第13話 分岐点

   * * * * *

 ――アルシーヴ共和国・第2コロニー。

 リーセント市街――。

 そこはとある喫茶店の店内、通りに面した一番奥の席である。

 ティナに名を呼ばれて顔を上げた少女は彼女と瓜二つの姿をしていた。

 ――アリシアクリスフィード……。

 その名を持つ少女は今から一年と少し前、ここリーセントで起きた爆弾テロに巻き込まれて命を落としたとされている

 だが、実際は違った。

 彼女は今も生きてティナの目の前にいるのだ。

「いろいろと聞きたいことはあるけれど、とにかくまた会えて嬉しいわ」

「うん。わたしも……」

 姉の飾りのない素直な言葉に、妹もまた言葉少なに答える。

 今はそれだけで良かった。

 お互いの心を感じ合える彼女たちにはそれが心からの喜びによるものだと分かるから。

 ただ、その存在を少しでも強く感じようとお互いの体をしっかりと抱きしめる。

 そんな光景を微笑ましく思いつつ、ディアーナはそっと姉妹の傍らを離れるのだった。

「マスター、コーヒー。後、このトロピカルフルーツの盛り合わせをあそこのテーブルに」

「…………」

 ディアーナの注文を受けて、カウンターに立っていた無表情の男性が無言で頷いて動き出す。

 そのことに少々首を傾げながら、彼女は窓際の席へと視線を戻した。

 ちょうど抱擁を終えた姉妹が席に着いて何やら話しているところだった。

 だが、時折聞こえてくる会話の内容にディアーナは思わず顔を顰めてしまった。

「ごめんなさい。本当はもっと早くに遭えるはずだったんだけど、いろいろ手間取っちゃって」

「気にしないで。それよりも、これからは一緒にいられるのよね?」

 期待を込めたティナのその問いに、何故かアリシアは少し困ったような顔になって首を横に振った。

「……ごめん。わたし、もうお姉ちゃんと一緒にはいられないの……」

「どうして?わたしのこと、嫌いになっちゃったの」

「そうじゃない。そうじゃないけど……」

 言い難そうに口篭りながらもそこだけはきっぱりと否定するアリシア。

「なら、一緒に行きましょう。身の安全はわたしが保証するから」

「でも、それだとお姉ちゃんに迷惑掛けちゃう。わたし、軍に追われてるの」

 妹の口から出た軍という言葉に、ティナは眉を顰めた。

 何と彼女は軍に捕らえられて人体実験を施されていたのだという。

 それを聞かされたティナはあまりのことに思わず持っていたグラスを床に落としてしまった。

 注文を取りに来たウェイトレスが慌てて破片を片付けつつ、大丈夫ですかと尋ねてくる。

 それに一つ頷くと、ティナは軽く深呼吸を繰り返して乱れた心を落ち着かせようとした。

 軍が孤児や罪人を使って生体兵器の研究をしているという噂は彼女も聞いたことがある。

 しかし、それを信じることはなかった。

 本当にそんなことが行なわれているのだとすれば、軍は機密保持を徹底するはずだからだ。

 当局において実際にそれらしい事実が確認されたわけでもない。

 故に、ティナはそれをただの噂話以上のものとは認識しなかったのである。

 だが、実際はどうだ。

 アリシアの話では少なくとも100人が犠牲となり、彼女自身も危うく殺されかけたという。

 あってはならない悪夢がそこにも一つ、確かな現実として存在しているのだ。

 そのときそれまで少し離れたテーブルで話を聞いていたディアーナが口を開いた。

「そういうことならうちで面倒を見よう」

「いいんですか?」

 ディアーナのその申し出に、アリシアが困惑気味に彼女と姉の顔を見比べた。

「人道的な立場からしても見過ごせるものではないしな。何よりティナの妹ならわたしは大歓迎だ」

「ほら、ディアーナさんもこう言ってくれてることだし。ここはご好意に甘えましょう」

「でも……」

 なおも渋るアリシアに、ティナはふと悲しそうな顔になって俯いた。

「約束、守れなかったから。だから、もう一緒にはいられないって言うの?」

 絞り出すようにして漏らした姉のその言葉に、アリシアははっとした。

「そうよね。あのときちゃんと守っていれば、あなたはこの一年辛い思いをしなくても済んだんだもの」

「違う。そうじゃない!」

「じゃあ、どうして一緒に行くって言ってくれないの?わたしのこと、恨んでるんじゃないの」

「恨んでなんてない。寧ろ感謝してるんだよ。だって、わたしが今こうして生きてられるのはお姉ちゃんのおかげなんだから」

 それはアリシアの本心からの叫び。この一年間、一番伝えたかった感謝の言葉だった。

「お姉ちゃん、ちゃんとわたしを守ってくれたよ。だから、そんなに自分を責めないで」

「でも、じゃあどうして……」

「だから、だよ」

 困惑するティナに、アリシアはそっと言葉を続ける。

「お姉ちゃんがそんなだから、わたしはこれ以上一緒にはいられない。だって、わたしがいたらお姉ちゃん、またわたしのために一生懸命になっちゃうでしょ。ダメだよ。お姉ちゃんはもっと自分を大事にしないと。わたしなんかのためにこれ以上自由を減らしちゃダメ。だって、お姉ちゃんの自由はお姉ちゃんのものなんだから」

 そう言って無理に微笑むアリシアに、ティナは困ったように軽く肩を竦めた。

「あのね。アリシア。わたしがいつ自分を犠牲にしたの?」

「だってお姉ちゃん、わたしのためにいつも一生懸命だったじゃない」

「それはわたしがあなたを失いたくなかったから。つまりは自分のためよ」

 困惑するアリシアに、ティナはきっぱりとそう言い切った。

「誰かを守りたいのなら、それ相応の力を持たないと。もちろん、それを貫くだけの意志もね」

「それ、普通の女の子が考えることじゃないよ。普通の子はもっと平穏な時間を望むものだよ」

「そうね。でも、それをするにはわたしたちはあまりに世界を知りすぎたわ」

「…………」

 確かな意思を持って放たれた姉の言葉に、アリシアは思わず息を呑んだ。

 無知な人々が仮初の平穏にうつつを抜かしている影で、理不尽な暴力に怯えている人がいる。

 病気や貧困に苦しみ、救いの手を求めている人がいる。

 そして、それでも懸命に今を生きている人がいる。

 それなのに、多くの人々はそれを知らないふりをして通り過ぎていくのだ。

「知ってしまって、それでもこの日常を不変のものだと信じていられるほどわたしは夢見がちじゃない」

「それは……」

「わたしはただ、あなたと二人で笑っていたいだけ。でも、そんな普通のことさえこの世界は遠い夢にしかねない。だから、守るって誓ったのよ。今ある平穏をつまらない理不尽なんかに壊させはしないって。尤もその誓いは自分自身の手で破ってしまったけれど……」

 そこまで言うと、ティナは新しいグラスに口をつけた。

 グラスを離し、少しの湿気を帯びた溜息を漏らす彼女の姿は同性の目にもどこか艶っぽい。

 そんな姉の姿に、アリシアは不謹慎とは思いつつも微かに頬を染めてしまった。

「さて、これであなたがわたしに気兼ねする理由は無くなったと思うんだけど」

「で、でも、そっちの人に迷惑じゃ」

「わたしは構わないと言っているじゃないか。寧ろ、楽しみが増えて嬉しいくらいだ」

 そう言ってニヤリと笑うディアーナに、アリシアは思わず冷や汗を浮かべてしまった。

「じゃあ、そういうことで。改めて妹共々よろしくお願いしますね」

「ああ、任せておくといい。イリアには後でわたしからちゃんと話を通しておこう」

「……お手数、お掛けします」

 心配はいらないとばかりに胸を張るディアーナに、アリシアは深々と頭を下げるのだった。

   * * * * *

 ――アルシーヴ共和国・第2コロニー。

 リーセント市街――。

 宇宙港から宅配便でstaytionへと荷物を送ったシェリーたちはその足でディアーナたちとの待ち合わせ場所へと向かっていた。

「じゃあ、俺はこっちだから」

 港から少し離れたところで一緒にいた少年がそう二人に声を掛ける。

 彼は街角で両手一杯に荷物を抱えていたシェリーとぶつかってしまい、そのお詫びにと荷物持ちを買って出てくれたのだった。

「え、もう少しいいじゃない。せっかく手伝ってくれたんだし、何かお礼するよ」

「いや、俺が勝手にやったことだから。それに、まだやらないといけないこともあるし」

「そう」

 丁寧に誘いを断る少年に、シェリーは少し残念そうに肩を落とした。

「まあ、どうしてもって言うんなら、今度少し付き合ってくれるかな」

 そう言うと少年は上着のポケットから一枚のチケットを取り出してシェリーに見せた。

「これ、ドミニオンホテルのレストランの食事券」

「友達と行くつもりだったんだけど、どうやら無駄になりそうなんだ。それで、よかったら」

「あたし、一度あそこの料理って食べてみたかったんだ。あ、でも、これペアチケットだよね」

 そう言ってシェリーはチラリとミレーニアのほうを見る。

「行ってきなよ。あたし、そういうのって別に興味ないから」

「いいの?」

「その代わり、今度ESの改装手伝ってよね」

「うん。ありがとう」

 話がまとまったと見ると、少年はシェリーに自分の連絡先を書いた名刺を渡した。

「じゃあ、また今度。何かあったらそこに掛けて」

「あ、じゃああたしも」

 シェリーは慌てて自分も名刺を取り出すと、その裏にペンを走らせる。

「ありがとう。じゃあ、当日を楽しみにしてるよ」

 そう言って軽く手を挙げると、少年は雑踏の中に消えていった。

「シェリー、惚れられたんじゃないの?」

「な、まさか」

「でも、あれって絶対デートの申し込みだよ?彼、少し顔赤かったみたいだし」

「そ、そうかな……」

 顔を赤くして照れるシェリーに、ミレーニアはふと思ったことを口にする。

「もしかして、シェリーも彼のこと気になってたりする?」

「なっ、何であたしが。大体、あいつとは今日会ったばかりじゃない」

「その割には嬉しそうな顔してるよ」

「うるさいな。ほら、さっさと例の喫茶店に行くよ。時間はもうとっくに過ぎてるんだから」

 ごまかすようにそう言うと、シェリーは先に立って歩き出す。

 しかし、その口元が終始緩みっぱなしだったことは言うまでもない。

 そんな友人の顔を見ながら、ミレーニアは自分も誰か探そうかなと思ったとかなかったとか。




   * * * * *

  あとがき

龍一「お久しぶりの天上戦記、いかがだったでしょうか?」

ティナ「今回はわたしと妹アリシアとの再会のお話でした」

龍一「ところで、今回の話に際してティナがどうやってアリシアと連絡を取ったかについてだが」

ティナ「これはわたしの共感能力をアルフィニーの力で増幅して感応波を拡張したのよ」

龍一「感応波通信、いわゆるテレパスという奴だな」

ティナ「他のアルフィスの人たちとの通信も戦闘中はこれでしてます」

龍一「なるほど。っていうか、他に方法ないだろ」

ティナ「わたしは生身で宇宙に出てるようなものだしね」

龍一「それで平気なのはESTが内臓している永久機関のおかげなんだけどな」

ティナ「さて、補足説明はこれくらいにして次回はまた戦闘になるのよね」

龍一「おう。しかも、歩兵とロボット両方にだ」

ティナ「そして、わたしの能力の一端が明らかに」

龍一「次回、天上戦記ティナ〜クロイシア戦争編〜第14話」

ティナ「光の翼・守護者の剣でお会いしましょう」

ではでは。

 




妹との再会。
美姫 「良いお話ね」
姉も妹もお互いの事を思っている…。
美姫 「うんうん」
さて、次回は再び戦闘の予定とか。
美姫 「熱く燃えるわよ〜」
いや、お前は燃えなくても良いって。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
ではでは。



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