トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜
第3章 夏のかけら
9 終末への扉を護る者
* * * * *
フェンリルからの要請を拒否した咲耶は、彼があまりにもあっさりと引き下がったことに戸惑いを隠しきれずにいた。
てっきり無理矢理にでも協力させようとしてくるものとばかり思っていたのだが、実際にはまるで形ばかりの要請であるかのようだった。
形振り構っていられないと口では言っていたが、実際にはもう少し余裕があるということなのだろうか。
あるいはどうせ巻き込まれるのだから、今のうちに生き延びられるように準備をしておけという遠回しな警告か。
いずれにしても、咲耶は既に動く気でいた。共闘しないのは、それをするにはいろいろと問題がありすぎるからに過ぎない。
「それにしてもよ。どうして昨夜の連中はうちを襲ってきたんだろうな。ここの誰彼が能力者だとか、分かってたわけでもないだろうに」
フェンリルたちが帰った後、真雪が不審そうに眉を顰めながらそう言った。
「それは多分、うちらがこのあたりに出没しとった化け物どもを対峙してしもうたからじゃなかとでしょうか」
「目を着けられたってか?」
薫の推察に、真雪が嫌そうに顔を顰める。
「でも、そうなると次はもっとやばいのが来るんじゃないの?恭也たちは昨夜の襲撃者を撃退しちゃってるわけだし」
リスティが難しい顔で懸念を口にする。
「ちょっと、リスティ。徒に不安を煽るようなこと言わないでよ」
それを聞いた知佳は怯えたようにそう言うと、すぐ近くにいた耕介の腕を抱きしめた。
「まあ、可能性としては高いでしょうね。問題はいつ来るか。三日後か、一週間後か、もしかしたら今夜にも攻めてくるかもしれないわね」
「ああもう、ティナもどうしてそんなに冷静でいられるのよ?」
「今更じたばたしたって始まらないでしょ。とりあえず、いつでも歓迎出来るように武器だけは携帯しておくって方向で良いんじゃないかしら」
恨みがましい目で自分を見てくる知佳に軽くそう答えると、ティナはもたれていた壁から背を離した。
「ちょ、ちょっと待って!」
武器の手入れをするために自分の部屋へと行こうとするティナを咲耶が慌てて呼び止めた。
「ティナ。それに皆も何でそんな戦うの前提みたいに話をしてるのよ」
「いや、何でって言われてもな」
やや動転した様子でそう尋ねる咲耶に、真雪が困ったように頬を掻く。
「他に選択肢がないからじゃないかな」
答えたのはリスティだった。
「あんな化け物を嗾けてくるような連中とまともに話が出来るとも思えないし、だからって自分たちの家を捨てて逃げ出すなんて論外。なら、戦って追い払うしかないでしょ」
「それは……。でも、それにしたって、皆が戦う必要なんてないよ」
リスティの言葉に頷きかけるも、咲耶は軽く頭を振ってそれを否定した。
「おまえ、あたしらにここを出て逃げろっていうのかよ」
「まさか。ただ、戦うのは専門家に任せておけば良いって言いたいだけですよ。そうすれば、きっと何とかなりますから」
「あのフェンリルって子のこと。でも、彼、余裕ないみたいなこと言ってなかったっけ?」
半眼で睨んでくる真雪に咲耶は冷や汗を浮かべながらそう言って説得しようとするが、それに対して知佳が思い出したように疑問を挟む。
「そういえば、自分の身は自分で守るように言ってたような気がするね」
「知佳、それにアリスも話を聞いてたの?」
「あなたが豹変してたから。まったく何事かと思ったわ」
「あう……」
驚く咲耶にティナが追い討ちを掛けるようにそう言った。
「さて、そろそろ話してもらいましょうか」
がっくりと肩を落とす咲耶の右腕を取りながらそう言うと、知佳は彼女をソファへと座らせた。
「話すって何を?」
「とぼけても無駄だよ。ここにいる全員が証人なんだから」
にっこりと笑顔を浮かべてそう言うと、アリスは空いていた咲耶の左隣へと腰を下ろす。その手に自分の左腕を捕まえられた咲耶は、慌てて立ち上がろうとするが、即座に二人掛かりで阻止されてしまった。
「両手に花なんて、羨ましいわよ咲耶」
「なら、代わってあげようか」
「あなたの話が終わった後でね」
「話すことなんて何もないよ。二人ともわたし、これからちょっと用事で出掛けないといけないから放してくれる」
自分の対面へと座るティナにややきつい視線を向けながらそう言うと、咲耶は両隣に座る二人の腕を振り解いて立ち上がろうとする。
「ダメだよ。ねえ、アリス」
「うん。だって、今、咲耶を行かせたら、そのまま帰ってこなくなっちゃいそうなんだもん」
二人からそう言われ、咲耶は思わずびくりと身を震わせた。
「咲耶ちゃん、ダメよ。あなた、まだ今月の寮費納めてないでしょ。今すぐ払えないなら少しくらいは待ってあげるから」
「あ、愛さん……」
いつもの天然を炸裂させて緊迫した空気をぶち壊す愛に、咲耶は再びがっくりと肩を落とす。他の面々も脱力した様子で苦笑を浮かべている。
「ま、まあ、寮費云々はこの際置いておくとして。正直、おまえが何物かなんてあたしはまあ、漫画家としては気になるが、一先ず聞かないでおいてやる」
「(真雪さん、本音を隠してないね)」
「(真雪さんだからな。まだ自制してるほうだと思うけど)」
「そこ、聞こえてるぞ」
軽く睨まれ、こそこそと話していたみなみと耕介はそろって首を竦めた。
「ったく。……って、話が反れたな。とにかく、あたしはおまえの正体に関しては聞かない。おまえが聞いてほしいってんなら別だが、こっちからは詮索しないつもりだ」
「いいんですか?わたし、実はすごく極悪人かも知れませんよ」
「本当にそうだったら、最初の一週間のうちに誰かが叩き出してるさ。ここにはそういうのに敏感な奴が結構いるからな」
それに、と真雪は嫌な笑みを浮かべて恭也を見る。
「そこの少年が惚れた相手だしな」
「ま、真雪さん、何を……」
「ケケケ、おまえの人を見る目は信用出来るって言ってるのさ」
顔を真っ赤にして声を上げる恭也に、真雪は愉快そうに笑ってそう言うと、改めて咲耶を見た。
「ま、そういうこった。ただし、あんま一人で抱え込むなよ。ここの奴等は自分もそうなくせに、他の誰かにそうされるとすげぇ嫌がるからな」
真雪のその一言に、主にHGS持ちの少女たちが顔を見合わせて苦笑する。
「分かります。わたしも、そうですから」
「なら、あたしの言いたいことも分かるだろ」
「……はい。痛いほどに」
「まあ、何だ。ここの奴等は皆家族みたいなもんだからな。何かあるなら適当に捕まえて相談すれば良いさ。あたしも、話くらいなら聞いてやれるしな」
そう言って立ち上がる真雪に、周りで聞いていた皆もそろって頷く。それに咲耶は何と答えて良いか分からず、俯いてしまった。
「諦めなさい。ここはそういうところなんだから」
俯く咲耶にそう言ってティナが後ろから抱きついた。その口調は呆れながらも何処か嬉しそうだ。
「ねぇ、咲耶。咲耶の抱えてるものはわたしたちじゃどうにもならないものなのかな」
横から咲耶の顔を覗き込みながら、真摯な瞳でそう聞いてくる知佳。
「……ならなくはないと思う。でも、危険だから皆にはなるべく関わらないでいてほしいの」
「そんな。それで、咲耶は大丈夫なの?」
迷いながらもそう答える咲耶に、アリスが声を上げた。
「大丈夫だよ。わたしにはそのための力があるし、本当に一人でやるってわけじゃないから」
そう言って咲耶は、皆を安心させようと笑顔を見せた。
嘘は言っていない。
自分と、自分の中にいるもう一人。そして、母から受け継いだ調律の神器の力で、今度こそ悪しき混沌を滅ぼすのだ。
だが、彼女のパートナーはそれをよしとしなかったようだ。
「咲耶っ!?」
笑顔を見せていた咲耶の身体から唐突に力が抜けた。
そのまま前のめりに倒れそうになるのをティナがとっさに抱きとめ、知佳とアリスが左右から支える。
「ちょっと、大丈夫!?」
「……はい。ご心配をお掛けしてしまったようで、申し訳ありません」
「えっ?」
心配そうに左右から咲耶の顔を覗き込んだ知佳とアリスは、その口調と雰囲気の変化に、戸惑ったような声を上げた。
「咲耶ちゃん、その目……」
真っ先にそれに気づいた薫が、呆然とした様子で彼女の目を指差す。
そう、咲耶の瞳の色は海を思わせるようなディープブルーのはず。それが今は正反対の鮮やかな真紅に変わっていた。
「薫さん。驚くのも無理はないと思いますけど、人の顔を指差すのはどうかと思いますよ」
「あ、ああ、そうやね。ごめん」
「構いませんけどね。この目は持病なんです。って言っても、一過性の貧血とかそういう軽い症状が出るだけなんでそんなに心配はいらないんですが」
そう言って居住まいを正すと、“咲耶”は皆を見渡して大丈夫だというふうに頷いてみせた。
「それよりも真雪さん」
「あ、ああ、何だ」
「話、聞いてくれるんですよね?」
「ああ」
「それ、今ここででも良いですか?」
それまで頑なに拒んでいたせいか、少しバツが悪そうにおずおずとそう尋ねる“咲耶”。
普段とは異なる色彩を湛えるその目には何かを決意したような真剣な光が宿っていて、それを見た真雪は無言で頷くとソファに座り直した。
「無理に話さなくても良いんだぞ。おまえはおまえで考えがあったから、今まであたしらに話さなかったんだろう」
「はい。でも、あなたたちはわたしのことを家族だと言ってくれたから。聞いてくれますか?」
「分かった」
急な態度の変化を不審に思いつつも、その答えに満足すると真雪はそれ以上は何も言わずに話を聞く体勢に入った。
「知佳。少し長くなるかもしれないから、皆にお茶のお代わりを淹れてあげてくれないかな」
「良いよ。ちょっと、待ってて」
「あ、わたしも手伝うよ」
“咲耶”にそう頼まれて皆のカップを回収すると、再びリビングを出ていく知佳とアリス。
「(あなた、誰……)」
ティナは“咲耶”に後ろから抱きついたまま、耳元にそっと囁くようにそう尋ねた。
「…………」
問われた“咲耶”は無言。だが、それでティナには十分だった。
テレパスによって送られてきた情報を受け取るとあくまで自然に彼女から離れる。
内容は俄かには信じられないものだったが、咲耶本人が送ってきたのだからそれが真実なのだろう。
「(いろいろとままならないものね……)」
戻ってきたアリスからカップを受け取って一口飲むと、ティナは疲れたように深い溜息を漏らした。
「皆、わたしが静養のためにこの町に来たことは知ってるよね」
紅茶が行き渡り、全員が席に着いたところで“咲耶”は改めて皆を見渡してそう言った。
「うん。何の病気かとかは聞いてないけど、その目に関係があるんだよね」
「その病気っていうか、こうなっちゃった原因なんだけどね。実はさっきフェンリルの言ってた事件の時に、ある神器を使ったせいなの」
“咲耶”のその告白に、皆の間に動揺が走る。フェンリルが彼女を相手に話していたことから何らかの関係があるとは思っていたが、改めて本人の口から聞かされるとやはり驚くのだろう。
事の始まりは今からおよそ二十年前……。
それは不慮の事故だった。
両親が死に、自分も瀕死の重傷を負ったその少女は助かりたい一心で今まで一度も手を合わせたことのなかった神に救いを求めた。
だが、家庭の事情から物心着いた頃から人の上に立つための教育を受けさせられてきた彼女は、それ故に唯我独尊の傾向が強く、自分さえ良ければ他はどうでも良いというような人物だった。
そんな人間を神が助けるはずもなく、少女の命運は尽きたかに思われた。
しかし、彼女は一命を取り止め、今も某企業グループの代表として激務に負われる日々を過ごしている。
少女を救ったのはまだ若い一人の天使だった。
彼女は神の意向に背いて地上に降り立つと、尽きかけていた少女の生命を注ぎ足し、その死を打ち消してしまったのだ。
「ちょっと待った!」
坦々と語る“咲耶”の言葉を、驚きから立ち直った真雪が遮った。
「今はおまえの病気の話だろう。神とか天使とか、何でそんなオカルトな単語が出てくるんだ」
「いや、最初からそういう話だったでしょう。病気の原因からして、神器なわけですし」
「あ、ああ、そうだったな。悪い、続けてくれ」
疑問を挟む真雪に耕介が答え、それに納得した彼女は悪かったとばかりにそう言って先を促す。
“咲耶”もそれに頷くと、やはり、坦々とした口調で続きを話し始めた。
少女は助かった。
しかし、その代償は決して小さなものではなかった。
神は罰として天使を天上界から追放し、少女は分不相応な祝福を受けた反動で時の流れから外れてしまったのだ。
さすがに責任を感じたのだろう。せめてもの礼として少女は親から引き継いだ権力を使って、自分を救ってくれた天使にこの世界での職と住居を提供した。
その好意を受け取った天使は神代はるかと名を変え、少女の経営する会社の社員として働きながら自分の起こした奇跡の代償を払っていくことになる。
「ちょっと待って!」
話の途中で今度は知佳が待ったを掛けた。
「神代って、まさか……」
恐る恐るそう尋ねる知佳に、咲耶はそれを肯定するように頷いた。
「うん。わたしのお母さんだよ。わたしはこっちの生まれなんで、異世界人ってわけじゃないんだけどね」
「でも、その力はあなたも継承しているのでしょう」
咲耶の答えに昨夜の戦闘でその力の恩恵を受けた恭也が確認するようにそう尋ねる。
「まあね」
問われた咲耶は隠すことなくそれに頷くと、皆にこの場でその一端を披露して見せた。
「これがわたしの、天使の力。分かりやすく言うと、念動力の代わりに霊力技が使えるHGSってところかな」
そう言って、背中に出現させた純白の翼をはためかせる咲耶に、皆が感嘆の声を漏らす。
「綺麗……」
「知佳ちゃんやティナの羽根も綺麗だけど、咲耶のは何ていうか」
「ああ、天使というだけに、神聖な気を感じるとね」
皆に褒められ、嬉しそうに微笑む咲耶。
「ありがとう。でも、お母さんの羽根はもっと綺麗だったよ」
微笑に僅かな寂しさを滲ませながらそう言う咲耶に、その言葉の意味を悟った皆の間に沈黙が降りる。
「話を続けるね」
気まずくなりかけた空気を払拭するように、少し大きめの声でそう言うと、咲耶は誰の頷きも待たずに話を再開した。
天使が降臨してから数年が過ぎた頃、落ち着きを取り戻したかに見えた世界が突如変容を見せ始めた。
具体的な例を挙げるとすれば、それはこれまでに存在しなかった生物の出現。そう、魔物だ。
最初は蜃気楼のように一時の幻として顕現する程度だったが、日が経つにつれてそれは存在の密度を増し、ついにはこの世界に直接影響を及ぼすまでになった。
フラグメントシステムの副産物に過ぎないとはいえ、強靭な生命力と破壊の力を兼ね備えた魔物の存在は必ずこの世界にとって脅威となる。
そう危惧した神代はるかは自分が助けた少女と協力してこれを狩り出しに掛かった。
幸い、この世界の脅威となると言っても当時はまだ数も少なく、散発的に出現したものを見つけては浄化するという作業を繰り返すだけでよかった。
その状況に明確な変化が訪れたのは、今から十年程前のことだ。
それまで単独か、多くても弐から三体で行動するだけだった魔物たちが、群れを成して人間を襲うようになったのだ。
そして、激化する魔物との戦闘の中で、ついにはるかが倒れた。
信頼出来る医師の話では命にこそ別状はないものの、長時間の激しい運動等には耐えられないとのことだった。
戦えなくなったはるかはそれでも前線に出ようとしたが、彼女と共に戦ってきた仲間たちはそれを許さなかった。
天使はその業を成すための機関として、神々の始祖とされる存在の遺産をその身に内包している。
天上の民の中でも最高位のセラフィムを頂く彼女のそれは限定的に神の業とされる奇跡を起こす程のもので、神聖を排しようとする魔のものたちにとっては脅威以外の何物でもなかった。
これまでの戦いでその神器が使われたことはなかったが、強力に過ぎる神聖はいつまでも隠しきれるものではない。
そして、天使が弱体化した今、その存在が露呈すればどうなるかは考えるまでもなかった。
これを期に、彼女たちの対魔物戦は攻めの戦いから守りの戦いへと移行することになった。
神器と科学の併せ技で完成させた五重の結界を用いて魔物たちを首都近郊に隔離し、その聖なる力を以ってゆっくりと時間を掛けて浄化する。
だが、オペレーションサンクシアルと名付けられたその作戦は、たった一匹の魔物によって崩されることになる。
事件が起きたのは、今から二年前の夏のことだった。
母が死に、娘がその意志と力を受け継いで、そして……。
「……そして、わたしの、神代咲耶としての、戦いが、始まった」
*
海鳴市近郊某所。
照明の落とされた室内に、蛍光の淡い明りがゆらゆらと漂っている。
十を越すか越さないかの数の蛍たちが、ゆっくりと一人の少女が掲げた人差し指の先へと集まっていっていた。
「少々演出が過ぎるんじゃないの。彼女、怒っていたわよ」
自分を取り巻く幻想的な光景とは対照的に、少女は酷く冷たい口調で壁際に立つ少年へと問いを投げる。
「何分、こういう性分なものでね。まあ、良いじゃないか。これで最後と思えば、仕天使様も大目に見てくれるだろうし」
問われた少年は相変わらずの飄々とした態度でそう答える。
「本当にそうだと良いけれど……」
少女はそれだけ言うと、自分の手元に意識を集中させた。
揺らめく光点は、現在この町に潜伏しているA級以上のフラグメントの数と凡その位置を表したものだ。
その数、八。
更にそれらをランクごとに色分けすると、その内の四つまでが最も危険なS級を示す赤だった。
「行方不明の一人を除いて全員が既に町に入っている、か」
横からそれを見ていた少年が、感情の篭もらない声でそう言った。
「この状況で直接行動を起こさないのは確信が持てないからかな」
「あるいはその必要もないと高を括っているかね」
「おろかな連中だよ。同じマスターから生まれたものとしては、情けないことこの上ないね」
今度は嘲弄の篭もった声でそう言うと、少年は凭れていた壁から背を離した。
「余裕ぶっていると足元を掬われるわよ」
「分かっているさ。だから先手を打つべく、こうやって君に奴等の位置を特定してもらっているんじゃないか」
「……二度目だし、そうそう上手くいくとは思えないのだけどね。……と、出たわよ」
心配いらないという少年に、少女は嘆息しながらそう言うと、制止した光点に重ねるように海鳴市の詳細なマップを出現させた。
「まずはこことここ、次にここに二体を誘導して二人で叩く。他のザコはまあ、余力があれば相手するってことで」
マップを見ながら簡単に作戦を立てる少年に、少女はそんないい加減で良いのかという視線を向けるが、少年は何処吹く風だ。
「最初の奇襲に失敗したらどうするの?」
「そのときは速攻で決着を着けて逃げる。とにかく連中が本格的に動く前に少しでも数を減らさないとこちらに勝機は無いからね」
「やるしかないか」
諦めたように嘆息する少女に、少年は珍しく真顔になって話し掛けた。
「後悔しているかい?」
「別に。わたしが彼女の元に還るためには、少なくともS級二体分のエネルギーが必要になるのは知っているでしょ。これを逃せば、他にそれだけのものを得られる機会なんて無さそうだもの。それに……」
「それに?」
問い返す少年に、少女は実に良い笑顔を浮かべてこう答えた。
「わたしはあなたと行動しているこの時間を、そんなに嫌ってはいないから」
少女の言葉に呆気に取られる少年。そんな少年の顔を見て、少女はしてやったりというふうにニヤリと笑みを浮かべた。
終末戦争の開幕は近い。
失われた混沌の軌跡を辿り、闇は必ず再びそこへと至るだろう。
立ちはだかるは、等しく魔を滅する孤高の戦士か。浄化の祈りを捧げる慈悲深き巫女か。
何れにせよ、そのものが倒れた刻、終末への扉は開かれる。
これは、たった一人の少女の想いが引き起こした、悲しくも美しい戦いの記録である。
* * * * *
あとがき
龍一「咲耶の正体とその過去の一旦が明らかに」
知佳「って、彼女が主役のお話を読んでくれている人には最初からばれていた気がするんだけど」
龍一「だな。でも、この天使の羽根の物語の過去にある事件はそれとは違う部分が幾つかあるんだけどな」
知佳「えっ?」
龍一「例えば咲耶とフェンリルの関係とか。他にもいろいろ」
知佳「もったいぶらずに教えてよ」
龍一「まあ、大筋は変わらないはずだし、今後の戦いの中でも書いていくので、ここではまだ秘密ってことで」
知佳「うー、気になるよ〜」
龍一「さて、次回は最終戦争に向けてのさざなみ側の動き。それと、今回動かない組織の裏側についてかな?」
知佳「わたしに聞かれても困るんだけど」
龍一「それもそうか。さて、完結に向けて順調、かどうかは分かりませんが、とりあえず当初の構成の通りに進んでおります」
知佳「突っ込み所満載の作品ではありますが、最後までお付き合いいただけると幸いです」
二人「ではでは〜」
* * * * *
明かされた真実〜。
美姫 「内容の割には驚きが少ないのは、やはりさざなみだからかしら?」
かもな。既に天使だ神だぐらいでは驚かなくなった住人。って、果たしてそれは良い事なのか。
美姫 「まあ、こういう時は良いんじゃない」
かもな。さて、いよいよ完結に向けて進み始めるみたいだけれども。
美姫 「一体、どうなっていくのかしら」
次回も待っています。