トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜
第3章 夏のかけら
10 わたしたちの終末戦争〜開幕編〜
* * * * *
皆に話をした日の夜、咲耶は自らの内面世界にて“彼女”と向き合っていた。
「どういうつもり?」
目の前に立つ赤い少女を見据えながら、ややきつい調子で問う。
「わたしが必要以上に誰かを巻き込むのを嫌ってるってこと、あなたは知っているよね」
「……はい」
「だったらどうして話したの。わたしはもう、これ以上わたしたちの戦いに誰かを巻き込みたくなんてなかったのに!」
たたきつけるようにそう言う咲耶に、少女は思わず顔を上げた。
「仕方ないじゃないですか。このまま決戦に臨めば、あなたは今度こそすべてを終わらせるためにご自分を顧みないでしょ。例えそれで敵を葬ることが出来たとしても、その時あなたまで倒れてしまったのでは意味がありません。あなたに神器を託した先代の仕天使もそのような結末を望んではいないはず」
「……お母さん」
「そうです。それに、約束したじゃありませんか。もう一度、ちゃんとした形で会うと。許しませんよ。ただでさえ、あなたはわたしとの約束を一度反故にしているのだから」
溜まっていたものをすべて吐き出すかのように、一気にそこまで言うと、少女はじっと咲耶の目を見た。
交差する赤と青の視線。
咲耶はその視線をしばらく正面から受け止めていたが、やがて根負けしたように目を逸らすと、しょうがないとばかりに溜息を吐いた。
「もう良いよ。話しちゃったものは仕方がないし、意地を張って一人で死んだりしたらここの皆は許してくれないだろうから」
諦めたようにそう言う咲耶に、それを聞いた少女は思わず安堵の息を漏らす。
「でも、こっちの都合で巻き込むからには一人の犠牲者も出さずに事を終わらせなきゃダメだよ。これはわたしたちの戦争なんだから」
表情を引き締めてそう締め括る咲耶に、少女はただ黙って頷いた。
そう、これは彼女たちの戦争だ。
神代はるかの死を切欠に始まったそれは、闘争の元凶を絶つことを目的とした云わば戦いを終わらせるための戦いだった。
神器はそれ自体が強大な力であるが故に、常にそれを宿すものの下へと悲劇を呼び寄せてきた。
その呪われた運命の連鎖を絶ち切るべく、神代はるかは魔物たちとの戦いの中でそれを破壊しようとしていた。
母として、一人の大人として、子供達の未来にそんなものを背負わせてはならないと感じていたのだろう。
だが、その願いが叶うことはなく、呪われた神器は娘へと継承されてしまった。
そのことを謝りながら死んでいった母の無念。そして、娘を想う愛情を強く感じた咲耶は彼女の意志を継いで神器を滅ぼすための戦いを始めたのだ。
少女と二人、他の誰にも気づかれないように立ち回り、一年掛けてそれを破壊するための秘策を用意した。
そして、今から一年前の夏。
神器を狙う魔族の少年を利用してその半分を顕現させることに成功した咲耶は、残る神器の力を使ってこれを消滅させたのだった。
完全に滅ぼしたはずだった。
残された神器の片割れにも最早神秘を成すだけの力は無く、その戦いが彼女たちの完全勝利で終幕したことは誰の目にも明らかだった。
だが、現実はどうだろう。
確かに神器を滅ぼすことには成功したが、それに巻き込まれた少年の意志は代替物という形で今もこの世界に存在している。
フラグメントというシステムがこの世界に組み込まれている以上、それは予想して然るべき事態だった。
詰めが甘いと兄にはよく言われていたが、その結果がこれとは……。
こうなったら一刻も早く今度こそ完全に終わらせて、被害を最小限に押さえるしかない。
自分の失敗が原因で起きた事に家族を巻き込むのは心苦しいが、皆の協力があればそれほど難しくはないだろう。
共に戦ってくれるという彼女たちの負担を少しでも軽くするためにも咲耶はこちらから打って出るつもりでいた。
*
――作戦はこうだ。
まず、咲耶が神器を機動させて敵をおびき出す。
かつてのフェンリルが神器に執着していたことを考えると、そのフラグメントである今回の敵がそれに食らい着いてくる可能性は極めて高い。
そこであえて神器を囮として使うことで、敵をこちらが有利に戦えるフィールドへと引きずり込もうと考えたのだ。
決戦の舞台となる場所には予め魔性を弱体化させる効果を持つ結界を伏せておき、敵が侵入すると同時にそれを発動させて退路を絶つ。
そして、敵が弱体化したところで、こちらの最大戦力をぶつけて一気に叩くのだ。
万一に備えて何人か非戦闘員の護衛に残すことになるが、それでも勝算は十分にある。
元々は咲耶一人でやろうとしていた作戦だ。
絶大な能力を誇る創世神の遺産。その中でも彼女が内包するそれは、創造と破壊という根源的な事象を司る二対一組の神器だった。
一つは既に失われたあらゆる存在を破壊し、始まりの状態へと戻す力を司る“混沌への回帰カオスィックロード”。
そして、今も咲耶の内に宿るあらゆる存在を創造する力を司る“再生の秩序コスモリヴァイア”。
その能力は自らを中心に小規模な一つの世界を造り出し、それを支配するというとんでもないものだった。
神器によって造られた世界は、その性質故に同等の力を持つ神器でしか破壊することが出来ない。
既に“混沌への回帰”が失われた今、“再生の秩序”によって造り出された世界において、咲耶を倒すことの出来るものは存在しなかった。
無論、それとて絶対無敵というわけではない。
神でないものが創造した世界を維持するには莫大な精神力を必要とするため、天使としては最上位に位置する彼女といえども長くは持たないのだ。
この問題は創造する世界を極力簡略化することである程度解消されるが、同時に戦闘を行なうとなればやはり術者に掛かる負担は計り知れないものがある。
今回、咲耶の中の彼女が半ば強引に皆を巻き込んだのも、これによって咲耶が精神崩壊を起こすのではないかと危惧したからだった。
さて、作戦が決まったところで、次に問題となるのが戦闘場所と実施日時である。
昨夜の戦闘での疲労回復と戦闘準備に最低でも二日は欲しいところだが、あまり時間を掛けすぎて再度襲撃されては本末転倒だ。
皆で協議した結果、三日後の夕方に、ということになった。
さすがにそれ以上遅らせると再襲撃を受ける可能性が高くなる。
最後に場所だが、これは神器の機動に適しているということで国守山中腹の湖を中心とした一帯が選ばれた。
寮に近いのは問題だが、そちらに敵が来た場合の対応を考えると妥当な場所だと言えなくもない。
護衛を着けるとはいっても、やはり本格的に襲撃されればどれほど持ちこたえられるか分からないからだ。
そして、三日後……。
茜の色に染まり始めた湖の辺に、一人の天使が立っていた。
神秘的な美しさを表す比喩ではなく、その背には畳まれた一対の白い翼がある。
否。
胸の前で指を組み、静かに目を閉じているその姿は、祈りを捧げる聖女のようでもあり、彼女の護衛として傍らに控えていた恭也は思わず感嘆の息を漏らしていた。
「……じゃあ、始めるよ」
厳かにそう宣言すると、咲耶はおのれの奥深くに眠る神器へと語り掛ける。
その存在を忌み、一度は崩壊寸前にまで追い込んだ最古の神の遺産。
今となってはおのれの業の証でもあるそれを使うことに、抵抗がないわけではなかった。
だが、それによって少しでも減らすことの出来る犠牲があるのなら、咲耶に躊躇う理由はない。
既に寮全体をアリスのフィールドが覆っており、戦闘要員も準備万端でそれぞれの配置に着いている。
後は咲耶が神器を機動させ、それを嗅ぎ付けた敵がやってくるのを待つだけだ。
*
――イニシエの神の造りし 創世の理を統べるものよ
今こそ束の間の眠りより目覚め 我に新たなる世界を示せ
我が望むは清浄なる白
汝が我を認めるならば 我と共に魔を廃し 邪を退けよ
我はセラフィムを継ぐもの 我が魂の名は……
*
――同日・正午。
海鳴商店街・喫茶翠屋。
堆く積まれた皿の山。既に二十枚を裕に超え、尚その数を増やし続けるそれは食された料理の数を示すものだ。
ここが厨房の流しであれば、その光景も全く自然なものとして周囲に映ったことだろう。
全国から人が集まる程の人気を誇る喫茶翠屋。正午ともなれば、昼食を求めて大勢の人が押し掛けるのが常である。
しかし、それを成しているのがたった一人の客。それもとても小さな少女だとしたら、果たして何人がおのれの目を疑わずにいることが出来ただろうか。
また一つ皿が置かれ、その山の高さを増した。
四人掛けのテーブル席に一人で陣取り、黙々と食べ続けているその少女の名は蛍川一夏。そう、彼女だ。
今日は全メニューを制覇する。
時計の短針と長針が12の上で重なるより半刻ほど前にふらりと店に姿を現した一夏は、席に着くなりそう宣言した。
その言葉に、桃子をはじめとする翠屋のスタッフ一同は戦慄した。
常連というほどではないが、これまでにも何度か店を訪れたことがある一夏はそのたびに超人的な食べっぷりを披露して周囲を唖然とさせていた。
その彼女が言ったのだ。今日は全部食べると。
それからおよそ壱時間。一夏はその宣言を着実に実行しつつあった。
ランチメニューから始まって、既にデザートへと突入している。その速さは正に神速。
それもただ食べるだけではなく、きちんと味わっているらしく、時折桃子が試行錯誤を繰り返して仕上げた一品に舌鼓を打っている。
そうして食べ続けること二時間半。一夏は実に満足そうな吐息を漏らすと紙ナプキンで口元を拭った。
「ごちそうさまでした」
満面の笑顔でそう言う彼女に、周囲でその様子を見ていたものたちは最早完全に言葉を失っていた。
「……ねえ、聞いても良いかしら」
そんな中、比較的面識があり、耐性の出来ていた桃子が彼女へと声を掛けた。
「ああ、料理の感想ならちょっと待ってもらえますか。さすがにちょっと苦しくて」
見た目には全然膨れていないお腹を擦りながら、そう言って恥ずかしそうに笑う一夏。
「いろいろ突っ込みたいところだけど、とりあえず分かったわ。それと、聞きたいのはそれだけじゃないの」
そう言って対面の席に腰を下ろす桃子に、一夏は不思議そうに首を傾げる。
「スリーサイズとか、そういうのは聞かれてもお答え出来ませんよ。まあ、隠すほど大層なものでもないでしょうけど、計ったことないんで」
「それはまた今度にして、今はちょっと真面目な話をしましょうね」
とぼけたように肩を竦めてみせる一夏に、桃子はにこりと笑ってそう言った。表情こそ笑顔だが、こちらを見てくるその目は真剣そのものだ。
「薫ちゃんから聞いたんだけど、あなた、神社で行き倒れてたんですってね」
「そうらしいですね。まあ、旅をしていると割りとよくあるんで、あんまり気にはしてませんでしたけど」
「ダメよ。ただでさえ、女の子の一人旅なんて危険なんだから。ちゃんと親御さんには連絡取っているの?」
少し怒ったようにそう問い詰めてくる桃子に、一夏は困ったような曖昧な笑みを見せる。
フラグメントである彼女に家族という概念は無い。
強いて挙げるとすればおのれを生み出したオリジナルだが、そもそも昏睡状態の彼女と自分との間に面識などあるはずがなかった。
「家族のところには時々顔を出してはいますよ。尤も心配しているのは向こうじゃなくてわたしのほうなんですけど」
「そう、なら良いわ。ところで」
聞きたいことが聞けたからか、桃子はすっきりした様子でそう言うと、いつもの調子に戻って一夏に聞いた。
「新メニューの試作品があるんだけど、一夏ちゃん、食べない?」
「あの、わたし、もうあんまり余裕ないんですけど……」
笑顔でそう言われ、一夏は冷や汗を浮かべながら何とかそれを拒否しようとする。例の奇襲作戦の決行を今夜に控えてエネルギーを蓄えに来た彼女だったが、さすがにこれ以上は戦闘に差し支える恐れがあるので遠慮したかった。
「ってことは、少しは大丈夫なのよね。なるべくいろんな人の意見を聞きたいんだけどうちの息子は甘いのダメだし、お願い出来ないかしら」
「はぁ……」
顔の前で拝むように手を合わされ、一夏は困ったように曖昧な答えを返す。先のような事情があるのは確かだが、目の前の女性洋菓子職人の頼みを無下に断ることも彼女には出来なかった。
先程食した料理の数々が脳裏を過ぎる。
自分にあんな美味しいものを食べさせてくれた人の頼みなら、大抵のことは聞いても良いと一夏は割と真剣にそう思っていた。
それに、あれほどの品を作れる洋菓子職人の新作ともなれば、さぞかし美味であるに違いない。
食べ過ぎで動きが鈍って致命傷を避けられなかったなどということになれば目も当てられないが、それでも食べずにはいられないような至上の一品。
た、食べたい……。
「心は決まったようね」
恍惚とした表情で目を輝かせる一夏に、桃子は苦笑しつつも嬉しそうにそう言うと、立ち上がって厨房の奥へと消えていった。
そして、十分後。一夏は誘惑に屈したおのれの弱さを激しく後悔することになる。
テーブルの大半を埋め尽くすほどの大きな皿に、天井まで届きそうな勢いで聳え立つアイスの塔。
表面には生クリームやらフルーツやらがこれでもかとトッピングされており、見上げただけで圧倒されそうな迫力に拍車を掛けている。
試作品の試食を承諾した一夏の前に出されたのは、そんな伝説級の代物だった。
「知り合いに頼まれて作ったは良いんだけど、いざ食べるとなるとみんな見ただけでお腹一杯になっちゃって。捨てるわけにもいかないし、どうしたものかと困ってたのよね」
唖然とする一夏の隣で、桃子がさも助かったとばかりに笑顔でそんなことをのたまった。
「って、お店に出す新しいメニューの試作品じゃなかったんですか!?」
「ええ、そうよ。最終的にはこの二十分の一くらいにまで小さくなる予定なんだけど、せっかくだから一回くらいは原案通りに作ってみようってことになってね」
慌てて詰め寄った一夏に、桃子はあっけらかんとそう言った。
これはわたしに対する挑戦なのね。ね、そうなんでしょう桃子さん。
暗い笑みを浮かべて心の中でそう呟くと、一夏はやおらスプーンを掴んだ。
相対するは前代未聞のジャイアントスィーツ。その作り手は、今や地元民を中心に絶大な人気を誇るシュークリームの作者でもある高町桃子だ。
相手にとって不足は無い。
不敵な笑みを浮かべてスプーンを握る手に力を込めると、一夏は猛然と目の前のアイスの塔に挑んだ。
敵は強かった。
だが、彼女はおのれのすべてを懸けて戦い、二時間にも及ぶ激闘の末にこれを制しようとしていた。
しかし、運命とは残酷なもの。
残り僅かとなったスィーツを一気に食べてしまうべく、彼女がラストスパートを掛けようとした正にそのときだった。
それは湖面に投げ込まれた小石のように微かな波紋を広げ、やがてゆっくりと消えていった。
同時にこの数日、ずっとマークしていた複数の気配が動き出す。
一夏は慌てて口元を拭って立ち上がると、懐から取り出した財布を桃子に投げ渡した。
「急用が出来たので今日はこれで失礼します。全部食べられなくてごめんなさい。お代はそこから、足りない分は後日ここに請求してください。それではっ!」
一気にそう捲くし立てると、弾丸のような勢いで翠屋を飛び出す。
まったく何てタイミングで動き出すのだ。これさえなければ後少し、後少しで完食出来たものを。
とはいえ、おのれの悲願を達成するための機会を逃すわけにもいかない。おそらくこれが最初で最後のチャンスだ。
それが分かっているからこそ、一夏は動き出した敵に対して苛立ちを覚えながらも、予め決めてあった信号を使ってフェンリルへとそのことを伝える。
「それにしても、どうして急に動き出したのかしら?」
独り言のつもりで呟いたその疑問に、フェンリルが苦味を含んだ調子で答える。
「彼女が動いたからさ。まったく、無茶な真似をしてくれたものだ」
「どういうこと」
「自分を囮にして連中をおびき出すつもりなんだ。しかも、悪いことにその目論みはほぼ百パーセント成功しつつある」
「急いだほうがよさそうね」
「ああ。……いた!」
頷きそう叫んだフェンリルに、一夏は無言で先を促す。
「こちらはFF04を捕捉した。これより強襲し、これを殲滅する!」
「了解。こっちもそろそろ03に追いつくわ。察知されるとまずいから通信を切るわよ」
「分かった。君のことだから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも気をつけてくれ」
「ありがとう。こちらも健闘を祈ってるわ」
「すべては我等が悲願達成のために。……ジーク・フラグメント!……なんてね」
その言葉を最後に通信は途絶え、同時に一夏の手の中で一つの光が音も無く溶けて消える。
視線を前へと向ければ、往来に溶け込むようにして歩く一体のフラグメントの姿を捉えることが出来た。
個性を演出しようとでも思ったのか、その外見は二十代半ばの女性にしか見えないが、そこから感じ取れる気配は自分の知る皮肉屋の少年のそれに極めて近い。
そして、フェンリルが捕捉した04と呼ばれる個体もまた、姿こそ違うものの同じ気配を纏っていた。
風ヶ丘学園前の通りから桜台方面へと向かって駆けていく六歳くらいの少年。
フェンリルをそのまま小さくしたような姿をしたその存在こそ、彼が標的に定めたFF04だった。
適当な広さの場所まで的を泳がせたところで徐に拳大ほどの大きさの闇の塊を生み出すと、フェンリルはそれを目の前を急ぐ少年の背中目掛けて投げつけた。
殺気も躊躇いも何もない。
普通の存在であれば、攻撃に気づくことも出来ずに直撃を受けて終わっているところだが、その少年はまるで後ろに目でもついているのではないかと思わせるほどに、余裕を持ってそれを回避してみせた。
だが、攻撃を避けられたというのに、フェンリルに慌てた様子は見られない。まるで、最初からそうなることが分かっていたかのように、ただ落ち着いてそれが地面へと落ちるのを見ている。
寧ろ慌てたのは少年のほうだった。
フェンリル似の童顔を蒼白にしながら、とっさに魔球へと手を伸ばす。だが、理性は既に間に合わないと判断を下していた。
それでも少年が手を伸ばすことを止めないのは、この致命的な状況を覆す手段を持たないからに他ならない。
――さあ、処刑執行の時間だ。
フェンリルが哂う。それはとてもとても酷薄な、処刑人の哂いだった。
彼の視線の先、
足を止めた少年のやや前方の地面に、
闇色の球が、
落ちて、
……弾けた。
*
――作戦開始からおよそ三十分。
最初に舞台に上がってきたのは、赤い髪を踝のあたりまで伸ばした小柄な少女だった。
両脇に一人ずつ少女型フラグメントを従え、湖の対岸から反時計回りにゆっくりと歩いてくる。
他に敵の姿はない。
念のためリスティとティナにサーチ能力を使って伏兵等がいないか調べてもらったが、今のところこちらも確認はされなかった。
さて、どうしたものか。
敵の内訳はS級が一人にA級が二人。いずれも十代前半から後半の少女の姿をしているが、その能力は武術家であればおそらく達人レベル。
だが、これですべてではない。フェンリルの情報が確かであれば、少なくとも後四人はS級がいるはずだった。
一部の気の短いものが先走ったか。あるいは、こちらを警戒して様子を見にきたといったところだろうか。
想定していなかったわけではないが、これですぐに結界を使うわけにはいかなくなってしまった。
展開時間に制限がある以上、発動させて残りの敵が来るのを待っているというわけにもいかないのだ。
下手をすれば気づかれて、こちらが限界を迎えたところを襲撃される危険さえあった。
作戦を成功させるためには敵がある程度そろうまで時間を稼ぐしかないが、そうなるとどうしても皆に掛かる負担が大きくなってしまう。
だが、決断を促すように自分を見てくる恭也に、咲耶は即座に頷きをもって答えた。
少なくとも、今ここにいる敵はこちらの状況が整うまで待ってはくれないだろう。どの道戦闘になるのなら、先手を打って少しでも優勢を確保するべきだ。
敵との相対距離が最初の半分ほどにまで詰まった頃、横手の林から迎撃のために身を潜めていた薫が姿を現した。
どうやら奇襲を掛けるつもりでいたようだが、見抜かれて仕方なく姿を曝したといったところだろうか。
同じようにリアーフィンを展開して上空から仕掛けるタイミングを伺っていたリスティも無駄と分かると、舌打ちしながら薫の隣へと降り立った。
「組織の刺客というわけではなさそうですわね」
突然、自分たちの行く手を塞ぐように現れた二人に警戒の目を向けながら、紫色の長い髪を和紙で束ねた長身の少女がそう言った。
「でも、偶にいる身の程知らずとも違うみたいよ。どうする?」
薫の纏う雰囲気に何かを感じたのか、もう一人の少女がそれに頷きながら赤い髪の少女へとそう尋ねる。
「立ち塞がるというのであれば、排除するのみ……と、言いたいところですが、わざわざ待っていてくれたお二方を無下に扱うこともないでしょう」
問われた少女は、そう言って離れたところからこちらを見ている咲耶へと目を向けた。
「これは、そちらにいらっしゃる仕天使様がご主催になられたダンスパーティーなのですよ。そして、わたくしたちは光栄にもそれに招待していただいた。そうですわね」
確認するようにそう言う少女に、咲耶は苦笑しつつも頷いてみせる。酔狂な言い方をすれば、確かにそう言えなくもない。
「それで、こうしてここに来たということは、応じてもらえたと考えて良いのかな」
「ええ。そちらの思惑通りになっているというのは少々癪ですが、これから行なわれる変革劇の余興と考えれば、悪くはありませんもの」
「……余興のつもりはないんだけどね」
余裕を見せつけるような少女の態度に、咲耶の表情から笑みが消える。
「あなたたち。お相手してさしあげて」
「アルティシア様!?」
「あら、せっかく招待していただいたのですよ。少しくらい付き合ってさしあげるのが礼儀というものでしょう」
自分を窘めようとする紫髪の少女に、アルティシアと呼ばれた赤髪の少女はそう言って優雅に笑みを零す。
「尤も、あなたたち人間にわたくしたちのパートナーが務まればの話ですが」
* * * * *
あとがき
龍一「いよいよ始まりました最終戦争。果たして咲耶たちは無事に生き延びることが出来るのか!」
知佳「盛り上がってるところを悪いんだけど、どうして敵の姿が皆違うの?」
龍一「だって、皆同じ顔に性格だと面白くないじゃないか」
知佳「単に書き分けられないだけじゃないの?」
龍一「まあ、それもあります。さすがに名前の後にAとかBとか付けるわけにもいかないし」
知佳「最初は本当にそうしようとしてたっていうのはここだけの話?」
龍一「いやいや、そんな事実はないから。……たぶん(汗)」
知佳「それはそうと、今回いつにも増してとらハキャラの出番が少ないっていうか、ほとんどないのはどうして?」
龍一「とりあえず、今回の話で戦闘開始直前まで書きたかったからかな。最初は作戦会議とかもあったんだが、長くなりすぎるのでばっさりとカットしました」
知佳「ねえ、これ一応とらハSSなんだよね?」
龍一「そのつもりだが」
知佳「その割には出番のない人とか結構いるような気がするんだけど」
龍一「戦闘を主軸にするとどうしても戦えない人たちが目立たなくなってしまうんだ。これに関しては完全に作者の力不足が原因です。済みません」
知佳「今回はやけに素直だね」
龍一「事実だからな。ちなみに、とらハサイドのメインは知佳と恭也です」
知佳「二人とももうほとんどイベント消化しちゃってるように見えるけど、ここからまだ何かあるの?」
龍一「それは読んでのお楽しみということで」
知佳「それじゃあさっさと次を書こうね〜」
龍一「了解」
知佳「そういうわけなので、今回はここまでです」
龍一「拙作を読んでいただいた方、ありがとうございました」
知佳「後少しで完結しますので、よろしければ次回もお付き合いください」
二人「ではでは〜」
* * * * *
いよいよ最終決戦の幕が。
美姫 「一体どうなるのかしら」
完結に向けて物語が動き始める!
美姫 「ああー、とっても次回が気になるぅぅ」
一体どうなっていくのか、次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」