……夢を見ていた。

 暖かくて、とても安らげる楽園のような世界の夢……。

 いつか現実になると信じて。

 あたしがそうするんだって思って。

 ずっと、長い間、眠り続けていた。いつか目覚めるそのときのために……。

 なのに、いざ目を覚ましてみると、そこはひどく冷たい世界で。

 あたしは誰にも祝福されることなく、独りぼっちだった。

 何がいけなかったのだろう。何か間違っていたのか。

 そんなはずはない。

 もしも間違っていたのなら、あたしはこんなにも長い間、存在し続けてはいなかっただろうから。

 きっと、こんな世界だからこそ、あたしは起きなきゃいけなかったんだ。

 終わらせよう。すべてが狂ってしまう前に、この手で。

 こんな冷たくて悲しい世界に人はいてはいけないから。

 それが、あたしに与えられた、あたしがあたしであるための理由。だから……。

 ―――――――

 ――某暗礁宙域。

「あれじゃないか?」

 前方を漂うデブリの一つを示してリアスが言った。

「船舶の残骸のようですが」

「気をつけて二人とも。何か様子がおかしいわ」

 近づこうとするクレア機にファミリアが忠告を発する。だが、それは少し遅かった。

「えっ?」

 モニター上を微かに影が動いたかと思うと、不意に機体を衝撃が襲った。

『きゃぁぁぁぁ!』

『クレアっ!?

 無線越しに聞こえた悲鳴に慌ててリアスが呼びかける。

 ――掛かった。悲しみの元凶。……この世界から消えろ!

 リアスがクレア機へと向かおうとした途端、その眼前を一筋の光が駆け抜けた。

 ―――――――

  第7話 残されしものの慟哭

 ―――――――

 ――某暗礁宙域。

 先方からの一方的な攻撃によって始まった戦闘は最初から哨戒部隊側が圧倒的に不利だった。

 驚くべきことに、敵はこちらのレーダーに全く映らなかったのだ。

 時折センサーが捉えた影を元に位置を割り出して攻撃を加えるが、高速で飛び回っているらしい敵機にはかすりもしない。

「くっ、このままでは……」

『隊長、熱源多数。来ます!』

「な、後ろから!?

 避けきれないタイミングで迫る複数の光条に皆が死を覚悟したそのとき。

 不意に展開された強力なエネルギーフィールドが飛来したビームの軌道を悉く捻じ曲げた。

 曲げられたビームは3次元的に何度か向きを変え、やがて一つのデブリへと集束、爆発した。

「い、一体何が起きたの?」

「隊長、あれは前の戦闘でディアーナ様と共に戦われていた方ですわ」

 戸惑うファミリアにクレアがそう説明する。

「あ、あの姉さんと肩を並べて戦ったという天使のような……」

『皆さん。大丈夫ですか?』

「あ、ありがとう。助かったわ」

 ほっと息を漏らすファミリアに、ティナは硬い表情を崩さないままで警告する。

『気を抜くのはまだ早いですよ。来ます!』

 その言葉を待っていたかのように爆散したデブリの向こうから一機のフォースフィギュアが姿を現した。

「バカな、たった一機だと!?

『データ照合、該当ありません』

 リアスが驚愕の声を上げ、クレアがファミリアに報告する。

 ――強い邪念を感じます。やっぱりゲシュベンストタイプでしたか。

 ――出てきて正解だったってことね。あれは普通の武器じゃダメなんでしょ?

 ――はい。

 アルフィニーの答えを聞いてティナは意思を固めた。

『皆さんは先に艦に戻ってください。ここはわたしとアルフィニーで何とかします』

「何言ってるんだ!?

「そうですわ。あなた一人を残してなんて戻れません!」

『あなたたちの武器じゃ、あれに有効的なダメージは与えられない。死にたいんですか!?

「そんなことはやってみなければわかりませんよ」

 そう言ってファミリアの乗る真紅のフォースフィギュアが敵機へとライフルを向ける。

『どうなっても知りませんからね』

 機体を加速させつつ発砲するファミリア機の後を追う形でティナも近くの隕石を蹴って飛び出す。

「俺たちも行くぞ」

「はいっ!」

 それにリアスとクレアも続こうとしたが、直に始まった壮絶な戦闘にすぐについていけなくなる。

 ティナの操るアルフィニーは先行したファミリア機を押し退けて敵機の前に出るといきなりその頭部を狙って拳を放ったのだ。

 兵器とは思えない、ほとんど人間と同じしなやかな動き。

 それを相手は最低限の動きで回避しつつ、腰のラックからソードを引き抜いて切りかかってきた。

 ――良い動き。でも、それじゃまだダメ。

 振り下ろされたソードの側面を左の拳で叩いて若干逸らし、同時に右足で相手の腹を蹴る。

 衝撃で後方へと飛ばされた敵機をしかし、ティナは追わなかった。

 ――感じる。邪念の動き。……そこっ!

 瞬間、ティナはアルフィニーの右手に生み出した光の刃を後ろに向かって投げていた。

 投擲された光刃は押し退けられた格好で戦いを遠巻きに見ていたファミリア機の右斜め上、そこに迫っていた蒼白い球体へと突き刺さり、それを爆砕する。

「ぼーっとしてるとやられます。だから退いてって言ったのに」

『……ご、ごめんなさい。でも、今のは何だったの?』

「感じませんか。ここには志半ばで倒れたものたちの無念が怨念となって漂っているんです。危険ですから、早く艦へ戻ってください!」

 再び向かってきた敵機を牽制しつつ、今度は全員に向かってそう叫ぶ。

「見えた、そこっ!」

 今度はファミリアも黙っておらず、集束ビームライフルの光条が自分たちの機体とよく似た敵機の胴体を捉えた。

「やったか!?

「ダメです、効いてません!」

「くっ、なんて防御力。対ビームコーティングでも施しているというの?」

 舌打ちしつつ、敵機との間合いを取るファミリア。

 ――あの子、自分の魂を削って戦ってる。このままじゃ、5分と持たないわ。

 ――目の前の敵のことを心配してどうするんです。そんなことじゃこちらがやられますよ。

 ――可能性を潰したくないだけ。分かり合えるのなら、戦うこともないから。

 戦いながらも即答するティナに、アルフィニーは小さく溜息を漏らす。

 そういう人だったなと今更のように実感する。

 痛みも苦しみもしっているから、後悔しないためにその手が届く限り最善を尽くそうとする。

 それがときに奇蹟の領域にも届く結果を掴み取ることを彼女は知っているから。

 ――ぎりぎりまで近づいて。あの機体に通信を繋ぎます。

 ――了解。

 勢いよく頷いてみせると、ティナは一気に体を加速させた。

 

 

 

 

『そこのあなた、命が惜しいならすぐにその機体から降りて!』

『降伏しろって言うの?冗談。こっちの方が優勢なんだ。そっちこそ、武器を捨ててよ』

『わたしじゃない。その機体があなたを殺すのよ!』

『戯言を!』

 叫んで、取り付いていたアルフィニーを突き放す。

『おまえたちのような輩がいるから、世界はいつまでも悲しいままなんだ。消えちゃえ!』

 悲痛な少女の叫びに胸を打たれ、それでもティナは止まらない。

『すべての兵器を破壊して、それで本当に人が悲しまずに済む世界になると思う?』

『わからないよ。あたしはそれしか知らないから。もうこんな冷たいのは、……寂しいのは嫌なんだ!』

 叩きつけるように向けられる激情。

 そして、少女はついに背中からライフルを取り出してティナへと向けた。

 ――アルフィニー、あれに憑いているものを払うわ。

 ――いいんですか?

 ――このまま見殺しになんて出来ない。助けられる力も可能性もあるなら尚更よ。

 ――分かりました。

 そう言うとアルフィニーは静かに目を閉じた。

 ――Eフィールド、モードチェンジ。

 ――リフレクターウォール、リバースキャンセラー、起動。

 ――DLS、リミッター解除。

 アルフィニーの背中で閉じていた翼がゆっくりと開かれていく。

「何か分からないけど、好きにはさせない!」

 少女の指がトリガーを引き絞る。

 だが、放たれた光はアルフィニーの周囲に張られたフィールドによって、あっさり弾かれてしまう。

「なっ!?

 ――エナジーリング、解放。エンジェルサークル、フルコンタクト。

『今、ここに汝を蝕む悲しみを払いましょう。我と天使の名に於いて』

 囁かれた声はどこまでも優しく、広がる光は限りなく暖かい。

『何で。悲しみを撒くだけの機械がどうしてこんな……』

 光に包まれる中、少女は呆然としてその動きを止めていた。

「な、何が起きたんだ?」

「素敵。……なんて穏やかで、優しいんでしょう」

「ええ……。彼女、本物の天使かもしれませんね」

 困惑するリアスを一人放っておいて、クレアとファミリアはその美しさにしばし見惚れる。

「……悲しいことがあったんだ。泣いちゃいそうなくらい、悲しいことが」

「泣いていいのよ。悲しいときに泣くのは何も恥ずかしいことじゃないんだから」

 優しく少女の体を抱きしめてティナは言う。

「泣けないよ。あたしは一人だから、泣いちゃったら余計に惨めになっちゃうもの」

「分かるよ。わたしも妹の前じゃ泣けなかったから。……辛いよね。泣きたいときに泣けないのって」

 言いつつそっと少女の頭を撫でてやる。それが少女にとっての限界だった。

「あ、あれ、……おかしいな。嬉しいはずなのに、涙が止まらない」

「きっと、堰が切れちゃったのね。今までずっと我慢していたから」

「ね、ねえ、あたし、泣いてもいいんだよね?」

 戸惑いがちに聞いてくる少女に、ティナは答える代わりにその体を強く抱きしめてやった。

「う、うわぁぁぁぁぁぁん!」

 優しいぬくもりに包まれて、少女はティナの胸の中で声を上げて泣いた。

 まるで今まで溜まっていたものを全部吐き出してしまうかのように、少女は泣き続けた。

 ティナは愛しげに少女の頭を撫でながら、ただ彼女が泣き止むのを待っている。

 そんな微笑ましい光景をアルフィニーはどこか憂いを帯びた眼差しで静かに見守っていた。

 

 




この少女は一体。
美姫 「魂を削り取る機体…」
何とか、無事に助ける事が出来たみたいだな。
美姫 「良かったわね。この少女が何者かは、次回で分かるのかしらね」
うーん、一体、何者なんだろうか。
次回までのお楽しみだな。
美姫 「そうね。それじゃあ、次回を」
待ってます。



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