第23話 葛藤

   *

「敵巡洋艦2隻の撃沈を確認!やりました」

 オペレーターからの報告に、ブリッジ内のあちこちから歓声が上がる。

「まだよ。まだ2隻沈めただけ。レイラ少尉、敵の数は?」

 沸き立つブリッジクルーたちを戒めるようにイリアが問い、それに直ちにレイラが答える。

「詳細、出増した。戦艦2、巡洋艦7、駆逐艦12です」

 その報告に、一転して数名の表情が蒼褪める。

「ずいぶんな戦力差じゃないか。だが、やってやれないことはない」

 そんな中、ディアーナは端末から受け取った情報にニヤリと口の端を吊り上げた。

「左腕とバックパックをバスターに換装、急いでくれ!」

 彼女はデッキに着くなり整備班に向かってそう叫ぶと、愛機のコックピットに飛び込んだ。

「敵の数が多い。良いな。絶対に孤立するんじゃないぞ!」

 先行する部隊にそう声を掛け、自身は今出来るところまでの起動シークエンスを進めていく。

 現在この艦には予備機も含めて8機しか機動兵器が積まれていない。

 そんな状況で生き延びるためには一機一機の能力を底上げして対応するしかなかった。

「了解。FRXチーム、フェザー1。ティナクリスフィード、行きます!」

 ディアーナからの指示に頷き、ティナはカタパルトから天上世界へと飛び立った。

 彼女のアルフィニーもまた自身が試作した強化装甲を装備している。

 しかし、その外見はサポーターを装備したスポーツ選手のようにしか見えなかった。

 実際、それが覆っているのは胸部や肘、膝といった要所ばかりである。

 元々、ティナをフォースフィギュアサイズにしたような外見のアルフィニーだ。

 仕方ないといえばそうなのだが、血生臭い戦場においては聊か場違いな感を否めない。

 だが、機動力を殺さないためにはこれが限界でもあった。

 そもそも固定兵装が大半を占めるESTは基本的に直撃を受けることを想定していない。

 操縦者の完璧な身体の延長であるこのユニットは、それ故に機械の装甲に比べて酷く脆い。

 強固なフィールドに守られ、他の追随を許さない機動力を与えられているのもそのためだ。

 では何故こんなものを装備しているのか。

 それには見た目通りのサポーターという意味もある。

 ESTが完璧な身体の延長である以上、その疲労もきっちりフィードバックされてしまう。

 戦闘機動による過負荷を考えると、サポーターは必要だった。

「フェザー1より各機へ。そろそろ敵の艦載機と接触するけど、二人とも用意は良い?」

 自分のやや斜め後方に着いてくる二人の部下へと、ティナがそう声を掛ける。

「フェザー2、各種兵装オールグリーン。いつでも行けるよ、お姉ちゃん」

「フェザー3、こっちもオッケーだよ!」

 上官からの呼びかけに対して、二人はそれぞれの調子で返事を返す。

 そんな妹たちの様子に、ティナは思わず苦笑を漏らす。

 コールサインこそ使っているものの、彼女たちのやり取りは日常のそれとあまり変わらない。

 軍人としては褒められたものではないが、ここではそれが当たり前なのだ。

 名ばかりの階級、形ばかりの軍組織である。

 だが、その実力は間違いなく最強クラス。

 軍の最新鋭機さえも凌駕する装備を与えられ、一部隊で戦局を覆す化け物集団。

 それがブラックメンバーであり、特務技術監査官――TIO――だった。

「女神より各機へ。敵艦隊より艦載機の出撃を確認。数、30!」

 アルフィスからの通信。女神は彼女たちの母艦、アルフィスを示すサインだ。

「了解、これより迎撃に当たります。……ミレーニア!」

 レイラの声を受けて、ティナがミレーニアのESへと攻撃指示を出す。

「先手必勝ってね。いっけぇーっ、ニュートロンバスター!」

 答えてトリガーを引くミレーニア。気合い十分、戦意は高いようである。

 そして、ESの肩に担いだ長砲身の大口径ライフルから中性子ビームの奔流が吐き出された。

 それは、アルフィスの主砲によって引き起こされた混乱から大分立ち直りつつあった敵艦隊を再び震撼させるのに十分な威力だった。

 その一撃で出鼻を挫かれる形となった駆逐艦部隊へと二人の美しき天使たちが襲い掛かる。

「遅いのよ。一撃離脱のつもりなら、もっと早く駆けなさい!」

 アルフィニーの右の手のひらから光弾が放たれ、一隻の駆逐艦の機関部を直撃する。

「ごめんなさい。でも、わたしにだって、護りたいものはあるんです!」

 一瞬にしてゼフィーリアの姿が闇に消え、次の瞬間には別の一隻の推進器を切断して現れる。

 それを見た他の駆逐艦から慌ててFF隊が飛び出してくるが、それこそ良い的だった。

 少し遅れて出てきたシェリーのサファイアクラウドが両脇に抱えた2機4門の連装レーザーキャノンを撃ちまくり、AGX系列のマイナーチェンジ機らしい敵FFの腕や足を打つ抜いて戦闘力を削ぎ落としていく。

 彼女の機体は中核とも言えるクラウドシステムが前の戦闘でオーバーロードしてしまい、今は通常の核融合炉を搭載している。武装も重火器ではあるが従来のエネルギー供給システムを用いたものに換装され、特徴的な蒼穹の軌跡が完全に失われていた。ただ、従来の技術に置き換えたことで試験機故の不安定さは大分解消され、却って扱いやすい機体になったとシェリー自身は喜んでいたりする。

「さて、最初のミサイルのお礼をしてあげないとね」

 一方、アルフィスの傍らではローランドの改修型であるエルズスナイパーが自身の身の丈程もあろうかという巨大な砲を構えていた。これはアルフィスの主砲に使われている荷電重粒子ビームをFFで撃てるように小型化したもので、威力はかなり劣るものの理論上は艦砲と同程度の射程を誇るとんでもない兵器だ。それほどの射程を有する火器なら、当然命中精度は悪くなるが、長距離狙撃をコンセプトに改修されたこのエルズスナイパーにはその問題をある程度解消し得る超高感度ディスクレドームが搭載されている。

 その狙撃者のコックピットでスコープを覗いて舌なめずりをしているのは白衣姿のフィリスウォーラーだ。最初のミサイル攻撃による振動でお気に入りのマグカップを割られてしまった彼女は怒りに身を任せて乗り手のいなかった新型機に搭乗、試験前のこの武器を手に飛び出してきていたのだった。

 アンカーでアルフィスの側面に機体を固定し、主砲の第2射に合わせてトリガーを引き絞るフィリス。猛烈な反動を伴って吐き出された荷電重粒子の束は見事にこちらへと艦首を向けていた巡洋艦のブリッジを捕らえ、これを沈黙させた。

「フィリス先生、その力の使い方って間違ってませんか?」

 彼女の怒りの波動を敏感に感じ取ったアリシアが、思わず通信越しに突っ込みを入れた。

 純粋な破壊の力、その象徴たる兵器は敵を倒すためのものだ。

 だが、昂ぶる感情のままにそれを行使するのは如何なものだろうか。

 世界から悲しみを減らすにはどうすれば良いのか。そのために自分には何が出来るのか。

 身近な大切な人たちを護るために戦いに身を投じる一方で、考えることがある。

 相手の命を奪い、その周囲に悲しみを残すと分かっていてもトリガーを引くことの矛盾。

 そんなパラドックスに苦悩する彼女は、本来は戦場になど立つべきではないのだろう。

 では、アリシアは何故こんなところにいる?

 ティナは思う。

 闇に紛れて標的の背後に忍び寄り、死の宣告を与える刃を振り下ろす姿はまるで死神だ。

 それを似合わないと思うのは果たして彼女のエゴだろうか。

 人として生きている以上、誰一人としてきれいなままではいられないという現実をティナは嫌という程理解していた。

 それでも、大切な妹にはこんな形で汚れて欲しくはなかったのだ。

 あなたが戦場になんているから。あなたがあの子を引き込んだのよ。

 耳元でもう一人の自分が囁く。それは決して認めたくない、目を逸らしたい現実。

 例えアリシアが自らの意思で決めたのだとしても、きっかけを作ったのは自分だと。

 ――こんなはずじゃなかった。

 その思いだけが今は脳裏を渦巻いている。

 そして、後悔と自責の念に駆られていた彼女は思わぬ敵の接近を許してしまった。

 ――ティナ!

 とっさに制御を移したアルフィニーが右手に握ったブレードを薙ぎ、こちらを切断しようとソードを振り上げていた敵FFの右腕を肩口から切り落とす。それと同時に我に返ったティナがアルフィニーの左足を跳ね上げ、眼前に迫っていた機体を蹴り飛ばした。

「まったく、女の子の身体に傷を付けようとするなんて、どういう神経してるのかしらね」

 そして、離れた敵FFへと空いている左の手のひらから光弾を放ち、これを撃破してしまう。

 ――ありがとう、アルフィニー。助かったわ。

 蟠りを吐き出すように一つ息を吐くと、ティナは心の中で彼女にそう礼を言った。

 ――思うところはあるでしょうけど、今は生き残りましょう。すべてはそれからです。

 主の心情を感じ取り、励ますようにそう声を掛けるアルフィニー。

 ――そうね。

 そんな相棒に感謝しつつ頷くと、ティナは新たに向かってくる敵を見据えて剣を構えた。

 敵FFの数は駆逐艦部隊から出撃してきたものも合わせると40機を越えているだろうか。

 だが、所詮は旧式の改造機の寄せ集めだ。

 ビームは直前で障壁に逸らされ、無秩序にばら撒かれるマシンガンの弾は掠りもしない。

 数の多さは厄介ではあるが、それも時間が経つにつれて確実に減ってきていた。

 ――おかしいわね。

 手近な敵を切り捨てながら、ティナは周囲へと視線を走らせる。

 一個大隊分ほどもいた敵FFは今やその数を半分近くにまで擦り減らされていた。

 こちらに比べればまだ多いが、それでもあの規模の艦隊から出て来たにしては少な過ぎる。

 通常、巡洋艦クラスには3から4個小隊分の機動兵器が搭載されている。

 1個小隊3機編成として、一隻の巡洋艦には9から12機の艦載機がいるはずなのだ。

 更に見たところ、突撃してきた駆逐艦にも何機かのFFが搭載されていたようで……。

 ――敵は戦力を温存している。こちらが消耗したところを一気に叩くつもりなの。

 ティナがその結論に達したとき、不意にアルフィニーの脇を一条の閃光が掠めた。

 慌ててそちらに機体を向けると、最初に撃沈した駆逐艦の残骸の中からそれは姿を現した。

 ――AGX系列機とは明らかに異なる攻撃的なシルエット。

 とんがり帽子のような頭部に、特徴的な一つ目のカメラアイが不気味に光っている。

 左にシールド、右にランチャーを構えたその機体は名をSDT080・アッシャーと言った。

「ふん、外したか。まあ、良い。もう一度撃てば良いだけだからな」

 そう言って再びトリガーを引くアッシャーのパイロット。

 放たれた光条が至近を掠めたのを見て、ティナと一体化したアルフィニーの表情が変わった。

 ――こいつ、出来る!

 指揮官だろうか。他とは違う機体を与えられているというのは伊達ではないようだ。

 目の前の機体から放たれるプレッシャーに、彼女が表情を引き締めたそのときだった。

「アサルト1より各機へ。遅れて済まない。これより戦線に加わる!」

 通信波に乗って待ち侘びた声が部隊の間を駆け抜ける。

 右手に構えたアサルトキャノンを連射しながら、こちらに向かってくる白い機体。

 その左肩に描かれたマークを見て、それを知るものたちから歓声が上がった。

「バカな!?ヴァイスだと」

 新たに現れたその白い機体に、アッシャーのパイロットは思わず驚愕の声を上げた。

「ほう、わたしをその名で呼ぶということは貴様も4年前の生き残りか」

 目の前の敵機から発せられたその声に、ディアーナの口元が不敵に歪む。

「補給が必要なものは一度戻れ。体勢を整えた後、一気に敵を殲滅する」

「了解!」

 ディアーナの指示で、シェリーとミレーニアが一度アルフィスへと戻る。

 敵は最初に突撃させた駆逐艦6隻が殲滅されたのを見て、残りの駆逐艦をすべて投入すると共に艦隊を前進させていた。FFも先に倍する数が出てきており、最早状況は絶望的と言えた。

 しかし、こんなときでもディアーナは冷静だった。目の前の新型をアサルトキャノンで牽制しつつ、こちらの防衛線を抜けようとする他の敵を両肩から上を向いて突き出した可動式連装ビームキャノンで仕留めていく。どちらも正確な射撃だ。

「くっ、何てでたらめな射撃をしてくる!」

 先ほどから必死に回避を試みながらも至近団ばかりを受けていることに、このアッシャーのパイロットは相手の技量の高さに驚嘆し、恐怖していた。複数の敵を同時に攻撃するという離れ業をやってのけていることからも彼女の腕が並みの兵士など比較にならないほど優れていることが分かる。例えOSの補助があったとしても、そのような真似は伝説級のトップエースでなければ不可能だからだ。

 新型を与えられているだけあって、このパイロットもそれなりの技能を有してはいる。

 機体性能とて決して目の前の白い騎士に後れを取らないもののはずだった。

 では、この現実は何なのだ。

 こちらのビームはすべて紙一重で避けられ、焦燥感ばかりを与えてくる。

 あちらの放つ銃弾は今にもこちらの命を刈り取らんとしているというのにだ。

 決定的な実力差。

 相手は自分を片手間にあしらい、たった二人の部下を連れてこの戦線を維持し続けている。

 これはそういう次元の敵なのだ。

「わたしでは勝てないというのか」

 目の前に突きつけられた現実に、ぎりっと奥歯を噛み締めるアッシャーのパイロット。

「伊達にヴァイスなどと呼ばれていたわけではないのでな。これで終わりだ!」

 ――宣告。

 残酷なまでに正確に放たれた5つの弾丸が機体から四肢をもぎ取り、カメラアイを破壊する。

 あえてコックピットを外したのは、パイロットの生存確率を上げてやるためだった。

 捕虜にして連邦軍に引き渡してやれば、あの男に貸しの一つも作れるだろう。

 それに、個人的に聞きたいこともある。

 彼女を冗談以外でヴァイスと呼ぶものはもうほとんどいなくなっているはずだった。

 4年前、その元締めとも言える組織を完膚なきまでに叩き潰したのは他ならぬ彼女自身だ。

 だが、まだあの時の生き残りがいたとなれば、その活動が継続されていないとも限らない。

 とはいえ、個人としての復讐は4年前の時に既に終わっている。

 今はただ、IPKOの一員として害悪となる存在を滅するのみだ。

 そのためにも、まずはこの戦いに勝利する。

 感傷に浸っている暇などなかった。

 連邦軍の部隊も奮闘しているとはいえ、敵はまだまだ多いのだ。

 動かなくなったアッシャーに背を向けると、ディアーナは新たな標的へとその銃口を向けた。

   *



  機体解説

・ナンバー016

名称:SDT080 アッシャー パイロット:異世界からの艦隊兵士 他

武装:重粒子集束砲フォトンランチャー アルテマティックブレード

 腰部レールガン×2 腕部内臓式対空速射砲×2

 シールド

解説:異世界よりの来訪者、通称シャドーミラーの次期主力量産型フォースフィギュア。

ディアーナたちが遭遇したのはその先行試作型で、武装はランチャーとブレードのみの仕様。

この戦闘で得たデータを元に、高機動型の敵機にも対応出来るよう対空火器が追加される事に。

基本性能はアルヴァセレスに劣るものの、量産機に要求される整備性の高さとコストパフォーマンスに優れていることからこちらが採用されることになりそうだ。

・ナンバー017

名称:DFT101SPC エルズスナイパーカスタム パイロット:フィリスウォーラー

武装:SBR68=ガンスナイパーL SBR68=ガンスナイパーR

 リストバルカン×2 ビームソード×2

 シールド 超高感度ディスクレドーム

 特殊兵装:小型荷電重粒子ビーム砲・グラネードバスター

解説:DFT101の改修機で、正式名称はローランドJ(イェーガー)。

アルフィスでは正式採用版とは異なる装備を施しているため、エルズスナイパーと呼称される。

後にフィリス専用にカスタマイズされ、アルフィスFF隊の支援の要となる。

武装に最新型の狙撃用ビームライフル、SBR68を二丁装備。

試作型の超高感度ディスクレドームの補正を受けてアウトレンジからの正確な射撃を行なう。

また、威力もさることながら艦砲ほどの射程を誇る特殊兵装グラネードバスターはFFが携行可能な火器としてはほぼ最強である。

   *



  あとがき

龍一「妹の戦う姿に苦悩するティナ」

ティナ「ああ、わたしは一体どうすれば……」

龍一「今更何を悩んでるんだ。一度は一緒に戦うことを承諾したというのに」

ティナ「それはそうなんだけど、実際に戦っている姿を見るとね」

龍一「悩んでいる暇はないぞ。次回、ついに敵の新型機動兵器がその姿を現す」

ティナ「って、今回出てきたあのアッシャーとかいうのの他にまだ何かあるの?」

龍一「ティナたちの前に姿を現したそれは先史の闇に葬られたはずの決戦兵器に酷似していた」

――次回、天上戦記ティナ〜クロイシア戦争編〜第24話

失われし刻の亡霊――

ティナ「わたしは……」

   *

 

 





うんうん。苦悩は人を成長させる。
美姫 「って、今回の苦悩はちょっと違うような」
いやいや、自分の事でないとはいえ、大事な妹の事での苦悩だ。
どんな答えを出すにせよ、それは成長の証。
美姫 「ふーん。私としては、次回に登場予告をされた新型の兵器が気になるわね」
うんうん、確かにな。一体、どんな兵器なんだろうか。
美姫 「次回もお待ちしてます」
ではでは。



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