エピローグ

   * * * * *

 ――カオスクリスタルを廻る戦いから数日が過ぎ、海鳴の町は元の平穏を取り戻しつつあった。

 元一級仕天使、通称・セラフィムソウルとその仲間たちの活躍によって、第1級指名手配犯であったケイオス=グランゾートは消滅し、彼の者によって生み出されたカオス空間は通常のそれへと戻された。

 時空管理委員会はその功績を称え、彼女たちにセラフィム勲章を授与するとともに、組織への正式な所属を持ちかけたが、代表として報告に訪れたセラフィムソウルはこれを断固、拒否。

 昔馴染みの上司に泣きつかれるも、あっさりとそれを切って捨てると、颯爽と本部施設を後にしたのだった。

 現場に居合わせたものの証言によると、彼女は今回の事件に関してこう語ったという。

 わたしたちは自分たちの大切なものを護るために戦っただけであり、世界を救ったというのはあくまでその結果でしかない。

「まあ、最初からそっちはついでくらいにしか考えてなかったけど」

 殊勝な発言の後にそう笑顔で暴露し、彼女が周囲を唖然とさせたのは言うまでもない。

 それに、これは自分の不始末によるものでもあるのだ。故に勲章を受ける謂れも、組織に復帰する資格も自分にはない。

 真面目な表情に戻ってそう言う彼女に、彼女の上司はそれ以上何も言うことはなかった。

「これから君はどうするつもりなのかね?何なら、再就職先を紹介するが」

 今度こそ組織との関わりを完全に絶つという彼女に、彼女の上司は餞別代わりにとそう声を掛ける。だが、彼女はそれに小さく首を振ると、微かに頬を赤く染めてこう答えた。

「いえ、それならもう見つけていますから」

 最後に爆弾を投下していった彼女に、その場に居合わせた一同騒然となる。

「そうか……。彼女ももうそんな年なのだな。いやはや、時の流れというのは何とも……」

 何処か疲れたような溜息を漏らしつつそう言うと、その人物、当代の神は立ち上がって大きく伸びをした。

   *

 ――同日、海鳴大学病院・中庭。

 一夏はベンチの一つに腰掛けて、そこから見える風景を見るともなしに眺めていた。

 別段変わったものが見えるわけではない。

 昼下がりの中庭に他に人の姿もなく、彼女はただぼんやりと待ち人が来るのを待っていた。

 8月も終わりに近づいたとはいえ、まだまだ残暑の厳しい日が続いている今日この頃。

 強烈な陽射しを遮るものも何もないこんな場所を待ち合わせに使うなど、何を考えているのかと罵りたくもなるが、そんな彼の奇行に振り回されるのもこれが最後かと思うと妙に寂しさを感じてしまうものだった。

 それはそれとして、待ち合わせの時間を過ぎても一向に姿を見せない少年に、一夏は段々と苛立ちを募らせていた。

 結界を張って紫外線その他の有害なものを遮断しているとはいえ、やはりただ待つだけというのは苦痛を伴うものなのだ。

「どうしたの?こんなところで」

 いい加減、帰ろうかと思い始めた頃だった。声を掛けられて一夏が顔を上げると、そこにはリスティが立っていた。

「あなた、確かさざなみ寮の……」

「リスティだよ。リスティ=槙原。結構、顔合わせてるはずなのに、覚えてくれてなかったなんて、ちょっと悲しいな」

「ごめんなさい。このところ、っていうか、この町に来てからずっと立て込んでたものだから」

「そうだったね」

 軽く肩を竦めるリスティに、一夏は申し訳なさそうにそう言って目を伏せる。

「今日もその関係?」

「ええ、ここで彼から報酬を受け取ることになっているの。あなたは?」

「定期健診の帰り。もうほとんど必要ないんだけど、一応念のためにね」

「そう、身体は大事にしなければダメよ。取り返しがつかないことになってから後悔しても、泣くに泣けないから」

「thanks」

 名前も覚えていなかった割に、本気で気遣うような素振りを見せる一夏は、きっと、自身がそういう経験を既にしてしまっているのだろう。ここは病院だ。

 今回の事件の折、フラグメントという存在について幾らか聞かされていたリスティは、容易にその可能性に思い至ることが出来た。

 だから、その気遣いに対して、彼女はただ、感謝の言葉を述べるに留める。

「そっちの用事はまだ掛かるの?」

「さぁ、あのお調子者の魔人狼が約束を忘れてなければとっくに終わっているはずなんだけどね」

「それじゃ、終わったらうちにおいでよ。今日は凄いよ。何しろ、知り合い一同集まっての大宴会だからね。耕介も腕によりをかけるって言ってたし」

 リスティのその誘いに、耕介の料理というところで一夏の目の色が変わった。

「行くわ。他にも幾つか用事があるから、絶対にとは言えないけど」

「うん。耕介にもそう伝えておくよ。じゃあ、また」

 そう言うとリスティは中庭を抜けて第1病棟のほうへと歩いていった。

「で、遅刻してきたダメ男君は、そんなところで何をしてるのかな」

 前を向いたまま、少しきつめの口調でそう言ってやる。

「女を待たせた上に、詫びの一つも入れずに逃げようだなんて、実はあなた、結構へたれなのね」

「うっ、い、いやだな、軽い冗談じゃないか」

「面白くないわ」

 いつになく毒を吐く少女に、少年はうっ、と唸って沈黙してしまった。

「それで、遅れてきた理由は?下らないものだったら、承知しないわよ」

「コアから抽出したエネルギーの再結晶化に少し手間取ってしまったんだ。まあ、その甲斐あって、完成した結晶の純度は申し分ないんだけど」

 先の毒舌などまるで無かったかのように聞いてくる一夏に、少年も同じく何もなかったかのようにそう答えると、懐から小瓶を取り出して彼女に渡した。

「それと、これは餞別だよ」

 そう言って少年は持っていた鞄から一通の封筒を取り出す。

「この国の戸籍と身分証だ。もし、君がまだしばらくこちらに残るつもりがあるのなら、使うとよい」

「……一応、もらっておくわ」

 差し出された封筒を受け取り、小瓶を懐にしまうと、一夏はベンチから立ち上がった。

「もう行くのかい?」

「思い残すことがないように、いろいろしておきたいから。でも、今夜には決行するつもりよ。あなたとは、もう会うこともないでしょう」

「そうか」

 一夏のその答えに、少年はただ一言そう言った。

「あなたはどうするの?」

「これから最後のカオスクリスタルを回収して、その足で委員会に出頭さ。その後は、そうだな。旅にでも出てみようか」

「止めておきなさい。死に場所を求めて彷徨うなんて、あなたには似合わないわ」

「言ってくれるね。僕はただ、気の向くままに余生を楽しみたいだけなんだけど」

 相変わらず辛辣な少女のその言葉に、少年は苦笑して軽く肩を竦める。

「なら、わたしからも餞別をあげる」

 そんな少年を一瞥すると、一夏はポケットから一冊の手帳を取り出した。

「宛ての無い旅をするのなら、これに書いてある宿を使うと良いわ。訳ありでも何でもお金さえ払えば泊めてくれるから」

 少年に手帳を投げ渡しながらそう言うと、一夏は徐に歩き出す。別れの言葉も何も無く、出会ったときと同じように唐突に、二人は別れた。

   *

 UR海鳴駅に程近いデパートの食料品売り場にて、一人の少女が福引に挑戦していた。

 この福引はリニューアルオープンを記念してのもので、特賞の南国高級リゾートホテルペア宿泊券を筆頭に、様々な豪華景品が用意されていた。

 いた。そう、いたのだ。

 現在、その特賞を始めとするトップ3までの景品の所有権はすべてこの少女にある。しかも、あり得ないことに、彼女はそれらすべてを一発で引き当てていたのだ。

 そんなふざけているとしか思えないような快挙を成し遂げた少女の名前はアリシア=クリスフィード。そう、アリスだ。

 実は彼女、非常識なほど運が良い。時空断層に落ちて漂流したにも関わらず、姉と同じ世界の同じ時間に漂着し、あまつさえ再会を果たしたことからもそれがどれほどのものか伺えるだろう。

 ただ、ぽけぽけした印象が強いのと、本人に自覚がないせいで、その狂運(誤字にあらず)が常時発動しているという悪夢のような事態にだけはならずに済んでいた。

 さて、突発的に発揮されたアリスの狂運のおかげで、大量の景品をゲットしたクリスフィード姉妹は、その足で海鳴商店街へと向かっていた。

 今日はさざなみでも最大規模の宴会が開かれるのだ。

 メンバーは岡本みなみと鷹城唯子の爆食コンビを筆頭に、総勢三十人以上。これだけの人数の腹を満たすための料理を作るには、それなりの材料が必要になるわけで、主催者は直ちに複数の買い出し部隊を編成すると、同時に多方面へとこれを放ったのだった。

 彼女たちもそんな買い出し部隊の一つで、雪と新一郎とともにデパート方面を担当していたのだが。

 金髪碧眼の美少女姉妹が両手一杯に荷物を抱えて歩く姿は、周囲の注目を思いっきり集めてしまっていた。

   *

 場所は変わって、海鳴商店街・喫茶翠屋。

 今日も今日とて大繁盛の店内を、小さなウェイトレスが駆け回っている。少しおどおどした様子で客に応対するその娘は、翠屋のロゴが入ったエプロン姿の美由希である。

 今日は用事でこられないという咲耶に代わって、店の手伝いをするその姿は一生懸命で、多くの客に好感を持って見守られている。

 桃子などは暇があればなるべく遊ばせるようにしているのだが、本人の意思も尊重しないといけないという咲耶や恭也の言葉もあって、今日は手伝ってもらうことにしたのだった。

 美由希にしてみれば仕事の手伝いとはいえ、家族と一緒に過ごせる時間を持てるのは嬉しいので、美緒たちとの約束がない限りはなるべくそうしたいと思っているのだが。

「恭也、これ3番に運んだら今日はもう上がって良いから、美由希と一緒に荷物持って先にさざなみに行っててちょうだい」

 今日の閉店時間が近づき、厨房へと顔を出した恭也に、桃子がそう言って軽食の載った皿を手渡す。

「むっ、了解した」

 それに軽く頷くと、恭也は本日最後の仕事をこなすべく、フロアへと戻っていった。

 エプロンを外し、飲み物等が入ったクーラーボックスを肩に担ぐと、美由希と二人で裏口から店の外へと出る。

 こちらも持っているものの重さはとても子供が運べるようなものではないが、そこは小さくても御神の剣士。普段から鍛えているおかげで、まったく危なげなく歩いている。

 これも鍛錬だと言って、途中から恭也が美由希の持ち分を増やして、彼女に悲鳴を上げさせていたりしたが、ご愛嬌だろう。

「恭ちゃん、最近夜の鍛錬メニュー増やしてるでしょ。なかなか帰ってきてくれないって、義姉さん怒ってたよ」

 自分よりずっと重い荷物を持ちながら涼しい顔で歩く兄に理不尽なものを感じつつ、美由希はふと思い出したようにそう言った。

「むっ、そんなに遅くなっているつもりはないんだがな」

 言われた恭也はやや憮然とした様子でそう言うと、ここ数日の鍛錬を振り返ってみた。

 ケイオスとの戦いの折、彼女を傍らで護れなかったのがよほど悔しかったのだろう。膝を壊したときのような無茶こそしないものの、彼は以前に増して熱心に自らを鍛えるようになっていた。

 ティナや薫たちと打ち合う回数も増え、練習用の木刀が折れることも多くなった。まだ話してはいないが、いずれは咲耶に頼んで対魔法の実戦を想定した鍛錬までするつもりでいた。

 そんな彼に、咲耶は複雑な表情を浮かべて言うのだ。

「強くなりたいって気持ちは分かるし、それがわたしのためっていうのはすごく嬉しい。でも、出来るなら、わたし自身のことも構ってほしいな」

 理解のある彼女は、それでも一人の女の子だった。

「義姉さん、自分のほうが年上だからって、しっかりしてみせてるけど、本当はすごく寂しがり屋なんだから。一人にしちゃ、ダメだよ」

「善処する」

 彼氏なんだからしっかりしろと叱咤してくる妹に、恭也は珍しく素直に頷いた。

 時折見せる彼女の寂しげな表情を思うと、さすがに放ってなどおけないのだろう。

 彼女の笑顔を護るために強くなろうとしているというのに、そのための鍛錬にかまけてあんな顔をさせていたのでは、本末転倒もよいところだ。

 そんな兄の様子に、満足そうに笑って頷くと、美由希は肩のクーラーボックスを掛け直した。

 さざなみへと続く坂を軽く駆け上って振り返る。

「ほら、恭ちゃん、急ご。みんな待ってるよ」

 そう言って無邪気に笑う妹に、自分も僅かに口元を緩めると、恭也は少しだけ歩く速度を速めた。

   * * * END * * *




  あとがき

龍一「まずはここまでお付き合いいただいた皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました」

咲耶「長かったけど、これで本当におしまいなんだよね」

知佳「わたしのHGSが治ったり、恭也君と咲耶が付き合い出したりといろいろあったけど、本当にこれでおしまい」

ティナ「二人とも甘いわよ。このへたれ作者が調子に乗って書いた作品なのよ。それをこのまま何もなく終わるなんてあり得ないわ!」

龍一「誰がへたれじゃ!」

ティナ「あら、否定出来るの?」

咲耶「確かにここぞというところで描写しきれないところとか、へたれてるよね」

知佳「大風呂敷を広げたはよいけど、畳み方が分からなくて自爆するような人だしね」

龍一「皆酷い。せめて、最後くらい優しくしてくれたって良いじゃないか」

咲耶「あ、泣いちゃったよ」

知佳「よしよし、泣かないでね」

ティナ「っていうか、本当にこれで最後なの?」

龍一「ぎくっ」

知佳「ぎくって?」

龍一「い、いや、何でもないぞ。うん、何でも」

咲耶「怪しいね。もしかして、まだ何かあったりするの?」

龍一「いや、この話は本当にこれでおしまい。事件も解決したし、何も怪しいところはないだろう」

ティナ「まあ、良いわ。どうせ、すぐに分かることだものね」

龍一「こほん。ええ、そういうわけで長々と続けてきた本作ですが、これにて完結となります」

知佳「最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました」

咲耶「お話はこれで完結だけど、わたしたちの物語はまだまだ続いていくので」

ティナ「天上戦記もよろしく!」

龍一「それではまた次回で(ぼそっ)」

知佳&咲耶&ティナ「「「えっ?」」」

   * * * * *





えっと……。と、とりあえずは完結おめでとうございます……で良いのかな?
美姫 「最後の一言が気になるわね」
だよな。まあ、でもひとまずは完結ということで。
美姫 「おめでとうございます!」
最後はその後の皆が書かれていたな。
美姫 「皆、普通に日常へと戻り」
うんうん。ハッピーエンドで良かった、良かった。
美姫 「安藤さん、お疲れ様でした」
さまでした〜。



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