――銃声、悲鳴、そして、爆発。

 轟音が大気を揺るがし、否応なくそこが戦場であることを理解させる。

 鳴り響く警報がひどく耳障りで、わたしはそれを絶ち切りたいと強く願った。

 ……感じる。

 確かに存在している。今はまだその形を決めかねているけれど、それは間違いなく望む力だ。

 ――強くなりなさい。いつか、守るべきもののために。

 良くしてくれた知り合いのお姉さんが死んだとき、母がわたしに言った言葉。そして、遺言。

 ――ESユニット、機動。システム、オールグリーン。DLSスキャン、開始します。

 すぐ側であの子の声が聞こえる。

 ――流れ込んでくるイメージに身を委ねて。大丈夫、これはあなたの体なのだから。

 言われるままに目を閉じる。

 まるで何か大きなものに包まれているかのような暖かさがわたしのすべてを満たしていく。

 大切なものを守るためにどれだけの力や覚悟がいるのか、今のわたしにはまだ分からない。

 けれど、目の前で誰かが傷つくところをただ黙って見ているなんて出来ないから。

 ――EST外郭、構築完了。何か名前をつけてください。

 ――わたしが決めていいの?

 ――あなたに決めてほしいんです。

 迷走の夢幻の中でわたしのことを見つけられたあなたにはその資格があります。

 囁くように言った彼女の言葉に、わたしは小さく笑みを浮かべる。

 ――それじゃ、決めるわね。

 この子の名前。そう、この子の名前は……。

 

 ―――――――

  第3話 天使降臨


 ――アルシーヴ共和国第7コロニー・イゼリア北部。

 戦場をなるべく迂回して施設の北へと抜けたところで二人は足を止めた。

「ここでいいんですね?」

「ああ。面倒を掛けたな」

 そう言って頭を下げるディアーナに、ティナは軽く首を横に振った。

「わたしが勝手にやったことですから」

 そう言って微笑む彼女の表情はどこまでも優しい。

 こんな状況であるにも関わらず、不謹慎にもディアーナはその微笑に見惚れてしまった。

「じゃあ、わたしはこれで」

「もう行くのか?」

「警備隊の人達も大変でしょうから」

 表情を引き締めてそう言ったティナに、ディアーナの顔にも緊張が走る。

「何か考えがあるんだろうな。戦う術を持たないものが戦場へ出ても無駄死にするだけだぞ」

「わたしだって無意味に命を散らすつもりはありません。また会いましょう。生きて、この世界で」

 そう言ってティナは駆け出した。向かう先、それは銃火の飛び交う戦場。確かな決意を胸に、少女はその力を解き放った。

 ―――――――

 ――アルシーヴ共和国国立考古学研究室の敷地内。

 国防軍側の一機が発砲したことで始まったフォースフィギュア同士の戦闘は技量の差もあって、警備隊側が圧倒的に不利だった。

 今も放たれた90mmアサルトマシンガンの弾丸に一機が胸部を貫かれて爆発している。

 対する国防軍側は機体の各所に損傷こそ見受けられるものの、2機とも未だ健在である。

 両者が使用しているライトグリーンの機体――形式ナンバーAGX007・アサルトウォーカーは乗り手を選ばない安易な操縦システムを採用していることから軍をはじめ、民間の警備会社等にも多く配備されている。基本性能に特筆すべき点はなく、特徴のないのが特徴というような機体だが、今回はそれが災いした。

 そういう機体は乗り手の技量差が明確に現れる。一警備会社の名もない雇われパイロットでは正規軍のパイロットに敵うはずもなかったのだ。

 そうこうしているうちにまた一機が落とされ、ついに警備隊側は最後の一機となった。

「くっ、まさか、こうも一方的にやられるとは……」

 眼前に迫る銃口にパイロットが死を覚悟したそのとき、不意に国防軍側の一機が閃光に貫かれて爆発した。

「バカな、ビーム兵器だと!?

 残った一機のパイロットが悲鳴を上げる。その声に応えるかのように爆煙の向こうから一機のフォースフィギュアが現れた。

 青く塗装された西洋甲冑のような姿をしたその機体は名をDFT−101ローランドと言った。

「あの機体はシェリーか。またお約束のようなタイミングで現れてくれたものだな」

 離れた場所から戦闘の様子を見守っていたディアーナは口元に不敵な笑みを浮かべてそう言った。

「ディアーナ様、ご無事でしたか?」

「クレアか。少々足を痛めてしまったが問題ない。急ぎ撤収する」

 駆け寄ってきた黒髪の少女に答えつつ、ディアーナは一度戦場を振り返る。

「ディアーナ様?」

「いや、何でもない。行くぞ」

 そう言って歩き出すディアーナだったが、胸中では先程まで一緒にいた少女のことを思っていた。

 なぜだか分からないが、本当にまた会える気がした。それもそんなに遠くないうちに、きっと……。

 ―――――――

 その頃、戦場では遅れて出てきた一機のフォースフィギュアがシェリー機に対して攻撃してきていた。

 仲間の敵とばかりに果敢につっかかってくるのだが、その動きは何とも緩慢で隙だらけだ。

『――動きに無駄が多すぎる。新型だから少しは手ごたえあるかと思ったけど、パイロットがこれじゃね』

『好き放題暴れた挙句、言うことはそれだけなのかよ!?

 無意識にぼやいたのが聞こえたのか、無線越しに怒鳴り声が聞こえてきた。

 驚いたのはその声の若さである。

 自分のことは棚に上げてとか、その前に通信回線を開いたままだったのはどうなのかとか、いろいろツッコミ所はあるがとにかくシェリーは驚いていた。

『ちょ、ちょっと待ってよ。暴れてたのは国防軍の奴らであたしは関係な……って、聞いてる!?

『問答無用!』

 そう言ってライフルを向けてくる敵機に舌打ちすると、シェリーはアームレイターを握る手に力を込めた。

 相手が発砲するより先に踏み込んで懐へと飛び込む。

『人の話はちゃんと聞けぇぇぇぇ!』

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!』

 肩からぶつかられてその機体は背中から地面に激突した。整備不良だったのか、各所から白煙を上げてそのまま動かなくなる。

『くそっ、動け、動いてくれ!』

『戦場では冷静でいられない奴から死んでいくんだよ。よく覚えておくんだね』

 相手が完全に沈黙したのを確かめると、シェリーはそう言って機体を反転させた。

 その先に残っていた国防軍の一機がこちらに銃を構えて立っているのを見て彼女はやれやれと肩をすくめる。

『退き際を見誤った奴も生きては帰れないんだけどね』

 そう言って無造作に銃を持ち上げる。それは先程国防軍のアサルトウォーカーを一撃で破壊した集束ビームライフルだった。

 銃を向けられた途端、慌てて逃げ出そうとする敵機を見て、シェリーは呆れたように溜息を漏らす。

『情けない。まあ、こっちも時間がないことだし、見逃してあげるよ』

 そう言って銃を下ろしかけた彼女だったが、不意に感じた違和感にその動きを止める。

『バカもの。戦場で動きを止める奴があるか!』

『えっ、で、でも、もう敵は……』

 いきなり無線越しに怒鳴られて、思わず反論しかけたシェリーだったが、続く上官の言葉に息を呑んだ。

『囲まれている。数はざっと12機といったところか』

 レーダーに反応はない。だが、光学センサーは音も無くこちらに向かってくる複数の機体を捕らえていた。

『――ゲシュペンストタイプ。天上の騎士の亡霊か』

『どうします。さすがにあたし一人じゃ全部は相手出来ませんよ』

『2分稼げ。その間にこちらも機体を召還する』

『了解』

 軽く答えてシェリーは通信を切った。

 ……さて、もう少しスコアを伸ばさせてもらうよ。

 下ろしかけていたライフルを正面に構え直し、トリガーに指を掛ける。だが、その銃口から光が放たれることはなかった。

 彼女がトリガーを引こうとしたとき、不意に状況に変化が訪れた。

 ……雪、のわけないか。でも、何だろう。もっと優しくて暖かい感じがする。

 周囲に夜の帳が降りる中、それは微かに淡い光を放ちながらゆらゆらと漂っている。

 それらが集まる場所に一人の少女が立っていた。

 腰まであるサラサラの金髪。あどけなさの残る整った顔立ちは美人というよりかわいい印象を受ける。

 その場にいる誰もが幻を見ているのだと思った。

 ――幻想的な燐光に囲まれて佇む少女。

 その身長は16mはあるフォースフィギュアのそれと比較してもさほど変わらなかったのだ。

 しかも、胸の前で手を組み、祈るように瞳を閉じている彼女の背には一対の白い翼があった。

 それは眩しいほどに白い、天使の翼……。

 皆が呆然となる中、一人ディアーナだけは別の驚きを抱いていた。

 そう、彼女はその姿に見覚えがあったのだ。

 記憶の中の少女は翼なんてないし、身長も普通に人の身の丈だ。

 だが、ディアーナは確信した。彼女には戦う術があると言っていたのだ。それが自分そっくりのフォースフィギュアだったとしてもそれほど不思議ではない。

 そんなディアーナの考えを肯定するかのように、少女が口を開く。

「……眠りなさい。心安らかに」

 それはこの地に彷徨っていた12の亡霊に対して向けられた言葉。優しく囁かれたその声に導かれるように、それらはすーっと大気に溶けて消えていった。

 ―――――――

 それから暫くして、それまで少女の周囲を漂っていた燐光が一際強い輝きを放った。

 クレアの静止を振り切って少女の元へと駆け寄ろうとしていたディアーナは思わず腕で目を庇う。

 彼女が再び目を開けたとき、そこには宙を漂う無数の燐光とそれに囲まれて倒れている小さな少女の姿があった。

 慌てて駆け寄ろうとしたディアーナに、開きっぱなしになっていた通信回線の向こうからフィリスが叫んだ。

『大尉、既に許容時間を大きく超えています。急いでそこから撤退して下さい!』

「分かっている。すぐに戻るからそう怒鳴るな」

『本当に急いでくださいよ。いつ国防軍の増援が来てもおかしくない状況なんですから』

「ああ。わたしだってこんなところで孤立したくはないからな」

 そう言って通信を切ったディアーナに、今度はクレアが声を掛ける。

「ディアーナ様、この子はどうします?」

「動かせそうか」

「目立つ外傷はありませんし、意識を失っているだけのようですから大丈夫だとは思いますが」

「そうか」

 特に問題ないと分かり、ホットするディアーナにクレアが不思議そうな顔をする。

「もしかして、お知り合いでしたか?」

「ん、ああ、まあな。ちょっといろいろあって、手を貸してもらったんだ」

「そうでしたか」

「話はとりあえず後だ。これ以上遅くなったらフィリスに何を言われるか分からないからな」

 そう言って少女を背負うディアーナに、クレアは曖昧な笑みを浮かべつつも同意する。

「あの方は少しまじめ過ぎるところがありますからね。そこが彼女の良いところでもあるのですけれど」

 ―――――――

 ――数時間後。

 イゼリアの宇宙港を発つ一隻のシャトルがあった。

 コバルトブルーに塗装された船体にはIPKO――国際平和維持機構――の文字。

 それはディアーナレインハルトをはじめ、今回の任務に参加した4人の存在しないもの――ブラックメンバーが乗ったシャトルだった。

「本当に連れてきてよかったんですか?」

 医務室のベッドで眠る少女をチラリと見てシェリーアンダーソンが小声で尋ねてくる。

「あの場に放置して国防軍にでも捕まってみろ。彼女に明るい未来はないぞ」

「ま、まさか、そんなことは……」

 ないと言い切れないこともなくはないと思い、シェリーは渇いた笑みを浮かべる。

「とりあえず、彼女が目覚めてからだ。少し聞きたいこともあるしな」

「それじゃあ、その間に戦利品の分別でもしておきましょうか」

「賛成〜」

 クレアの言葉にシェリーが頷き、二人は医務室を出て行った。

「あの、大尉」

「その呼び方は止めろと何度も言っているだろう。我々は軍隊ではないのだから」

「では、何とお呼びすればよろしいでしょうか」

「ディアーナで構わない。それと、おまえはもう少し肩の力を抜いた方がいい」

「……わたし、そんなに肩肘張っているように見えます?」

 少し憮然とした表情で問うフィリスに、ディアーナは真顔で頷く。

「休むのも務めの内だ。そんなに張り詰めてばかりではいざというときしんどいぞ」

「お心遣いありがとうございます。では、艦に戻ったら少し休ませてもらいますね」

「そうするといい。何なら一緒に飲むか?」

「……考えておきます」

 微妙に視線を逸らすフィリスを特に気にしたふうもなく、ディアーナも医務室を出て行こうとする。

「どちらへ?」

「幾らオートパイロットが優秀でも、パイロットルームに誰もいないのはまずいだろう」

 そう言って出て行くディアーナの背中に向かってフィリスは軽く敬礼する。

 軍医だった彼女はこういったことが未だに抜け切れずにいる。ブラックメンバーに入った時点で一切の過去と訣別したというのに。

 ……大尉の言うように少しは力を抜いた方がいいのかもしれませんね。

 内心そう思いつつ、フィリスはそっと溜息を漏らすのだった。

 一方、操縦室へと向かったディアーナは途中の通路で足を止めていた。

 考えているのは無論、あの少女のことだ。死別した友人とあまりに似すぎている彼女は一体何物なのだろうか。

 ……そういえば、娘がいると言っていたな。

 まさかと思う反面、そうであって欲しいと願う自分がいることに彼女は聊か当惑していた。

 ……共に歩めと言うのか。おまえの姿をしたあの娘と。

 窓の向こうに広がる宇宙に想いを馳せ、ディアーナは一人静かに瞑目する。

 今は亡き友人の命日に出会った一人の少女に、彼女は運命のようなものを感じていた。




 ―――あとがき。

龍一「これはSFロボットです」

シェリー「いきなりどうしたの?」

龍一「いや、誤解されないように一応断っておこうかと」

シェリー「主人公が大きくなったり、魔法じみた能力使ってたりすればそりゃ誤解されるって」

龍一「それでもこれはSFロボットなの。ガンダムとかと同じで」

シェリー「本当に?」

龍一「うっ、た、たぶん……」

シェリー「何で目を逸らすの?」

龍一「いや、あ、ほら、ちゃんとロボット出てるだろ。おまえだって、乗ってるじゃないか」

シェリー「いや、でも、これをガンダムと一緒にしたらガンダムファンの人達が怒ると思うよ」

龍一「いや、俺としてはこれがSFだって分かってもらえればいいわけで」

シェリー「はいはい。じゃあ、全国数千万のガンダムファンに代わってあたしがおしおきしたげるね」

龍一「え、笑顔でそんなこと言われても(汗)」

シェリー「問答無用!吹っ飛べぇ!」

龍一「ぐぎょろえぇぇぇぇ!」

シェリー「ふぅ、おしおき完了っと。それでは、また次回で」

 




立ち上がれ〜、立ち上がれ〜、立ち上がれ〜、安藤さ〜ん。
フフフ〜ン。フフフ〜ン。
美姫 「って、そこから先は知らないのね」
あ、あはははは。
と、とりあえず、ティナ巨大化?
美姫 「そうみたいね。サクラ○戦のあやめみたいなものかしら」
おお、そう言えば。でも、巨大ロボットもいっぱい。
美姫 「SFロボットよね」
これからもどんなロボットが出てくるかな〜。
美姫 「そういった楽しみも踏まえつつ、また次回を待ってるわね〜」
ではでは。



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