にわたしたちに向かってきた。

 相手は軽く20を越える数で、既にこちらを包囲している。

 けれど、こういう場合に有効な手段をわたしはちゃんと持っているんですよね。

 ゼルガディスさんもそれは同じらしく、落ち着いた様子で呪文の詠唱を始めている。

 わたしはそれを軽く片手を挙げて制すると、ゼルガディスさんの腕を掴んで引き寄せた。

「お、おいっ!」

「凍結の白き冷気よ、我が手に集いて力となれ。ゲルウィンブリザード!」

 思わず抗議の声を上げたゼルガディスさん。

 だけど、同時に発動したわたしの魔法にそれ以上何も言えなくなる。

 わたしと彼を中心に広がった白く輝く冷気はこちらに向かってきていたトロルの半数以上を瞬時に凍りつかせていた。

 氷付けにされたトロルたちは氷が消えると同時に地面へと倒れ、そのまま動かなくなった。

「ひ、怯むな!」

 怯えたように後退る残りのトロルたちにディルギアさんが檄を飛ばす。

「無茶苦茶だな、おい」

「生物の弱点を突いたまでです。それよりさっさと残りも片付けますよ」

 冷や汗を浮かべてそう言うゼルガディスさんに、わたしは涼しい顔で答えると、抜き放った剣を手に駆け出す。

「舐めるなよ小娘!」

 真っ直ぐにディルギアさんへと向かって駆けるわたしに、ディルギアさんは剣を両手で構えて正面から迎え撃ってきた。

 それを見て、わたしの背後でトロルたちへとファイヤーボールを放ったゼルガディスさんが不敵な笑みを浮かべたのが分かる。

 わたしは右手に握ったクラスターソードをディルギアさんの剣にぶつけると、間髪置かずに抜き放ったもう一本のクラスターソードを交差させるようにその上から叩きつけた。

「うおっ!?

 その攻撃の重さに驚いた声を上げつつ、咄嗟に後ろに跳んで衝撃を殺すディルギアさん。

「気をつけるんだなディルギア。その娘は剣で俺と互角にやりあえるぜ」

「そのようだな。まったくとんでもないお嬢ちゃんだぜ」

 距離を開けつつ、痺れたのかディルギアさんは軽く腕を振りながらそう言った。

「お褒めに預かり光栄です。でも、今のを受け止めたディルギアさんも大したものですよ」

「小娘が調子に乗るなと言いたいが、さすがに今のは洒落になってないな」

「魔術師だから、女だから非力だと考えるのは少し軽率ですよ」

 不敵な笑みを浮かべながらそう言って剣を構え直すわたしにはまだまだ余裕があった。

 ゼルガディスさんのほうも粗方片付けたようですし、このまま一気に決着を着けてしまいましょうか。

 そう思ってわたしが一歩を踏み出したとき、不意に目の前を一条の赤い光が横切った。

 それは森の木に突き刺さる直前で折れ曲がると、真っ直ぐにわたしへと向かってくる。

 わたしはそれを右のクラスターソードで切り払うと、一足飛びにゼルガディスさんの隣まで後退した。

「何だ今のは!?

 ブロードソードを片手に警戒するゼルガディスさんにしかし、わたしは驚きのあまり答えることが出来なかった。

「ホーミングブラッドレイ。まさか、いえ、あり得ないことではないですね」

「おいっ!」

 呆然と呟くわたしの肩をゼルガディスさんが少し乱暴に掴んで揺らした。

 それで慌てて我に返ったのだけど、そのときにはもうディルギアさんは逃げてしまっていた。

「ったく、何なんだ」

「済みません。でも、なるべく早くリナさんたちと合流したほうが良さそうです」

「それは今の赤い光線と何か関係があるんだな」

「はい。あまり考えたくはないんですけど、多分そうです」

 そう言ってわたしは光が飛んできたほうへと目を向ける。

 姿は見えないし、もうこのあたりにはいないんでしょうけれど、気配は微かに残っています。

 わたしをいろいろと失望させてくれた相手。あの男がこの世界に来ている。

 ……面倒なことにならなければ良いんですけどね。

   *

 ユイナがゼルガディスたちに浚われてから丸一日が過ぎていた。

 今、あたしとガウリィは二人でアトラスシティへと向かって歩いている。

 彼女のことは見捨てたわけじゃない。

 例え少しの間でも寝食を共にした旅の仲間を見捨てる程、あたしは薄情じゃないつもりだ。

 とはいえ、何も手掛かりがない状態では幾らあたしが天才でも探しようがなかった。

 唯一にして最大の強みは敵が狙っているものが今もまだこっちの手の中にあるということだ。

 このオリハルコンの神像を持っている限り、奴らは必ずまた仕掛けてくる。

 あのゼルガディスという男なら、ユイナを人質にあたしたちと取引するくらいはするだろう。

 ただ待つというのは性に合わないが、他に手がない以上しょうがない。

 どうせ待つんなら、どこかの街の宿でのんびりとしていたかったんだけど。

「関係のない奴を巻き込んで迷惑掛けるわけにもいかんだろ」

 というガウリィの至極当然な一言により却下された。

 こいつ、脳みそクラゲのくせに妙に常識あるんだよな。

 まあ、そうでなくてもあたしも面倒になるのは嫌なのでしないけど。

 これは言ってみれば愚痴である。

 あたしたちは敵に発見されやすいようにあえて表の街道を歩いている。

 おかげで今朝宿を出てからだけでも5回は襲撃があった。

 しかし、現れたのはどいつもこいつもザコばかりで肝心のゼルガディスの姿は影も形もない。

 こっちはまだ魔力が戻っていないから、ある意味それもありがたいと言えなくもないのだが。

「ああ、もう。いい加減、うざったいのよ!」

 現れたバーサーカーへと半ば八つ当たり気味にファイヤーボールを放つ。

 炸裂した火球は大分威力が戻ってきているようで、一撃で敵を黒焦げにすることが出来た。

   *

 ――日が大分西に傾いた頃。

 たどり着いた廃墟の町でわたしとゼルガディスさんは盛大な敵の待ち伏せを受けていた。

「トロルにバーサーカー、昆虫人間が合わせて100匹以上とは。よくもまあこれだけの数を集められたものだな」

 感心というよりは寧ろ呆れたような調子で言うゼルガディスさん。

「驚いたか。いくらおまえらでもこれだけの数を一度に相手には出来まい」

「ディルギアか。おまえも懲りないな」

「喧しい。おまえらはここで死ぬんだよ」

 そう言ってディルギアさんが剣を振り下ろすと、それを合図に魔物たちが一斉に動き出した。

 それを見てわたしとゼルガディスさんは一瞬視線を交わすと、二手に分かれて駆け出した。

 ――包囲される前にこちらから突っ込んで敵を霍乱する。

 戦場となったのは絵に描いたようなゴーストタウン。

 遮蔽物も多く、機動戦をするには持ってこいだった。

 ただ、意外だったのは敵が全員ゼルガディスさんのほうに向かったこと。

 一人ずつ確実に倒すにしても、あれだけいるのだから向こうも二手に分かれればよさそうなものなのに。

 けれど、その疑問もそう経たないうちに解消することになった。

 走りながら思考を廻らせていたわたしに向かって不意に横手から針状の炎が飛来してきた。

 それは強力な魔力によって生み出されたもので、それを放った相手が只者ではないと分かる。

 わたしが炎の針をすべて避けきったのを見ると、相手はすぐに姿を現した。

 出てきたのは顎に白髭をたくわえた老人だった。

 ロディマスさんという人とは違う。おそらく魔に属する存在。

「なかなか良い動きだな。お嬢ちゃん。どれ、一つこの老いぼれの相手でもしてもらおうか」

 そう言って再び炎の針を撃ってくる老人。

 わたしは軽く横へ跳んでそれをかわすと、反撃にスプラッシュアローを放った。

 無属性・物理系のこの魔法は純粋な精神生命体には効果がない。

 だから、これは確認。

 そして、思った通り、相手はまったく避けようとはしなかった。

 直撃。けれど、炸裂した爆煙の向こうから現れたのは無傷で宙に漂う老人の姿。

「やっぱり、あなたは魔族ですね」

「それを確かめたところでどうするつもりかな?」

 余裕の笑みを浮かべてそう聞いてくる老人に、わたしは正面からきっぱりと宣言した。

「もちろん。立ちはだかるのであれば滅殺するだけです」

   *

 100を越えるモンスターどもの群れがぞろぞろと後を追ってくる。

 俺は物陰に隠れながら時折攻撃呪文を放ってその数を減らしていくが、さすがに多いな。

 ユイナのほうはまあ、大丈夫だろう。

 直接戦ったのは一度きりだが、あの娘の実力、正直この俺ですら測りきれない。

 レゾを倒せると言ったあの言葉も強ちはったりではないのかもしれない。

 そんなふうに思えてしまうほどに、あの娘には得体の知れない何かがあった。

 ともあれ、今は目の前の奴らをどうにかするしかない。

 俺は物陰から飛び出すと、ファイヤーボールを放って駆け出した。

   *

「――フェアリエル!」

 わたしの手から放たれた数十匹の光の蝶が老人へと向かって飛ぶ。

 直線的な攻撃では炎の針で迎撃されてしまうけれど、この蝶たちはそれぞれが別々の軌道を描いて飛ぶためすべてを避けるのはまず不可能だ。

 さすがに一発一発の威力は低いけれど、これなら確実にダメージを与えられる。

 ただ、弱点は術を制御している間はこちらも身動きが取れなくなること。

 老人はそれを見抜いたようで、手にした炎の鞭で蝶たちを叩き落すとわたしに向かって炎の針を放ってきた。

 わたしはすぐさま術の制御を放棄すると、空いた片手の一振りでそれらを打ち消した。

「何っ!?

 何の方向性も持たない魔力の波動だったけれど、それが老人には意外だったらしい。

 呆然とした表情でわたしを見ている。

 そして、それはわたしの前ではあまりに致命的な隙となったのだった。

「――我が前に立ち塞がりしおろかなる汝の存在に滅びの刻を。クロノスリベンション……」

 紡いだ言葉は静粛に、厳かに、一つの存在に終わりを告げるものだった。

 呆然とした表情のまま、老人はわたしの解放したわたし自身の一端に飲み込まれて消えた。

   *

 





突如飛来した一条の赤光。
美姫 「果たして、その人物とは」
彼がユイナがこの世界に来た理由なのか。
美姫 「それとも…」
事態が慌しく動く中、リナたちはのんびりと旅を続ける〜。
美姫 「のんびりじゃないんだけれどね、実際は」
まあ、襲撃にあってるみたいだしな。
美姫 「あ〜ん、次回が楽しみ〜」
うんうん。続きが気になるな。
ユイナの力もまだまだ未知数だし。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
待ってます。



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