――アルフィスブリッジ。

「――ファミリア機より通信、これより帰艦するとのことです」

 オペレーターの報告を聞き、一同はほっと安堵の息を漏らす。

「どうやら無事に終わったようだな」

「警戒態勢を第2戦闘配備へ移行。……まったく、一時はどうなることかと思ったわ」

 やれやれといったふうに溜息を漏らすイリアに、ディアーナは思わず苦笑する。

「そう言う割にはそんなに心配してたようには見えなかったけどな」

「まあね。あの子たちの実力は知っているし、信頼しているから」

 そう言って一つ伸びをするとイリアはまたすぐに艦長の顔になる。

「でも、あまり長居はしたくないわね。幾らデブリベルトとはいえ、ここはフォトンフレアの濃度が高すぎる」

「同感だな。それに先程から目につく残骸もどこかおかしい」

 そう言ったディアーナの顔にも緊張が走る。

「トランスフェイズドライブの修理も直に終わる。哨戒部隊が戻り次第、ここを離れましょう」

 ―――――――

 ――某暗礁宙域。

 アルフィスへの通信を終えたファミリアは、目の前で動きを止めている敵機へと目を向けた。

 あの優しい光も今は消え、同時に銀色の機体を覆っていた禍々しい気配もなくなっている。

 どうやら搭乗者の説得にも成功したらしく、天使――アルフィニーが銀甲冑の手を取った。

『さあ、早く艦に戻りましょう。こんなところに長居は無用です』

 通信機を介してそう言うティナに異論が出ることもなく、皆はそれぞれの機体をアルフィスへと向ける。

『大丈夫だからね。あなたのことは全部、わたしに任せて』

 不安げに顔を伏せている少女に、安心させようとティナがそう声を掛ける。

 ……優しいのですね。でも、ティナ。あなたはどうなんですか?

 ――アルフィニー?

 ――あまり無理をしないで。泣きたいときは泣いてください。

 わたしはいつもあなたの側にいますから。もっと頼ってくれていいんですよ。

 ――うん。ありがと……。

 優しく包み込むようなアルフィニーの笑顔にティナはそう言ってそっと目を閉じるのだった。

 ―――――――

  第8話 ようこそ、アルフィスへ!

 ―――――――

 ――アルフィス艦内食堂。

 ……パン、パン!

 景気良く弾けるクラッカーの音に食堂にいた全員の声が重なる。

「あ、あの、これは一体……」

 目をぱちくりさせながらティナは後ろにいるディアーナへと振り返る。

「君が参加することを伝えたら、ぜひ歓迎会をしたいと言い出してな。こうなったわけだ」

 予想通りの反応に満足しているのか、口元にニヤリと笑みを浮かべてディアーナは言う。

 その隣では一緒に来た銀甲冑の少女――ミレーニアが驚きのあまりその場で固まってしまっていた。

「まあ、そういうことだから、座って座って」

 そう言ってティナとミレーニアを中央の席へと案内する私服姿の女性。

「あ、あの、あたしは……」

「大丈夫。あなたがここにいるってことはその資格があるってことなんだから」

 戸惑うミレーニアに女性、イリアはそう言って優しく微笑んだ。

「亜空間航行中とはいえ、艦長がブリッジにいないのはどうかと思いますけどね」

「いいじゃない。せっかくのパーティーなんだからわたしにも楽しませなさい」

 苦笑しつつ突っ込むファミリアに、憮然とした表情で返すイリア。

「先のことは気にしなくていいのよ。状況が状況だけにしょうがなかったと思うし」

「そうですわ。それに、今はこうして同じ場所にいられるのですから、良いじゃありませんか」

「…………」

 あちこちから入れられるフォローに、どう答えて良いか分からないのだろう。

 不安げに見上げてくるミレーニアに、ティナは安心させようと微笑みかける。

「大丈夫よ。皆、良い人たちばかりだから」

 自分も出会ったばかりだというのにやけにはっきりとそう言うティナ。

 そんな彼女の様子に、クルー達は隣同士で顔を見合わせる。

「ま、一度銃を向け合ったからって、その先ずっと敵同士ってわけでもないからな」

「人は分かり合えるものですわ。それにどれだけの時間が掛かるとしても。いつか、必ず」

「少なくとも、わたしたちはそう信じて戦っているわ。そういうの、あなたは嫌い?」

 何かを確かめるように聞いてくるイリアに、ミレーニアは小さく首を横に振った。

「まあ、そういうことだ。細かいことは忘れてぱーっとやろうじゃないか!」

 仕切り直すように上げたディアーナの声で重い空気が霧散する。

「フィリス〜、これじゃクラッカー足りないよ。クリスマスパーティー用の開けちゃダメかな」

「大丈夫。こんなこともあろうかと思って、ちゃんと余分に買ってあるから」

「さっすが、フィリス。それじゃ、景気付けにもう一つ」

 嬉々としてクラッカーの紐を引くシェリー。

 しかし、その先は一人の少女の頭へと向いており……。

「きゃあ!?

 パン、という音に続いて小さな悲鳴が上がり、中身を被ったクレアがこちらを振り向いた。

「シェリー。そういうことをされるときはちゃんと向きをお確かめになって」

「あははは、ごめんごめん」

 どっと巻き起こる笑い声に、クレアも少し顔を赤らめつつも笑みを浮かべる。

「えー、では、新たな仲間たちとの出会いを祝して、僭越ながらこのあたし、シェリーアンダーソンが乾杯の音頭を執らせていただきます」

 マイクの調子を確かめ、壇上に上がったシェリーが言う。どうやら、今回の進行役は彼女のようだ。

 皆が一斉にグラスを掲げ、乾杯の声が唱和する。

 グラスの触れ合う音。

 楽しそうな笑い声。

 スピーカーから流れるBGMはどこか懐かしい感じのする優しいメロディーだった。

 宇宙海賊が横行するなど、決して治安が良いとは言えない時代ではあったけれど、そんな中にも暖かな明りの灯る場所はある。

 ――楽しそうですね。

 ――うん。こんな空気に包まれたのっていつ以来だろ。それに、すごく嬉しいんだ。

 ――嬉しい?

 ――さっきも言ったけど、ここの人達は皆良い人達ばかりだよ。

 こんなにも暖かくて優しい場所を作れる人達がこの世界にはいるんだなって。

 そう思うと、心のそこから嬉しいって思えるんだ。

 ――そう、ですね。

 本当に嬉しそうに語るティナに、頷くアルフィニーの表情はどこまでも穏やかだ。

 ……ティナ。あなたもそんな優しい、暖かな人の一人なんですよ。

 呟くように漏らしたその言葉は、外界へと意識を戻したティナには聞こえなかった。

「どうかしました?」

「別にどうも。ただ、ちょっと疲れただけです」

 隣で怪訝な顔をするフィリスに、ティナは曖昧な微笑を浮かべてごまかす。

「疲れたのなら、これを飲むといい。体の芯から温まるぞ」

 そう言ってディアーナが掲げたのはブランデーのボトルだった。それもかなり度数の高い奴だ。

「大尉、未成年にアルコールを勧めないでください!」

「硬いことを言うな。祝いの席だぞ。わたしが許すからほら、おまえも飲め」

「わ、わたしはそういうのはちょっと……」

 フィリスに睨まれ、そうでなくてもアルコールに強くないティナはやんわりとそれを拒否する。

「ティナ〜、そんなとこでぼーっとしてないで、こっち来て一緒に歌おうよ〜!」

「あ、はい」

 助かったとばかりにそちらへ行くティナの後をミレーニアもそっとついていこうとする。

「おっと、おまえはこっちでわたしに付き合え」

「あ、あう」

「姉さん。未成年にお酒は」

「分かってる。ミレーニアだったか。おまえはこっちだ」

「オレンジジュース、柑橘の果汁?」

「変わった言い方をするんだな。まあ、そうだ。ほれ、一杯やってくれ」

 そう言いつつ、ミレーニアのグラスにそれを注ぐディアーナ。

「あ、ありがとう」

 ミレーニアはぎこちなく礼を述べると、それを受け取って一口飲んだ。

「あ、美味しい」

「そうか。たくさんあるからどんどんいってくれ」

 思わずそう声を上げたミレーニアに気を良くしたのか、ディアーナは笑みを浮かべる。

 だが、傍らで見ていたフィリスはその意味に気づいており、内心冷や汗を流していたりする。

 ――そして、それから数刻後。

 ティナは赤い顔で目を回しているミレーニアに付き添って、展望室まで来ていた。

「うう……。まさか、こんなに気分が悪くなるなんて思わなかったよ……」

「ブランデーはきついから。途中からジュースの割合のほうが少なくなってたみたいだし」

 そう言って笑いながら背中を摩ってやると少しは落ち着いたらしく、大きく一つ息を吐く。

「でも、まあ、悪い気はしないでしょ?」

「うん。みんな笑ってる。あたしはあんな笑顔を奪おうとしてたんだって思うと許せないな」

「だから、それはもう言わない約束でしょ」

「なら、せめてきちんとけじめをつけさせて。このままじゃ、あたしの気が収まらないよ」

 相変わらず赤い顔のまま、しかし目だけはしっかりとこちらを見てミレーニアは言う。

 ――それは、あなた個人として?それともかつてのピースメーカーとしての義務ですか。

「えっ?」

 不意に聞こえたその声にミレーニアは二重の意味で驚いた。

「アルフィニー!?

 ティナもまた、自身の内にある存在の意外な行動に驚きを隠せないでいる。

 ――もしも後者であるのなら、もはやその行為の意味は失われている。お止めなさい。

「だ、誰なの?」

 ――わたしはアルフィニー。かつて、あなたと同じ時を生きた天使の端くれ。

 そう言ったきり、彼女は感応の世界から姿を消した。

 とても長い時間が過ぎてしまっていることは、何となくだが気づいていた。

「本当に、もう過去のことなんだね」

 少し寂しげな表情を浮かべるミレーニアに、ティナは何と声を掛けていいか分からない。

 ……まただ。

 わたしはこんな表情なんて見たくないのに、どうすれば明るく笑ってくれるのか分からない。

 ――力無き人々の剣となり、その笑顔をあらゆる災厄から守る。

 そんな生き方をした剣士がいたという。

 その話をしてくれた人はわたしの力は、刃はそれが出来るものだと言ってくれた。

 けれど、それだけではダメなのだ。

 ……この力では守れても、笑顔をあげることは出来ないから。

 ティナが必死に考えていると、不意にミレーニアが顔を上げた。

「あたしはあたし自身の意思でこの艦の人達のために出来ることをするよ」

 

「そ、そう……」

「それに、ソフィアの意思はこの時代にもちゃんと受け継がれてるみたいだしね」

 そう言って笑みを浮かべるミレーニアに、ティナは内心ほっとした。

 ソフィアの意思というのが何なのかは分からないが、少なくとも彼女にとってそれは大切なものなのだろう。

 その証拠にそれを言ったときのミレーニアの表情はとても嬉しそうなものだった。

「ありがとう。心配してくれたんだよね」

「え、あ」

 また別の笑みを浮かべる彼女にティナは思わずどぎまぎしてしまう。

 ――すべての人々に融和の世界を。そして、永久の安らぎを銀河に。それがソフィアの意思。

 そして、IPKOの理念でもある。

 志を同じくする者達が一つの艦に集まったのは果たして偶然だったのだろうか。

 ――翼を継ぐ者に、ピースメーカー。まさか、本当に出会えるとはね。

 慌てたように表情を取り繕うティナに、ミレーニアが怪訝そうに首を傾げる。

 そんな二人の様子を、イリアはどこか憂いを帯びた眼差しで見つめていた。




 ―――あとがき。

龍一「今回はパーティー編です」

ティナ「それはいいとして、何か分からない単語が飛び交っているような気がするんだけど」

龍一「あ、あははは」

ティナ「ピースメーカーって何?」

龍一「それはおいおいってことで」

ティナ「はぁ……、この人のこういうところは相変わらずなのよね」

龍一「ほっとけ」

ティナ「本当にほっといていいの?」

龍一「あ、いや、そんなこと言わないで構ってくれよ」

ティナ「はいはい。それじゃ、今回はこのへんで」

龍一「ではでは」

 




ミレーニアはピースメーカーだった!
美姫 「驚いているけれど、意味、分かってる?」
あ、いや。えっと、マラソンとかで選手を先導する…。
美姫 「はぁ〜。突っ込む気力も湧かないわ」
酷いな、それは。
美姫 「はいはい。さて、今後の謎が少し増えた今回」
更に次回以降も目が離せない〜!
美姫 「それでは、また次回を楽しみにしてますね」
ではでは〜。



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