スレイヤーズクエスト〜時空流離〜



  8 ゴーストタウンの死闘(前編)

   *

「さて、残るはおまえ一人だな」

 軽く息を吐きながら、俺は目の前に立つディルギアへと剣を向けた。

「バ、バカな……。全員で100はいたんだぞ。それをおまえは……」

「緒戦は烏合の衆だったということだ。さあ、観念するんだな」

 驚愕に目を見開いて後退るディルギア。

 そのディルギアも背後から現れたロディマスとゾルフによってあっけなく地に付した。

「ちくしょう、絶対生き返って仕返ししてやるからなぁ!」

 最後にそんな捨て台詞を残して息絶えた。

 それからほとんど間を置かずに西の空に閃光の柱が生まれる。

 どうやら、彼女のほうも終わったようだ。

 ようやく本当に一息吐いて剣を鞘へと納める。

 だが、同行を申し出てくれた二人を伴って俺が歩き出そうとしたときだった。

 ……これは、瘴気か。

 不意に感じた嫌な気配に、俺は一瞬足を止める。

 薄らぎかけていた戦場の空気が急速にその密度を増していった。

   *

 魔族の老人を滅ぼしたわたしの前にそいつは悠然と姿を現した。

 神官風の法衣の上にマントをはおり、腰にはブロードソードを差している。

 長身で黒髪のヤサ男だ。

 外見の年齢は二十代半ばくらいだけど、本当はもっとずっと長い時間を生きている。

 そう、わたしはこいつを知っている。

「美しいほど完全な破滅。イレイサーとしてのあなたの力は異界の地でも健在のようですね」

 先の魔法のことを言っているのでしょう。男はそう言って面白そうに笑みを浮かべる。

「黙りなさい」

「おや、勘に障りましたか。しかし、あなたの今の力は破壊者そのものですよ」

「そんなことを言うためにわざわざ尾行してきたわけじゃないでしょう」

「ええ、もちろんです。尤もあなたは分かっているでしょうけれどね」

 相変わらず笑みを浮かべたままそう言う男に、わたしは微かに眉を顰めた。

「バカな人。せっかく見逃してあげたのに、こうしてまたわたしの前に現れるなんて」

「すべてはあなたを手に入れるためですよ」

「そのために世界さえ滅ぼすというの?」

「必要ならね」

 わたしの問いに男は躊躇なく即答する。

 分かっていたはずだった。

 私欲のために世界一つを滅ぼしたこの男なら、そう言うだろうと思っていた。

 けれど、それに対して心が平静でいられるかといえば、それはまた別の話。

「そう。なら、ここでわたしが終わらせてあげる」

 冷たいほど静かに、気づけばそう宣言していた。

 ――そこにいつもの笑顔は、ない。

 一度は鞘へと納めたクラスターソードを抜き放ち、わたしは男へと駆ける。

   *

 あたしがその光を見たのはこれが二度目だった。

 一度目は彼女と出会った日。

 巨大なドラゴンを飲み込んだ虚光は間違いなくこの世界の魔道師が使える黒魔術最強呪文と同等かそれ以上の威力を持っていた。

 そして、二度目の今。再びその力を解き放たなければならない状況に彼女はいる。

「行くわよガウリィ!」

「お、おう」

 隣で呆然と突っ立ってるガウリィにそう声を掛けると、あたしは光の見えた方角に向かって駆け出した。

「なぁ、リナ。今の光って」

「間違いないわ。ユイナがあそこにいる」

 遅れてついてくるガウリィにあたしはそう叫び返すと、走りながら飛翔の呪文を唱えた。

 大分回復した魔力があたしの周りに強力な風の結界を作り出す。

 追いついてきたガウリィを拾ってそのまま飛翔……と思ったそのとき。

「……っ……!?

 不意に感じた殺気に、あたしはとっさに術を解除して身を投げ出した。

 刹那、それまであたしたちがいた場所を一条の光の矢が貫いた。

「誰!?

 叫ぶあたしに答えるように、姿を現したのは水色の髪を長く伸ばした女性だった。

 魔道師か、それとも神官なのか。身に付けている衣装はあたしの知らないものだ。

 雰囲気としてはユイナにどこか近い気がする。……って、まさか!?

「さすがにこんな狙いでは当たってはくれないか」

 言って女性は構えていた手を下ろす。

「いきなり攻撃してくるなんて、あんたもレゾの手下なわけ?」

「…………」

 答える気はないか。

「悪いけど、あたしたちは急いでるの。最初から本気でいかせてもらうわ!」

 その沈黙を肯定と受け取ると、あたしはそう言って呪文の詠唱を始める。

 その間、無防備になるあたしを守るように、ガウリィがあたしと女の間に立って剣を構えた。

 それを見て女は僅かに目を細めたものの、特に構えるでもなくこちらを見ている。

 こっちの力量を測るつもりなのか。なら、望み通り見せてあげようじゃない。

 ――すべての力の源よ。輝き揺れる赤き炎よ!

「我が手に集いて力となれ。……ファイヤーボール!」

 あたしの力ある言葉に答えて炎の球が女へと飛ぶ。

 それは女の足元に着弾すると、盛大な炸裂音を立てて爆発した。

「ふっ……、見たか。これがあたしの実力よ」

 思わず目を閉じてカッコつけるあたしの耳に何かがぶつかる音が聞こえた。

 驚いて目を開けると、立ち昇る爆煙の向こうで女がガウリィの振り下ろした剣を受け止めていた。

「ガウリィ、下がって!」

 間髪置かずに再び放ったファイヤーボール。

 それが何か薄い膜のようなものに弾かれて四散する様をあたしは確かにこの目で見た。

 ――結界。

 でも、あいつは呪文なんて唱えてなかったはず。となれば考えられることは一つしかない。

 あたしは多少威力が落ちるのを覚悟で詠唱を省略すると、三度女に向けてファイヤーボールを放った。

 女が手をかざし、光の幕が生まれる。思った通り、一瞬だけどその手首に光る紋章が見えた。

「ガウリィ、そいつの手首を狙って。ブレスレッドを壊せば防御結界は使えなくなるわ!」

「分かった!」

 あたしの叫びに答えてガウリィが走る。

「させると思っているの」

 女は僅かに身を引くと胸の前で腕を交差させ、それを開くように斜め下へと振り下ろす。

 刹那、数十本の光の矢が彼女の前に出現した。

 ――スプラッシュアロー!?

 放たれたユイナと同じ魔法にガウリィが足を止め、あたしは思わず詠唱を止めてしまう。

 そこに一瞬、だけどこの場においては大きすぎる隙が生まれた。

   *

 放ち続けるスプラッシュアローの弾幕を抜けて数条の赤光が飛来する。

 眼前に迫ったそれをクラスターソードで切り払いながら、わたしは溜息を漏らした。

 まったく、こっちは視界を埋め尽くすほどの数の閃光の矢を撃ち続けているというのに。

 一体どうやって突破してきているのか不思議でたまらない。

 もしかしてこの赤光、物理的な干渉を受けないんでしょうか。

 だとしたら、この濃密な弾幕射撃を突破してくるのも頷けますね。

 そう思うとわたしはもうスプラッシュアローを撃つのを止めていた。

 同時に後ろへ飛んで右のクラスターソードを抜き放つ。

 ほとんど間を置かずに腕に伝わってきた衝撃に、わたしは思わず息を呑んだ。

 ――思っていたよりもずっと速い。

 そのまま何度か切り結んだけれど、その度にわたしは剣を放さないよう必死で堪えていた。

「そんな程度ではないでしょう。もっとわたしを楽しませてみせなさい。イレイサー!」

「その名でわたしを呼ぶなぁっ!」

 声高らかに笑う男にわたしは両方の剣を重ねて叩きつける。

 男は今までのようにそれを自分の剣で受け止めようとして、ハッとしたように後ろへ飛んだ。

 刹那、男の服の袖を見えない刃が切り裂いた。

「あんまり挑発しないでくれる。自分でも段々歯止めが効かなくなってきてるんだから」

 そう言って軽く胸を押さえるわたしの顔にはたぶん狂気があったんだと思う。

 それがこの男を喜ばせるって分かっていても、体からあふれ出す力を止めることが出来ない。

 せめて、まだわたしの手の中にあるうちに彼を消してしまわないといけない。

 わたしは両手のクラスターソードを前に突き出すとその刃先を基点に力を集束させていった。

   *

 ――感じる……。

 まるで嵐のように吹き荒れる強大な力の波動。

 それはあたしが知っている彼女のそれとは全く桁違いのプレッシャーを伴ってそこにあった。

 それを目の前の女も感じているのか、それまでの無表情に微かだが焦りみたいなのが浮かぶ。

 チャンスだ。

 ガウリィが女の手首から肘にかけて切りつけ、女のブレスレッドを破壊する。

「よっしゃ、ガウリィよくやった!」

 これで相手にもこっちの呪文が通用するってもんよ。ここぞとばかりに大技を放つあたし。

 ――すべての心の源よ。

 我が手に集いて閃光となり、深淵なる闇を打ち払え!

「エルメキアフレイム!」

 あたしの手から放たれた閃光が女へと向かって伸びる。

 ブレスレッドを破壊されたことで動揺していた女はそれに一瞬反応が遅れた。

 とっさに逆の腕で顔を庇うものの、発動した結界は精神攻撃には無力だったようだ。

「どうやら勝負あったようだな」

 地面に片膝をついて肩で息をする女にガウリィがゆっくりと近づいて喉元に剣を突きつける。

 あたしはエルメキアフレイムを受けてもなお意識を保っている相手の精神力に驚愕していた。

 あたしが使うこの呪文、下級魔族を一撃で倒せるくらいの威力があるのだ。

 それを耐えたということは、この相手はそれ以上の存在ということになる。

 あたしは右手を開いて未だその中に握り締めたままだったそれへと目を向けた。

 そこにあったもの……力を失って砕けた魔法石はユイナがオリハルコンの神像と引き換えにくれたものだった。

 隙を突かれ、あたしが敵の魔法の直撃を受けたとき、この石は身代わりになって砕けたのだ。

 あたしはユイナに守ってもらった。なら、今度はあたしがあなたを助ける番よね。

「ガウリィ、後よろしく!」

 そう言うと、あたしは二人の脇を駆け抜けていった。

 背中でガウリィの批難だか制止だかの声が聞こえたけど、とりあえず無視だ。

 ――さっきから感じてる魔力の波動は尋常じゃない。

 先の閃光と言い、彼女に何かあったと考えてまず間違いないだろう。

 待ってなさいよ。今、あたしが行くから。

   *

 

 

 





ユイナの正体に関わるであろう、単語が出てきたな。
美姫 「果たして、その言葉の意味は」
ユイナと互角にやりあっている男も謎だ。
美姫 「益々、謎が謎を呼ぶ展開に!?」
これはもう、次回も目が離せない!
美姫 「次回も楽しみに待っていますね〜」
待っています。



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