第18話 インターミッション
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――新星暦(N.P.C.)1768年12月24日。
アルシーヴ共和国第2コロニー・リーセント宇宙港――。
停泊中のイブリースのデッキでカイトは回収した敵機動兵器について、技術部のスタッフと話していた。
「これがアルヴァトロスの量産型ですか」
「正確にはその試作機に当たるらしい。これに乗ってた奴が言うにはもうほとんど完成してるらしいけどね」
カイトはそう言うと、数時間前に自分が回収してきたその機体を見上げる。
彼の目の前で色を塗り直されているのはアルヴァトロスの量産型の一つ、SFT―R009アルヴァセレスだった。
生産コストを2/3程度に抑えつつ、アルヴァトロスと同程度の性能を達成した傑作機だという話だが、実際にこれと交戦したカイトはそのカタログスペック以上の性能に大分手を焼かされていた。
カスタマイズされているはずの自分の機体に追随出来る上、見るからに危険な色のビームを撃ってくる。あれは既存の対ビーム防御では防げないらしく、ビーム霍乱幕を通しても減衰しないのだ。
「味方になるのは心強いけど、回収した敵兵器をそのまま使って大丈夫なのかい?」
「技術的にはほぼ問題ありませんよ。操縦系統もアルヴァトロスと同じですし」
「とても異世界の軍隊が使っているものとは思えないな」
「平行世界って奴じゃないんですかね。聞いた話じゃ、世界体系なんかもこっちとそう変わらないらしいですし」
二人がそんなことを話している間にも、回収された兵器の塗装作業は進められていた。それと平行して先の戦闘で損傷した機体の修理も行なっているため、デッキ内は結構慌しかったりする。
そんな状況でカイトに話しかけられたのを良いことにサボっていたその技術仕官はたちまち整備班長に見つかってどやされてしまった。
「あ、いけね。じゃあ、俺行きますね。中尉もそろそろ時間なんじゃないっすか?」
「え、ああ、そうだね」
言われて腕時計に目をやり、頷くカイト。
「じゃあ、俺は行くから。ウインディの整備、頼むよ」
「了解っす。中尉もしっかり」
妙な応援を残して去っていくその技術仕官に、カイトは首を捻りつつ、時間もないのでそれ以上考えず、桟橋のほうへと歩いていった。
一方、グランディア撃墜の報告を終えたアークは自分の部屋へと戻ってきていた。
そこにはあの女性がいて、少し落ち着かない様子で彼の帰りを待っていた。
「待たせて悪かったな」
ぶっきらぼうだが、申し訳なさの感じられる口調でそう言うアークに女性はかぶりを振った。
表情が硬いのはここが敵戦艦の内部だから。それとも初対面の男の部屋だからだろうか。
「そう警戒すんなって。別に取って食ったりはしないからさ」
「…………」
見据えるような視線を向けてくる女性に、アークはまいったなというふうに頬を掻いた。
「なぁ、おまえ」
「セレナよ。……セレナ=エルアース。おまえじゃないわ」
ぼそりと言った女性の言葉に、アークはへぇ、と思った。
「いいのかよ。俺みたいな男に名前教えたりして」
少しからかうような調子でそう言ったアークに女性、セレナは今度は顔を上げてはっきりと言った。
「問題ないわ。少なくても見ず知らずのあなたにいつまでもおまえ呼ばわりされてるよりはね」
「そいつは悪かったな。俺はアーク=リアノルド。一応、この艦で小隊一つを任されてる」
そう言うと、アークは女性へと近づき、右手を差し出した。
それを不審に思い、セレナは差し出された手と彼の顔とを交互に見比べる。
「捕虜と握手したがるなんて、あなた本当に変わってるのね」
「捕虜にしたつもりはないが、まあ、そうだな」
「わたしをどうするつもり?言っておくけど、拷問したって無駄だからね」
「ほう……」
敵艦の中だというのに強気な態度を崩さないセレナに、アークは面白そうに目を細めた。
「それはつまり、拷問されたいってことなんだな」
「な、何よ。さっきは捕虜にしたつもりはないとか言ってたくせに……」
アークの体からにじみ出る異様なプレッシャーに、途端に逃げ腰になるセレナ。
怯える様が可愛いとアークは密かに思ったりするのだが、そんなことは億尾にも出さない。
「ああ、捕虜扱いはしない。それが部隊の決定だからな」
「じゃ、じゃあ……」
「だけどな。俺個人としては少し聞きたいことがあるんだよ。でも、おまえは答える気はないんだよな。じゃあ、仕方ない。不本意だが、おまえの身体に直接聞かせてもらうことにする」
「ふ、不本意って、そんな嬉しそうな顔して言っても全然説得力ないわよ!」
喚くセレナへとアークはその様を楽しむかのように、殊更ゆっくりと手を伸ばす。
それを見てセレナは必死に後退りしようとするが、何故か拘束されているわけでもないのに身体が思うように動かせない。
セレナが逃げられないのを良いことに、アークの手がいよいよ彼女の体へと触れようとする。
そのときだった。突如、室内に渇いた音が響き渡った。
それを合図にしたかのように、セレナは不意に謎の呪縛から解放される。
同時に気を失って崩れるアーク。
その彼に押し倒される形で、二人は彼女の背後にあったベッドへと倒れ込んだ。
「ちょ、ちょっと、退きなさいよ!」
慌ててじたばたともがくセレナ。だが、完全に意識を失っているらしいアークはぴくりとも動かない。
そして、アークに鉄鎚を振り下ろした当人はそのままの格好で困ったような表情を浮かべて立ち尽くしていた。
*
「ったく、少しは加減しろよな」
意識を取り戻したアークが痛む頭を抑えつつそう言って立ち上がる。
それにバツが悪そうにしながらも反論するのは銀髪の少女、アリシア=クリスフィードだ。
姉と再会し、そちらで一緒に暮らすことになった彼女はそれまで世話になっていたこの艦の人々に別れの挨拶をしに来ていたのだ。
「中尉がいけないんですよ。念動力で女の人を拘束したりするから」
「ほんの冗談のつもりだったんだがな」
そう言って、チラリとセレナのほうを見るアーク。
「冗談で訳の分からない力で拘束されて、あまつさえ押し倒されたんじゃ堪らないわ」
「悪かった。っていうか、後のほうは不可抗力だろ」
「十分その気だったくせに。がっかりだわ。まさか、そんな男だったなんて」
「……顔を合わせてからまだ48時間しか経ってない奴にそこまで言われたくないんだが」
あまりの言われように、憮然とした顔になるアーク。
「本当にごめんなさい。この人にはわたしが後でよーく言っておきますから」
「おい、元はと言えばおまえが」
「中尉は黙っててください!」
「…………」
アリスにそうぴしゃりと言われてしまい、アークは納得いかないながらも押し黙った。
「大体、あなたはどうしてそういつもいつも問題ばかり起こすんですか。少しは後始末をするわたしやライド少佐の身にもなってください。そもそも、あなたは……」
「だぁぁっ!どうして、俺がおまえみたいな16やそこらの小娘に説教されなきゃならんのだ」
しばらく黙ってアリスの言葉を聞いていたアークだったが、ついに逆切れして立ち上がると部屋を出て行った。
その背中を少し呆然とした様子で見ていたアリスだったが、ふと我に返るとはぁ、と大きく溜息を漏らした。
「まったく、あの人は……」
「彼、いつもあんな調子なの?」
「あ、いえ、仕事のときはすごく真面目にやってくれるんです。ただ、私生活の面でちょっと」
そう言って苦笑するアリスに、セレナはそう、とだけ返すと所在なげに室内を見回した。
特に散らかっているわけでもない。寧ろ、整然としていてあまり生活臭がしない部屋だった。
彼のような若い男の部屋としては珍しい。
もしかしたら、ここにいることのほうが少ないのではないだろうか。
「あなたは、彼の妹さん?」
「いいえ。赤の他人ですよ。ただ、この艦にいた間は良くしてくれましたから」
「そう……」
セレナはそう言うと、視線を床へと落とした。
「わたしはもう行きますけど、あなたはあまり艦内を出歩かないほうが良いですよ。機密区画とかもありますから」
そう声を掛けると、アリスは部屋を出て行った。
残されたセレナはしばらくそのままでいたが、やがて立ち上がるとふらりと外に出た。
どういう訳か装備などは取り上げられておらず、また部屋の扉にも鍵は掛かっていなかったため、あっさりと出ることが出来たのである。
そのことに却って作為的なものを感じつつ、セレナは好機とばかりに格納庫を目指した。
*
――その頃……。
むしゃくしゃした気分で部屋を出たアークは、気を落ち着かせるために展望室へと来ていた。
今は停泊中のため、ガラスではなくスクリーン状態の壁に外の様子が映し出されている。
アークは飲みかけの缶コーヒーを片手にぼんやりとスクリーンを眺めていた。
港の外ではIPKOの識別コードを発する3機のFFが模擬戦を行なっている。
そのうちの一機、銀色に青いラインの入った機体は先史の時代に製造されたと言われる通称、ゲシュペンストタイプと呼ばれるものだった。
レプリカか。それとも遺跡からの出土品をそのまま使っているのか。
いずれにしても、それはパイロットとして超一流の彼の目から見てもなかなかに良い動きをしていた。
あの赤いのはこの間仕掛けたときにいた奴だな。若干、形が変わってるが改修したんだろう。
そして、最後の白い機体。あれだけは別格だな。
2機からの射撃をものともせず、鋭い加速で相手の懐へと飛び込んでいく思い切りの良さがアークには見ていて気持ちが良い。
一度、やり合ってみたいもんだな……。
そんなことを考えつつアークが画面を見ていると、不意に誰かが近づいてきて彼の隣に立った。
「隣、いいかしら?」
「……好きにしな」
誰だか分かっているのか、アークは相手の顔も見ずにそう言った。
そんな態度を気にするでもなく、セレナは彼の隣に腰を下ろす。
しばらく無言のまま時が流れ、先に口を開いたのはアークのほうだった。
「おまえ、どうしてまだこんなところにいるんだ。さっさとここを脱け出さないか」
「行くあてなんてないもの。それに、まだお礼も言ってなかったし……」
そう言って俯くセレナの頬は恥ずかしいのか少し赤い。
「礼なんて別に構わないが、行くあてがないってのはどういうことだ?」
「あなたがわたしを落としたから、強奪に失敗したわたしは本隊には戻れない」
「……それは、悪かったな」
「分かっているくせに。でも、良いの。あなたの言ったようにどうせ戻っても使い捨てにされるだろうし、特に未練もないから」
「えらく、さっぱりしてるんだな」
「くよくよしてもしょうがないでしょ。それとも、泣いて喚けばどうにかしてくれるの?」
少し上目遣いに見上げるセレナに、アークは少し考えるような素振りを見せてから頷いた。
「そうだな。もし、本当に行くあてがないんなら、この艦で俺と一緒に戦うか?」
「えっ?」
突然のアークの申し出に、セレナは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「戦いたくないってんなら、しばらく艦内で雑用でもしてもらうさ。そのうち適当に戸籍とか用意してこっちで暮らせるようにもしてやる。IPKOに掛け合えばそれくらいは何とかなるだろうからな」
そう言うと、アークはポケットからタバコを取り出して加えた。
軽くライターを持ち上げ、それにセレナが頷いたのを確かめてから火を点ける。
「……どうして、そこまでしてくれるの?」
「さあ、どうしてだろうな」
辛うじて発したその問いに、アークは紫煙を吐き出すと、ふっと笑みを浮かべて答えた。
「ただ、俺は出来ればここにいて欲しいと思ってる」
「……わたしに惚れたとか」
まさか、と思いつつ、冗談のつもりでそんなことを言ってみる。
「ああ、個人的な理由で悪いんだが、そうみたいだ」
「嘘!?」
少し照れたようにそう言うアークに、セレナは思わず声に出して叫んでしまっていた。
「あんまり気の利いたこと言えない性質でな。だから、はっきり言わせてもらうぜ」
そう言って立ち上がると、アークはまっすぐにセレナの目を見て言った。
「セレナ=エルアース、俺はおまえが欲しい」
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おおー!
美姫 「これは一体、どうなるのかしらね」
次回が益々待ち遠しい!
美姫 「本当に。次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。