第17話 渦巻く懐疑
* * * * *
――アルシーヴ共和国・第2コロニー。
リーセント近隣宙域――。
謎の艦隊の襲撃からクロイシア標準時で一夜が明けた。
今、IPKOが誇る軍事staytionの港では破損した数隻の艦艇が修理を受けている。
佐官級以上を集めての緊急会議から戻ったイリアは、アルシーヴの艦橋で部下からの報告を聞きながらその様子を見ていた。
その背後では彼女の副官である少女、ルナファルナが事務的な口調で淡々と報告書を読み上げている。
「またこっぴどくやられたものね」
「アルトナー級2隻が中破、残る3隻も各所に無視出来ない損傷を受けているとのことです」
「フォースフィギュア隊のほうはどう?」
「ローランド48機のうち8機が撃墜、12機が大破して使えなくなっています」
「壊滅的じゃない。ここのFF隊はどんな訓練をしていたのかしらね」
呆れたようにそう言うイリアに、反論する声があった。
「仕方ないんじゃない。向こうも相当いい動きしてたし、無人機も混じってたみたいだから」
ぷしゅっ、というドアの開く音とともに、そう言って入ってきたのはミレーニアだった。
愛機をいじっていたのか、整備班の使っているのと同じ作業着を着ている。
「その話、本当なの?」
「あたしの動きについてきてたから。たぶん、間違いないと思うよ」
そう言うと、ミレーニアは艦橋をぐるりと見回して溜息を漏らした。
「ここにもいない……。はぁ、ティナ、どこ行ったんだろ?」
「ティナを探しているの?」
「あ、うん。ESのシステム周りの改修についてちょっと聞こうと思って」
「部屋にいなかったの?」
「たぶんいなかったんじゃないかな。ドアには鍵が掛かってたし、呼んでも返事なかったから」
「おかしいわね。彼女、今日は一日部屋でゆっくりしてるって言ってたはずなんだけど」
そう言って、顎に人差し指を当てて考え込むイリア。
「寝てるんじゃないかな。二人とも昨日の戦闘で大分疲れてたみたいだし」
「そうかもしれないわね。それで、ミレーニアはどうするの?一人でどうにか出来そうなの」
「直すだけなら何とか。でも、少しバージョンアップしたい箇所もあるし、どうしようかな」
「システム関係なら、ファミリアに聞くと良いわ。あの子、そっち方面のエキスパートだから」
「ありがとう。それじゃ、ちょっと行ってみるね」
アドバイスをくれたイリアに礼を言うと、ミレーニアは元気に艦橋を出ていった。
その背中を見送りつつ、ポツリとルナが漏らした言葉にイリアの表情が変わる。
「彼女、ホムンクルスなんですよね……」
「ええ。でも、だからどうだって言うの?」
「いえ、ただ、わたしたちと変わらないなって」
そう感想を漏らすルナの横顔は、どこかホッとしたものだった。
作られた生命というのは大抵どこか歪で、悲惨な末路しか辿れないものだと聞かされていた。
そんなルナだからこそ、自然体に見えるミレーニアの姿に深い安堵を覚えたのだろう。
実際には身体的にかなりの強化を施されており、常人の何倍もの負荷に耐えられる体だ。
――彼女はピースメイカーだから……。
最初に彼女の身体検査をしたとき、呟くようにそう漏らしたティナの表情は悲しそうだった。
その言葉に込められた意味を、ルナは後の体験で知ることになる。
「艦長、報告は以上ですが、今後我々はどうするのですか?」
報告書を近くのコンソールパネルの上に置いて、ルナが聞いた。
「この状況でここを離れるわけにもいかないでしょ」
「では」
「本部に増援を要請したから、それが到着するまで本艦でここの護衛に当たります」
「……残存戦力にうちから数人加えて、幾つか哨戒部隊を編成しておきます。許可は」
「もちろん。お願いするわ」
そう言うと、イリアは再びドック内の様子へと視線を移す。
――ライドシュナイトはあれを異世界からの侵略者だと言っていた。
証拠として提出された資料はかなり信憑性の高いものではあった。が、それでも、だ。
イリアをはじめ、その場に居合わせた多くの軍関係者はその話を俄かには信じられなかった。
敵に連邦軍の標準的な機動巡洋艦であるアクアマリン級の姿が確認されていたこともある。
回収された敵フォースフィギュアも形態的にはアルヴァトロスに酷似しており、共和国側の将兵たちにに不信感を抱かせている。
ともあれ、恒久の世界平和の実現を目標とするIPKOとしてはこれを見逃すわけにはいかなかった。
――護らなければならない。
組織の一員として、それ以前に世界が人々の幸福で満たされる姿を望む一人の人間として。
例えすべては無理でも、この手の届く限りの平穏を。
その努力の積み重ねが、いつか、きっと幸福な未来に繋がるとイリアは信じているから。
* * * * *
――IPKO所属・アルテミス級機動戦艦。
アルフィス居住区・クリスフィード姉妹の部屋――。
アリスが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
ぼんやりと開けた視界に映ったのは、薄闇とその向こうにある天井。
聞こえてくる水音はシャワーだろうか。
ゆっくりと体を起こしてあたりを見回せば、入り口近くのドアから明りが漏れていた。
以前に拉致された経験から、アリスは自然と体に力が入るのを感じた。
同時に背中から零れ出す黒い光がゆっくりと集束して、翼の形を取ろうとする。
だが、近くに姉の気配があると感じ、アリスは慌てて力を消した。
今のアリスの状態を知っているティナは彼女がそれを使うことを快く思っていない。
無理を重ねれば確実に体を壊し、取り返しのつかない後遺症を残す可能性があるからだ。
それに、アリスが今感じている姉の気配は穏やかで、とても周囲に危険があるとは思えない。
力を放出した倦怠感から、アリスは完全に脱力してベッドに倒れ込んだ。
おそらく先の戦闘での疲れもまだ残っているのだろう。
そのまましばらくぼーっとしていると、不意にそのドアが開いてティナが出てきた。
「あら、目を覚ましたのね」
「お姉ちゃん……、ここは?」
「アルフィスの居住区、今日からわたしとあなたが住むことになる部屋よ」
そう言ってタオルで髪を拭きながらベッドまで来ると、ティナは再び体を起こしたアリスの隣へと腰を下ろす。
「ディアーナさん、早速手配してくれたんだ」
「荷物はとりあえずそこに置いておいたから、後で整理しておくのよ」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
そう言ってアリスは軽くティナに抱きついた。
「お礼なら、あなたを受け入れてくれたディアーナさんやこの艦の人たちに言うと良いわ」
「うん。でも、わたしはお姉ちゃんにも言いたいから。だから、ありがとう」
そう言って笑う妹の頭を、ティナはそっと優しく撫でてやる。
と、そのときアリスの髪の間から一枚の黒い羽根が落ちた。
「…………」
ふわりとベッドの上に落ちたそれを見て、妹の頭を撫でていたティナの手が止まる。
「アリス、これはどういうことなのかしら?」
「あ、あはは……。え、えっと……」
羽根を拾い上げてとっても良い笑顔でそう聞いてくるティナに、アリスは思わず引き攣った笑いを浮かべた。
「だ、だって、気がついたら全然知らない場所だったんだよ?」
「それで、不安になって力を使っちゃったのね」
「う、うん。だから、わ、わざとじゃないんだって」
必死に言い訳するアリスに、ティナは分かったからと言って落ち着かせようとする。
「とりあえず、落ち着きなさい。それで、体のほうは何ともないの?」
「あ、うん……。ちょっと、気だるい感じはするけど、多分大丈夫だと思う」
「気をつけないとダメよ。ただでさえ昨日の戦闘で疲れてるんだから」
そう言っておでこに手を当てるティナに、アリスは少し顔を赤くしながらもされるがままになっている。
「こうしてると、何だか昔に戻ったみたいだね」
「そうね。アリスが熱を出して、わたしがこうやって手で測って」
「懐かしいな……」
「今も少し熱っぽいみたいだけど、大丈夫?」
「うーん、何だか体が熱いよ……」
「邪気が回ったのかも知れないわね。待って、今から浄化してあげるから」
「え、ちょ、ちょっと、お姉ちゃん!?」
そう言うと、ティナは未だ自分に抱きついたままだったアリスをそっとベッドに押し倒した。
押し倒されたアリスは何をされるのかと不安そうに姉を見上げる。
「お、お姉ちゃん、一体何を……」
「朱に交われば、って言うでしょ。なら、白いわたしと交わればアリスの羽根も白くなるって」
「ま、交わるって、お姉ちゃん。意味違うよ。待って待って!」
「うふふ……、心配しなくても大丈夫よ。お姉ちゃんが優しくしてあげるから」
「きゃぁぁ!」
自分の下でじたばたと暴れるアリスに構わず、ティナはまるで楽しむように一つ一つ彼女の服のボタンを外していく。
「ちょ、ちょっと、冗談になってないよ。っていうか、そんな楽しそうに脱がさないで!」
「何を言ってるの。真剣にわたしはあなたのためを思って人肌脱ごうってのに」
「だから、脱がされてるのはわたしだってば。あ、ちょ、そんなとこ触っちゃダメ。あ……」
アリスは何とか抵抗しようとするが、ティナの言う通り邪気が回っているのか上手く体が動かせない。
そうこうしているうちに下着だけにされてしまい、アリスは顔を真っ赤にして姉を睨んだ。
だが……。
「他に方法を知らないの。許してくれなくていいから、今だけは我慢して……」
そう言って真摯な眼差しで見つめてくるティナに、アリスは何も言えなくなってしまった。
「……ごめんね。わたし、そういうことするの初めてで、ちょっと怖くなっちゃったんだ」
ようやくそう言って、ぎこちなく笑ってみせるアリスに、ティナは小さくかぶりを振った。
「わたしも少し悪ふざけが過ぎたわ。最初からちゃんと説明していればよかったのに」
「そう思うんなら、ここから先は、その、ちゃんと優しく……してね……」
薄明かりの中、二人の影が一つに重なる。
浄化の名の下に行なわれたその行為は、優しさと姉妹の深い愛情に満ちていた。
* * * * *
あとがき
龍一「久しぶりの天上戦記なのに、こんな内容で済みません」
ティナ「ちょっと、わたしは抵抗出来ない妹を襲ったりはしないわよ」
龍一「まあまあ。そのあたりは読者サービスと思って」
ティナ「死にたいの?」
龍一「い、いや、これって女の子メインな話なわけだし」
ティナ「単に女の子どうしのあれな関係が書きたかっただけじゃないの?」
龍一「違うぞ。断じて違う」
ティナ「じぃぃ……(疑いの視線)」
龍一「ほ、本当だって、信じてくれよぉ(泣)」
ティナ「あ、泣きながら走り去ってしまった。ってことで、今回のあとがきはここまでです」
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
* * * * *
う〜ん、ほのぼの〜。
美姫 「って、何を見て和んでいるのよ!」
ぐぅっ! い、痛いじゃないか。
俺は、単に仲の良い姉妹のスキンシップを微笑ましくだな。
美姫 「じと〜」
うっ! ほ、本当だぞ。
美姫 「じ〜:
う、うぅぅぅぅ。あ、あははは〜。
いや〜、次回も楽しみだな〜。
美姫 「って、思いっきり誤魔化してるじゃない!」
ぐげぇぇ!
美姫 「はぁ〜。それじゃあ、次回も楽しみにしてますからね〜」
い、いた、痛いって。お、俺が悪かったから、足蹴にするな〜!