第21話 侵略者の影

   *

 ――アルフィス・ブリーフィングルーム。

 そこでは現在、クルー全員を集めてのミーティングが行なわれていた。

「以上が今回のミッションの全容だ」

 宙域図の表示されたスクリーンを背に振り返ると、ディアーナは室内の全員を見回した。

 そこにいる者たちの表情は様々ではあったが、皆一様に緊張しているのが分かる。

 このクロイシア圏で最も危険と言われる宙域へ進入するのだ。

 誰もが緊張し、恐怖するのは寧ろ当然というものだろう。

 そんな一同に一つ頷くと、ディアーナは言葉を続けた。

「最初に言ったように、今回の任務は強制ではない。行きたくない者は遠慮なく言ってくれて構わないぞ」

 ディアーナの言葉に、場の緊張が重さを増す。

 沈黙が降りる中、最初に口を開いたのはミレーニアだった。

「……あたしは行くよ」

「ミリィ!?

 その言葉に、シェリーが驚いて彼女を見る。

「あそこは起源だから。それに、個人的に確かめたいこともあるし」

 批難するような目で見てくるシェリーに、ミレーニアは譲れないとばかりにしっかりとそう言葉を返す。

 そして、少し離れた場所ではファミリアが席を立っていた。

「わたしは残らせてもらいます。機体の調整もまだですし」

「では、参加を希望するものだけこの場に残ってくれ。後のものは別命あるまでstaytionのほうで待機だ。以上、解散!」

 ディアーナの号令で、一同は部屋を出て行く者と残って任務に参加する者とに分かれた。

 ――ピースメイカーの起源、ですか……。

 アルフィニー?

 ――いえ、何でもありません。ティナは今回の任務、どうするのですか?

 行くわよ。そして、見極める。それがわたしの天使としての役目だもの。

 何かを振り払うようにしてそう聞いてくるアルフィニーに、ティナはきっぱりとそう言った。

 ふと、あたりを見回せば、ほとんど全員がこの場に残っている。

 いないのは最初に出ていったファミリアと彼女の直属の部下であるクレアとリアスだけだ。

「出港は明日の午前8時だ。各自、それまでに用意をしておくように」

 残った全員を見回して満足げに頷くと、ディアーナはそう言って再度解散を告げた。

   *

 ――エリア38G・3――アークデルタ――。

 無数のデブリが漂うその宙域に、小惑星を改造して作られた軍事拠点のようなものがあった。

 港湾施設には赤で統一された数隻の艦艇が停泊しており、静かに出港の時を待っている。

「しかし、本当によろしいのですかな。我々にこのような装備を提供していただいて」

 港を見下ろす管制室から外の様子を眺めつつ、司令官らしい男がそう言った。

 それに対して答えたのはスーツ姿の若い女性だった。

「危険な仕事をしてもらうのです。それ相応のものを用意するのは礼儀というものでしょう」

「なるほど。では、最新型の機動兵器と戦艦、遠慮なく使わせていただきますよ」

「ええ、その代わり」

「分かっています。こちらもプロですからね。依頼はきちんと果たしますよ」

 女性の言葉に、男は口元を笑みの形に歪めてそう答えた。

   *

「ちょっと良いか」

 ブリーフィングルームを出て行こうとしたティナをディアーナが呼び止めた。

「あ、じゃあ、わたし先に部屋に戻ってるね」

 大事な話らしいと雰囲気で察したアリスはそう言うと先に部屋を出て行った。

「済まないな」

「いえ、それで何でしょうか」

 そう言って軽く頭を下げるディアーナを制し、ティナは先を促す。

 それにディアーナも頷くと、用件を切り出した。

「今回新規に小隊を一つ編成するんだが、その隊長を務めてはもらえないだろうか」

「わたしがですか?」

 ディアーナのその申し出に、ティナは驚いて目を丸くした。

 何しろ彼女はつい数週間前に参加したばかりの新参者なのだ。

 経験の面から言っても他にもっと適任者がいるだろう。

 しかし、その疑問は部隊の構成員のリストを見てすぐに氷解することとなった。

 新たに編成される第3小隊のメンバーはティナとアリス、そして、ミレーニアの三人だった。

 先のリーセントでの戦いでもティナはこの二人を率いて輝かしい戦跡を残している。

 ディアーナにしてもそれを見越しての編成、人選なのだろう。

「分かりました。引き受けさせていただきます」

「やってくれるか」

「わたしの妹たちです。ちゃんと面倒は見ますって」

 ホッとしたように笑みを浮かべるディアーナに、ティナはそう言って笑いかける。

 戦場では二人ともまだまだ危なっかしい。

 正直、目の届く範囲にいさせられるのはありがたかった。

 もしかして、彼女はそのあたりに気を配ってくれたのだろうか。

 ディアーナと別れて自室に戻ると、アリスは先にシャワーを使っていた。

 扉の向こうに見える影に、浄化の際に見た彼女の裸を思い出してティナは慌てて頭を振った。

 いつか、イリアにからかわれたことがあったが、これでは笑って済ませられないではないか。

 赤くなった顔を手で擦ってごまかしながら、ティナはベッドに腰を下ろした。

 邪念を振り払うように、そのまま手帳を開いてスケジュールを確認していく。

 だが、聞こえてくる水音のせいか、どうしてもその向こうの光景を想像してしまう。

 ――妹の裸を妄想して興奮するなんて、ティナはやらしい娘ですね。

 なっ!?だ、誰もそんなことしてないわよ。

 不意に聞こえたアルフィニーのそんな声に、ティナは心の中で声を荒げる。

 しかし、相変わらず顔が赤いせいでその言葉に説得力はあまりないのだが。

 と、そこへインターフォンが鳴り、ティナは驚いてベッドから立ち上がった。

 慌てて扉の前まで行くと、マジックミラーで外の様子を確かめる。

 そこにいたのはミレーニアだった。

 ティナは軽く深呼吸をして取り繕うと、扉のロックを外して顔を出す。

「どうかしたの?」

「うん。ちょっと、聞いてもらいたいことがあって。今、いいかな」

「わたしは構わないけど、今はアリスもいるから場所を変えましょうか」

「じゃあ、あたしの部屋で」

「分かった」

 二人はミレーニアの部屋へと移動した。

 そこは年頃の少女の部屋としては聊か寂しい感じを受ける部屋だった。

 全体としては地味ではないがどちらかといえば控え目の色調で統一されている。

 生活に必要なものはリーセントで揃えたが、それ以外の物、取り分け趣味関係の物は少ない。

 デスクの上にも支給品の端末と本棚に数冊の書籍があるだけだった。

 それらを見回して、ティナは今度何か女の子らしいものをプレゼントしようと胸に誓う。

「それで、話って何?」

「とりあえず、適当に座ってくれるかな。長くなるかもしれないから、先にお茶淹れるね」

 そう言ってキッチンに立つミレーニアに、ティナは言われるまま近くにあったクッションの上へと腰を下ろす。

「はい、紅茶。ティーパックだからそんなに美味しくないかもしれないけど」

「ありがとう。いただくわね」

 差し出されたカップを受け取り、それに口を付ける。

 ミレーニアも自分のカップを手にティナの横に座ると、徐に口を開いた。

「話っていうのはあたしの、あたしたちピースメイカーのことなんだ」

 そう言ってチラリとこちらを伺う。

 ティナはカップを置くと、居住まいを正して聞く体制に入ることでそれに答えた。

「あたしたちの時代のことだから、アルフィニーから聞いてることもあるかも知れないけど」

 そう前置きしてからミレーニアはポツリ、ポツリと話し出す。

 かつて、惑星クロイシアを中心に栄えた文明は今より数段先を行く技術を有していた。

 ――完全に地上と変わらない環境を再現されたスペースコロニー。

 人数に関わらず人間を安全に移動させることの出来る転送装置。

 ゼロ抵抗回線の開発により、消費されるエネルギーには一切の無駄が無くなっていた。

 だが、どれほど技術が進歩しても人間たちの間に争いが無くなることはなかった。

 そんな人類に絶望した一人の科学者が決断を下したのはいつのことだっただろうか。

 彼は自らの開発した技術を持って人類全てを個別の仮装空間に隔離しようとしたのだ。

 ――PSA――プロジェクトスタンドアローン。

 それを提唱した人物は強大な軍事力を背景に人類に永遠の眠りを迫った。

 無論、人々がそんなものを受け入れるはずもなく、当時の国家連合体は所有する軍の大半を投入して徹底抗戦の構えを見せる。

 ――後にヴィルヘルナ戦役と呼ばれる壮絶な戦いの始まりである。

   *

「お姉ちゃん。お風呂空いたよ……って、あれ?」

 長い銀髪を苦労して拭きながら、アリスはいつもの調子で姉にそう声を掛ける。

 言ってからそのティナが室内にいないことに気づいて、小さく首を傾げる。

 少し前に誰か訪ねてきて、彼女が応対していたからそのまま一緒に出掛けたのかもしれない。

 それならそうと、自分に一声掛けてから行ってくれても良いのに。

 いや、姉のことだからちゃんと声は掛けていってくれたはず。

 自分はシャワーを浴びていたから、きっとその水音のせいで聞こえなかったのだろう。

 いずれにしてもアリスは一人で部屋にいたい気分ではなかったので、適当な服に袖を通すと自分も出掛けることにした。

 ――姉と一緒にこの艦で暮らすようになってから早二週間。

 クルーたちとも打ち解け、アリスは新しい環境にも大分慣れてきていた。

 昔と違って、最初から積極的に話しかけようとしていたのが良かったのだろう。

 おかげで友達も出来た。

 とりあえず誰かいないかと思って休憩室を覗くと、白衣を着た銀髪の少女がココアを片手に寛いでいた。

「こんばんは」

 アリスが近づいて挨拶すると、彼女は口元からカップを離して小さく首を傾げた。

「ああ、もうそんな時間なんですね」

 腕時計に目をやって時間を確認すると、少女は改めてアリスを見た。

 そんな彼女の仕草にアリスは思わず頬を緩めそうになるのを失礼と思って堪える。

「こんばんは。アリスちゃんも何か飲みますか?」

「じゃあ、わたしもココアを」

 手近なソファに腰を下ろしつつそう答えるアリスに、彼女はにっこり笑って頷くと席を立つ。

 彼女はフィリスウォーラー。アルフィスの軍医兼パイロットである。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 そう礼を言って、アリスは目の前のテーブルに置かれたカップへと手を伸ばす。

「フィリス先生はお仕事中なんですよね?」

「うーん、まあそうだけど、今は休憩中かな」

 彼女の白衣姿を見てそう尋ねるアリスに、フィリスはにっこりと笑顔でそう答える。

 20代前半と聞いているが、アリスには16歳の自分とそう変わらないように見える。

 特に先程ココアを飲んでいたときの笑顔など、幼い少女そのままだ。

 小柄ではないが、童顔の彼女にそんなことを言えば、怒られてしまうだろうけれど。

 カップを手にしたままそんなことを考えていると、フィリスが隣に寄ってきた。

「わたしの顔、何かついてます?」

「あ、い、いえ……」

 そう言われてアリスはごまかすように慌ててココアに口をつけた。

「熱っ!」

「ちょっと、大丈夫?」

 慌ててカップから口を離すアリスに、フィリスが心配そうに聞いてくる。

「は、はい……。ちょっと、舌がひりひりしますけど」

 そう言って、まだ湯気を立ち上らせているココアに息を吹きかけて冷ます。

 両手でカップを持ってふうふうしている姿が微笑ましくて、フィリスは思わず笑みを零す。

 それでアリスも自分のしていることに気づいたのか、恥ずかしそうに頬を染めている。

「そういえば、まだ落ち着いて話したことってありませんでしたね。これから時間あります?」

   *

 ――N.P.C.1769年1月4日08:00クロイシア標準時。

 IPKO所属のアルテミス級機動戦艦アルフィスは予定通りにstaytionを出港した。

 向かう先はエリア38G・4――アークマテリア宙域だ。

 この後アルフィスは第3staytionに立ち寄り、そこで護衛の艦隊と合流することになっている。

「さて、出来れば何事もなく第3staytionまで行ければ良いのだけど」

 呟くように漏らしたその言葉は誰のものだっただろうか。

 様々な人の思いを乗せて、アルフィスは天上の星の海を航行する。

   *

 





新たな任務の先で、ティナは何と出会うのか!?
美姫 「一体、どうなるの?」
激しい戦いが待っているのか!?
美姫 「次回が非常に気になるところね」
次回も楽しみにしています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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