スレイヤーズクエスト〜時空流離〜

  12 乗るか反るかの大博打

   *

「人間というのはつくづくおろかな生き物よの」

 立ち向かうことを決めたあたしたちを、魔王は嘲笑うように見下ろしてそう言った。

「あのゾルフとかいう魔道師やそれを庇って死んだ男もおろかだったが、おまえたちはそれに輪を掛けておろかだ」

「何だと!?

 魔王の言葉に激発しそうになるゼルガディス。当然だ。あたしだって許せない。

 けど、そんなあたしたちとは違う反応を見せるものが一人いた。

 彼女はいつもの笑顔を浮かべたまま、余裕とも取れる態度で魔王に言った。

「でも、あなたはそのおろかな生き物をヨリシロにしなければ満足に顕現出来ないんでしょ」

「…………」

「そういやそうよね。ひょっとしてあんた、大したことないんじゃないの?」

 ユイナの指摘を受けて表情を強張らせる魔王に、あたしもここぞとばかりに言ってやる。

「お、おい、あいつら何であんなに強気なんだ?」

「いや、ハッタリの一つもかましたいという気持ちは分からんでもないが」

 魔王にびしっと指を突きつけるあたしの背後で、何やらヒソヒソやってる男二人。

「まあ良い。どちらがおろかであるかすぐに分かることになるであろうからな」

 気を取り直すようにそう言うと、魔王はあたしたち目掛けて先制攻撃を仕掛けてきた。

 放たれた巨大な火球を、あたしたちは四方に跳んで避ける。

 炸裂音を背後に着地すると、あたしはショートソードを抜いて駆け出した。

 あたしたちの作戦はこうだ。

 攻撃の軸にユイナとガウリィの二人を置き、あたしとゼルガディスが魔法でそれを援護する。

 魔法の性質上、あたしの得意とする黒魔術はシャブラニグドゥにはほとんど通用しないはず。

 ゼルの精霊魔術も単純なキャパシティの差から同じだろう。

 でも、まったく戦力にならないかと言えばそうでもない。

「ファイヤーボール!」

 あたしの呪文の爆発を煙幕代わりに、ガウリィが魔王目掛けて切り込んでいく。

「魔獣ザナッファーを滅ぼした光の剣か。この魔王と魔獣風情を一緒にされては困るな」

 だけど、魔王はそう言ってあっさりと光の剣を受け止めてみせた。

「あはは、戦場ではその余裕が命取りになるんですよ!」

「何っ!?

「出欠大サービスです。降り注げ、スプラッシュバースト!」

 光の剣を受け止めた一瞬の隙を突いて魔王の背後に転移したユイナが光の矢の雨を降らせる。

「ぬぉぉぉっ!?

 降り注ぐ数百という光の矢の雨に、魔王が苦悶の声を上げた。

「まだ終わりじゃありませんよ。バーニングバードストライク!」

 彼女の声に答え、放たれた大量の光の矢が途中で一羽の巨大な鳥となって魔王に突撃した。

 その攻撃は凄まじいの一言に尽きた。

 まるで彼女一人でも魔王を倒せそうな勢いに、あたしたちは思わず唖然としてしまう。

 けど、やっぱりそんなに上手くいくはずもなくて。

「調子に乗るなぁ!」

 力任せにガウリィを押し退けて、振り向いた魔王の腕が彼女の影を捉えた。

 とっさに転移してそれを避けるユイナ。

 けど、完全には避けきれなかったらしく、現れた彼女の表情が苦痛に歪む。

「くっ、……女の子の肌を傷つけるなんて、例え魔王でも許しませんよ」

 右の二の腕あたりを押さえるユイナの右手が血で赤く染まっていた。

「では、どうするというのだ?」

「こうするのよ!」

 愉快げな魔王のその問いに、しかし、答えたのは彼女ではなかった。

「ガーヴフレア!」

「ゴズ・ブ・ロー!」

 あたしとゼルガディスの呪文が同時に魔王を捉え、爆発……しなかった。

 魔王は右手でガーヴフレアを、左手でゴズ・ブ・ローを受け止めていたのだ。

「あー、やっぱダメだったか……」

「返すぞ」

「へっ?」

 思わず間抜けな声を上げたあたしに、魔王が受け止めていた魔法を投げ返してきた。

「何やってんだ!」

「ちょっと試してみただけじゃない」

 怒鳴るガウリィにあたしが叫び返し、ゼルガディスが顔を顰める。

「しかし、いよいよヤバくなってきたな。俺の魔術もリナの魔術もまるで効かないとなると」

「いえ、まだ手はありますよ」

 今の間に傷の治療を終えたユイナがそう言って、懐から何かを取り出した。

「ガウリィさん、光の剣を掲げてください!」

 言うや否や、彼女はガウリィに向かって何かを投げた。

「あれって、あたしが前にもらったクリスタル。まさか、光の剣を魔法で強化するつもりなの!?

 驚くあたしの見ている前で、7つのクリスタルが光の剣に触れ、巨大な水晶の刃を形成する。

「おぉぉぉぉっ!」

 巨大剣を振りかぶり、ガウリィは再び魔王へと向かっていく。見た目程の重量はないようだ。

「リナさん、ゼルガディスさん、援護を!」

「おっけー!」

「任せろ!」

 ユイナの声に答えて、あたしとゼルが同時にエルメキアランスを放つ。

「――汝に赤き我が血の祝福を。ブラッティープレセント!」

 そして、ユイナの呪文。血のような赤い霧が魔王の身体を覆い、その動きを拘束した。

「魔王シャブラニグドゥ!」

 動きが止まった魔王目掛けて、ガウリィの剣が最上段から振り下ろされた。

「ぬぉぉぉぉっ!」

 だが、さすがは魔王というだけのことはある。

 奴は雄叫び一つでユイナの呪縛を引きちぎると、受け止めた刃を握りつぶしてしまったのだ。

 そして、空いているほうの腕を横薙ぎに振るって衝撃波を放ってきた。

「うわっ!?

「何っ!?

「っ!?

 まともに衝撃波を受けてガウリィが吹き飛び、煽りを食らったゼルガディスが倒れる。

「ガウリィ、ゼル!」

 あたしは慌てて二人に駆け寄ろうとしたけど、魔王はそれを許さなかった。

 足に攻撃を受けて倒れるあたし。

 急いでリカバリィの呪文を唱えるけど、傷が癒えたところで奴に対抗出来るかどうか。

「リナさん。こんなところで諦めるんですか?」

「ユイナ!」

 振り向くと、倒れていたらしい彼女が胸を押さえて起き上がるところだった。

「わたしは嫌ですよ。あんなスケールの小さい敗残者に殺されるなんて」

「あんた、何気にすごいこと言うわね」

「事実です。こうなったらわたしも切り札を出しますよ」

 そう言うと、ユイナは二本のクラスターソードの刃を両方とも外してしまった。

 まさか、光の剣みたいな武器を彼女も持ってるっていうの。

「リナっ、使え!」

 そのとき、ガウリィがそう叫んであたしに何かを投げてきた。

「これ、光の剣!?

 驚くあたしの手の中で、光の剣がガウリィのとき以上に大きな刀身を形勢する。

 ――これって……。

「小娘、貴様何物だ!?

「何のことでしょう」

「この魔王に多少なりとも傷を負わせたのだ。ただの人間ではあるまい」

 忌々しげにそう言った魔王の言葉に、ユイナの顔から笑みが消える。

「ここまでの戦いで分かりませんでしたか。では、仕方ありませんね」

 刹那、彼女を取り巻く空気の質が変わった。

 本気で何か仕掛けるつもりなんだ。なら、あたしも一か八かあの呪文に賭けてみるか。

 問題は仕掛けるタイミング。

 こっちの攻撃に気づいたら、さすがに魔王も黙って撃たせてはくれないだろう。

 それに、この呪文。

 確かにこれなら魔王にダメージを与えられるだろうけど、果たして倒せるか。

「がっかりです。仮にもこの世界の闇を統べる存在がこの程度だなんて」

「この世界、だと!?

「おしゃべりはここまでです。個人的な恨みで申し訳ないですが、滅びてもらいますよ」

 ユイナの手の中で二つの柄が一つに繋がり、その先端から闇があふれ出す。

「なっ!?その力は……」

 魔王の顔に驚愕が浮かぶ。

 あたしも驚いた。

 これって、あたしの切り札と同質の、……いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 異世界から来たっていう彼女。でも、その実力は未だ測りきれない。

 ふと、あたしの脳裏をあのストーカー男の言葉が過ぎる。

 ――彼女はわたしなどよりはるかに上位の存在なのですよ。

 おそらく魔族であろう奴よりも上位の存在って、まさか……。

「リナさん。わたしが何物であるかは今は良いでしょう。それよりも、同時に仕掛けますよ」

「……分かったわ!」

 心を読まれたのかもしれない。けど、確かに今はそういう場合だ。

「いい、これでダメだったらあたしはきれいさっぱり諦めるわ!」

 あたしは光の剣を構えると、全員に聞こえるようにそう声を張り上げた。

「例えドラグスレイブ級の術を乗せたとしても、我を滅ぼすことは出来んよ」

「いいえ、幾らシャブラニグドゥといえど、それ以上の魔王の力を借りた術でなら必ず倒せる」

「シャブラニグドゥ以上の魔王の力を借りた術だと!?そんなものが人間に使えるのか」

 あたしの言葉に、ゼルガディスが驚愕の声を上げる。

 そう、それはかつて姉ちゃんに連れられて訪れたある国で偶然知り得たこと。

 ……金色の魔王――ロード・オブ・ナイトメア……。

 初めてその術を使ったときのことを思い出し、背筋に冷たいものが流れる。

 もし、制御に失敗すれば、あたしは生命エネルギーのすべてを吸い取られて、死ぬ。

 でも、もうこれしかないんだからしょうがないじゃない。

   *

 ――闇よりもなお暗きもの

 夜よりもなお深きもの

 混沌の海にたゆたいし 金色なりし闇の王

   *

「おまえにそれが使えるのか……」

   *

 我、ここに汝に願う

 我、ここに汝に誓う

 我らが前に立ち塞がりし すべてのおろかなるものに

 我と汝が力持て 等しく滅びを与えんことを――

   *

 ――闇が、生まれる……。

 すべての根源にして終焉の姿たるもの。

 そして、それは一つではなかった。

「剣よ、闇を食らいて刃と成せ!」

 一つはリナ=インバースが手にした光の剣へと集約し、

「今、解き放たれし刻。混沌よ、我が元に来たりて敵を滅せよ!」

 そして、もう一つは堕天使の名を冠する少女の手より放たれた。

「――重破斬――ギガスレイブ!」

「――混沌の破砕剣――カオスィックブレイカー!」

 その瞬間、放たれた二つの混沌が魔王シャブラニグドゥを飲み込んだ。

   *

 満身創痍のあたしが見上げる先に、顔の半分を白くひび割れさせた魔王が立っている。

「……はぁ、はぁ、……だ、ダメだったの」

「いいえ、そうでもありませんよ」

 ユイナにそう言われ、あたしはもう一度魔王の姿を仰ぎ見た。

「……クッ……ククククッ。気に入った。気に入ったぞ!」

 突然、魔王が哄笑を上げた。

「おまえたちこそ真に天才の名を冠するに相応しい存在よ」

「それはどうも」

「その強さに免じて今回は大人しく滅びてやるよ。……楽しかったよ」

 そう言った魔王の姿が徐々にひび割れに覆われていく。

「長い時の果てにもう一度やり合ってみたいものだが。おそらくそれは叶わぬであろうな」

「わたしで良ければ気が向いたらお相手しますよ」

「ふっ、それは遠慮させてもらおう。我もそれ程命知らずではないのでな」

 変な奴。自分から戦いたいって言ったくせに。

 でもまあ、あたしは二度とご免だけど……。

 ともあれ、魔王は滅びた。

 皆満身創痍って感じだけど、欠員が出なくてホッとしたわ。

「どうやら、終わってしまったようですね」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはあのレゾが立っていた。

 いや、雰囲気が少し違うかな。何ていうか、邪気が無くなってるって感じがする。

 それに……。

「貴様、今更何をしに来た!」

「待って。彼はもう敵じゃありませんよ」

 殺気立つゼルガディスをユイナが抑え、ガウリィがあたしを庇うように前に出る。

「皆さんに加勢しようと思っていたのですが、どうやらその必要はなかったようですね」

「どういうことだ」

「レゾは魔王に操られていた。……いいえ、侵蝕されていたと言ったほうが良いかしら」

 眼光も鋭く睨みつけるゼルガディスへとユイナがそう言って説明した。

「つまり、これまでやってきたことはレゾの本意ではなかったということか」

「いえ、わたしがこの目を開くために形振り構わなくなっていたのは事実です。ゼルガディス。おまえにも済まないことをしてしまいました」

「ふざけるな!人をこんな身体にしておいて、謝るくらいなら元に戻せ」

 深々と頭を下げるレゾに、掴みかかろうとするゼルガディス。

「止めなさい!」

 ユイナから鋭い制止の声が飛ぶ。

「そんなにその身体が嫌なら、わたしが元に戻してあげます。でも、その前にちゃんとレゾに謝りなさい」

「ユイナさん。わたしは別に……」

「レゾは黙っていてください」

 謝ってもらう資格などないと言うレゾをユイナがぴしゃりと遮った。

 うーむ、あのレゾを一言で黙らせるなんて、やっぱりただものじゃないわね。

 っていうか、あたしそろそろ限界なんですけど……。

   *

 後日聞かされた話では、あの場でゼルがレゾに対して形ばかりの謝罪をしたとのことだった。

 さすがに元に戻れると聞いては言うことを効かないわけにはいかなかったのだろう。

 背に腹は変えられない。

 っていうか、大方ユイナのあの笑顔が怖くて逆らえなかったんじゃなかろうか。

 きっと、この先も尻に敷かれるなゼルの奴。

 余談だが、レゾの目が開いていた。

 瞳に封じられていた魔王が取り除かれたからだそうだけど、詳しく聞いたら驚いたわ。

 なんと、それをやったのがあのユイナだっていうんだから。

 どうやったのか本人に聞いてもはぐらかされるし、そもそも何物なのよこの娘は。

 ついに我慢の限界に達したあたしは、意識を取り戻すなり彼女をとことん追及した。

 すると、彼女はあたしにだけこっそりその答えを教えてくれたのだった。

 混沌の海の更に外。

 異なる混沌の末端、それが彼女、ユイナ=ルシフェルだった。

 ………いや、強いわけだ。

 言ってみれば、彼女はギガスレイブが人の姿を取って実体化しているようなものなのだから。

 開いた口が塞がらないって結構、間抜けだとは思うけど、しょうがないわよね。

 でも、そんなとんでもない存在である彼女が何故世界の壁を越えて姿を現したのか。

 何故、正体を隠してあたしたちに同行したりしたのか。

「それは、また今度教えてあげますよ。その刻が来れば」

 何とか衝撃から立ち直って聞いたあたしに、ユイナはいつもの笑顔を浮かべてそう言った。

「さて、皆さんにリナさんが起きたことを伝えてきますね」

 ユイナはそう言って腰掛けていた椅子から立ち上がると行ってしまった。

 ここは何処かの街の宿の部屋。

 ギガスレイブを使って限界近くまで魔力を消耗したあたしはあの後意識を失ってしまった。

 今はもうその魔力も大分回復して、こうして起きられるようになっているのだけど。

「じゃあ、ここでお別れですね」

 あたしたちがその街を出て数刻……。

 とある街道の分岐点に差し掛かったところで、ユイナが一度足を止めてそう言った。

 彼女はゼルの身体を元に戻すため、レゾと三人でサイラーグへ向かうと言い出したのだ。

 そこにはレゾの研究所があって、それなりの儀式を行なえる設備が揃っているのだという。

「さすがに何もないところでは無理ですから。リナさんたちとお別れするのは寂しいですけど」

「ちょっと待ちなさいよ」

 そう言って立ち去ろうとする彼女の肩をあたしは掴んで引き止めた。

「あたしも一緒に行くわよ」

「えっ、でも、リナさんってアトラスシティってところに行くんじゃなかったんですか?」

「アトラスなんかよりそっちのほうが面白そうじゃない」

「面白そうって、遊びに行くんじゃないんだぞ」

 隠さず本音を言うあたしに、ゼルガディスが眉を顰めた。

「良いじゃありませんか。リナさんも魔道師としてわたしの研究に興味があるのでしょう」

 そう言ったのはレゾだった。

「さすが、赤法師様は理解があって助かるわ」

「ったく、あんまり迷惑掛けるんじゃないぞ」

「分かってるわよ。それよりガウリィ。あんた、あたしに光の剣ちょうだいよね」

「誰がやるか。これは俺のだ」

「ちっ、ケチ」

「あのなぁ」

「と、まあ、冗談はさておき。そういうわけだから、これからもよろしく」

 強引に話題を修正すると、あたしはそう言って軽くユイナの肩を叩いた。

 せっかく世界の外から来た存在、それも金色の魔王クラスと知り合いになれたのだ。

 いろいろ教えてもらうんだからね。

 あたしの思念が伝わったのか、彼女は大きく溜息を吐いた。

「話がまとまったんなら、さっさと行くぞ。俺は一刻も早く元の体に戻りたいんだからな」

「そうですね。少々気掛かりなこともありますし」

「おまえには言って……いや、何でもない」

 自分の発言に同意したレゾへと噛み付こうとしてユイナに睨まれ、慌てて視線を反らすゼル。

 何か見てて面白いかも。

「さて、それじゃ改めて出発しましょうか。サイラーグへ!」

 あたしは皆を見渡してそう言うと、新たな旅路への一歩を踏み出すのだった。

   *

   ―― 赤眼の魔王編 fin ――

   *

 

 




ユイナの正体が判明!
美姫 「そして、魔王の最後」
七分の一とはいえ、魔王に傷を付けるユイナは只者じゃないと思ったけれど。
美姫 「まさか、そんな存在だったなんてね」
にしても、何故、この世界に来たのか。
美姫 「その辺りの事情が語られるのはいつかしらね」
ともあれ、赤眼の魔王編はこれでお終い。
美姫 「次はサイラーグかしら」
となれば、あの魔獣のお話になるのか!?
美姫 「レゾもいるし、どんな風になるのかしらね」
ともあれ、とりあえずは赤眼の魔王編完結おめでとうございます。
美姫 「おめでと〜」
それでは、また。
美姫 「じゃ〜ね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る