トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜
第3章 夏のかけら
2 それぞれの時間
*
咲耶たちが勉強を始めた頃、ティナもまた仮眠を取るために自分の部屋へと戻ってきていた。
さすがの彼女も恭也を相手に全力戦闘すれば疲れるらしく、必需品であるはずの抱き枕が不在であるにも関わらず、ベッドに倒れ込むとすぐに眠ってしまった。
ちなみに、彼女の愛しの抱き枕、もとい最愛の妹アリスは歌のレッスンがあると言って朝食を食べ終えるとすぐにスタジオのほうに行ってしまった。
本格的にプロシンガーとしての活動を始めたアリスは忙しく、以前のようにいつでも一緒というわけにはいかなくなっていた。
それでも時間を作ってなるべく一緒にいようとするあたり、彼女の姉への依存心も相当に強いのだろう。
見知らぬ異世界でたった二人きりの家族ということもある。
そうでなくても、元の世界にいた頃から姉妹はお互いを支え合って生きてきたのだ。
近年の彼女たちの世界において、フェザーリードという存在は広く一般に認知されるようになったものの、一部の地域では未だ迫害の対象となることも多かった。
そんな理不尽から妹を護るために姉は戦い、妹は戦いの中で傷ついた姉を癒す。そんな関係が、もうずっと前から続いている。
二人の生きていた時代、世界は少しも優しくなんてなかったけれど、それでも姉妹はそうやって生き抜いてきたのだ。
*
一方、その頃、知佳とみなみは受験勉強をするために風ヶ丘学園の図書館へと来ていた。
彼女たちも受験生である。
みなみは既に海鳴大学へのスポーツ推薦が決まっているのだが、それでも一般教養の試験は受けなければならないのでそのあたりを疎かにするわけにはいかない。
そして、自分自身は大学へ行く気がなかった知佳も、方針転換をしたことで今では自主的に受験勉強に取り組むようになっていた。
レスキューの仕事に就くことを諦めた彼女だが、やはり自立したいという気持ちは強い。
それに、今後のことを考えると資金は必要だろう。
二人で幸せになるのに、そのためのお金を耕介にばかり頼るのは嫌だった。
――このご時世、何の仕事をするにしても大学くらいは出ておいたほうが良い。
だが、働きたいと相談を持ち掛けた知佳に、彼女の保護者はそう言って受験勉強用の分厚いテキストを押し付けた。
特別な資格を持たない彼女がアルバイトで稼げる金額など高が知れている。かといって、高卒のガキを雇ってくれる企業もそう多くはないのだ。
その中で危険が少なく、一定以上の収入を望める仕事となると、その選択肢は本当に限られてくる。
第一、知佳はまだ自分がどんな仕事をしたいのか分からないのだ。
「それを探すためにとりあえず大学に行くってのもありじゃないか」
悩む妹の頭をぽんぽんと撫でながら、真雪は優しい笑顔を浮かべてそう言った。
そんな経緯もあって、知佳は今自分から大学へ行くための勉強をしている。
――目指すは親友と同じ海鳴大学。
どうせなら同じ大学に通いたいということで、彼女はそこを選んだのだ。
参考書を見ながら唸り声を漏らす親友を時折フォローしつつ、順調にテキストを消化していく知佳。
みなみはそんな彼女に半ば尊敬の目を向けながら、自分も必死にノートにペンを走らせる。
そんなことが1時間ほど続いた頃だろうか。
不意にみなみが口を開いた。
「ねぇ、知佳ちゃんはどうしてレスキューの仕事を目指すのを止めたの?」
何気ない調子で問われたそれは、知佳のことを良く知るものなら誰もが疑問に思うことだった。
周りがどれだけ反対しても、頑として譲らなかったのだ。
一体どのような心境の変化があったのか。みなみでなくても知りたくなるというものだった。
「……怖くなったからかな」
問われた知佳は、適当な言葉を捜すように少し考えるような素振りを見せるとそう答えた。
「夢を見たの。火事が起きて、わたしは逃げ遅れた人たちを助けに行こうとするんだけど、途中で力を使い過ぎちゃって結局は誰も助けられなかった。そんな、夢……」
「はぁ、それはまたずいぶんと寝覚めが悪そうな夢だね」
「うん。目が覚めたとき、心の底から夢で良かったって思ったよ。わたしもあのままじゃ死んじゃってただろうし」
でもね、と知佳は言葉を続ける。
「それって、現実にあるかもしれないことなんだよね。もし、そうなったらって思うと、わたしはすごく、怖かった」
そう言った知佳の顔を、一瞬怯えのような色が走る。今でも時折夢に見るのだ。
思い出しただけで震えが止まらなくなりそうな程に怖い、それは最悪の未来の可能性の姿。
そこへと至るかもしれない道に背を向けたとはいえ、簡単に忘れられるものではなかった。
「みなみちゃん?」
「大丈夫だよ。あたしも怖がりだけど、でも、一人じゃないから。知佳ちゃんや寮の皆、学校の友達だっている。上手く言えないけど、きっと大丈夫だから」
自分の手を取って優しくそう語り掛けてくる親友に、知佳は一瞬きょとんとした顔になる。
「……うん、ありがとう」
それが自分を心配してくれたのだと分かると、自然と彼女の表情に笑みが広がる。
そう、自分は一人ではないのだ。
不安な顔を見せれば、こうして声を掛けてくれる親友がいる。
無茶をすれば、姉は本気で怒ってくれるだろう。
そして、頑張り過ぎて疲れた自分を、彼はきっと困ったような顔をしながらも優しく迎えてくれる。
その何と幸福なことか。
何も特別なことなんて無くても、人は幸せになることが出来る。それはとても身近にあるものだから。
立ち止まったことで、知佳はそれに気づくことが出来た。
*
そして、時は流れ続ける。
繰り返されることで日常と呼ばれても、その中で少しずつ確実に変わっていく何かがそこにはある。
知佳たちが図書館で勉強を始めた頃、相川真一郎は自宅にて久しぶりに両親と会っていた。
雪とのことを報告し、今後のことを話し合うためにわざわざ休みを取って来てもらったのだ。
本来であればこちらから実家のほうに出向くべきなのだが、彼女の身体のことを考えると無理をさせるわけにもいかないのでこうなった。
必ず両親を納得させること。誰に否定されても家族が味方なら絶対に乗り越えていけるから。
雪の妊娠が発覚したその日の夜、桃子は家族でもまれにしか見たことがないような真剣な顔で真一郎にそう言った。
夫亡き後、女手一つで三人の子供たちを育て、支えてきた彼女の言葉だけに、そこには確かな重みがあった。
真一郎はその言葉をしっかりと噛み締めると、絶対に納得させるのだという決意を旨に両親との対談に臨むのだった。
*
あとがき
龍一「勉強ってある意味、やらされているときのほうが気楽だと思わないか」
知佳「受験勉強とかは完全に自己責任だもんね」
龍一「さて、みなみちゃんは無事にこの試練を乗り越えることが出来るのか」
知佳「ちょっと、不吉なことを言わないでよ」
龍一「今回の作品の性質上、異能と関わりの少ない人は脇役に回る可能性が高いからな」
知佳「場合によってはネタとして危ない橋を渡らされると」
龍一「まあ、元々ギャグは少な目だし、そろそろ遊びを入れる余裕も無くなってきてるんだが」
知佳「シリアスで行くんだね(ほっ)」
龍一「後半に海へ行くイベントが残っているので、遊ぶとしたらそこかな」
知佳「また人がたくさん出てくるのに大丈夫なの?」
龍一「まあ、何とかしてみせるさ」
知佳「っていうか、ここまできて収集がつかなくなったなんて言ったらわたしは怒るよ」
龍一「だ、大丈夫だろう。今のところ、予定通りに進んでるし」
知佳「その言葉、信じるからね」
龍一「お、おう。と、あまり長々とするのもあれなので今回はこのあたりで」
知佳「ここまで読んでくださった方、ありがとうございました」
龍一「次回もお付き合いいただければ幸いです」
二人「ではでは」
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うーん、みなみちゃんはどうなるんだろう(笑)
美姫 「その前に真一郎の方もだけどね」
いやいや、色々と楽しみですよ。
美姫 「これからどうなるのかしらね」
3章はシリアスが続くのか!?
美姫 「ああー、次回が楽しみね」
うんうん。次回も楽しみに待っていますね。
美姫 「待ってますね〜」