――アルフィス展望室。
「あら、ここにいたのね」
並んでベンチに腰掛けてぼーっとしていたティナとミレーニアに、イリアが声を掛けてきた。
「シェリーが怒ってたわよ。主役がそろっていなくなるなんて何を考えてるんだって」
「済みません。ちょっとこの子が大変そうだったものですから」
そう言ってティナは隣でぐったりしているミレーニアへと目を向ける。
「だ、だって、しょうがないじゃない。あたし、初めてだったんだから」
羞恥とアルコールで赤くなった顔を隠すように俯きながら小声で反論するミレーニア。
「それはお酒?それとも……」
「わわっ、その先は言っちゃダメ!」
慌ててティナの口を押さえるミレーニアに、イリアが気の毒そうに声を掛ける。
「ご愁傷様。でも、あまり怒らないであげて。ディアーナも悪気があったわけじゃないから」
とりあえず友人のためにフォローを入れるイリアに、ミレーニアは小さくこくりと頷いた。
「さて、わたしは皆からあなたたちを連れ戻してくるように言われたんだけど……」
そう言って二人を見るイリア。
「えっと、出来れば見逃してもらいたいな、とか思ったりして」
「そうしたいのは山々なんだけど、ディアーナに頼まれちゃってね。特にミレーニアちゃんは絶対、首に縄をつけてでも引っ張ってこいって」
言われて二人は思わず顔を見合わせた。
「あ、あたし、もうお酒は飲めないよ?」
「あははは……、わたしもミレーニアの二の舞になるのはちょっと遠慮したいかな」
そして、二人は図ったように同時にベンチから立ち上がる。
「どこへ行くのかな?」
不意に背後から聞こえた声に、二人はびくりと肩を震わせた。
ぎぎっと、音が聞こえそうな動作でゆっくりと振り返るとそこには良い感じに出来上がったディアーナが酒ビン片手に立っていた。
微妙に焦点の合っていない目が見ようによっては据わっているようにも見えて恐ろしい。
「あ、あの、どうして……」
「なに、そろそろ休憩も終わりだろうと思ってな。こうして迎えに来てやったんだ」
「そ、そんな、気を遣ってもらわなくてもよかったのに」
「気にするな。今日はおまえたちが主役なんだ。分かったらさっさと戻るぞ。酒も料理もまだまだあるんだからな」
心底楽しそうに笑いながらそう言って二人の肩に手を置くディアーナ。
「あ、あう……」
泣き出しそうな顔になるミレーニアに、ティナは引き攣った笑みを浮かべる。
「それくらいにしなさい。二人ともまだ未成年なんだし、あまり困らせるものじゃないわよ」
「……分かったよ。わたしが悪かった」
イリアに窘められ、ディアーナはしぶしぶティナとミレーニアの肩から手を放す。
だが、そのまま黙って引き下がるほど大人しい正確でもない。
解放されて油断しているミレーニアの背後に素早く回り込むと、いきなり彼女を抱きしめた。
「きゃっ!?」
「さすがに二人ともってのは悪いからな。こっちだけにしておくよ」
ニヤリと音が聞こえそうな笑みを浮かべてそう宣言する。
「わわっ、は、放してよ!」
「あはは、暴れだしたくなるほど嬉しいか。よーしっ、今日は朝まで飲み明かすぞ」
「ティナ〜〜〜。た、助けて〜〜〜!」
「あ、あははは……」
傍目にはじゃれ合っているようにも見える二人の攻防に、ティナは渇いた笑みを浮かべる。
さすがの彼女にもそこに割り込む勇気はないらしい。
イリアも今度は止めるつもりがないのか、微笑ましげにそれを眺めている。
問答無用でパーティー会場へと連れ去られていくミレーニアに、ティナは心の中で合掌した。
―――――――
「……二人きりになっちゃいましたね」
ぽつりと漏らしたティナの呟きに、イリアの顔から笑みが消える。
「大丈夫ですよ。わたしはちゃんとここにいます」
「え?」
「人が離れて行く感じ。そうじゃないって分かっていてもつい寂しくなっちゃうんですよね」
「どうして……」
自分の心の動きを正確に言い当てられ、イリアは思わず呟いていた。
「敏感なんです。人の纏っている気配の変化っていうか、そういうのに」
「そう。ありがとう。わたしは大丈夫だから心配しないで」
そう言ってそっと微笑むイリアに、ティナは小さく安堵の息を漏らす。
「でも、良かった。あなたみたいな優しい子がうちの隊に入ってくれて。お姉さん、嬉しいわ」
「いえ、そんな、わたしは」
「優しくない?」
しどろもどろになりつつ、否定しようとするティナの顔をイリアが屈んで下から覗き込む。
「大丈夫よ。あなたは十分に優しい。でなきゃ、あの子を救ったりはしなかったもの」
「…………」
「それとも最初からあんな事をするのが目的でミレーニアちゃんを助けたのかしら?」
「なっ!?」
意地悪く笑ってそう言うイリアに、ティナは思わず絶句した。
「中々楽しそうだったじゃない。かわいい顔をしているわりには良い趣味をお持ちのようね」
「あ、あれは彼女の体内に残っていた邪気を排出させていただけです。変なことを言わないでください!」
慌てて否定するティナ。だが、耳まで真っ赤になっているようでは説得力がない。
――落ち着いてください。からかわれているだけですよ。
そうアルフィニーに言われてティナは軽く深呼吸を繰り返した。
「も、もう、からかわないでくださいよ」
「ごめんなさい。あなたがあまりにもかわいかったものだから」
そう言ってくすくすと笑うイリア。とても28歳の子持ちとは思えない。
「うう、後でレイラちゃんに言いつけてやる」
ティナは反撃とばかりにこの艦でオペレーターをしている彼女の娘の名前を出してやる。
「うっ、それだけは止めて。あの子の小言は正直、耳に堪えるのよ」
「ダメです」
「お願い!」
「乙女の純情を弄んだ罰です。諦めてください」
「艦長命令よ。今、ここでわたしが言ったことをすべて忘れなさい!」
「そんな、職権乱用ですよ」
「いいから忘れなさい。わたしもあなたがミレーニアちゃんにしてたこと誰にも言わないから」
真顔でそう言われて、ティナはしぶしぶ頷いた。
「それにしても懐かしいわね。覚えているかしら。昔、よく一緒に遊んだわよね」
「遊んだというよりは、わたしが一方的に玩具にされていたような気がしますけどね」
遠い目をして呟くイリアに苦笑しつつ、ティナも彼女の隣に腰を下ろす。
彼女とティナの母親は親友同士で、ティナも小さい頃に何度か会っていた。
その頃からほとんど変わっていないイリアに、ティナは逆に最初誰だか分からなかった。
「ルシーナのことは残念だったわ。本当に……」
搾り出すようにそう言うイリアに、ティナは何も答えない。
彼女の言葉は自分に向けられているようで、その実宙を彷徨っているように思えたから。
「ディアーナは彼女の墓前に立ったようだけど、わたしにはまだ当分無理。ごめんなさい」
「どうして謝るんですか?あなたは何も悪くないのに」
「悪くないわけない。だって、わたしのせいなのよ。わたしがいらないお節介を焼かなければ、彼女もアリシアちゃんも死ぬことはなかったんだから」
「イリアさん!」
ティナは思わず立ち上がって彼女の頬を打っていた。
「ごめんなさい。でも、お願いだからそんな悲しいことは言わないで。わたしも父もそんなこと思ってないし、母も妹もあなたにそんなふうに思ってほしくないはずです」
「ティナちゃん……」
突然の剣幕にイリアは呆然とティナを見上げた。
「わたしは弱い人間だから、一人じゃどこへも行けない。けれど、わたしは、そしてあなたも一人なんかじゃないんです。だから、大丈夫。ちゃんと前を向いて、歩いていけます」
諭すように優しい口調でティナは言う。
その姿が亡き親友のそれと被ってイリアには眩しくてしょうがない。
……この子なら、きっと。いや、必ず彼女のいた場所まで上り詰めていける。
そんな確信に近い予感を抱かせるに十分な輝きをティナクリスフィードは持っていた。
「それに妹は、アリスはきっとまだ……」
「え、何?」
感動に涙さえ浮かべていたイリアは、ティナの漏らしたその呟きを聞き逃してしまった。
聞き返すイリアには答えず、彼女はじっと強化ガラスの向こうを見据えている。
……何だろう。悪意、じゃない。でも、危険な感じがする。
――来ます!
警告を発するアルフィニーの声が聞こえたのとほぼ同時にティナはイリアを床に押し倒した。
半瞬遅れて衝撃が艦を揺るがす。
「な、何が起きたの!?」
慌てて身を起こすイリアにティナが叫ぶ。
「すぐに艦をフェイズアウトさせて。ちゃんと狙われたら今度は防ぎきれない!」
「わ、分かったわ」
必死の剣幕に押されてイリアはブリッジへと指示を飛ばす。
幸い艦の亜空間航行装置に被害はなく、アルフィスはすぐに通常空間に出ることが出来た。
「まったく、人がブリッジにいないときに限ってどうしてこう問題ばかり起きるのかしら」
艦長席に座りつつ悪態をつくイリアに、オペレーター席の一つから突っ込みが飛んでくる。
「日頃の行いが悪いからじゃないの?」
「……レイラ、それが母親に対する態度なの」
「いいから早く指示を出してよ。戦場では一秒だって無駄には出来ないんだから」
「…………」
娘に正論をぶつけられてイリアは思わず沈黙してしまう。
そんな親子のやり取りもここでは日常茶飯事なのか、他のブリッジクルーは苦笑を浮かべて見守っている。
「総員、第一戦闘配備。フェイズアウト後、反転して敵を迎撃します」
気を取り直して命令を発するイリア。
その頃になるとレーダーでも敵と思しき熱源が確認されており、クルー達の表情にも緊張の色が浮かんでいる。
例によって艦載機デッキは戦場と化し、パーティーとはまた違った盛り上がりようを見せていた。
「敵はまた連邦なんでしょうか?」
「そうとも限らないさ。うちのやってることを快く思わない連中は結構いるらしいからな」
「どうでもいいよ。ああ、もう。せっかく皆で楽しんでたのに!」
「まったくだ。このつけはきっちり払ってもらうとしよう」
何やら間違った方向に戦意を燃やすシェリーとディアーナに、横からおずおずとフィリスが口を挟む。
「あ、あの、過去8時間以内にアルコールを摂取した人は出撃出来ないんですけど……」
「何ぃ!?」
「いや、そんなに驚かれても。大尉はご存知のはずですよ」
明らかに驚いているディアーナのリアクションに、フィリスは思わず冷や汗を浮かべる。
「冗談だ。しかし、わたしが出れないとなるとその分の穴は誰が埋める。うちにはこれ以上の余剰戦力なんてないはずだが」
「わたしが出ます」
そう言ったのはフィリスだった。
「FFの操縦経験はありますし、艦の直衛くらいならなんとか」
「しかし、君は」
「大丈夫ですよ姉さん。わたしもルビームーンで着きますし、前衛はあの2人ですから」
そう言って、ファミリアは出撃前の作戦会議を行っている前衛組へと目を向ける。
「なるほどな。確かにあのふたりなら上手くやってくれるだろう」
やたらと戦意の高い二人の少女を見て、ディアーナも苦笑しつつ納得する。
「わたしも前に出ます。アルフィニーの兵装テストもしたいですし」
「やってくれるか。済まないな。大事な時に出られなくて」
そう言って頭を下げるディアーナに、ティナは軽く首を横に振った。
「わたしだって今日からここの一員なんです。任せてください!」
「そうだな」
力強く頷くティナを頼もしく思いつつ、ディアーナは全員を見渡して指示を出す。
「……以上を念頭に置いて、後は各自の判断で動いてくれて構わない。ただし、死ぬなよ」
「それは上官としての命令ですか?」
真顔でそう言うディアーナに、こちらも真顔でティナが尋ねる。
「……いや、仲間として、友人としてのお願いだ。聞いてもらえるか」
「……はい」
少し不安そうに聞いてくるディアーナに、ティナは小さくだが、はっきりと頷いた。
―――――――
第9話 初めの一歩
―――――――
―――あとがき。
龍一「やってしまいました」
ティナ「本当はここで戦闘までやってしまうはずだったのよね」
龍一「だって、気づいたらこんなになってたんだ。これ以上長くしたら全体のバランスが」
ティナ「それはいいわ。問題なのは伏線もなしで新キャラが出てきてるってことよ。しかも、イリアさんのキャラが当初の設定と微妙に変わってるし」
龍一「…………」(作者は黙秘権を行使した)。
ティナ「ふーん。そういう態度を取るんだ」
龍一「なっ、ちょっと待て」
ティナ「問答無用!星よ、雷となれ」
……ごごごごごごご……。
龍一「うぎゃわぁぁぁぁ!」
ティナ「というわけで、次回は戦闘です。もうこれでもかってくらいにバトルです」
龍一「ティナ&アルフィニーの本格的な活躍にご期待ください」
ではでは。
楽しそうなパーティーから一転。
本格的な戦闘が始まる!
美姫 「果たして、どんな戦いが繰り広げられるのか」
二人の活躍を期待。
美姫 「それでは、また次回で」
楽しみに待ってます〜。