――新星暦1767年12月。
アルシーヴ共和国第2コロニー・リーセント――。
そこにあるのは強烈な夏の日差しと白い砂浜。
そして、その向こうに広がる青い海は本当にどこまでも続いているようだった。
例えすべてが作り物だったとしても、コロニー育ちの子供の心を掴むにはそれで十分。
彼女は本物を知らなかったから、尚更それに魅力を感じていたのだろう。
「あははっ。ねえ、海だよ海。早く泳ぎに行こうよ!」
時折身を翻しながら、無邪気にはしゃいだ声を上げて駆けていく少女。
その笑顔は作り物の太陽なんかよりずっと眩しくて、輝いているように見えた。
……守りたかった。
例えわたし自身が傷つき、血に塗れることになってもこの子の笑顔だけは失いたくない。
覚悟はしていたし、そのための努力を怠ったつもりもなかった。
だけど、それでも、想いが届かない現実がある。
「お姉ちゃん!」
声を上げる暇さえなく、伸ばしたこの手は僅かに届かない。
――すべてはほんの一瞬のことだった……。
時が止まったような錯覚を覚える中、わたしの見ている目の前でその笑顔が、光に呑まれて、消えた。
* * * * *
第12話 姉妹
* * * * *
――新星暦1768年12月28日。
IPKO―cosmostaytion――。
アルフィスがアルシーヴ共和国領内にあるこの基地に入港してから既に2日が過ぎていた。
先の戦闘で破損した艦体の修理・改装をはじめ、FFの整備にも時間を取られているのだ。
補給物資と共に隊に送られてくることになっている増援の到着が遅れていることもある。
「まったく、どうしてこう予定通りにいかないのよ」
アルフィスの艦長質で書類に目を通していたイリアはそう言って苛立たしげにデスクを叩いた。
「艦長、少しは落ち着いてください。血圧が上がるとお肌に良くないですよ」
「そうはいうけど、このままじゃ次の任務が来てもうちは動けないわよ」
「そうなると、また休み返上でアルバイトしなくてはいけませんね」
過去の惨状を思い出し、副官の少女は乾いた笑みを浮かべた。
「そうでなくても今回は何かと横槍が入って忙しくなってるんだから。手伝いなさいよ」
「はいはい」
「あー、もう。こんなことならパイロット陣に休暇なんて出すんじゃなかったわ」
忙しさのあまり、頭を抱えて喚きだすイリア。
一方、その頃ティナはミレーニアにせがまれて近くのリゾートコロニーへと来ていた。
先の戦闘以来、何かと落ち込みがちだった彼女を見兼ねての行動だったのだろう。
途中でシェリーが便乗し、それに付き合わされる形でディアーナも3人に同行している。
「済みません。せっかくのお休みなのに何か引率みたいなことさせてしまって」
砂浜にパラソルを立てているディアーナに、ティナがそう言って頭を下げる。
「気にするな。わたしもちょうど息抜きをしたかったし、海はそんなに嫌いじゃないからな」
「そう言っていただけると助かります」
「君のほうこそ。ここにはあまり来たくなかったんじゃないのか?」
少し言い辛そうにそう言うディアーナに、ティナは軽く溜息を漏らす。
「わたし、そんなに塞ぎ込んでいるように見えます?」
と、逆に尋ねられてディアーナはしばし考えるような素振りを見せる。
「そうだな。塞ぎ込んでいるとまではいかないが、何か元気がないようには見えるな」
「敵いませんねディアーナさんには」
ティナはそう言って小さく笑みを零す。
「これでも君よりは何年か長く生きているからな。それに、少しは同じ痛みを共有してもいる」
「わたしもあなたのことは母から聞いていました。自慢してましたよ。頼りになるよい友人だって」
「そうか。あの人がそんなことを……」
嘆息し、そっと目を閉じるディアーナ。
かつてこの地で帰らぬ人となった女性は彼女にとって友であり、姉であり、恩人だった。
「あのときのチケット、あなたとイリアさんからのプレゼントだったんでしょ?」
「ああ、そうだよ。日頃世話になっていた感謝を込めてわたしと二人で彼女に贈ったんだ」
それがあんなことになるなんて、とディアーナは少し暗い表情になって俯いた。
「イリアさんにも言いましたけど、そのことはもう気にしないでください」
「だが、あの日のここのホテルのチケットを贈ったのはわたしたちだ。それを考えると」
尚も言葉を続けようとする彼女を、ティナは少しだけ強い口調で遮った。
「最初から分かっていたわけじゃないでしょ。ただ、少し不運が重なっただけ。それだけです」
「ティナ……」
「泳ぎましょう。せっかく海に来たんだから。シェリーさんたちも待ってますよ」
そう言うと、ティナはこの話はこれでおしまいとばかりに海のほうへと歩いていってしまった。
……結局はぐらかされてしまったな。しかし、一体何が彼女を悩ませているのか。
少なくとも、自分の妹のように先の戦闘での失敗を悔いているわけではなさそうだった。
やはり、戦闘中に出現したアルフィニーの同型機のことだろうか。
アルフィニーの純白とは対照的な、漆黒の翼を宇宙に広げた少女。
実際に交戦こそしなかったものの、同じ宙域にいた彼女はその存在を捉えていたはずだ。
自分と対局の存在に出会ったことで何かを感じているのかもしれないな。
とりあえずそう結論づけると、ディアーナは自分もティナの後を追って海の中へと入った。
ちなみに、荷物の周りには盗難対策として幾つかの対人トラップが仕掛けてあったりする。
「お待たせ!」
ティナが先に泳いでいた二人へと近づいて声を掛ける。
「ごめんなさい。水着なんて久しぶりだったもんだから、ちょっと手間取っちゃって」
「その割にはなかなかどうして上手く着こなしているじゃないか」
「ディアーナさん。あまり見ないでください。……恥ずかしいです」
そう言って手で胸を隠すティナに、シェリーが羨望の目を向ける。
「ティナ、おっきいね……」
「も、もう、シェリーまで……」
顔を真っ赤にして水の中に体を沈めるティナ。その足を不意に誰かの手が引っ張った。
「きゃっ!?」
小さな悲鳴と水しぶきを上げてティナの姿が海中に消える。
それと入れ替わるように、それまで姿の見えなかったミレーニアが海面へと姿を現した。
「や、やったわね」
「えへへ、この間の仕返しだよ」
そう言ってぺろりと舌を出すミレーニアに、ティナはにんまりと笑みを浮かべる。
「そう。そういう悪い子には……それっ、おしおきよ!」
ティナは素早く手で海水を掬ってミレーニアへと浴びせた。
「きゃっ、やったな!」
「おわっ、わたしは何もしていないぞ!」
「ちょ、ちょっと、あたしまで巻き込まないでよ!」
「あはははっ!」
楽しそうに笑いながら水を掛け合う少女たち。
巨大な機動兵器を駆り、戦場を駆け抜ける戦乙女たちもここでは年相応の少女でしかない。
そのことに幾らかの安堵を覚えつつ、彼女たちは束の間の休暇を過ごしていった。
* * * * *
* ――アルフィス・艦内訓練用シミュレータールーム。
* 対フォースフィギュア戦用戦闘シミュレーター4号機シートにて。
「……DLS、調整率75パーセント、システム……オールグリーン。これなら、いけます!」
バイザー型ディスプレイに表示された数値を見て、ファミリアは思わず歓喜の声を上げた。
日々覚醒の度合いを増していく彼女の超感覚に、従来のシステムは限界を超えていた。
もっと速く、もっと滑らかに……。
先の戦闘での敗北もあって、ファミリアは自分についてこれる統御システムを渇望していた。
そんなときだった。
試行錯誤を繰り返していたファミリアに、話を聞いたティナが一枚のディスクを提供した。
――それは失われた先史文明の技術で構築された機動兵器の統御システム。
彼女とアルフィニーを繋ぐ神経としても用いられているDLSのリバイバルディスクだった。
「フォースフィギュアでも使えるように調整してみたんですけど、よかったら使ってください」
何でもないことのようにそう言ってそれを渡されたときにはさすがに彼女も驚いた。
ロストテクノロジーについてはIPKOの技術部門でも研究が行われているが、その多くは未解明で実用段階には程遠いのが現状である。
それをティナはここにたどりつく間のほんの数日で完全にやってのけたのだ。
それというのも当時の天才科学者、アルフィニーシンクレアの協力があってこそのこと。
ファミリアが受け取った現代版のDLSは彼女が持つ知識をティナが現代のそれと比較し、置換・修正して完成させた言わば合作なのだ。
その性能は素晴らしく、80パーセントの調整で彼女の望む数値をすべて満たしてくれた。
後はこれをルビームーンに組み込んで実戦でテストするだけですね。
シミュレーターの電源を落とすと、ファミリアは嬉々とした表情で訓練質を後にした。
* * * * *
――アルシーヴ共和国・第2コロニー。
リーセント市街――。
似たような店ばかりが幾つも立ち並ぶその通りを、彼は両手一杯に荷物を抱えて歩いていた。
あまり体力がないのか、時折よろけては他の通行人にぶつかりそうになっている。
幸い歩道の広さのおかげで惨事は起きていなかったが、それも彼が角を曲がるまでだった。
* * * * *
「じゃあ、3時に宇宙港前の喫茶店で」
そう言うと、シェリーはミレーニアを連れて繁華街のほうへと歩いていった。
「さて、わたしたちも行くとしようか」
二人の背中が見えなくなってからしばらくして、ディアーナは静かにそう言った。
それに頷くティナの顔にも微かな緊張の色がある。
先に済ませておきたい用事がある。そう言って別行動を申し出たのはティナだった。
察するところのあったディアーナはそれを快諾し、自分も付き合うことにしたのだった。
――行き先はリーセントドミニオンホテル。
今から一年と少し前、爆弾テロに遭って半壊したことのある場所だった。
ホテルに入ると、カウンターで事情を話して部屋に案内してもらった。
受付の男性は事件当日のことを覚えており、遺族に対して深く同情を表していた。
そこはロイヤルスィートとまではいかないものの、海に面したそれなりに豪華な部屋だった。
「……失礼します」
礼を言って中に入ると、ティナは途中で買った白百合の花束を手にバルコニーへと立つ。
そして、手にした花束を海に投げると、彼女は静かに黙祷を捧げるのだった。
その半歩後ろではディアーナが同じように手を合わせて黙祷している。
どれほどの間そうしていただろうか。
やがて二人は顔を上げると、案内してくれた男性に礼を言ってドミニオンホテルを後にした。
その男性の話では自分たちより先にも何人か参拝者はあったらしい。
そして、記帳の中にあったシェイデンアリスティアの名前……。
ティナにそっくりだったという男性の証言と、その名前から推察される事実は一つしかなかった。
「共感能力ってご存知ですか?わたしたち姉妹はそれがあるおかげである程度お互いを感じることが出来るんです」
突然のティナの説明にもディアーナは動じることなく耳を傾けている。
この目でちゃんと確かめたのはこの間の戦闘のとき。やはり彼女は生きていたのだ。
状況が状況だけに、多くを語ることは出来なかったが、それでも伝えるべきことは伝えた。
そして……。
待ち合わせ場所に指定した喫茶店の店内に、来客を告げるドアベルの音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ!」
店員たちの明るい声に迎えられる中、ティナは真っ直ぐに奥のテーブルへと向かった。
そこにいたのは窓越しに差し込む陽射しを受けて、眩しそうに目を細めている一人の少女。
ティナはそっとそのテーブルへと近づくと、静かにその少女の名を口にした。
「……お待たせ、アリシア」
* * * * *
あとがき
龍一「クリスフィード姉妹の再会」
ティナ「ようやくここまで来たのね」
龍一「テロという名の理不尽から一年。巡り合えた姉妹はこれからどうなっていくのか」
ティナ「次回、天上戦記ティナ〜クロイシア戦争編〜第13話、分岐点」
龍一「君は運命の刻を見るか」
姉妹の再会が意味するものとは…。
美姫 「次回も目が離せないわ」
しかし、何と言っても、今回は水着シーン!
美姫 「って、アンタ……」
な、何だよ。
美姫 「私はとっても悲しいわ…」
冗談じゃないか、冗談。
美姫 「いいえ、あの目は本気だったわ」
失礼な!
美姫 「じー」
う、うぅぅ。
え、えっと、また次回を楽しみにしてます。
美姫 「って、滅茶苦茶動揺している上に、強引な誤魔化し方だし」
あ、あははは〜。
美姫 「はぁ〜、別にどうでも良いけどな」
そ、そうか?
所でさ、メイドタイプの水着ってないのかな?
あっても良いような気がするんだが。
美姫 「そりゃあ、アンタは喜ぶだろうけど…」
……美姫のメイドタイプ水着バージョンか。
美姫 「って、何を想像してるのよ!」
うがぁっ! ちょ、ちょっと待て! ま、まだ、想像してな…。
美姫 「まだって事は、するつもりだったんでしょうが!」
がっ! ぐがぁぁっぁぁっぁぁぁぁ!
美姫 「ふぅ〜。ったく、この馬鹿は。それじゃあ、また次回を待ってますね〜」