スレイヤーズクエスト〜時空流離〜

  10 赤きもの

   *

 ――光の剣。

 かつて、魔道都市サイラーグにおいて魔獣ザナッファーを滅ぼしたとされる伝説の武器。

 そんなとんでもないものをあのガウリィが持ってたなんて、信じられないわ。

 あたしの驚きを他所に、ガウリィの振り下ろした光の剣はあっさりとあの男を両断した。

 普通ならこれで終わりなんだろうけど、さすがは変質者。

 苦痛に表情を歪めながらもその傷は既に再生を始めていたりする。

 こいつ、まさか、このまま二人に分裂したりしないだろうな。

 なんてヤな想像をしたあたしの横を閃光の十字架が駆け抜けていった。

「――聖十時斬――ディバインクルセイド!」

 驚くあたしの目の前で、再生を始めたばかりの男の下半身がきれいに消し飛んだ。

「……くっ、やってくれましたね」

 苦痛と屈辱に表情を歪めながら、ガウリィとユイナを睨み付ける男。

 っていうか、この状態でまだしゃべれるってのもどうかと思うぞ、あたしは。

 ユイナもユイナだ。

 あれだけ消耗してたのに、もうあんな強力な魔術を使えるまで回復してたなんて。

 瞑想、恐るべし。って、それも何か違う気がするけど。

 とにかく、これで雌雄は決した。

 目の前の男は息も絶え絶えで、とてもあたしたち全員を一度に相手出来るとは思えない。

 このまま放っておいても自然に消滅しそうだけど、ユイナはそれを待つ気はないようだった。

「何か言い残すことはあるかしら。下らないことでなければ聞いてあげますけど」

 男に両手の剣の切っ先を向けて、そう言う彼女の表情にいつもの笑みはない。

「これで終わったと思わないことです。わたしは何としてでもあなたを手に入れてみせますよ」

 苦痛の中に不適な色を浮かべて男は言う。

「そう。でも、残念。あなたはここでお終いです」

 男の言葉に眉一つ動かすことなく、彼女は淡々と両手の剣を振り下ろす。

 光のようにも見えたその一閃は、ガウリィのそれに迫るほど鋭く、正確だった。

 男の姿が赤い霞になって消える。

「終わったの?」

 端的に尋ねたあたしにユイナはいえ、と首を横に振る。

「あれ自体は恐らくこれで終わりでしょう。でも、怨念は未だこの世界に残っています」

 厄介なことにならなければ良いのだけど、とそう言って溜息を漏らす彼女。

 全く同感である。

 変態ストーカーの怨念なんて陰湿なもんに付きまとわれた日には堪ったもんじゃない。

「ねぇ、浄化系の白魔術で始末しといたほうが良いんじゃない?」

「そうしたいところですけど、わたしは得意じゃありませんし」

「しょうがないか」

 軽く肩を竦めるユイナに、あたしもやれやれといった感じに溜息を漏らす。

「おい」

 そんなあたしたちに鋭い眼光を向けてくるのはえっと、ゼルディガスだったっけか。

「俺の名前はゼルガディスだ」

 青筋浮かべて人の考えを訂正してくるゼルガディス。

「それで、どうするの?あたしはこんな様だし、出来れば戦いたくないんだけど」

「ふざけるな、と言いたいところだが、いつまた奴の手先が仕掛けて来るとも限らんからな」

 下手な消耗は避けたい、そう言って剣をしまうゼルガディスにあたしは微かに眉を顰めた。

「あんたたち、誰かに追われてるの?」

「詳しいことは後だ。出来ればすぐにでも場所を変えたい」

 あたしの問いに肯定的な返事を返すゼルガディス。

 確かに追われてるんならいつまでも同じ場所にいるのはまずいわよね。

 あたしは隣まで来ていたユイナに目でどうするって尋ねた。

 ガウリィはどうせ保護者だからとか言ってついてくるだろうから聞く必要はない。

 ユイナは軽く人差し指を顎に当てて考える素振りを見せるが、すぐにそれに頷いて返した。

「決まりね。それじゃ、ここから一番近い町まで行きましょう」

 あたしの声に全員が頷き、一同は移動を開始する。

   *

 ここはゴーストタウンがあった場所から西に半日ほど行ったところにある町。

 落ち着いて話をするために定食屋に入ったまでは良かったんですけど……。

「ちょっとガウリィ、それあたしのエビフライよっ!」

「何言ってんだ。おまえだってさっき俺のソーセージ取っただろうがっ!」

 目の前で繰り広げられているのは壮絶な食べ物の奪い合い。

 例によってリナさんたちが非常識な健啖ぶりを発揮した結果なんですけど。

 さすがにゼルガディスさんたちは絶句しちゃってますね。

「気にしないで食べてくださいね。お料理が冷めてしまいますよ」

「いや、これを見てると食欲が失せてしまってな」

「というか、平然と食事してるお嬢ちゃんも結構ただものじゃないと思うんだが」

 食事を促すわたしにロディマスさんが首を横に振り、ゾルフさんが突っ込みを入れてくれた。

「とはいえ、食わないわけにもいかんだろう」

「そうですよ。食べられるときに食べておくのも旅には重要なことです」

 意を決したようにフォークを手に取るゼルガディスさん。

 それに一瞬顔を見合わせたものの、二人も習うようにそれぞれの料理を食べ始める。

 どうでも良いけど、わたしの助言はあんまり関係ないみたい。

 大事なことなんですよ。と心の中で軽くいじけてみたりする。

 結構、暇なのね。

 さておき、それぞれの食事が終わったところでわたしは軽く全員を見渡して切り出した。

 話したのはゼルガディスさんたちの背後に赤法師レゾがいたこと。

 そのレゾをゼルガディスさんが裏切り、ゾルフさんとロディマスさんがそれに追随したこと。

 そして、レゾを倒すために、ゼルガディスさんが例の神像を欲しているということ。

「そんなところでしょうか」

 そう言って、わたしはゼルガディスさんに間違いがないか確認する。

 ゼルガディスさんは一瞬だけ少し意外そうな顔をしたけれど、すぐに頷いて肯定した。

 さて、リナさん。あなたはこの情報からどこまで推察出来ますか。

 少なくても神像の中身が並みの代物でないことくらいは既に気づいているでしょうね。

 五大賢者の一人に数えられる男が卑劣な手段を使ってまで手に入れようとする物。

 そして、その賢者を倒せる可能性を秘めたアイテムといえば、そんなに多くあるはずもない。

 案の定、リナさんはそれを指摘してきた。

 ゼルガディスさんも既にわたしに話しているからか、あっさりとその正体を明かす。

「いや、まあ、普通の物じゃないとは思ってたけど……」

 何とも言えない表情をするリナさん。ガウリィさんは知らないのかよく分かってないみたい。

「賢者の石ね。確かにそれがあればレゾといえど倒せるでしょうけど」

 納得したように頷くリナさん。その表情が俄かに厳しいものになる。

「そして、魔王の復活も叶えられる」

「何?」

「前にレゾが言ってたのよ。あんたたちが魔王シャブラニグドゥを復活させようとしてるって」

 そう言ってゼルガディスさんの目を覗き込む。

「でも、その様子じゃハッタリだったようね」

「当たり前だ。今も言ったように、俺はこいつを使ってレゾを倒したいだけなんだからな」

「事情は分かったわ。けど、これは渡さないわよ」

 そう言って神像を引っ込めるリナさんに、ガウリィさんも頷いて同意する。

「ああ、そんなすごいものおまえの復讐なんぞに使わせるのはもったいないからな」

「何だと!?

「まあ、だからって、レゾに渡す気はもっとないがな」

 傾けていた紅茶のカップを置いて、わたしは全員を見渡した。

「それで、結局これからどうするんです?」

「俺たちはおまえたちに同行させてもらうぞ」

「何で……って、当然か」

「今日みたいにおまえさんがヘマして賢者の石をレゾの奴に奪われたりしたら目も当てられんからな」

「言ってくれるじゃないの。あたしだって、もう魔力は万全なんだからね」

 お互いを牽制するように、睨みあうリナさんとゼルガディスさん。

「これで良いのか?」

「戦力は少しでも多いほうが助かります。いずれ、赤法師本人とも対決しないといけないでしょうし」

 小声で聞いてくるガウリィさんに、わたしはそう言って紅茶を飲み干すと席を立った。

   *

 ――その夜。

 わたしは頃合を見計らってそっと宿の部屋を抜け出した。

 何気に3回目だったりしますけど、それは気にしてはいけません。

 女の子には秘密が付き物っていうじゃありませんか。

 そんなわけで、わたしは行きます。

 ここは人気のない宿の裏。

 誰かと密会したり、密談を交したりするのには打ってつけの場所です。

 夜も更けた今の時間、こんなところに来る人はまずいないでしょう。

 そう思ったからこそ、相手もこの場所と時間を指定してきたに違いありません。

 わたしが行くと、そこにはもう一人の人物が来ていた。

 赤い法衣に身を包んだ年齢不詳の男性。

 盲目の大賢者。

 自ら赤法師と名乗るその彼が周囲の闇に溶けるように佇んでいた。

「こんな時間にお呼び立てして申し訳ありません」

 わたしが近づいて声を掛けると、彼は振り向いて首を横に振った。

「いえ、わたしのほうこそこのような姿で失礼。どうしても今は手が放せないものでしてね」

「やはり、あなたは」

「…………」

「目を治療したいというお気持ちは分かります。ですが、そのままではあなたが闇に呑まれてしまう」

「では、わたしにどうしろと?」

「方法はあります。用はあなたの目を治療した上で、完全に闇を消し去れば良いんですから」

 わたしがそう言って、彼に説明しようとしたときだった。

「おい、そこに誰かいるのか?」

 そう呼びかけながら近づいてくる気配。これはゼルガディスさんですね。

 彼もそれに気づいたようで、急いで姿を消そうとする。

「とりあえず、あなたはそのまま事を進めてください。後日、こちらからお伺いしますから」

 消える直前の幻影にそう言葉を投げると、わたしは自分の部屋へと転移する。

 もしかしたら姿を見られたかもしれませんけど、まあ、多分大丈夫でしょう。

   *

 ――翌日。

 あたしたちはゼルガディスの案内でレゾの待つ塔へと向かっていた。

 まあ、町の人全員を人質に取られちゃ、行くしかないでしょうね。

 その間、ゼルガディスがちらちらとユイナのほうを見ていたのは何故だろう。

 ユイナはユイナで、恥ずかしそうに頬を染めながら目を伏せたりしてるし。

 逃走中も二人きりで一夜を過ごしたって聞いてるし、怪しいことこの上ないわ。

「なぁ、リナ。あの二人って、何かあったのか?」

「さぁ、どうかしらね」

 小声で聞いてくるガウリィに、あたしはニヤニヤ笑いを浮かべてゼルガディスのほうを見る。

 あたふたしてる彼が珍しいのか、ゾルフとロディマスのおっちゃんは何とも言えない表情だ。

 そんな何処か緊張感のない旅路もそう長くは続かなかった。

 やがて、目的の場所に辿り着くと、あたしは全員を見渡して最期の確認をする。

 逃げるか進むかではなく、準備が万端か否かを。

 それに皆が緊張した面持ちで頷く。唯一人、ユイナだけはいつもの笑顔を浮かべていたけど。

   *

 ――千年前に立てられたらしい魔道師の塔。

 その上のほうでレゾはわたしたちを待っていました。

 塔の構造からして、おそらく儀式を行なう場所は最上階でしょう。

 レゾはここで賢者の石を手に入れるつもりなんですね。

 さて、第2ラウンドです。

 果たしてリナさんはレゾのもくろみを見破り、見事阻止することが出来るでしょうか。

 ヒントはここまでに幾つかありましたが、それを見つけられないようではそもそも失格。

 わたしの目も節穴だったということになります。

 その場合、またそれらしい人を探さないといけなくなるので面倒なんですけど。

「レゾ、来たわよ!」

   *

 

 





まるでリナを試すようなユイナ。
美姫 「レゾへとも接触して何を考えているのか!?」
これで何も考えていないとかのオチだったらそれはそれで面白いのだが。
美姫 「まあ、間違ってもそれはないでしょうから」
いよいよシャブラニグドゥ編は結末を迎える!?
美姫 「そこに待っているものとは!?」
首を長くすると言って隣人の首を無理矢理引っ張りつつ…
美姫 「畳の目を日より数えて待て!」
と、SP風にまた次回を待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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