*

 ――夢を見ていた。

 さざなみに来るずっと前、わたしがまだほんの小さな子供だった頃の夢……。

 でも、何か変。

 それは何度か見たことがあるわたしの成長を追いかける夢のはず。

 最初は、記憶が曖昧になってきてるだけなのかなって思ってた。

 けど、違う。そうじゃなかったんだ。

 小さなわたしを診察に来た先生が、何かに気づいたかのようにふとその手を止める。

 でも、すぐにそれが気のせいだったかのように診察を再会するの。

 先生が出ていった後、

 小さなわたしは何かを探すみたいにきょろきょろと何も無い部屋の中を見回してた。

 前はこんなシーンなかった、……と思う。

 ――まゆお姉ちゃんに連れられて初めてさざなみに来た日。

 お姉ちゃんに促されて、神奈さんに挨拶するわたし。

 無言で頭を下げた女の子の視線は、別の誰かへと向けられていた。

 ――そして。

 今目の前にいるわたしは、

 何度目かの耕介お兄ちゃんとの夜の営みを終えて自分の部屋へと戻ろうとしていた。

 自分がされてるところを見るのもこれはこれでかなり恥ずかしいんだよね。

 そんなこと考えて顔を赤くしてたわたしはあるはずのないものを感じて思わずぎょっとした。

 そう、それは夢の中ではあり得ないはずのもの。でも、だからこそ逃げられない。

 わたしは恐る恐るそれを感じるほうへと目を向けて、そして……。

   *

  トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜

  第2章 summer night memories

  8 わたしという名の世界

   *

 もうすぐ朝食だからと呼びに来た知佳に、振り返って返事をする薫。

 その拍子にまたしてもティナに一本取られてしまい、彼女はしまったという顔をする。

「少しの隙も見逃してくれんところは恭也君の御神流と同じね」

「当然よ。わたし、あんまり体力ないから長期戦になると辛いし」

「なるほど。じゃあ、次からはなるべく引っ張るようにせんとね」

「そう。でも、わたしだって簡単には勝たせないんだから」

 そう言って笑みを交し合う二人に、知佳も思わず笑みを零す。

 最初のぎくしゃくした空気からは考えられない程、この二人は仲良くなっていた。

 共に異能者であり、お互いを高め合うという関係が良い方向に作用したのだろうか。

 何にしても、知佳は嬉しかった。

「精が出ますね。どうです?少しは上達してますか」

「中々難しいね。ただ、ティナのおかげで霊力技の実戦が出来るようになったから」

 道具を片付けながらそう言って振り返った薫は、知佳の雰囲気がいつもと違うことに気づいて首を傾げた。

「知佳ちゃん、その髪型……」

 すぐにその原因に気づいて目を丸くする薫。

「えへへ、偶にはこんなのも良いかなって思って。どうです?」

「いや、新鮮っていうか、ちょっとびっくりしたけど、悪くないんじゃないかな」

「そうね。いつものも良いけど、これはこれで大人っぽくみえる感じかしら」

 薫の言葉にティナも頷き、二人は改めて知佳の姿を見る。

 言われた知佳は少しはにかんだような笑みを見せると、二人に風呂をどうするか聞いた。

「ああ、さすがにこの状態で食卓に着くのはまずかね」

「ええ、結構汗かいたし、お言葉に甘えさせてもらいましょう」

「分かった。都合で早く出る人は先に食べてるかもしれないけど二人はゆっくりしてきてね」

 それぞれ道具を手に立ち上がる二人にそう言うと、知佳は裏口から寮の中へと戻っていった。

   *

 知佳がキッチンに戻ると、既に何人かは起きてそれぞれの席に着いていた。

「おはよう知佳ちゃん。って、あれ?どうしたのその髪型」

 茶碗と箸を手に、今正に食べようとしていたみなみが知佳に気づいてそう声を掛ける。

「あ、本当ですね。何か心境の変化でもありました?」

「ああ、これですか。今日は気分が良かったんで偶には違う髪形にしてみようと思って」

 みなみの声で数人の視線が知佳へと集まり、代表する形で雪が尋ねる。

 知佳はそれに軽く答えると、ご飯を装って自分も席に着いた。

 ――平穏な朝である。

 この後、徹夜明けの真雪に髪型についてからかわれたりしたが、それもいつものことだった。

 知佳も慣れてきているようで、逆にたっぷりのろけることで姉に渋い顔をさせていたりする。

「ごちそうさま」

 そんな知佳の様子を見ていたリスティは、少し呆れたようにそう言って席を立った。

 基本的に規則正しい生活を送っている彼女だが、食事が朝昼兼用になることも珍しくはない。

 その主な理由は知佳が夜遅くまで戻らなかった場合の真雪の手伝いだったりする。

 そちらの理由もリスティは早くから知っていたので、別段何かを言うこともないのだが。

「そういえばこの前、八束神社で蛍を見たんだ」

「へぇ、珍しいな。このあたりは水がきれいだから、いるとは思ってたんだけど」

 思い出したようにそう言うリスティに、耕介が洗い物をしながら言った。

「おかしいな」

 耕介の隣で、二人のやり取りを聞いていた知佳が不思議そうに首を傾げる。

「どうかしたの?」

「うん。確かに国守山の水はきれいだし、山の中には小さな川が幾つか流れてはいるんだけど」

 休憩に降りてきていたティナに聞かれ、知佳は思い出しながらそう答えた。

「蛍って見たことないんだよね。わたし、ここに住むようになってから結構長いんだけど」

「そうなんですか?」

 そう言った知佳に、雪が少し驚いたような顔で聞いてくる。

「はい。元々そういう場所にはあんまり行かないからかもしれませんけど」

「あっしも見たことないのだ」

「そうなんだ。じゃあ、最近になって何処かから移ってきたのかもしれないね」

「でも、それだったら、もっと沢山いてもおかしくないんじゃない?」

「ああ、それに見たのが坊主だけってのも変だよな」

 口々に疑問を口にする面々に、知佳は段々不安になってきた。

「リスティの見間違いってことは?」

「ああ、あるかもしれないね。あのときの僕は何だかぼーっとしちゃってたし」

「暑さにやられたんじゃないか?夕方だからって気をつけなじゃダメだぞ」

「うん。気をつけるよ」

 耕介にそう注意され、リスティが頷いたことでその話題はそこまでとなった。

 しかし、知佳の不安は晴れない。

 話している最中、何人かが難しい顔をしていたのを彼女は見てしまっていたのだ。

 何か、ある。

 非日常的なことに耐性のある彼女の感性は直感的にそう捉えていた。

   *

 ――そして、その日の夜……。

 声にならない叫びを上げて、知佳はベッドから飛び起きた。

 激しく上下する胸をパジャマの上から押さえつつ、荒い呼吸を繰り返す。

 そうして大分落ち着いてきた頃、叫び声を聞きつけた真雪が血相を変えて飛び込んできた。

 突然開かれた扉に驚いて目を丸くする知佳に、真雪は構わず何があったかを問い詰める。

「はぁ」

 理由を聞かされた真雪はあからさまに呆れたという表情で溜息を吐いた。

「ンなことくらいで大声出すなよ。おかげで酔いが冷めちまったじゃねえか」

「だって、自分と目が合っちゃったんだよ。幾ら夢の中だからってそんなのあり得ないって」

「ホラー映画かアニメの見過ぎじゃねえか。大体、そんなの今時流行らないぞ」

「うう……、でもでも、本当に怖かったんだよぉ」

「あー、よしよし。分かったから良い子はさっさと寝ような〜」

 泣きついてくる知佳をものすごくおざなりに慰める真雪。

 これから飲み直すつもりなのか、彼女はそのままさっさと部屋を出ていってしまった。

「むぅ、良いもん。耕介お兄ちゃんに慰めてもらうんだから」

 一方、放置された知佳は子供っぽく頬を膨らませて拗ねていた。

 そして、その言葉通りに立ち上がると部屋を出て恋人の元へと向かう。

 どの道、このままベッドに入っても寝付けそうになかった。

 幸い耕介はまだ起きていたらしく、知佳が扉をノックするとすぐに返事をして開けてくれた。

 扉を開けた耕介は、そこに知佳がパジャマ姿で枕を抱えて立っているのを見て少し驚いた。

「ちょっと寝付けなくて。耕介お兄ちゃん、今夜だけ一緒に寝ても良いかな?」

 はにかみながらそう言って見上げてくる知佳に、苦笑しつつ耕介は彼女を中へと入れた。

「こんな時間に男の部屋に来るなんて、知佳はいけない子だな」

「だって、他に起きてそうな人がいなかったんだもん。お姉ちゃんは取り合ってくれないし」

 そう言って頬を膨らませる知佳の肩を抱き寄せて、そっと唇を重ねる耕介。

「……ん……。もう、ダメだよ。今日はもう遅いし、危険日だから」

 頬を上気させながら潤んだ瞳で訴える知佳。

「分かってるって。だから、今日はこれだけな」

 そんな恋人を笑って解放すると、耕介は自分の隣に彼女のためのスペースを作って横になる。

「もう、そんなことされたらわたし、その気になっちゃうじゃない」

 耕介の横にもぐり込みながら、知佳はそっと小声で抗議する。

「俺は別にいいんだけどな。その、知佳との子供ならほしいし」

「えっ?」

 照れくさいのか頬をポリポリと掻きながらそう言う耕介に、知佳は思わず目を丸くした。

「いや、まあ実際にはもう少し後のほうが良いだろうとは思ってる。知佳はまだ学生だし」

「ありがとう。嬉しいな。耕介お兄ちゃんがそういうこともちゃんと考えてくれてたなんて」

 そう言って満面の笑みを浮かべると、知佳は耕介の身体へと自分の身体をすり寄せる。

 耕介はそんな彼女の髪を撫でながら、いつか来るその日へと思いを馳せる。

 二人はまだ知らない。その未来がそう遠くないうちに訪れるものであることを。

   *

 ――深夜。

 咲耶はこっそりと部屋を抜け出すと八束神社へと向かった。

 昼間の鍛錬をしている恭也に差し入れをするのに彼女も何度か足を運んだことがある場所だ。

 だが、今夜の咲耶はそれとは違う理由でそこへと向かっている。

 ここ数日で特に強く感じるようになってきている彼女の中の何か。

 それと昨夜の怪物、そしてリスティが見たという蛍との関連性を調べるためだ。

 途中でティナと合流し、彼女のテレポートで社の裏へと転移する。

「聞かないのね。わたしの正体」

 周囲に気を配りながら、咲耶は背中合わせに立つティナへとそう言葉を掛ける。

「HGS、じゃないわよね」

「たぶん。自分でもよく分からないんだけど」

 そう言って咲耶は小さく苦笑する。

「今こうしてここにいるのは、それを知る手掛かりを探すため?」

「それもあるけど、危ないものだったら何とかしなきゃいけないじゃない」

 何の迷いもなくきっぱりとそう言い切る咲耶に、ティナは少し呆れたように溜息を漏らした。

「あなたも相当なお節介ね。恭也が心配するわよ」

「ティナこそ。後でアリスにお説教されても知らないよ」

「平気よ。慣れてるもの」

「それもどうかと思うけど」

 開き直って見せるティナに咲耶が軽く突っ込み、二人は小さく笑みを交し合う。

「さて、特に何もないようだし、そろそろ戻りましょうか」

「待って」

 緊張を解いて帰ろうと言う咲耶をティナが小声で制した。

「何かいるわ」

 そう言われてとっさに身構えた咲耶の感覚が何かを捕らえる。

 それから幾らもしないうちに、それは二人の前に姿を現した。

   *




  あとがき

龍一「再び日常へと忍び寄る影」

知佳「わたしの見た夢って一体……」

龍一「リスティの見た蛍は果たして幻だったのか?」

知佳「そして、夜の神社で二人の前に現れたのは……」

龍一「次回、トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜」

知佳「第2章・9」

龍一「十六夜の月」

知佳「あんまり怖いのは勘弁してよね」

   *

 





幾つかの謎が。
美姫 「知佳の夢に、咲耶たちの前に姿を見せたもの」
そして、リスティが見た蛍。
一体、何が起ころうというのか。
美姫 「楽しみだけれど、良くない事が起こるのかしら」
何が起こるのかな〜。いやいや、次回も非常に気になりまする。
美姫 「次回も楽しみに待っていますね〜」
ではでは。



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