第16話 異邦人

   * * * * *

 コロニーへと謎の艦隊が近づきつつある頃、リーセント宙域から少し離れたところで2機のフォースフィギュアが対峙していた。

 うち1機はリーセントの基地から奪取されたあの新型、AMX001・グランディアである。

 そのパイロットは追撃者が一定の距離まで近づいたのを見計らって通信を開いた。

「こんなところまで追ってくるなんて。推進剤が尽きて戻れなくなるわよ」

「女だと!?

 突然の相手からの通信に、それを受けたアークは2重の意味で驚いていた。

「女で悪いかしら?これでもこの手の仕事じゃそれなりに名を知られているんだけど」

「どうでもいいが、さっさとそいつを捨てて投降しな。素直に従えば手荒なことはしないから」

 相手が女だと分かった途端、やる気を失くしたアークはかなり投げやりな口調でそう言った。

「バカにしているの?そういうことは相手を完全に無力化してから言うものよ」

「そいつは共和国軍の最重要機密だ。事態を知った連中がすぐに大軍で取り返しにくる」

「こちらの世界じゃここ数年戦争なんてやってないんでしょ。平和ボケした連中に捕まるほど間抜けじゃないわ」

 言葉とともに放たれたビームの光条がエクスカリヴァーの脇を掠める。

「ちっ、問答無用ってことかよ」

 相手の反応に小さく舌打ちすると、アークはすぐさま機体に回避行動を摂らせた。

 彼は連邦でも屈指の実力を持つパイロットだ。例え不意打ちであってもそう安々と当たりはしない。

 最近支給されたこの新型も未だ細かな部分での調整を残しているにも関わらず、でたらめなことで知られるアークの動きによくついてきてくれている。

 だが、敵もただ者ではなかった。

 格闘戦を得意とする彼は最初、専用に強化されたブレードで胴体に一撃入れて終わりにするつもりだったのだが、この相手はそれを何度も避け、逆に反撃してきたのだ。

 ついには激減した砲戦能力を最大限に利用して距離を取り出す敵機に業を煮やしたアークは仕方なくブレードをしまうと、110oアサルトキャノンを抜いて乱射し出した。

 まったく歯が立たなかったアサルトマシンガンの90o弾に比べてこちらは確実にダメージを与えられるようで、何発かが敵機の装甲を削って火花を散らした。

 一方、リーセントコロニーの付近ではいよいよ姿を現した謎の艦隊とアルシーヴ共和国軍とIPKOとの混成艦隊との間で砲撃戦が始まっていた。

 敵は新造艦と思しき大型戦艦1隻を中心に、クロイシア連邦軍で正式採用されているアクアマリン級機動巡洋艦4隻に各種支援艦艇が12隻というかなり大掛かりな編成だった。

 これに対して、混成艦隊側はIPKOのstaytion駐留部隊からアルトナー級巡洋艦5隻が出撃し、それにアルシーヴ共和国軍のコロニー警備隊からアイランズ級巡洋艦2隻と、クロイシア連邦軍第13独立部隊が加わって応戦している。

 だが、この戦いは最初から混成艦隊側が不利だった。

 これは、敵が一つの部隊として統制されているのに対して、こちらが各軍ごとにばらばらに戦っているせいなのだが、寄せ集めの艦隊ではそれも仕方がないことだった。

 FFは逆に混成艦隊側のほうが数が多く、1機の敵に数機が襲い掛かっているという状況だ。

 ただ、恐ろしいことに敵機の中にはそれでも持ちこたえているものもいて、戦場に局地的な混乱を巻き起こしていた。

 今も小隊の1つが指揮官機を落とされ、残った2機も戦闘不能に陥らされて撤退している。

 彼らは知らなかったがその敵機はクロイシア連邦軍の次期主力候補であるアルヴァトロスの先行量産型に当たる機体だった。

 それらは少数だがいずれも協力で、中にはライドがゼロで使っていたアクティヴレイの簡易量産型であるビームセレクティヴカノンを装備している機体もある。

 エネルギー粒子の生成パターンを数種から選択可能なこのビーム砲は一定の粒子を中和して減衰させるビーム霍乱幕や既存のビーム兵器に合わせて設定された対ビームコーティングでは防げず、しかも当たれば戦艦クラスでもただでは済まない威力を持っている。

 さすがに連射は利かないようだが、それでも防御手段のない兵器というのは厄介なもので、これに狙われた機体はひたすら回避に専念してやり過ごそうとしていた。

「SFT―R009・アルヴァセレスにSFT009M・アルヴァレイトか。どちらも協力な機体だな。さて、彼女たちはこれにどう対応する?」

 イヴリースの艦橋から指示を出しつつ、ライドは事前に入手した情報を見ながらそう言った。

 彼は以前、異世界から来たという亡命者を個人的に保護したことがあった。

 ――その男の名はアークレナルドシュレッダー。

 並外れた技量を持つ機動兵器パイロットとして、元の世界ではそれなりに有名な軍人だった。

 彼のもたらした情報により異世界にこの世界への侵略を企てている勢力があることを知ったライドは密かに同士を集め、これに供えていた。

 軍部に強い影響力を持つシュナイト家の長男という立場を利用して最新型の装備を優先配備させていたのもその一環である。

 メインスクリーンの一角では新たに参戦してきた純白のFF率いる小隊が押され気味だった戦線を押し返しに掛かっていた。

「敵の数はこちらより少ない。落ち着いて確実に狙っていけ」

 生まれ変わった愛機のコックピットでアームレイターを握りながらディアーナは後続の部下二人にそう助言する。

「確かに数は少ないですわね。その割には皆さん苦戦しているようですけど」

「仕方ないんじゃない。腕も装備の質も向こうのほうが上みたいだし」

「無駄口を叩くな。くるぞ!」

 ディアーナの警告で3機は散開し、その直後に赤いビームが飛来する。

「悪くない狙いだな。しかし、撃った後の隙が大きいのは命取りだ」

 呟いてRCアサルトの右手に腰の銃を抜かせると、ディアーナは迷わず引き金を引いた。

 連続で撃ち出された120o弾がこちらに向けてライフルを構えていた緑色の機体を捕らえ、その凶悪な火器を腕ごと吹き飛ばす。

 そこへ左へと回り込んだシェリーのサファイアクラウドがバスタードソードを振りかぶり、バランスを崩した敵機を胴体から上下に切断した。

「まずはこれで一機。意外とあっけないね」

「油断するな。敵はまだいるんだからな」

 早々に一機落として調子に乗りかけるシェリーをディアーナがそう言って戒める。

「ティナさんたちは大丈夫でしょうか……」

 新たに向かってくる敵機に銃を向けつつ、クレアが心配そうにそう漏らした。

   * * * * *

 ――アルシーヴ共和国・第2コロニー。

 リーセント近隣宙域――。

「そろそろ戦闘宙域よ。各自、警戒を怠らないようにね」

 機体各部へと意識を走らせつつ、ティナは同行してきたアリスとミレーニアに注意を促す。

「分かってるよ。でも、本当に落としちゃっていいの?相手は連邦軍の機体なんでしょ」

「先に撃ってきたのはあっちなんだから、迎撃されても文句は言えないし言わせないわ」

 2000年ばかり眠っていたせいで今の世界情勢をイマイチ理解していないミレーニア。

 そんな彼女に対して、問われたティナは珍しく静かな怒りを湛えた声でそう答えている。

 現在の世界は惑星クロイシアを中心とする連邦と、それを取り巻く二つの衛星国家。そして、幾つかの独立したコロニー群から成り立っているが、それらの間に目立った争いはこれまでのところほとんど起きていない。

 その影に関係者の血の滲むような努力があったことを知る彼女としては、それを台無しにしかねないこのような行為は許し難い暴挙だった。

「……レーダーに反応、敵機来るよ!」

「こっちでも確認したわ。数は4……いえ、5機ね」

「どうする?正面から戦っても落とせない数じゃないけど」

「全機がこっちに来るとは限らないわ。ここは先制攻撃を仕掛けて数を減らしておきましょう」

 そう言うと、ティナは自らと一体化したアルフィニーの手を動かし、それを正面の空間へと向けた。

 そこに白い光が集束し、一条の矢となって放たれる。

 文字通りの光速で宇宙を駆け抜けた矢はこちらに向かってきていたアルヴァレイトの一機を正確に捉え、その動きを止めさせた。

 搭乗者の意識を刈り取る特殊攻撃アストラレイトビームの光に撃ち抜かれたその機体は爆発こそしなかったものの、再び動き出すことはなかった。

「お姉ちゃん……」

 死の恐怖を体感したパイロットは例え生きて帰れたとしても再び戦場に出るのは難しい。

 一度本能に染み付いてしまったそれは簡単には克服出来ないからだ。

 それを承知の上であえて精神攻撃を行なった姉に、アリスは思わず息を呑んだ。

 ……お姉ちゃん、本気で怒ってる。

 それはアルフィニーに反映される彼女の表情を見れば一目瞭然だった。

「ティナは優しいから、だからこんなことをする奴らが許せないんだよ」

「うん。わたしだって、こんな悲しいことはあっちゃいけないって思うもん」

「なら、早く終わらせないとね。終わらせて、皆で楽しいことしようよ」

 笑ってそう言うミレーニアにアリスも頷き、二人はそれぞれの機体を加速させた。

 民間のリゾートコロニーに軍事施設を隠し持っていた共和国側にも非はある。

 ――けど、だからって、そこにいる人たちの笑顔を奪っていいことにはならないでしょ!

 怒りとともにコロニーへと向かおうとする敵機に容赦なく閃光を叩きつけるティナ。

 その側面を狙撃しようとしていた別の一機をミレーニアの操るPMX01ES・ゲシュペンストエターナルソードの右腕が頭部を破壊して停止させる。

 戦局は少しずつ、だが確実に混成艦隊側に傾きつつあった。

   * * * * *

「第2小隊、第3小隊は戦線を離脱、第6、第8小隊との通信途絶しました!」

 悲鳴のようなオペレーターからの報告に、staytionの司令官は表情を顰めた。

「艦隊から支援砲撃は出来ないか?」

「無理です。敵艦隊との交戦で手一杯で、とてもそんな余裕はありませんよ!」

「ならば、staytionの要塞砲で蹴散らしてしまえ。何としてもここを守り抜くのだ!」

 部下に向かって無茶な命令を飛ばす司令官。そのとき不意に司令室の扉が開いた。

「その必要はありません」

「貴様はイリアラグラックか」

 悠然とした動作で室内に入ってきた人物を見て、司令官はその名を口にした。

「現在わたしの仲間達が戦線に加わって敵を駆逐しています。直にこちらが有利になりますよ」

「援軍を要請した覚えはないが」

「でも、出撃を禁じられた覚えもありません。尤もあなたにはその権限もありませんけれど」

 しれっとそんなことを言ってのけるイリアに、司令官は苦い顔になって沈黙した。

 彼にしてみれば、こんな若輩者の女に手柄を持っていかれるのは面白くないのだ。

 だが、彼女の送り出した戦士たちは彼の部下など問題にならないほど強力だった。

 シェリーのサファイアクラウドが胸部のビームブレストキャノンで3機を纏めて吹き飛ばし、ディアーナのRCアサルトの両肩に装備された有線制御式アサルトブレイドが別々の方向から敵機を追い詰め、確実に撃破していく。

 別の場所では白と黒の翼を広げた二人の美しい天使が見事な連携を見せつつ次々と敵を葬り、それに付き従うように古代の騎士を模したようなFFが逃げ遅れていた味方部隊の撤退を支援している。

 彼女らの参戦で落ち込みかけていた将兵の士気も高まり、押されがちだった戦線は今や完全にこちらが有利となっていた。

   * * * * *

 コロニー周辺での戦いが終局へと向かう中、二人の戦いも佳境に差し掛かろうとしていた。

 既にどちらの機体も慢心相違といった感じで、装甲の至るところに被弾の痕が見られる。

「まさか、ここまでやるなんてね。正直、寿命がだいぶ縮まったわ」

「おまえこそ、新型とはいえ強奪した不慣れな機体でこの俺と対等以上に渡り合うとはな」

 お互いへの賛辞とともにそれぞれ最後の一発を放つ。

 鋼鉄の弾丸がグランディアの頭部を掠め、白い閃光がエクスカリヴァーの装甲を浅く焦がす。

 そして、アークは最後まで使う機会のなかったブレードの切っ先を敵機のコックピットへと突きつけた。

「チェックメイト、だな」

「そうみたいね。あーあ、せっかくこの新型を手土産に本隊に戻れると思ったのに」

「そう悲観することもないさ。おまえは俺と張り合えるだけの腕を持ってるんだからな」

「あら、認めてくれるの?」

「まあな。最初は女だと思って手を抜いてたが、とんだ誤算だった」

 自分を散々梃子摺らせた相手を前に、何故かアークは嬉しそうだ。

「でも、結局はやられちゃったわけだし、これからのことを考えると憂鬱だわ」

「そのことなら安心していいぜ。別に捕虜にしたり共和国の連中に突き出したりはしないから」

「どういうこと?」

 思いがけない敵パイロットの言葉に、その女性は思わず聞き返した。

 機密の塊を強奪した敵兵を捕まえて捕虜にしないなど普通ではあり得ない。

 それともこの機体、実はそれほどの価値もないというのだろうか。

 確かに高性能ではあるが、試作機らしく随所に無駄や不具合も見られる。

 それでも新兵器を開発していたという事実は他の勢力に対して争う意思があることの表明となるだろう。

 そんなものを強奪されて国家が黙っているはずがなかった。

「ちょいと訳ありでな。うちのボスは力を集めてるのさ」

「わたしに本隊を裏切れって言うの?」

「どうせ戻ったって受け入れちゃくれないさ。寧ろ、邪魔者扱いされて消されるのがオチだ」

「やけに確信的じゃない。何か根拠でもあるのかしら?」

「別に。ただ、軍隊なんてところはそういうものだってだけさ」

 どこか冷めた調子でそう言うアークに、女性は納得したのかそれ以上は追及しなかった。

「さあ、死にたくなけりゃ、機体の自爆スイッチを押して出てきな」

「選択の余地はないのよね。……わかったわ、言う通りにするから」

 急かすアークに軽く肩を竦めると、女性は頷いてコックピットハッチを開放した。

 それを見てアークも自機のハッチを開くと、彼女をコックピット内へと招き入れる。

 このとき、それまで音声のみの通信でやり取りをしていた二人はようやくお互いの顔を見ることになったのだが、バイザー越しにアークの顔を見た女性は何故か顔を赤くして視線を逸らしてしまった。

「どうした?俺の顔に何かついてるのか」

 ちらちらとこちらを見てくる女性の視線に首を傾げつつ、アークはそんなボケたことを考えていた。

「でも、よかったの?他国の新型を自爆させたりして」

 高鳴る胸の鼓動をごまかすように、事情を聞いた彼女がそんなことを聞いてくる。

「元々、連中には捕獲不可能なら、堕としても構わないって言われてたんだ。問題ないだろ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「そんなことより、変な真似すんなよ。女だからって、容赦しねぇからな」

 ごにょごにょと口篭る女性の顔を訝しげに見やりつつ、アークは一応そう言って釘を刺す。

「最初は女だからって手加減していたくせに。言動が矛盾してるわよ」

「うるせぇな。人間なんてそんなもんだろ」

「まあ、そうかもしれないけど、あなたに言われると何か釈然としないわ」

 ぶつぶつとそんなことを言いつつ、女性は割と余裕のある自分に気づいて苦笑する。

 拘束されていないというのもあるが、それ以上に奇妙な親近感に囚われて調子が狂う。

 悪いようにはしないという彼の言葉を何故か彼女は信じてもいいような気になっていた。




   * * * * *

 ――機体解説――

・ナンバー013

名称:AMX001・グランディア

兵装:腰部ビームキャノン×2 レールキャノン ガトリングキャノン ビームライフル×2 ハンドキャノン×2 脚部レーザーバルカン×2 腕部スマートマシンガン×2

解説:

アルシーヴ共和国軍が開発した初の砲戦型重フォースフィギュア。全身に砲を備え、圧倒的な面制圧火力を持つが、試作機ゆえに欠陥も多い。

本機は民間運営のリゾートコロニー・リーセントにおいて極秘に開発されていたが、潜入した一人の女性によって強奪されることになる。

・ナンバー014

名称:AGX009X・エクスカリヴァー パイロット:アークリアノルド

兵装:110oアサルトキャノン×2 メガアルマブレード 投擲用ヒートダガー×6

解説:

AGX009の初期ロットの一機をアーク専用にカスタマイズした機体。

格闘戦を得意とする彼のスタイルに合わせてスラスターを増設し、加えて武装を減らすことで高い機動性を実現している。

欠点は中・近距離での射撃武器が110oアサルトキャノンしかないこと。

・ナンバー015

名称:RFT101TA―1・RCアサルトフレーム パイロット:ディアーナレインハルト

兵装:ビームアサルトライフル ビームクロートライデント 有線制御式アサルトブレイド×4 リストバルカン×2

解説:

ディアーナレインハルトの専用機であるRFT101RCに簡易念動制御システムを組み込み、更に格闘戦向けに改修した機体。

特徴的な装備として鍵爪状の格闘武器ビームクロートライデントを装備。

また、両肩に装備された4本の短剣は有線ではあるが、オールレンジ攻撃を可能とする。




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  あとがき

相変わらず戦闘シーンが苦手な安藤龍一です。

もっと細かい描写が出来るようになりたいんですが、どうにも上手くいきません。

こうなったら、いっそ戦闘シーンはほどほどにして他の部分で勝負してみましょうか。

って、それじゃSFロボット物にした意味がないですね(汗)。

と、とにかく、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

次回はもうちっとマシなものが書けるようがんばりますのでよろしくお願いします。

ではでは。

 




本気で怒ったティナ…。
美姫 「当然よ!」
お前まで怒るなよ…。
美姫 「それはそうと、アークが捕まえた女性は…」
確かにそっちも気になるな。
美姫 「これから何が起ころうとしているのかしら」
次回も楽しみだな。
美姫 「ええ、本当に。次回も待ってますね〜」
ではでは。



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