トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜

  第3章 夏のかけら

  6 虚像と実像の狭間で手にしたもの〜走れ、相川真一郎!〜(後編)

   * * * * *

 恭也の合図で楓が霊力を放ち、閃光が木々の間を駆け抜ける。

 射線上にいたのは三体の猿の姿をした魔物だった。彼等は一様に額の第3の目を貫かれると、断末魔も上げることなく消滅していった。

 同じタイミングで恭也の放った飛針が二体の狐型の魔物の額を捉え、木の上から3番鋼糸に首を切断された猿型の魔物が降ってくる。

 二人は止まらない。

 慌てて横手の茂みから飛び出してきたところを楓が小太刀で切り捨て、怯んだ後続の二体の額に恭也の投げた小刀が突き刺さる。

 投げ物は出し惜しみせず、とにかく少しでも早く敵の数を減らす。数の差が縮まればそれだけこちらに有利になるし、何より寮にいる人たちの危険も少なくなるからだ。

 林の中にいたのは全部で十八体。そのすべてを僅か五分で倒すと、二人はそれぞれ左右に別れて木々の間を突っ切った。

 リスティの話では大型のものが一体と中型のものが三体いるとのことだったが、林の中にいたのは小型の動物の姿をした魔物ばかりだった。

 不審に思った恭也が気配を探ると案の定、林を迂回するように動いているものを二つ見つけることが出来た。林を真っ直ぐ抜けたところにも大きなのが一つあるが、どういうわけかこちらは全く動く気配がない。

 こちらが疲弊するのを待っているのか、あるいは巨大すぎて林の中に入れないのだろう。

 いずれにしても向かってきている二つを放置することは出来ず、二人は危険を承知で二手に分かれるとこれを殲滅しに掛かった。

   *

 恭也たちが戦闘に入った頃、咲耶は自分も彼等に加勢すべく寮を抜け出そうとしていた。

 何気ないふうを装ってそっとソファから腰を上げる。

「何処へ行くんだい?」

「ちょっとお手洗いに」

「あ、わたしも」

 目敏く見つけて聞いてくるリスティに、咲耶はそう言ってごまかそうとしたが、それに少し慌てた様子で知佳が付いてきてしまった。

「お先にどうぞ」

 トイレの前まできたところで咲耶がそう言って知佳に譲ろうとする。無論、彼女が入っている間に抜け出すつもりだ。

「その前に、一つ聞かせてもらえるかな」

「何?」

「ちゃんと戻ってくるんだよね。一人でいなくなったりしたら嫌だよ」

 真剣に、真っ直ぐこちらを見てくる知佳。その目の端には薄っすらと涙まで浮かんでいて、咲耶は諦めたように小さく溜息を漏らした。

「……バカ」

「えっ?」

「わたし、まだ今月分の寮費払ってないんだよ。身一つで夜逃げする趣味なんてないし、それ以前に行く宛もないしね」

 軽く知佳のおでこを小突いてそう言うと、咲耶は笑って彼女に背を向けた。

「も、もう、わたしのほうが年上なんだよ」

「今はまだ同じ十七歳じゃない」

「学年は咲耶のほうが一個下でしょ。って、そういう話じゃなくて」

 ごまかされそうになっていることに気づいて、知佳は慌てて咲耶の肩へと手を伸ばす。その手を咲耶が振り向いて掴んだ。

「大丈夫。わたしまだ当分戻れないし、知佳やみんなと一緒にいられるここは好きだから」

「咲耶」

「戻ってくるよ。だから、信じて今は行かせて」

 優しい笑顔を浮かべてそう言う咲耶に、知佳はただ、黙って頷いた。

「(見抜かれてましたね)」

「(まあ、知佳には直接力を使っちゃったし、そこから気づかれるかなとは思ってたけど)」

「(隠さなくて良いんですか?)」

「(その必要があるなら、わたしはこの前の時も何もしてないよ)」

 自分の中にいる存在と心で会話しながら、咲耶は裏口から外へと出る。そこには一体の魔物の姿があって、彼女は無言で右手を横に薙いだ。

 外見だけなら小型のそれだが、内面に宿した力の大きさは間違いなく中型クラス。ある程度の知能を有し、隠密行動に特化したタイプのその魔物は名をギアシェイドと言った。

 思わず息を呑んだ。

 倒れ伏すその人型をしかし、驚きに見開かれた咲耶の目はもう見ていない。

「やあ、こんばんは」

 視線の先には、降り注ぐ月光を浴びて佇む一人の少年の姿。

「久しぶりというべきなのかな。尤も前に合ったのはオリジナルのほうで、僕ではないんだけどね」

 そう言って笑う少年の目は赤く、髪は鮮血を吸ったかのように紅い。

「でも、君にとってこの姿が持つ意味は重いだろう。だから、やっぱり僕はその名を名乗らせてもらうことにするよ」

 少年の顔から笑みが消える。微かに細められたその目の奥にあるものを咲耶は読み取ることが出来なかった。

「はじめまして。僕の名は……」

 その瞬間、世界が変質した。

   *

「……さん、……真一郎さん……」

 誰かが自分の名前を呼んでいる。聞き慣れた女性の声。そう、彼女の声だ。

「……うっ……」

 小さく呻き声を漏らしながら目を開けると、すぐ目の前に雪の顔があった。

「おはようございます。もう朝ですよ」

 驚きに目を瞬かせる真一郎に、雪は悪戯っぽく笑ってそう言った。

「もうすぐ朝ご飯出来ますから、着替えてきてくださいね」

「あ、ああ……」

 状況が掴みきれていない様子の真一郎とは対照的に、釘を刺すような言葉を残して部屋を出ていった雪はまるでいつも通りだった。

「どうなってるんだ……」

 ベッドの上に身体を起こしつつ、呆然とした様子でそう呟く真一郎。

 そこはいつもの自分の部屋だった。

 改めてあたりを見回してみてもそれは間違いない。しかし、何故自分はここにいるのだろう。

 記憶が確かであれば、真一郎は何物かに捕らえられた雪を助けようとして、凍った湖の上を滑っていたはずだった。

 ……かなり無様だったので逆にはっきりと覚えている。

 尻を襲う裂傷と凍傷の痛みに絶叫を上げながら、彼女が拘束されている十字架の根元に突っ込んだのだ。

 その後の記憶がないことから、おそらくそこで意識を失ったのだろう。

 ますます無様だ。

 非常事に格好つけるつもりなどなかったが、やはり真一郎も男だ。愛する女性を自分の手で助けたかったと思うのは当然のことだろう。

 日頃の甲斐性無しが祟ったかな。まあ、格好良くお姫様を助けられるのはマンガやアニメの主人公だけだってことなんだろう。

 軽く肩を竦めながら、とりあえずは彼女が無事だったことを喜ぼうと思う真一郎だった。

 ……彼は気づかない。

 枕元に置かれた時計の針はつい最近電池を交換したばかりだというのに、全く動いていなかった。

 何より酷い裂傷と凍傷をダブルで負ったはずの尻が今は全く痛まないのだ。

 ザカラの加護があったとはいえ、たった一晩で完治するとは思えない。そこに彼は気づくべきだった。

 着替えるためにベッドから降りようとした真一郎の尻に、突如激痛が走った。

「!!!!」

 あまりの痛さに声も出ないようだ。

 その真一郎の視界が歪み、暗転する。

 気がつくと、彼は凍った地面の上に四肢を投げ出していた。

 ――尻が痛い……。

 ぼんやりする頭にまず浮かんだのはそれだった。

「氷那、なんてことするの!」

 慌てたような女性の声がして、尻から何かが引っ剥がされる。だが、皮膚が裂けているところに、そんなことをされればどうなるか。

「あがっ!?

 答えは真一郎の絶叫だった。二度目の激痛に、堪らず口から悲鳴を迸らせる。

「あわわ、だ、大丈夫ですか、真一郎さん!?

 自分の失敗に気づいた女性は、思わずその手に持っていたものを放り出した。何か謎の生物の悲鳴が聞こえたが、今はそれどころではない。

 数分後……。

「とりあえず、痛みを緩和するように力を働かせておきましたから。……あの、大丈夫ですか?」

 肩で息をする真一郎に、女性は申し訳なさそうにそう言った。

「あ、ああ、何とか……って、あれ、雪さん?」

「はい、わたしですけど」

「あれ、俺は自分の部屋にいたはずじゃ……」

 女性、雪の言葉に真一郎は少し混乱した様子であたりを見回す。そこにあったのは白く凍った地面と壁だった。氷で出来た天井の向こうには、何故か魚のような影が動いているのが見える。

「ここは湖の底にある洞窟の中みたいですね」

「洞窟って、国守山にそんなのあったんだ」

「とりあえず、ここを出ましょう。またあの人に見つかったら大変です」

 感心したように改めてあたりを見回す真一郎に、雪はそう言って立ち上がろうとする。だが、何故か足に上手く力が入らず、よろけてしまった。

 自分のほうへと倒れてくる雪の身体を慌てて真一郎が抱きとめる。その手が彼女の素肌に直接触れたのを感じて、彼は思わず見てしまった。

 思い出すのは、十字架に拘束された雪の姿。湖の辺から見えたそれは、所謂生まれたままの姿というやつだった。

 彼女の服は自分の力で作られているので、その力を奪われた時点で消えてしまったとしてもおかしくはない。

 そして、今も彼女は一糸纏わぬ姿で自分の腕の中にいる。その白い裸身をまともに見てしまった真一郎の顔に熱が集まる。

 一方、抱きとめられたことでそれに気づいた雪は、慌てて彼の腕から抜け出すと、残っていた力で簡易な服を作り出して纏った。

「そ、その、ごめん……」

「い、いえ……」

 気まずそうに視線を逸らして謝る真一郎に、雪も小さな声でそう答える。

 二人とも暗がりの中でもはっきりと分かるくらい顔が赤い。

 夜の生活でお互い知り尽くしていたとしてもやはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

「と、とりあえず、寮へ戻ろうか。みんな心配してるだろうし」

「そ、そうですね……」

 場の空気を変えるようにそう言った真一郎に雪も頷き、二人は洞窟の中を歩き出した。

 幸いにも無事だった真一郎の荷物の中に懐中電灯があったおかげで、二人が暗闇の中で身動きが取れなくなるということはなかった。

 更に雪が言うにはこの洞窟は地上まで一本道らしく、壁に手を付いて歩いてさえいれば、例え途中で懐中電灯の電池が切れたとしても外に出られるとのことだ。

 問題があるとすれば、寧ろ地上に出てからだろう。

 真一郎の脳裏を先刻湖の辺で対峙した相手の姿が過ぎる。

 直接戦ったわけではないが、自分の攻撃を避けた身のこなしから武術に長けていることは何となく分かった。

 更に耕介が最初から御架月を抜いていたことを考えると、おそらくそっち側の存在なのだろう。

 遭遇したら戦わずに逃げるしかない。いや、状況によってはそれすらも難しいかもしれないが。

   *

 真一郎たちが非日常に見舞われていた頃、対照的にアリスはいつもの日常へと戻ってきていた。

 スタジオを出たところで一つ大きく伸びをする。

「はしたないわよ、アリス」

「だって、榊さんのお説教って長いんだもん。わたし、疲れちゃったよ」

 姉に窘められて伸ばしていた腕を下ろすと、そう言ってアリスは小さく溜息を漏らす。

「あなたが心配を掛けるのがいけないんでしょ。少しは反省しなさい」

「はぁい……」

 少し怒ったようにそう言われ、アリスはしょんぼりと項垂れる。元はと言えば自分の迂闊さが原因でこうなったのだから、彼女に反論の余地は無い。

「それで、一体何があったの?」

 軽く吊り上げていた眉を下げて表情を緩めると、ティナは改めてアリスにそう尋ねた。品行方正な自分の妹が理由も無く勝手な行動を取るとは考えない。そこには必ず何らかの理由があるはずだ。

「えっと、ここではちょっと。帰ったら話すから」

 問われたアリスは少し困ったような様子でそう答えた。さすがに魔物に襲われたことやあの少年のこと等、一般人に聞かれて良い話ではない。

「分かったわ。それじゃあ、もう遅いし帰りましょうか」

 妹の言葉に一瞬表情を険しくするも、ティナはそれに頷くと彼女の手を取って歩き出した。

   *

「驚いたな。いや、生きてるとは思ってたけど、まさかこんなに早く動けるようになるなんてね」

 そう言って二人の前に姿を現したのは、やはり湖の辺で真一郎たちと対峙したあの黒ずくめだった。

 二人にとっては今一番会いたくない相手だ。

「おまえ、耕介さんはどうしたんだ!」

 雪を背中に庇いつつ、真一郎は目の前の相手へと鋭い視線を向ける。

「さてね。君たちを助けようとしてたみたいだけど、その様子じゃ間に合わなかったらしい」

 問われた黒ずくめの何物かは相変わらず飄々とした態度でそう答えると、真一郎に向かって光点を放った。

「なっ!?

 あまりに無造作なその攻撃に、真一郎はまともに反応することすら出来なかった。

「くっ……」

 腹部に受けた衝撃に、思わず片手で腹を押さえて蹲る。

「真一郎さん!?

 それを見て、雪が慌てて彼の腹部に手を当てた。

 外傷は無い。

 しかし、身体の内側に結構なダメージを受けたらしく、中々立ち上がることが出来ない。

「無様だね。護るものがある人間は強いって聞いたけど、君はこの程度なのかい?」

「な、ん、だと……」

 不思議そうなその声に、真一郎は思わず顔を上げて目の前の相手を睨んだ。

「おや、怒ったかい。でも、君のすべきことはそんな感情をわたしにたたきつけることじゃないだろ」

 そう言って黒ずくめは真一郎の目の前でその細い足を振り上げた。鋭い爪先が彼の顎を捉えて上を向かせる。

「あんまり失望させないでもらいたいね。人間の男ってのは、自分の身一つ満足に扱えないのかい」

 小さな拳が連続で真一郎の腹を打った。想像以上のその重さに、肺の中の空気を残らず持っていかれそうになる。

「そんなことじゃ、そこの彼女を護るなんて到底無理ってもの。まあ、わたしにとってはそのほうが都合が良いんだけどね」

「がはっ!?

 血を吐いて倒れる真一郎をつまらなそうに見下ろすと、その目を雪へと向ける。獲物を舐め回すような黒ずくめのその視線に、彼女は思わず身を震わせた。

「存分に搾取させてもらうよ。生命の最後の一滴まで。それが君の弱さの代償だ」

 言葉の後半は足元で動かなくなっている真一郎へと向けたものだ。容赦のない連撃に意識を刈り取られたのか、彼はぴくりとも動かない。

「か、勝手なことを言わないでください!」

 声を上げたのは雪だった。その目には怒りの感情がある。

「愛しい人を傷つけられて怒りを覚えたか。でも、止めておいたほうが良い。今の君にはその服を維持する程度の力しか残ってはいないんだろ」

「黙りなさい!」

 感情の色が消えた相手の声を、雪は一言で切って捨てる。

「例えそうだとしても、この人を傷つけたあなたをわたしは許さない。……覚悟なさい!」

 雪の身体から白い冷気があふれ出す。だが、相手の言ったようにそれは彼女にとって文字通り最後の輝きだった。

「ちっ、激情に我を忘れたか。同じ女としては理解出来ないこともないけど、ここで死なれちゃ困るんだよ」

 小さく舌打ちすると、“彼女”は雪に向かって光点を放った。放出される冷気を抑え込むかのように、無数の光点が多方向から同時に雪へと迫る。

 ただならぬ気配に思わず顔を上げた真一郎の視界を、冷気の白が埋め尽くす。

 それはザカラ戦の折、雪が見せた命懸けの封印に酷似していて……。

 ダメだ。雪さん、それを使ったら。

 止めるために立ち上がろうとするが、その意思に反して身体は少しも動いてはくれない。せめて声だけでも届けばと口を開くが、微かに空気が抜けるような音が漏れるばかりで言葉にすらならなかった。

 ちくしょう……。ここまでなのかよっ!

 悔しさから自分を殴りたい衝動に駆られるが、最早そのための拳を握るだけの力も今の真一郎には残されてはいなかった。

 ――諦めるのか。

 声が聞こえた。重く響くような男の声だ。

 ……ああ、誰だよ。

 絶望に身体を弛緩させながら、真一郎はぼんやりと声のしたほうへと意識を向ける。

 ――護ると誓ったのであろう。しかし、おぬしはそんなところで怠惰に身体を投げ出しておる。それで本当に良いのか。

 ……良いわけあるか。でも、しょうがないだろう。どうすることも出来ないんだから。

 ――では、手段があればおぬしはそれを使うのだな。

 あ、当たり前だ。もし、本当にこの場で雪さんを助ける方法があるっていうんなら、俺は悪魔にだって魂を売ってやる。

 ――その言葉に偽りはないか。

 ……ああ。

 確かめるような男の声に、真一郎はしっかりと頷いた。その目には希望がある。

 ――では、我を抜け。その覚悟が真のものであるならば、暫しの間、おむしに我の力を貸し与えよう。

 言葉とともに、真一郎の目の前に一振りの剣が現れる。

 ――上等だ!

 闇の中に垂直に立っているその剣の柄を握ると彼は迷わず引き抜いた。

 ――瞬間、視界が開け、真一郎はゆっくりと自分の足で立ち上がった。

 良い覚悟だ。だが、覚えておくがよい。我とともに歩むは修羅の道。それを進むおぬしには常に闇が付きまとうことになるであろう。

 入れ替わるように倒れてきた雪の身体を左手で抱きとめ、その原因を作った目の前の相手へと目を向ける。

「……殺したのか」

 淡々と向けられる殺意に、“彼女”は軽く肩を竦めた。

「いや、力を封じただけだよ。死なば諸共って感じだったからね。まったく恐ろしいったらありゃしない」

「そうか」

「ああ、例ならいらないよ。利用価値があるから助けただけだからね。それより君の右手に持っているそれは何かな」

 そう言うと“彼女”は、興味深そうに真一郎が右手に持っているものを指差した。

「つまり、これからもおまえは雪さんを狙うってことか」

「質問には答えてくれないのかい。まあ、良いや。言っただろ。最後の一滴までいただくって」

「…………」

 “彼女”がそう答えた途端、真一郎の周囲で殺気が膨れ上がった。

「これは、……なるほど。いないいないと思ってたら、まさかそんなところに隠れてたなんてね」

「おまえ、いい加減黙れよ。さっきからごちゃごちゃと訳分かんないことばっか言いやがって。癇に障るんだよ、ああ」

 あくまで飄々とした態度を崩さない目の前の相手に、真一郎が切れた。

「あんまりふざけたこと言ってると、ぶっ殺すぞ」

 右手に握った剣を軽く振って、殺気を振り撒く刀身から余分な力を逃がす。それだけで洞窟の壁に大きな亀裂が走った。

「大した威力だ。さすがは大妖怪の力ってところかな」

 言葉とともに、“彼女”の顔から笑みが消える。

「(くっ……おい、力を貸すって言ったよな。だったら、少しは大人しくしやがれ!)」

 自分の中で暴れる力を必死に抑え付けながら、真一郎は叫んだ。

「(覚悟は決めていたのだろう。ならば、おのれで従えてみせろ)」

「(上等だ!)」

 雪を抱く左手に力を込めながら、真一郎は右手で握った魔剣を力任せに振り抜いた。

「んなくそぉぉぉぉっ!!

 その叫びに答えるかのように、振り抜かれた刀身から黒い衝撃波が放たれ、小柄な“彼女”の身体を洞窟の外まで弾き飛ばす。そのあまりの威力に壁が歪み、天上が音を立てて崩れ出す。

 ま、まだだ。こんなとこで死ねるかっ!

 持てる気力と根性を総動員して、返す刀で落ちてくる岩塊を吹き飛ばすと真一郎はがっくりとその場に膝を着いた。

 相手からの反撃はない。

 今の攻撃で倒せたのか。それとも衝撃波の威力を警戒してこちらの様子を見ているのだろうか。

 後者だったら間違いなくジ・エンドだ。

 力を使い果たした真一郎に三度目を放つことは出来ないし、未だ意識を失ったままの雪にしても最早戦うだけの力は残っていないだろう。

 だが、いつまでたっても敵が攻撃してくることはなかった。

 彼等は知らないことだったが、実は“彼女”にも活動に制限があるのだ。今回はそれに助けられた形になる。

 真一郎は雪を無事な地面の上に寝かせると、自分もすぐ側の壁に背を預けて座り込んだ。

 さすがに限界だった。

 桁違いの強さを持つ相手と戦い、覚醒したばかりの魔剣の力を使ってそれを退けたのだ。これ程の無茶もそうはないだろう。

 眠るように意識を失った真一郎。その顔に影が落ちる。

「ようやくここまで来ましたか。これでわたしの役目も終わるというものです」

 影は感慨深げにそう言うと、彼の隣で眠る少女へと目を向けた。

「これからいろいろ大変でしょうけど、きっとあなたたちなら乗り越えていけるはず。……頑張って」




   * * * * *

  あとがき

龍一「愛する人の危機に力を手に入れた真一郎」

知佳「おおっ!」

龍一「満身創痍になりながらも敵を退けた彼だったが、手に入れたのは束の間の安息でしかなかった」

知佳「手薄になった寮を襲った魔物たち。そして、咲耶の前に現れた少年の正体とは」

龍一「次回、トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜」

知佳「第3章・7」

龍一「望まれた刻の名前」

知佳「誰にだって譲れないものはあるんだよ」

   *

 





土壇場で力を手にした真一郎。
美姫 「寮の方はどうなったのかな」
咲耶の前に現れたのは誰? 恭也たちが向かった中型、大型は?
美姫 「耕介の安否も気になるわね。まだまだ目が離せない」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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