――戦闘終了後のイゼリア近隣宙域。

 離脱していくアルフィスを艦長席からモニターしつつ、男は口元に笑みを浮かべていた。

 クロイシア連邦軍の士官服に身を包み、襟には少佐の階級章が光っている。

 戦艦一隻、それも最新鋭の艦とフォースフィギュアを任されるには聊か若すぎるような気がしないでもないが、他のブリッジクルーから苦情の一つも出ないところを見ると、それ相応の実力も実績もこの男にはあるのだろう。

「君の言った通りになったな」

 不敵とも取れる笑みをそのままに男は傍らに立つ少女へと話し掛ける。

「彼らの実力を考えれば当然の結果かと」

「ふむ」

 淡々と返してくる少女に一つ頷き、男は正面へと向き直る。

「さて、我が軍を語って悪逆の限りを尽す外道どもと、それを圧倒する協力無比の謎の部隊。君はどちらを追うべきだと思うかね?」

 今度は正面を向いたまま、再び少女へと質問を投げる。

 その顔に面白そうな笑みが浮かんでいることはこの場にいる者なら見なくても分かる。

 そして、それが意味することも。

 皆がそれぞれに諦めにも似た苦笑を浮かべる中、少女はあからさまに溜息を漏らしつつそれに答える。

「少佐の立場を考えると前者と答えるべきなのでしょうけれど、それでは不満なんでしょう?」

「なかなか分かっているじゃないか」

「一年近くも一緒にいれば嫌でも分かります。……はぁ、どうしてこんな人についてきてしまったんだろう」

「そう言うな。おかげでわたしは随分と助かっているんだ。感謝しているよ。いや、本当に」

 そう言って笑う男に少女はまた大きく溜息を漏らすのだった。

「それにしても、一体何なんだろうね」

 急に真面目な顔つきになって男は言う。無論、エセ連邦を撃退した部隊のことである。

 艦も機体もデータにはないものばかり。特に後から来た少女の姿をした機体は尋常ではない。セレモニーなどのイベントで用いられる機体は戦闘を考慮せず、その美しさのみを追及されるというが、あれは明らかに戦闘用だ。

「美を損なわず、血生臭い戦場においてなおその輝きを失わない。まるで神話の戦乙女だな」

「いえ」

 男の独白が聞こえたのか、少女はそれに否定の意を示す。

「彼女は天使ですよ。それも戦いではなく、守護のね。そして、導きの光となり得る存在」

「まるで知っているような口ぶりだな」

「ただの昔話です」

 そう言って少女は口を噤んだ。

 ――そう、それは本当に遠い過去の物語。あまりに古くて今となっては誰も覚えてはいないだろう。

 それでも語り継がなければならないのだ。

 いつか訪れるそのときのために……。

「進路をイゼリアへ。預けていたものを受け取り次第、あの艦を追うぞ」

 少女が思考の淵に沈んでいる間に、これ幸いと男は命令を下していた。

「海賊もどきの方はどうするんですか?」

「そっちは別働隊に任せておけばいいさ。アルシーヴとの共同作戦も始まっていることだしな」

「了解しました」

 オペレーターの返事を聞き、男は瞑目して深くシートに身を沈める。

 ……さて、今回はどんな航海になるかな。

 ―――――――

  第6話 暗礁

 ―――――――

 ――某暗礁宙域。

 先の戦闘で被弾したアルフィスの修理が行われている間に、ファミリアレインハルト率いる第2FF隊は新型機の調整も兼ねて周囲の哨戒に出ていた。

 出撃したのは隊長機も含めて3機。その中には先の戦闘で活躍したクレアローレンスの乗る緑色のローランドの姿もある。

 彼女は本来こちらの隊の所属なのだが、人手のいる任務ではディアーナの隊に同行することもある。というか殆どの場合がそうだ。

 先の任務でも見せたように、率先して動きたがる性格の彼女は艦に残って大人しくしているということがあまり得意ではない。

 隊の一員としての節度は弁えているのであまり無茶なことはしないが、それでも行動派であることに変わりはなかった。

 今も自分が整備した恋人の機体の完成度を間近で確かめたいというその理由だけで戦闘での疲れを押し退けて出てきている。

『いかがですか、その子の仕上がり具合は?』

 早速、自分と同じ緑色に塗装された機体のコクピットへと通信を入れて聞いてみる。

『ああ。こいつはいい。とてもあのローランドの上位機種とは思えないな』

 すぐさまそう返してくる恋人にクレアは少々複雑な笑みを浮かべる。

『リアス。ローランドは良い機体ですわ。それに、その子はその、特別ですから……』

『……そうだったな』

 少し頬を赤くしてそう言うクレアに、リアスと呼ばれた男もぽりぽりと頬を掻く。

『あの、二人とも一応今は哨戒任務中なんですけど』

 モニター越しに見つめ合う二人に隊長としての立場を意識してか、それでもやや遠慮がちに声を掛けるファミリア。

 言われた二人は慌てて周囲を警戒する。

 このあたりは前の戦争で激戦区だったらしく、艦や機動兵器の残骸が数多く漂流している。レーダーを阻害する放射性重粒子――フォトンフレアの濃度も高く、待ち伏せには絶好の場所と言える。

 それだけに、先に仕掛けてきたような連中が潜んでいないかと警戒に当たったのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 特におかしなものも発見されず、ファミリアがそろそろ艦に戻ろうかと考えていたときだった。

『隊長、レーダーに反応。……これは、救難信号です!』

 ―――――――

 ――アルフィス艦内通路。

 今、一つの部屋の前でこの艦のトップ二人が向かい合っていた。

 一人は艦長であるイリアラグラックだ。彼女は幾つかの書類が入ったファイルケースを手に厳しい表情で相手を見据えている。

「本当にそれでいいのね?」

 真剣な表情で問われ、ディアーナは無言でそれに頷いた。

 ……そうわたしはあの娘に話さなければならない。

 一年、今更話してそれで許してもらおうなんて考えてはいない。それでもこれはけじめだ。

 そして、彼女に対する償いでもある。

 赤い瞳の奥に確かなものを見たイリアはそれ以上何も言わず、目の前の扉を軽く叩いた。

「……どうぞ」

 ややあって返事とともに扉のロックが解除される。

「待たせて済まない。こちらは当艦の艦長、イリアラグラック中佐だ」

 立ち上がって二人を出迎えたティナに、ディアーナはそう言ってイリアを紹介した。

「こんな格好でごめんなさいね。こちらも少し立て込んでいるものだから」

「いえ、それでお話というのは?」

 乱れた軍服の襟元をざっと正しつつそう言うイリアに、構わないと言ってティナは先を促す。

「まずはディアーナ達と協力してこの艦を守ってくれたことに、クルーを代表してお礼を言わせてもらいます。ありがとう」

「そんな、こちらもディアーナさんには助けてもらいましたし、勝手にやったことですから」

 照れたように頬を染めるティナ。それを見てイリアはなるほど確かにそっくりだと納得した。

「さて、ここからが本題なのだけど、あなた、うちに来る気はない?」

「はい?」

 思いがけない人物からのその言葉にティナは思わず聞き返してしまった。

 脳裏に艦載機デッキでのやりとりが蘇る。あの段階ではまだ何とかなると思っていた。幾らエース級のパイロットからの進言でも、任務中に拾った民間人を上は採用したりはしないだろうから。

 だが、実際にはそうでもないらしい。今それを言ったのはこの艦の艦長。つまりはこの場における最高責任者なのだ。

 一階の中佐、一艦の長にそれだけの権限が与えられているかなんて、ティナは知らない。

 彼女に分かるのは目の前の聡明そうな女性が自分を欲しているということ。そして、自分が彼女にそう思わせるだけの行動と結果を示してしまったということだけだ。

「うちは人手不足でね。正直、あなたの能力は魅力的なのよ。聞けば戦闘以外にもいろいろと出来るそうじゃない。そういう人材がうちのような組織には必要なの」

 そう言って真っ直ぐに見つめてくるイリアに、ティナはそっと小さく溜息を漏らす。

「即答はしかねます。そもそもわたしはあなた方のことを知らないんですから」

 ティナの言うことは尤もで、二人は顔を見合わせた。

「ティナさんだったかしら。あなた、IPKOという機関があることは知っているわよね?」

 イリアの問いに、ティナは小さく頷いた。

 ――IPKO――国際平和維持機構――とは、病気・貧困・闘争を人類の三大災厄とし、あらゆる見地からこれを排除することを目的とした民間の組織である。

「まあ、平たく言えば地球時代の国連のようなものね。国家の利害関係に囚われない分、寧ろこちらの方が優秀と言えるわ」

「政治家は内外に対して利己的すぎる方が多いですからね。あれでは大衆のための政治など望むべくもありません」

「その通りよ。あなた、ちゃんと見るべきところを見ているのね。ますます気に入ったわ」

 ぎゅっと両手を握って迫るイリアに少し引き攣った笑みを浮かべつつ、ティナは先を促す。

「わたし達はそのIPKOの技術監査官――テクニカルインスペクターなのよ」

「てくにかる……何ですか?」

 耳慣れない単語に思わず平仮名になってしまうティナに、苦笑しつつディアーナが答える。

「人類は一歩間違えれば文明そのものを崩壊させかねない危険な技術を生み出す可能性を常に孕んでいる。本来ならそれらを正しく使えるよう人が進化しなければならないんだが、偶にそれが追いつかないこともある。我々はそうした技術を見極め、極秘のうちに無害化、あるいは抹消することで世界への影響を最小限に抑えようとしているんだ。そして、その対象には過去の遺物も含まれる」

「なるほど、だからあの遺跡にディアーナさんがいたんですね」

 話を聞いて納得したティナは手を打とうとしてその手が未だにイリアに握られていることに気づいた。

「あ、あの、そろそろ手を放していただけませんか?」

「あら、わたしとしたことが。ごめんなさいね」

 そう言うと、イリアはどこか名残惜しそうに手を放す。

「とまあ、そういうわけだ。人類の平和と幸福のために君の力を貸して欲しい」

 改めてディアーナにそう言われ、ティナは一も二もなく頷いた。

 運命の悪戯のような巡り会いに戸惑ってはいたものの、それもすぐに笑みへと変わる。

 もとより彼女には明確な意思があったのだ。

 ――ものすごい偶然。寧ろ、上手く出来すぎていて何者かの作為を感じてしまいます。

 それまで黙って事の成り行きを見守っていたアルフィニーもその口元に笑みを浮かべている。

「それじゃあ、これが契約書。こっちが規約書ね。ささっと目を通しちゃってね」

 イリアは早速ファイルケースからそれらを取り出して机の上に並べていく。

 両方合わせてちょっとした書籍並みの量だが、それくらい日常的に目にしているティナにとっては苦痛でも何でもない。

 早速規約書へと手を伸ばす。だが、彼女は不意に感じた嫌な気配に思わず動きを止めていた。

 伸ばしかけた手を引っ込め、意識を集中させるために目を閉じる。

 ……これは、まずいわ。

 そう思うや否や、ティナは勢いよく椅子から立ち上がった。

「どうしたの?急に立ったりして」

「あの、哨戒に出ている人っています?」

「ええ、第2小隊の3人を出しているけれど」

 突然のティナの行動に驚きつつもそう答えるイリア。

 それを聞いたティナは俄かに顔色を失った。

「すぐに連絡を取って、可能なら戻ってもらってください。何か来ます」

「何かって?」

「分からない。けれど、よくないものには違いありません。わたし、ちょっと行ってきます!」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 言うが早いか、ティナはイリアの制止を振り切って駆け出した。

「ブリッジ。哨戒部隊と連絡を取ってくれ」

『何かあったのですか?』

「何、少し確認したいことがあるだけだ。頼めるか?」

『ちょっと待ってください。…………ダメです。通信、繋がりません』

「何だって!?

 驚きに小さく声を上げるディアーナ。

 と、今度は別のブリッジクルーからイリアへと通信が入る。

『艦長。艦載機デッキに例の巨大少女が現れてハッチを開けるように言ってきています!』

「あの子、本当に行くつもりなの?」

『どうします。ハッチ、開けますか?』

「行かせてやれ」

「ディアーナ!?

「本人がやる気なんだ。止めるだけ無駄だろう。それに、何かあったのは本当らしいからな」

 真面目な顔でそう言うディアーナに、イリアも表情を引き締める。

『哨戒部隊との交信が途絶えています。艦長、ご指示を』

「総員、第一戦闘配備で待機。わたしもすぐにそっちへ行きます」

『あの少女の方はどうします?』

「行ってもらって。他に出られる機体があれば順次発信。各自、周囲を警戒せよ」

 イリアが指示を下し、オペレーターがそれを伝達する。

 それを受けて、艦載機デッキでは整備班によってすべての機体が発信準備を進められていった。

 ティナもトランスポートしたアルフィニーの体を手早くチェックしていく。

 DLS――ダイレクトリンクシステムの調整具合を確かめ、粒子変異ドライブの出力を70パーセントに。

 システムの最終チェックをアルフィニーに頼み、まだ見ぬ戦場へと想いを馳せていると彼女の足元に灰色の作業服を着た一人の少年がやってきた。

「よう、それ、どんな仕組みになってんだ?」

「知りたい?」

「そりゃ、男だからな」

 何やらずれた返事を返してくる少年に、ティナは小さく笑った。

「女の子の体をじろじろ見るものじゃないわよ。でも、そうね。少しでよければ、これが終わった後にでも教えてあげる」

「よっしゃ、約束だからな。破ってどっか行ったりすんなよ」

「もちろん」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるティナに、アルフィニーがやや不満そうに告げてくる。

 ――システム、オールグリーン。いつでも行けます。

 それに短く礼を言い、ティナはカタパルトへと歩みを進める。

『こちらFF管制です。そちらのコールサインをどうぞ』

 明るい声でそう言ってくるのはやはりティナとそう変わらない年の少女だ。

 そのことに若干の戸惑いを覚えたものの、ティナはすぐさまそれに応える。

「EST―X01・アルフィニー。ティナクリスフィード、行きます」

 静かにそう告げて、天使は天上世界へと飛び出していった。




 ―――あとがき。

龍一「今回、ちょっと長いかもです」

ティナ「編集能力ないからでしょ」

龍一「はい。その通りでございます」

ティナ「しかも、何よ。この煩雑な説明は。どうせなら、もっとしっかりきっちり分かりやすくしなさいよね」

龍一「返す言葉もございません」

ティナ「……今回はやけに素直ね」

龍一「はいです。だから、どうか天罰だけは」ぶるぶる

ティナ「いや(にっこり)」

龍一「そ、そんな……」

ティナ「反省だけなら誰でも出来ます。大事なのはそれを次に生かすことよ。大体、あなたという人は……」

――その後、数時間に渡って延々と続く天使様の有難いお言葉。

龍一「こ、こういう天罰もあるのか……」

ティナ「ですから。って、ちゃんと聞いてます?」

龍一「は、はいっ」

ティナ「それではまた次回で」

龍一「ご、ごきげんよ〜……(泣)」

 




哨戒部隊に何があったのか!?
美姫 「ワクワクドキドキの展開」
果たして、彼、彼女たちは無事なのか。
美姫 「ティナ、いっきま〜す」
次回も楽しみだー!
…と、それはさておき、ああいったお仕置きもあるんだな。
美姫 「期待した目で見てるけど、私はやらないわよ」
な、なして?
美姫 「だって、アンタ、右から左にへと流すでしょう」
そ、そんな事は。
美姫 「ううん、間違いないわ。アンタって、そう言うのだけは得意だものね。
     そんなお仕置きにならない事を私がする訳ないでしょう。
     それに、馬(鹿)の耳に念仏ってね」
今、馬の後に何か聞こえたような気が。
美姫 「気のせいよ、気のせい」
そ、そうか。
美姫 「そうよ。という訳で、また次回をお待ちしてますね」
どういう訳なんだ?



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